作品タイトル不明
8 みんなのアイドル?
もこもことした丸みを帯びるクスノキが全体を覆う御山。そのそば近くにひっそりと建つ楠木邸は、敷地外を取り巻くクスノキにより、御山との境界線が曖昧になっている。
けれども、その存在は上空から見ると一目瞭然である。
あるがままの状態――荒れ放題の御山に反し、整然と整えられた箱庭の 体(てい) をなすがゆえに。
見栄え重視で配置された木々。真円に近い形状の露天風呂。庭を蛇行して横断する川。
すべてが美しく形作られている。
しぶきを上げて流れ落ちる滝によって流れができた川は、一本の巨大な生き物めいて川面が波打つ。
そんな神の庭に、軽やかな滝の音とたくさんの鳥のさえずりが響いていた。
山側の塀近くに並ぶ二基の石灯籠。その一基の周りにだけ、野鳥が集まっている。
ドーナツ状にひしめく野鳥たちが見上げる先には、もちろん彼らの 長(おさ) ――鳳凰がいる。
久方ぶりのご起床で、火袋の 際(きわ) にふんぞり返り、眼下の野鳥たちと語らっていた。
その光景を縁側にいる湊と山神が時折、眺めやる。
座卓につく湊は護符作成中。その正面に 横臥(おうが) した山神はまどろみ中。
いつもに増して眠そうな山神だが、つい先ほど目覚めたばかりだ。
その身は、まだ小さく、座布団があまりまくっている。
「前から思ってたけど、鳥さんって、アイドルっぽいよね」
「あいどる……」
たどたどしく復唱した山神は脳内に検索をかけ、その意味に気づくとあくびをした。
「あれであろう、芸者なる者」
「――合ってるような、いないような……? いや、合ってはないか、芸はしてないから……」
なんとなくつぶやいた言葉に返事が返ってきて、湊はやや上の空で応えた。筆を握るその手は動き続けている。
護符作成には、多大な集中力を要するものだ。
長時間、異能を遣い続けて書けるはずもなく、最後の一枚になる頃には、やや意識が散漫になってくる。
そうなる前は、周囲の音は気にならないものの、次第に野鳥たちの鳴き声が耳についたのだった。
「鳥さん、久しぶりのご起床だから、野鳥たちがうれしそうでよかったよ」
野鳥は、鳳凰が眠っている間も頻繁に庭先に訪れる。
塀で羽を休めつつしばらく石灯籠を眺め、長が目覚める様子がないとわかると静かに去っていく。
このあたりでは見かけない珍しい野鳥も訪れることも多い。会えずに飛び去る様はたいそう名残惜しげで、気の毒でしょうがない。
「わざわざ遠くから会いにくる鳥もいるんだろうな……」
初めて目にする野鳥はネットで調べるようにしており、中には愛鳥家の方々が一生に一度はお目にかかりたいと願う、希少種がいたこともある。
ピーチクパーチク。やや大きめのさえずりが空から聞こえた。
湊がそちらを見やる。
鳴きながら敷地に降り立ったのは、褐色の小鳥。
いそいそと群れへと参加するその頭頂部でゆれる、特徴的な 冠羽(かんう) 。
「ヒバリだ」
いつの間にか、湊も野鳥の名前にやや詳しくなっていた。
「多くの鳥は生きているうちに、一目でも鳳凰のに会いたいと願うモノが多いようぞ」
「そうなんだ。でもなかなか難しいよね」
ただでさえ鳳凰は、長きにわたり穢れた神に取り込まれていた。
少し前まで、地球上に生きている鳥の中で、自分たちの長を目にしたことがあるモノは、皆無だったのだ。
ゆえに何かと野鳥が集って姦しくても、迷惑だとは思わない。気が済むまで長と接していくがいい、と寛大な気持ちで見守っている。
野鳥たちの行儀がよいせいもあるだろう。彼らは決して、川、温泉には近づかない。
