軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 繋がれなかった手

閑話 繋がれなかった手

サイド なし

矢広耕太が通う高校から、ほど近い場所にある一軒家。

その一室にて、1人の少女が学生鞄を机に置いた。

否、その人物は、少女ではない。

140センチを下回る背丈に、瑞々しい肌。赤とオレンジの間の髪は艶やかであり、幼げな顔立ちもあって高く見積もっても中学生程度の外見をしている。

だがこの人物は、れっきとした成人であった。

学校では純真無垢な子供の様に輝いていた瞳が、今は淀んだものへと変わっている。心なしか、猫耳や尻尾も艶をなくしていた。

ジトっとした目で、彼女は鞄からスマホを取り出す。そしてベッドにポスリと腰かけると、小さくため息をついてからある人物へと電話をかけた。

投げ出される彼女の尻尾は、どこかグデンと伸びている。

3コール目で、通話が繋がった。

『やあ、お疲れ様。遠海君』

「はい。お疲れ様です、佐藤さん」

遠海虎毬。今年で28歳となる、公安所属の警察官。

とある世界線において英雄として名を遺した彼女は、げんなりとした顔で上司に報告する。

「現在、例の学校から帰宅した所です。尾行や盗聴の気配はない辺り、学生や他の組織から警戒されていない様です」

『結構。流石遠海君だ。高校生である事に、違和感をもたれるかもとは思っていたが、見事演じ切ってみせたのだね」

「まだ初日ですよ……いつ、ボロが出るか」

『大丈夫だ、君ならやれる。きっと中学生だとは思われない!』

「はっ倒しますよこのハゲ」

『ハゲじゃない。まだハゲじゃない。周囲の髪でカバー出来るうちはハゲじゃないッ……!』

上司の悲痛な声を聞いて気持ちを取り直し、遠海は報告を続ける。

「ただ、対象とは別のクラスになってしまいました。やはり、学校側に根回しするべきでしたかね」

『いや、欲張ってはいけない。地方の学校のセキュリティーなんてものは、高が知れている。学校側も騙す気でいった方が良い』

「です、か……」

『なぁに。一緒のクラスでなくとも、状況を探る事は出来るさ』

「はい。それと、『クラン』の件ですが……」

『ああ。君の言う通り、同じクランに加入するのは少々露骨過ぎるかもしれないね。ここは、様子見といこう。公安で用意した偽装クランがある。一旦、そこに入ってくれ』

「了解。しかし、高校生で冒険者……ですか。対象がそうとはいえ、怪しまれませんか?」

『いいや。最近学生の冒険者は増えている。そう怪しまれる事はない。有事の際は、『巻き込まれた善意の冒険者』として異能を使ってくれて構わないよ』

「分かりました。しっかし……若い子は好きですね、そういうの」

口をへの字にし、尻尾の先端を小さく動かしながら遠海は少し遠い目をする。

『君だってまだまだ若いじゃないか。それに、年齢関係なく冒険者という言葉には浪漫を感じるものだよ。私だって、異能者かつ普通の仕事についていたら、冒険者講習に行っていただろうね』

「そういうもんですか……その割に、魔石の購入価格が少ないとかよく言われていますけど」

『報酬が多い方が嬉しいのは当たり前さ。言うだけ言っておこう、というのはあるのだろう。それに、危険を伴う仕事だしね。もっと、という気持ちも分からないでもない』

「……私達も命懸けなんですが、見合った給料もらえていますかね」

『HAHAHA!でも浪漫があるだろう?公安って』

「やりがい搾取ぅ……」

げんなりとする部下に、佐藤は続ける。

『ま、自分からこっちの道に踏み込んだんだ。愚痴は聞くが、任務中に弱音は許さないよ?』

「それは勿論。報告を続けます」

遠海はベッドから立ち上がり、机の引き出しを開ける。

そこから、数枚の写真を取り出した。

「クラスの子達から聞きましたが、事前情報の通り対象は学校で孤立している様ですね。友人と呼べる存在はおらず、1日の内クラスメイトと言葉を交わすのは必要最低限。休み時間は基本的にトイレへ行っているか、1人でスマホを見ています」

