軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 ベッドの下には

閑話 ベッドの下には

サイド なし

某県某所。

駅前のビジネスホテルの一室にて、1人の男性が部屋の中を見て回っていた。

どこにでもいそうな顔立ちをした、中肉中背の日本人。少しよれたスーツに、地味な色のネクタイという出で立ちは、出張か何かで来たサラリーマンという風貌であった。

暫らくして彼は満足したのか、ベッドに腰かけてどこかへと電話をする。

『はい。もしもし』

「やあ、遠海君。佐藤だよ」

笑顔でそう告げる男性に、電話先の女性は小さくため息をつく。

『また名前変わったんですか』

「うん。私は君と違って目立たないからね。色んな所を転々とさせられるのさ」

『私だって、好きで目立っているわけじゃないんですけどね』

声に不満の色を混ぜる相手に、佐藤は楽しそうに笑う。

「まあそう言わないで。それもある意味武器だよ。目立つ容姿も、目立たない容姿も、使いようだからね」

『はいはい。それで、何の用ですか?』

面倒くさそうに対応する部下に、佐藤は苦笑する。

「いやね。そっちの調査状況が知りたくなったのさ。ちょっと教えてくれないかい?」

『……報告書は出しましたが』

「アレは、事実しか書かれていない。私は君の所感も聞きたいのだよ」

『……普通、所感を書くな。事実だけ書けって言うもんじゃないですか?』

「私達は普通の公務員とは、ちょっとだけ違うからね。それにこんな世の中だ。普通なんて言葉は、もう当てにならないよ」

『……それもそうですね』

佐藤は、そして電話の相手である遠海は、警察官だ。

警視庁、 公(・) 安(・) 部(・) 所属の、警察官である。

「それで。話してくれるかな、遠海君」

『……スケルトンによる、小規模な霊的災害。正直に言って、あの被害の少なさは幸運の連続がうんだ、『不幸中の幸い』としか言いようがありません』

ぽつぽつと、遠海は語り出す。

『偶然、出現した魔物が弱い部類だった。偶然、ダンジョンの規模も小さなものだった。偶然、善良かつ強力な能力を持った冒険者候補がいた。これにより、あの霊的災害は非常に軽微な被害で済みました。ひたすらに、運が良かった。いや、悪運と言うべきでしょうか』

