作品タイトル不明
閑話 アメリカの今
閑話 アメリカの今
サイド なし
アメリカ、フロリダ州。マイアミ。
世界でも有数のリゾート地であり、白い砂浜が街として知られている。
だが光の強い場所に、影ができるのは当然の事。ギャング。密輸業者。国際的犯罪者集団。
そういった存在と、警察は戦い続けている。
しかし。『人の世』の悪とは関係ない。『神の世』の悪が、今は容易に姿を現す時代であった。
「うわあああああああ!?」
大通りに悲鳴が響き渡る。
華やかな建物が並び、タクシーや高級車が行き来する道路。裏の住人でもそうそう派手な事はしないその場所が、赤く染まっていた。
あちこちに倒れ伏す人々。男も女も人種も貧富も関係なく、多くの人間が体のどこかに穴を開けて倒れていた。
その中で、銃を持った大柄な男が立っている。血走った目を忙しなく動かし、拳銃をしきりに左右へ動かしていた。
誰が見ても冷静な精神状況ではない。一見すれば、彼の凶行の結果がこの惨状に思えるだろう。
しかし、彼も哀れな犠牲者の1人に過ぎない。
「く、来るな化け物ぉ!近寄るんじゃなぁい!」
銃声。狙いもつけずに放たれた弾丸が道路標識に当たり、甲高い音を立てる。
続けて放たれた弾丸が道路を抉り、壁に傷をつけた。それが何回か続き、カチカチという音だけが彼の手元から聞こえてくる。
「あ、あああ……!」
弾切れになった銃を見て顔面蒼白となった彼の目の前に、1体の異形が姿を見せる。
先ほどまで、そこには何もいなかったというのに、まるで大気に沁み込む様に現れた存在。
背丈は、この大柄な男性と変わらない。だが、強面などという言葉では済まない顔をしている。
魚だ。ギョロリとした感情の見えない瞳に、唇のない口から覗く鋭い牙。湿り気のある鱗に覆われたその顔面は、肉食魚のもの。
筋骨隆々とした肉体もまた鱗に覆われており、その手には三又の槍が握られている。
『ギギギ……』
普通の魚ならばあげないだろう、声。そして、つり上がる口角。
不気味な笑みを浮かべる怪物に、銃を持っている男は血走った目でナイフを突き出した。
「なめんじゃねぇぞ化け物ぉおお!」
肉厚の、牛の骨でも使い手次第では叩き割りそうな刃。それを躊躇なく男は怪物へ振るった。
しかし、それは霞にでも振るった様にすり抜ける。直後、三又の槍が男の喉を貫いた。
「あ、が……」
『ギギギ……!』
首を押さえて倒れた男に、魚面の怪物は笑いながら牙を突き立てた。
『サハギン』
人と魚の混ざった怪物は、この1体だけではない。
10……20……50を超える群れが、この場で殺戮と食事を楽しんでいる。
ただ人には見えない異形の者どもが、人々の血肉を美味しそうに貪っていた。
その空間に、犬の吠える声が加わる。直後に、小さな少女の焦った様な声。
『バウッ!バウッ!』
「ダメ!ダメ、ジョン!お願いだから、静かにして……!」
サハギンに襲われて事故を起こした車の陰。そこに、中型の犬を抱きかかえて必死に宥めている少女がいる。
その存在に気づいた怪物が3体、ゆっくりと近づき始めた。わざわざ己の姿を常人にも見える様に魔力を調整し、ニタニタと笑いながら。
「ひっ……!」
まだ10にも満たない少女が、喉を引きつらせる。今になって怯えた様にか細い声を出す犬と身を寄せ合い、怪物を見ている事しかできない。
見開かれた瞳に狙いをつける様に、三又の槍が構えられる。
それが、振り下ろされる───寸前。
「おおおおお!」
野太い雄叫びが空気を切り裂き、同時にサハギンの右腕を斧が叩き割った。
『ギギギィィ!?』
悲鳴を上げてよろめいた怪物の首に、返す刀で斧が食い込む。乱入者は骨にまで届いた刃をその剛力で無理矢理振るい、サハギンの体を地面に叩きつけた。
他2体の魚人がすぐさま武器を構えるも、片方の個体には矢が、もう片方の個体には槍が突き刺さる。
「先行し過ぎだ、モーガン!」
「急用でな!援護感謝する!」
「後でビール奢れよ!」
少女の前に立つのは、身長2メートルを超えるタフガイ。