写真に写っていたのは、矢広耕太だった。

学生証として使われている写真から、隠し撮りまで様々である。

「ハーフエルフとハーフ鬼女の子共だけあって、顔は整っているんですけどね」

墨の様に黒い髪に、妖しい赤い瞳。雪の様とも、死人の様ともとれる白い肌。僅かに北欧の気配を感じる、怜悧な美貌である。

だが、学生証の写真は強張った顔をしており、隠し撮りの方はもの凄いきょどっているか、死人みたいな顔で俯いていた。

「……まあ、だから余計に不気味なのかもしれませんが」

『自分達を呪い殺せるって噂されている人物が、挙動不審なわけだからね。そりゃあ、関わりたがる生徒はいないさ。しかも背が高いから、基本的に見下ろしてくる姿勢だしね』

もしもこの場に本人がいたら、口をキュッとさせながら涙を堪えていたかもしれない。

正論とは、時に何よりも鋭い言葉の刃となる。

「しかも、魔眼の影響で妙に目の印象が強い……正直、廊下からこちらを見ている姿を数秒だけ確認しましたが、ちょっとしたホラーでしたよ。表情に出さないよう、苦労しました」

『……ちょっとまずい流れかな、これは』

電話越しだが、遠海は佐藤の眉間に皺が出来るのを感じ取った。

「やはり、そう思いますか」

『うん。現在、日本人の大半は異能者に対してネガティブな感情を持っている。一部の派手な犯罪をする異能者の印象に引っ張られてしまっている様だ』

「それだけ、ですかね」

『ま、他国からの印象操作もあるだろうけどね』

佐藤は苦笑した後、すぐに真剣な声音に戻る。

『迫害された人間が、ある日我慢の限界を迎えて暴発する。実に、よくある話だ』

「対象も、そうなる可能性がありますか」

『ある。というより、それで暴発か引きこもるかの二択以外に行くケースの方が少ない』

断言する上司に、遠海も内心で同感だと頷く。

『ここまでのプロファイリングから、対象は引きこもるタイプだ。しかし、冒険者になった事で暴力が身近になったかもしれない。警戒は必要だよ』

「それ以上に、有望な冒険者でもありますからね。どうにか、良い方向へ誘導しませんと」

『その通り。警察以上だからねぇ、異能関連の人手不足は』

2人揃って、ため息をつく。

世界規模で見れば、日本は異能者が多い方だ。その上質も高い。

だが、そもそも世界規模で異能者の数が圧倒的に足りていないのである。

日本では先の風潮により表面化していないものの、一部の国では壮絶な異能者の争奪戦が既に発生していた。

それだけ、出現したダンジョンの数が多いとも言える。

『ダンジョンの脅威だけじゃなく、新エネルギーとして魔石への注目も高まっている。いいや、魔石だけじゃない。異能にまつわる品は、どこも喉から手が出る程に欲している』

「はい」

『こちらも、対象に近づこうとする『お客さん』への対応はしていく。君は、彼がおかしな行動をしない様に上手く誘導してくれ。それと、我々が突破された場合のディフェンスもよろしく頼むよ』

「了解。しかし、スパイ防止法とかはどうなってんですかね、今……。私やこの家にいる人員だけで、対処出来るとは思えないんですけど」

遠海がいる建物には、家族役の公安がもう2人いる。どちらも非異能者であり、なおかつ荒事専門ではない。

そもそも、家族役の2人は別の任務も掛け持ちしている状況であった。

『『回帰の日』のごたごたでその辺りが有耶無耶になったあげく、ダンジョン法の施行の為に当時の内閣が総辞職したからね。そして、その後の中継ぎとも言える内閣も、東京で起きた霊的災害によりボロボロだ』