「つまり、あの一件に裏はないと、君は思っているのだね?」

『調査は続けていますが、そう感じてはいます。ただ……』

「ただ?」

『……妙なタイヤ痕がありました』

遠海の言葉に、佐藤は小さく首を傾げる。

「タイヤ痕?それは、チャリオットとかの『霊装』や異能の一部がつけたものかい?」

『恐らく違うかと。乗用車やバイクのタイヤだとしても、それ程の違和感はないものです』

「だが、君はそれが気になった」

『……ただの勘ですけどね。根拠はありません。私は感知系の異能を持っていないので、何とも言えませんけど。痕跡も少ないので、車種の特定も出来ません』

「いやいや。確かに異能は便利だが、刑事の勘と言うのもバカにならんよ、遠海君」

『です、かねぇ』

「ちなみに、周囲に防犯カメラは?」

『ありませんよ。現場はシャッター街です。店舗の監視カメラは大半が稼働を停止していました。車の通りも多くない所でしたので、車載カメラも当てに出来ません』

「……あの現場。少し行った所に高速道路のインターや駅があったはずだね。その辺りのカメラは?」

『不審な物は映っていませんでした。どうやら、そちらは通らなかった様です』

「……確かに、何だか妙だねぇ。現場の痕跡から、スケルトンを複数体撥ねた可能性があるのも含めて、違和感の多い話だ」

『ですね。霊的装備が施された大型車両は、現状かなり少ないので。かなり目立ちます』

佐藤は自身の顎を撫で、その人の良さそうな顔に不敵な笑みを浮かべる。

「良いじゃないか。タイヤ痕から事故車両を追いかけるのは、警察の仕事だよ。是非、その善意の当て逃げ犯を追いかけてくれたまえ」

『当て逃げって……魔物を轢いた場合、どの罪になるんですかね』

「さあ?格好つけただけだから、深くツッコまないでくれると嬉しいな」

『えぇ……』

ケラケラと笑う上司に、遠海はげんなりした声を出す。

『というか、そういう佐藤さんはどうなんですか?そっち』

「うーん。やっぱり、例の東京の一件で活躍した少女達に海外からのアプローチが増えてきているねぇ」

『才能のある異能者は、どこだって欲しい……ですか』

「そうだね。特に、『日本』の異能者は」

小さく、佐藤が肩をすくめる。

「あの情報───『国ごとに異能者の才能に大きな差がある』というのは、もはや確実らしいよ」

『……です、か』

「アメリカや中国と言った大国どころか、世界中の国々と比べても『日本と英国だけ異能者の能力値』が突出している」

佐藤が言った事は、未だ公にはされていないものだった。

彼が、方々の伝手を頼り、各国が隠していた異能者の能力値を調べて回ったのである。もっとも、この情報も後1カ月か2カ月もすれば公開されるだろうが。

たかが1カ月。されど1カ月。この差をどう活かすかが、佐藤達には求められている。

「どうにも、霊脈の流れが関係しているらしくてね。地球上全ての土地に大なり小なり魔力とやらが流れているらしいが、その噴出口の状況が違う様だ」

『前に佐藤さんが言っていた、上に住んでいる人間への影響……でしたっけ』

「ああ。それにより、異能者の質は変わっていると考えて良い。そのくせ、魔力自体は土地を流れているわけだから、ダンジョンの発生率やその危険度に大差はない」

佐藤の目が一瞬だけ鋭くなる。

「日本や英国の異能者のステータスは、大半が平均『15』。それ以上の者もチラホラといる。だが、それ以外の国々は『12』前後ばかり。しかも、異能の数も1つだけかつ、使いどころの困るものが多い」

『……それはまた』

「元々、強力な異能者の引き抜きはあった。しかし、今後はそれが激化するだろう。忙しくなるぞ、遠海君……!」

『…………』

遠海は少しの間押し黙った後。

『……いや。今でも十分忙しいんですけど。普通の警官なら得られたはずの休暇が、私全部消えているんですけど』

「……忙しくなるぞ、遠海君!」

『死刑宣告ですか?』

佐藤も遠海も、もはや最後に家へ帰ったのがいつか思い出せなくなりつつあった。

公安の優れた記憶力でもこれなので、そうとうである。

『というか。そう思うのなら先生方にもっと異能者とか冒険者の待遇改善しろって、呼びかけてくださいよ』

「ふっ……映画の見過ぎだよ、遠海君。公安だからって、政治家先生達に真っ向から何か言えるわけがないじゃないか。普通に考えて」

『普通という言葉、当てにしないんじゃなかったんですか?』

「記憶にございません」

『こいつ……!』

無駄にキリっとした顔を上司がしているのを、遠海は電話越しながら察した。

拳を握る彼女に、佐藤は再び視線を鋭くさせる。

「そういう事だから、例の件は任せるよ」

『……了解。準備にもう少しかかりそうですが、完了次第接触します』

「ああ。頼むよ。既に海外の異能者と思しき人物が、彼に接触している。名前は日本人だが、どうにも両親の所在があやふやな相手だ。『彼』の引き抜き阻止と、人格調査を行ってくれ」

『はい。……ただ、1つだけ疑問が』

「なんだね」

電話越しに、両者は一瞬だけ睨み合う。

『私の年齢。誤魔化すにしても高校生は無理があるのでは?』

「大丈夫。むしろ小学生に間違われないか心配な見た目だから」

一瞬で、アホみたいな空気が室内を満たした。

『いやいやいや。年齢詐称するにしても大学生が限度ですって。私今年で28ですよ』

「安心してくれ。私や他のメンバーすら、初見で君の実年齢はわからない。どう見ても子供だ。若者風に言うのなら、合法ロリというやつだよ」

『セクハラですよクソ爺』

「爺じゃない。爺じゃないったら……ない……!」

佐藤は、そっと涙を流す。

大概の窮地ならばへこたれないメンタルを持っているが、抜け毛と白髪の増加によって、彼の心は打ちのめされていた。

朝起きた時、ベッドの枕が怖いお年頃である。

「わ、私も、明日は朝一で『例の団体』に接触する予定だ。この辺で失礼するよ」

『了解。ホテルの部屋に抜け毛残し過ぎないでくださいね』

「部下から虐めを受けていると、今度上に言ってやろうかな……!」

『はいはい。それまで生き残ってくださいね』

「そちらこそ。早死には避けたまえよ」

通話を終え、佐藤は一息つく。

そして、懐から懐中時計を取り出した。

万が一の時、被害が及ばない為に。そして己の本名を知られない為に。彼は出来るだけ自分に繋がる物品を持ち歩かない。

だが、これだけは別だった。

開かれた蓋の内側には、愛する家族からのメッセージが書かれている。普通の会社に就職した娘が初任給で購入してくれた、懐中時計。

それを眺めた後、佐藤は寝る支度に入る。

盗聴器の類はないか、彼は念入りに調べていた。魔法の類が仕掛けられていないかも、政府から支給された魔道具も使い警戒をしていた。

だが。

「え?」

彼の足が、何かに掴まれる。

完全な不意打ちに、驚きの声を上げながらも手を懐に入れたのは佐藤の優秀さを示していた。

だが、次の瞬間には彼の体が動かなくなる。指先1つどころか、眼球さえ石の様に固まった。

どたん、と大きな音をたてて佐藤は床に引き倒され、そのままベッドの下に吸い込まれていく。

暫らくの間、ぐちゃぐちゃと汚らしい咀嚼音が響いた後。

ベッドの下から、佐藤が姿を現した。

彼はどこか虚ろな目で襟を正した後、洗面所に向かう。

娘からのプレゼントは、ベッドの下に落ちたままだった。