発達した筋肉を惜しげもなく晒し、衣類と呼べるのは腰の黒いパンツのみ。肌に直接いくつものベルトを巻き、頭には角のついた兜を被っている。
右手に斧。左手に盾を持ったその男は、ニッカリと少女に笑いかけた。
「もう大丈夫!すぐに逃げなさい!立って、走るんだ!」
「は、はい!」
その言葉に、少女は一も二もなく愛犬と共に走り出す。
それを見送る余裕などなく、男は、モーガンは斧と盾を構え直した。
彼の隣に槍を持った騎士風の男が並び、後ろでは中華風の女が弓を引き絞っている。
「……随分と、好き勝手暴れてくれたな。化け物ども」
『ギギギ……!』
突如現れた、自分達を害する事ができる存在に、サハギン達の視線が彼らに集まる。
数の差は圧倒的。それに怯む事なく、3人は怪物どもを睨み返した。
「ここからは、俺達が相手だ!」
『ギィィィ!』
モーガンと騎士風の男が走り出し、それを追い越して中華風の女が放った矢が飛んでいく。
当然サハギン達も迎えうつが、繰り出した三又の穂先は盾と鎧で弾かれ、逆に鋼の刃がその身を抉った。
「おおおおおお!」
「ふん!ふん!ふんっ!!」
「しっ……!」
モーガンがその体躯を活かし、数体を纏めてシールドバッシュにより吹き飛ばす。
騎士風の男が豪快に槍を振るい、中華風の女が正確に2人の死角から近づく個体を狙い撃った。
「俺達は1年間、ダンジョンで鍛え続けた!今更お前らなんかに!」
「っ!モーガン!新手よ!大きな魔力がこちらに近づいている!」
「なにっ!?」
蹴散らされるサハギン達を押しのけて、新たに異形が現れる。
身長2メートル半。モーガンすら見上げる他ない巨体の、魚人。その顔立ちと背びれが、何の魚と混ざった存在かを告げている。
『シャーク・ブラッド』
サメの魚人は、雄叫びもなく手に持った二又の槍を構えた。その穂先はもはやグレイブと見分けがつかぬほどに長く、分厚い。
「くっ……!」
即座にシャーク・ブラッドの眼前にモーガンが立ち、後衛を狙わせまいと盾を構えた。
だが、次の瞬間。彼の体が宙を舞う。
「は?」
間の抜けた声が彼の口から出た直後、その広い背中がアスファルトの地面に叩きつけられた。
そして、激痛が脳を焼く。
「が、ああああああ!?」
モーガンの見開かれた目が、己の左手が『あった場所』を直視する。
盾ごと粉砕され、手首から先が肉片となって辺りに散らばった。
「そんな……!」
「まずい!シャーク・ブラッドは、たしか『オーク』に匹敵する身体能力を……!」
リーダーの負傷に、残り2人が動揺する。
その隙を、サハギン達は見逃さない。
「ぐわっ!」
「く、来るな!」
周囲から突き出された三又の槍に、騎士風の男が衝撃に耐えられず転倒する。車の屋根に陣取る中華風の女を包囲する様に、サハギン達が接近を開始した。
多勢に無勢。傷口を押さえてうずくまるモーガンに、サメの魚人はのしのしと近づく。
その穂先が、容赦なく彼の頭蓋を叩き割った。
周囲では、残された2人がサハギン達に取り囲まれ、容赦なく槍でめった刺しにされている。
動かなくなった敵に、怪物達が雄叫びをあげた。
『ガアアアアアアアッ!』
「おおおおおおおおっ!」
そこに、人間の男の声が混ざる。
大急ぎで駆けてくる、鎧武者。日本の鎧兜を纏い、刀を手にサハギン達へ向かってきていた。
先の3人に比べて、その動きは明らかに素人臭い。だが、速い。
シャーク・ブラッドが、警戒心を剥き出しにして得物を構える。10秒もせず、数百メートルはあった彼我の距離が0になった。
「でりゃああああああ!」
『ゴァアアアアアアッ!』
互いの武器が、空に軌跡を残し。
シャーク・ブラッドの胴が、真っ二つに両断された。
そこからサハギン達がどうなったかなど、語るまでもない。
* * *
ワシントン、ホワイトハウス。
「くそっ、すぐに向かわねば……!」
「待て、サミュエル!行かなくていい!」
会議室を文字通り飛び出して行こうとするフリーマン大統領の肩を、タイラー副大統領が押さえる。
「離せミゲル!私はお兄ちゃんだぞ!」