湊が滝を見やる。
どうどうと落水するその雄大な姿が視界に入るだけで、涼を感じられる。近くにある大岩に霧雨状のしぶきがかかっている。
そこを定位置とする主たち――霊亀と応龍は、今はいない。
朝から日課の川チェックをした時には、滝壺はもぬけの殻で、霊亀の姿も見えず。ともに竜宮門から出かけたようだった。
麒麟も帰ってきておらず、今回は少しばかり長く旅行を楽しんでいるようだ。
湊が最後の和紙に格子状の線を書き終え、筆を置いた。
「ここまでにしよう。山神先生、確認お願いします」
本日の護符の出来栄えチェックは、山神補佐官である。
鳳凰鬼教官はご多忙のようなので。
座卓には、墨痕鮮やかな文字と格子紋が記された和紙が隙間なく並んでいる。
半分は祓いの力のみ、もう半分は祓いの力を閉じ込めた物だ。
よっこらせと起き上がった山神が座卓につく。
ついっと顎を上げ、まるで値踏みするかのごとき様相で、護符を流し見た。
「うむ、どれもよき。半分はしかと祓いの力が閉じ込められておる」
が、湊の手元の一枚で視線を止める。
「最後に書かれた一枚を除いてな」
「――やっぱり、そうか……」
それを手に取った湊が、しげしげと見る。
湊の目には、他の和紙に描いた線となんら変わらない太さ、長さ、形にしか見えていない。
とはいえ、集中力を欠いていたのは自覚していた。
おそらく閉じ込める力のほうは込めきれていないだろうと予想していた。
湊が播磨専用の『甘酒饅頭』と書いた和紙を、山神へと向ける。
「この祓いの力のみのほうは、山神さんにはどんな風に視えてるの?」
「そうさな、まず字自体が翡翠色をしておる。そして、そこから暴力的な同色の光を発して放射状に広がり…… 否(いな) 、まき散らしておると云うべきであろうな」
「言い方がひどい」
「たとえその光が美しくとも、視えるモノにとって痛みを伴うほど強烈であることは真実ぞ」
やけに厳かに宣告された。
褒められているのか、けなされているのか。
どういう顔をしたらいいかわからぬといった様子の湊が、護符を座卓に戻した。
「今は枚数があるゆえ、一枚の時よりはるかにその光は強く範囲も広い。一枚なら――」
山神が庭を見やる。その先、庭の中央に生えるクスノキの若葉が躍るようになびいた。
「辛うじてクスノキまで届くくらいか。複数枚そろう今は裏門まで達しておるぞ。さらには光の中心の明るさたるや、まさしく閃光弾のごとし」
「そんなまさか、俺の力が山神さん並の光害レベルだとでも……?」
ふふんと山神が鼻を鳴らし、ふんぞり返る。
「なあに、我の光にはちと及ばぬわ」
ぺかーっとその身が光をぶっ放した。
あっという間に座卓から方々へと拡散していた翡翠光が、 金色(こんじき) の光に覆い尽くされてしまった。
濃さが段違いだった。
一拍遅れ、光の暴力を喰らった湊が目元を覆う。
驚いた野鳥の半数も飛んで逃げていった。
山神の光に耐性のある近隣からお越しの皆様――スズメ、ハト、カラスは留まっている。
「せめて前触れがほしい。切実に……」
湊の声にはやや苛立ちが含まれていた。
肌表面に圧、温度まで感じる光は、山神が神力を取り戻しつつある証左で喜ばしくはあれど、突然の光の暴力には、いつまで経っても慣れない。
湊が指の隙間から薄目でうかがうと、得意満面の山神はますます光を強めている。
わざとやっているに違いない。いささかお戯れがすぎる。
湊がひと言物申そうとすると、ふいに山神の耳がくいっと後ろに倒れた。
おそらく眷属から伝達が入ったのだろう。