「新しく就任した防衛大臣だけでも、生き残ったのは僥倖と言うべきでしょうか」

『皮肉な話だよ。前の防衛大臣はかなりの人気者だったが、その後を継いだ彼はパッとしない政治家だった。だからこそ、当時の総理達の会議に呼ばれなかったのが、助かる切っ掛けになるとはね』

「そんな人物が、臨時とは言え総理ですか。……一応聞きますけど、彼の陰謀だったりします?この状況」

『さてね。政治家先生達を我々が疑えるのは、小説の中だけさ。上の意向には逆らえんよ』

「まあ、陰謀論じみてはいますけどね……」

そう言いながら、遠海の眉間には深い縦皺が出来上がっている。

彼女も、彼女の上司も、泉原臨時総理に疑いの目を向けている事は明白だった。

『っと。こっちも仕事の時間だ。一旦切るよ、遠海君』

「はい。お気をつけて」

『君もな。ああ、それと』

「なんでしょうか?」

『昨今の男子高校生には、『ツンデレ』が有効だそうだよ』

「情報が古いんじゃハゲ。東京湾に沈んでろ」

揶揄いまじりにほざく上司に、青筋を浮かべながら遠海は通話を終える。

スマホをベッドに放り投げた彼女は、盛大なため息と共に椅子へと腰かけた。

「……どうしますかねぇ。本当に」

つまんだ写真をピラピラと揺らし、彼女は唇を尖らせる。

その姿は、面倒な宿題を前にした学生の様だった。

「いっそ、どこぞの大統領ぐらい分かり易い人柄なら楽なんですけどねー」

何度目かのため息をついたのち、彼女は計画を練り始めるのだった。

* * *

米国、ワシントン。

「だから、何度も言っているだろう!」

ホワイトハウスの一室にて、2人の男が言い争っていた。

「今はアメリカを優先するべきだ!この国だけを!この国の国民だけを!でなければ、アメリカに未来はないぞ!なにも、他国を蔑ろにしろと言っているんじゃない!内側に力を入れろと言っているんだ!」