「もう終わった!現地に日本の異能者が到着。敵を殲滅した。ここからは医者と消防士の仕事だ。お前が行っても現場を混乱させるだけだ!」
「くっ……!」
スマホを片手に告げる副大統領に、フリーマン大統領は下を向く。
動きを止めた彼にほっと息を吐いた後、副大統領は視線で他の参加者に退室を促した。それに逆らう者はおらず、会議室には彼らだけとなる。
「……ミゲル。犠牲者は」
「……確認できているだけで100人以上。内3名は現場に駆け付けた州軍の異能者達だ」
「そうか……」
フリーマン大統領が、大きな拳をギチリと握りしめる。
「私が、私がもっと早く気づいていれば……!」
「仕方がないだろう……今は、キャサリンがいないんだ」
2人の顔には、深い影ができていた。
キャサリン。フリーマン大統領が議員になった頃から支えてくれた人物。彼女が亡くなったのは、たった3日前の事であった。
死因は、火の不始末による火災。彼女とその家族も、共に焼死した。遺体の状態は酷いもので、誰が誰なのかほとんど分からず、状況からキャサリンとその家族と判断したぐらいである。
「……本当の死因は、現在も調査中だ。キャサリンが、ただの不注意で死ぬはずがない……!」
「……そうだな。しかし、他殺だとしたらいったい誰が……」
「分からん。だが、ホワイトハウス内にだって敵は多い。油断はするなよ。俺も、しない」
キャサリンのスマホを入念に調べた結果出てきた情報を、タイラー副大統領はあえて口にしなかった。
彼自身、未だ信じる事ができないでいる。何なら、何者かが濡れ衣を着せようとしたのだと、信じようとしていた。
まさか、キャサリンが『カラミティ』に武器を流していた可能性があるなど。これまでの彼女の経歴と性格からは、考えられない。
人が変わった、どころか。別人が成り代わっていたのではとさえ、タイラー副大統領は疑っていた。
「……話を変えよう。日本からヘッドハンティングした異能者は、よくやってくれている。やはり、日本と英国の異能者は優れた霊能の才を持っているようだ」
「……そうだな」
フリーマン大統領は、深呼吸をしてからタイラー副大統領に振り返る。
「しかし、彼らはなぜ故郷を離れ、こんなにもアメリカへ移住を?今も増えていると報告を受けたが……。英国では、異能者にはサーの称号が与えられヨーロッパの防衛に従事していると聞くぞ」
「皆お前を信じているからだ、サミュエル」
タイラー副大統領が、大袈裟に肩をすくめる。
「日本は、異能者と非異能者の溝が先進国の中でも特に深い。大統領が、国民の代表が異能者の先進国があれば、そちらに流れるのは不思議じゃないさ」
「そうか……」
日本の異能者が、アメリカからの勧誘に頷き易いのはまさにそれが理由であった。
タイラー副大統領は表情にこそ出さないものの、内心で眉をひそめる。
日本は、不自然なほどに異能者の排斥に傾いていた。最近になって、やっと正常に戻り始めたが。
世界には、魔女狩りじみた対応を異能者にとる国家もある。だが、大抵の先進国はむしろ抱え込みに動いていた。
流石に某国の様に国内の異能者を全員徴兵し、既存の技術をこれでもかと使って強固な洗脳を施す国は珍しいものの、『積極的に強い異能者を国外に追い出そうとしている』日本には、疑問があった。
しかし、確定情報以外をフリーマン大統領に告げると面倒な事になると、タイラー副大統領はその事を頭の片隅に追いやる。
何より、『人類全てのお兄ちゃん』を自称する大統領とは違い、副大統領はまず自国の利益を考える、ある意味で政治家らしい男であった。
「しかし、州軍から精鋭が3人も失われたのはきつい。ただでさえ、戦える異能者は少ないというのに……」
「やはり、ここは私がもっと多く出撃するしか……!」
「ニンポウのブンシンを覚えてからにしろ。大統領の職務を忘れるな」
「ぬぅ……!頑張れば、その場で残像と同時攻撃もできるのだが……!」
「……そうか」
内心でドン引きしながら、タイラー副大統領は真顔を維持した。
「そう言えばミゲル。例の、『グラディエーター』はどうなっているんだ。試作機であるアレをもとに、量産機を作るという話だったが……」
「正直に言って、あまり成果は上げられていない。想像以上に、機械による魔道具の生産は難しいようだ。異能者が手作りした物でなければ、まともに動かん」
「そうか……残念だ。しかし、スタッフには今後も研究を続けてもらおう。グラディエーターの技術が、いずれ別の研究で役立つかもしれない」
「俺もそう願っているよ。高い金を払って作ったんだ。選挙用のマスコット以外の仕事もしてもらわねば」
「───なんだって?」
フリーマン大統領の目が鋭くなる。それに、タイラー副大統領がしまったとばかりに口を『へ』の字にした。
「ミゲル。まさかこの重要な時期に、選挙の為だけに莫大な予算と、貴重な異能者の生産職を使ったというのか?」
「だけじゃないさ。量産化もいつかはできると、願っている。それに、国民には安心が必要なんだ。そうでなければ、経済活動が停滞する。国全体の事を考えろ、サミュエル」
「だが!仮初めの安心なんぞすぐに剥がれ落ちるぞ!信じていたものが嘘だと分かった時、国民はより深い絶望を味わう事になる!」
「だから!その絶望の前により多く日本の異能者をアメリカに集める必要がるんだ!その為には、お前に大統領でいてもらわないといけないんだよ!」
「なっ!?私まで、客引きの為店の前に立つバニーガールにしようと言うのか!そんな目で見ていたのか、ミゲル!」
「違う!違う違う、違う!聞け、サミュエル!お前のバニーガール姿なんて見たくない!いや、そうじゃない!そうじゃないんだサミュエル!俺は国益を思ってだな」
「今は人類が手を取り合い、協力し合わねばならない時なんだ!魔物は国家ではない!交渉でどうにかなる余地はないんだ!パイの奪い合いをしている時じゃないんだよ!それを分かるんだ!」
「こんの……綺麗ごとばかりを!共通の敵がいるからと言って、人が分かり合えるものか!利益でもってしか、人は動かない!道徳はその補助に過ぎないんだ!」
もはや唾を飛ばす勢いで、互いに睨み合うフリーマン大統領とタイラー副大統領。
記者会見の場では決して見せない、本音のぶつかり合い。親しい仲だからこそ、彼らはヒートアップする。
「ならば、君も利益だけを理由に私と一緒にいるというのか!」
「そうさ!じゃなきゃ、誰がお前なんかを……!」
そこまで言って、タイラー副大統領の言葉がようやく止まる。
本気で傷ついた顔をする、 友(・) 人(・) を見てしまったがゆえに。
「……違う。違うんだ、サミュエル……」
「……いや、良いんだ。君の言う事は、一理ある」
何かを言おうとしたタイラー副大統領だが、フリーマン大統領が手で制する。
普段ならば、ここまで熱くなる前に、頼れる秘書が2人のケツを引っ叩いてでも止めてくれた。そして呆れた様にため息をついて、彼らの意見を噛み砕いて互いに伝えてくれる。
だが、キャサリンはもういない。大統領の第一秘書は、もうこの世にはいないのだ。
沈黙が部屋を支配する中、ノックの音が響く。
「……どうした」
「申し訳ありません、大統領。そろそろ、ホワイトハウス内の『魔法点検』の時間でして……」
「……分かった。すまない、今行く」
恐る恐るといった様子で報告してくる第二秘書に、フリーマン大統領は頷く。
2人とも、こんな時にと思った。しかし、口に出す事はない。心のどこかで、一端距離を置きたいと思っていた。
『魔法点検』。それは、日本からヘッドハンティングした異能者の1人。魔力視の魔眼もちによる、建物と職員に不審な魔力反応がないかを調べる作業である。
本来は抜き打ちでやるべきなのだが、ホワイトハウスである以上そうもいかない。1週間前から日時が告知され、準備をしなければならないのだ。
「……キャサリンは、何者かに魔法で操られていたのだろうか。でなければ、あんな死に方……」
「……さあな。全ては、闇の中だ」
2人は、並んで会議室を出ていく。
実際の距離とは違い、その心に大きな溝を作ったまま。