ブラウンの髪を後ろに撫でつけ、整った口ひげの紳士然とした男が声を荒げている。

ミゲル・タイラー副大統領。普段の鉄面皮を脱ぎ捨てた彼は、机に拳を叩きつける勢いだった。

「だからこそだ!アメリカの為にも、今こそ世界中で手を取り合う必要があるんだ!わかってくれ、ミゲル!」

それに負けない勢いで、机を挟んだ位置にいる男性が吠える。

短く刈り上げられた黒髪に、黒い肌。かなりの長身であり、スーツの下で筋肉がミチミチと音をたてていた。

「そんな甘えた考えで、国を守れるものか!現実を見ろ!」

タイラー副大統領も長身だが、それでも見上げなければならない体躯。

しかし、副大統領は目を血走らせてその男性を臆する事なく睨みつける。

「大統領である自覚を持て、『サミュエル』!」

サミュエル・フリーマン。

タイラー副大統領の言葉に、彼は背筋をシャンと伸ばした。

「もう一度言う。だからこそだ、ミゲル。自国だけを考える時代は終わった。この世界規模で発生している災害に、我々は手を取り合うべきなんだよ」

「国同士で、手を繋いで仲良く走りましょうとでも言うつもりか?出来るわけがない。外交に、友情は存在しないんだぞ……!」

「だとしても。手を握る事を諦める理由にはならない。誰かが、最初に右手を差し出す必要があるんだ」

そっと、フリーマン大統領が右手を差し出す。

それを前に、タイラー副大統領は眉間の皺を更に深めた。

「……綺麗ごとだ、サミュエル」

「綺麗ごとを言えない政治家に、私はならないよ。ミゲル」

視線をぶつけ合う彼らの間に、突如電話の着信音が割って入る。

タイラー副大統領を見つめたまま、フリーマン大統領は左手で懐からスマホを取り出した。

「もしもし、私だ」

『サム!大変だ!LAで霊的災害が発生した!』

「なんだって!?それは本当かい、ジム!」

フリーマン大統領が目を見開き、すぐさま近くで彼らの会話を見守っていた初老の女性秘書へと視線を向けた。

それを受けた彼女が、すぐさまテレビを点ける。

画面に、地獄の一端が映し出された。

『放送の途中ですが、臨時ニュースです。生放送中のテレビクルーが、霊的災害に巻き込まれたとの報告が』

『大変です!ロサンゼルスにて、霊的災害が発生しています!見えない何かが、車を、うわああああ!?』

『市民の皆さんは至急避難してください!繰り返します、市民の皆さんは至急避難してください!地下シェルターは無意味です。指定の対霊施設に』

横転する車両。燃え上がるダイナー。悲鳴を上げて逃げ惑う人々。

それが映し出され、フリーマン大統領は歯を食いしばった。

「……今、こちらにも連絡がきた。緊急の会議を開くぞ、サミュエル」

「いや。その会議は君に任せる」

タイラー副大統領の言葉に首を横に振った後、フリーマン大統領はすぐさま窓へ向かった。

「待て、サミュエル!」

彼の制止を無視し、フリーマン大統領は窓を開くなり外へと跳び出す。

瞬間、大統領の巨体を光が包み込んだ。

「とうっ!」

掛け声と共に、彼が空高く舞い上がる。

その姿は、大統領らしいスーツ姿とはかけ離れていた。

ピッチリとした、赤いボディスーツ。胸に刻まれた青い星。頭の天辺から鼻までを覆う、金色のマスク。

夜空を彷彿とさせるマントをたなびかせ、フリーマン大統領は飛翔を開始した。

「サポートを頼むぞ、ジム!」

『ああ!君をエスコートするのが、僕の役目さ!』

スマホからイヤホンでの通話に切り替え、大統領はロサンゼルスへと急行する。

彼、サミュエル・フリーマンがなぜ47歳の若さで大統領になったのか。

彼が、元海兵隊という経歴を持っていたからか。否。

彼が、黒人かつ同性愛者だからか。否。

それは彼が、この国で最も頼りになるタフガイだったからに他ならない。

「煌めけ!星の外套よ!」

『固有異能: 星海を渡る船(スターシップ) 』

フリーマン大統領の背ではためくマントが、強い輝きを放った。膨大な魔力が放出され、彼の体が凄まじい勢いで加速していく。

米国の異能者は、全体的に霊的な才能に乏しい。殴り合いにおいて、特殊部隊はおろか格闘技を学んだ一般人に負ける事もある。

だが、物事には常に例外がつきものだ。

サミュエル・フリーマン。彼の異能者としての才能は世界でもトップクラスであり、海兵隊仕込みの戦闘技術が加わる事で『最強の異能者』として勇名を馳せている。

文字通り飛んでいった大統領を見つめながら、タイラー副大統領は額を手で押さえた。

「違う……!違うんだ、サミュエル……!」

米国で発生した数々の霊的災害において、英雄としか言いようのない活躍をしてきたフリーマン大統領。

絶大な人気を誇る彼に対し、副大統領は悲し気な視線を向けた。

「大統領がすべき仕事は、そうじゃない。そうじゃないんだ……!」

彼の痛みを堪える様な声を聞いたのは、たった1人だけだった。

* * *

「待っていろ、無辜の民よ……!絶対に助けてみせる!」

飛行しながら、フリーマン大統領は必死の形相で加速を続ける。

「何故なら、私は……!」

常人では呼吸すら難しい高度と速度。その中で、高らかに彼は吠えた。

「君達の、『お兄ちゃん』なのだから!!」

人類は皆兄弟であり、アメリカ大統領とは人類全ての長子なのである。

そう大統領演説にて語った、サミュエル・フリーマン。

とある世界線において、彼が死亡したのは───これから、僅か2年後の事であった。