軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16 クスノキゆかりの神

いままでの人工的な建物とはまったく異なる様相のモノがそそり立っていた。

一本の巨樹である。

直幹で、見上げてもてっぺんは見えない。大人が十数人で手をつないでも、その幹を取り囲むことはできないだろう。

その巨樹の根元に、大きな 虚(うろ) があった。

湊が屈むことなく通れるであろうそこは、真っ暗だ。

その前に、立ちはだかるように鳥居があり、虚の上部にしめ縄まで張られている。

やけに物々しかった。

しかし湊はそのあたりはさほど気にならなかった。巨樹の全景が素晴らしかったからだ。

「この大樹、立ち姿がいいね。どっしりとして、安定感がある。なんの木なんだろう」

「イチイガシだな」

すかさずトリカが答えてくれた時であった。

『にゃ、にゃ』

ピクリと耳を動かした猫神が、突如声を張った。

『午後二時をお知らせしますにゃ』

「店長、いきなりどうしました?」

『時間にゃ。君に依頼した一番の理由は、この木の奥にいる神の対応してほしかったからにゃ。時間にうるさい神にゃ。時間ぴったりに対応しないと、自ら出て来てしまうにゃ』

「え⁉」

驚くと同時に、湊はあらためて、虚を見た。

暗い。身体どころか魂まで吸い込まれそうだ。

ややためらっていると、そこからじわりと神気が漂ってきた。

「クスノキ……」

楠木邸のクスノキがうっすら発する神気と同じであった。

「だな。あの虚の先は、木の神ククノチの神域へと続いているぞ」

トリカがいった直後、より一層濃い神気が流れ出てきた。

奇妙な音もする。

コツ、ひたひた……。コツコツ、ひたり……。

硬い物を叩く音と、足音。ひどくゆっくりと近づいてくる。

かのクスノキの生みの親といってもいい存在がお出ましになるようだ。

いかような外見なのか。そのうえなんと呼びかければいいのか。

ククノチは、男神のはずだ。

ならば、クスノキのお父さん? 父神様? いや、そもそも父ではないのか。

と高速で思考を回す間も、足音はますます大きくなる。

ゴクリ。

喉を上下させた時、暗闇からぽっと人型の神が出てきた。

杖をつき、黒い衣装は引きずるほど長い。

目深にかぶったフードかつ垂れる長い髪のせいでご尊顔はおろか、御身の線もわかりづらい。

が、痩身長駆なのは間違いない。

こう言ってはなんだが、枯れ木のようだ。

神というより、森に隠れ住む隠者のようであった。

「えっ」

予想外すぎる外見に声がもれると、ククノチの髪の間から二つの目が垣間見えた。

深い深い、緑色をしている。

「森の色だ」

湊は意図せずつぶやいていた。

感動する湊とは裏腹に、ククノチは変わらない。ふぅと深々と嘆息し、杖に寄りかかった。

「はじめまして、神様。ずいぶんお疲れのようですね」

「――ああ、ここのところ、忙しくて眠っておらんでな」

聞き取りが困難なほどの小声で、ぼそぼそと続ける。

「だから、神産物を取りに来てくれるか」

「えっと」

躊躇した湊は猫神を見た。きゅっと前足が丸まる。

『行ってきてほしいにゃ。神域内は現世と同じ時間が流れているから、心配はいらないにゃ』

一番の懸念はないとのことで、湊は決心した。

「わかりました店長。いってきます」

ゆうるりと身を翻したククノチについていく。むろん、トリカも。

「どんな神域なんだろうな」

トリカの足取りは、軽やかだ。

「トリカ、ウキウキしてるね」

「ああ、はじめてよその神のお宅に入るからな。それに、なんといってもクスノキゆかりの神だ。気になる」

「クスノキの兄弟がいっぱいいるかもしれないね」

そう思う湊も笑顔で、鳥居をくぐり、虚に足を踏み入れた。

暗い穴なんて、どこにもなかった。

そう勘違いしてしまいそうなほど、そこは明るかった。

そして、木だらけである。

「おお、予想通り」

「ああ、しかしクスノキばかりではないな」

見渡すトリカの言う通りだ。

幅広い葉の形状からして広葉樹のようだが、樹種は特定できない。乱立する木、すべてが視界に入りきれないほどの大径木だからだ。

見上げる先の梢から放射状に拡散する光芒も、あまりに遠かった。

「――小人になった気分だ」

「ついこの間、なったばかりなのにな」

遊びに来た大黒天に、えいやっと打ち出の小槌で小さくされたのである。

「いまだから言えるけど、あの時も結構面白かったよ」

「神界でそれなりに恐ろしい体験をしただろうに」

「喉元をすぎればなんとやらだよ」

からかうトリカに澄まして答えた湊は、ともに歩みを止めることなく、前をいくククノチのあとを追う。

「それにしてもククノチ様、足が速いね」

「ああ、それは己が神域だからこそだ。ククノチの足元をよく見てみろ」

その足は動いていなかった。行く手を阻む下生えや己の背丈を凌ぐ倒木もなんのその、滑るように移動していく。

「う、うらやましいっ」

湊は早くも息があがりつつあった。足場の悪さもあるが、ククノチの移動速度が尋常ではない。

「湊、無理はするな。遅れたっていいんだ。ククノチの居場所さえ、見失わなればいい」

「そっか、それは大丈夫そうだよ」

なにせ、ククノチの神気はクスノキと同じだ。

ククノチはいまや、木立の間にかすかに見え隠れする状態。しかし急に方向転換されても、居場所を特定することは容易い。

その安心感からか、湊は周囲のことが気になり出した。

「全然、動物がいないよね」

どこまでも続く果てしない森は、上層も下層も密生し、さぞかし動物も居心地よく過ごせそうだが、鳥の声も気配もない。

生態系の豊かな方丈山に慣れてしまった湊からすれば、この森は不自然極まりなかった。

「ここの木はククノチの力で育っているからな。動物の力なども借りなくとも問題ない」

森に生きる動物や植物は持ちつ持たれつの共生関係を築いているものだ。そんなものはなくとも森を維持できるのは、やはり神の領域ならではだからだろう。

樹種が変わってきた。

スギであろう。乱立する様は、檻のようだ。そのうえ地面に縦横無尽に這う根のせいで、歩きづらい。

できるだけ、踏まないようにしながら進む。

下ばかり見ていた湊は、ふいに強い気配を感じた。根という根が動き出す。

「うわあ」

うねうねとタコやイカの足のように動いている。クスノキに慣れた湊もさすがに引いた。

トリカもため息をつく。

「クスノキに負けず劣らず活きのいいことだ」

「たしかに」

苦笑した湊の足首に一本の根が絡みついた。ゆるく巻く程度で、締めつける気はないようだ。

「湊が気になって仕方がないんだろうな」

「バッグの中に、クスノキの葉があるからかな」

「それもあるが、湊がクスノキの気配をまとっているからだろう」

「――そういえば、そうだったね」

「ああ。だから、ここの木らに興味を持たれても仕方ないな」

次から次に、根が絡んでくる。

先端でつついてくる様子は、無邪気さしか感じないが、いつまでも構ってはいられない。

「――ごめん。いま仕事中だから、遊んでいる暇はないんだ」

存外素直に、拘束を解いてくれた。

ホッとしたのも束の間、杉林から抜ける寸前、枝がばさりと覆いかぶさってきた。

「わっ」

ざわざわと枝葉が絡みついてくる。

そうして、ペリッと肩の応龍の印がはがされてしまった。

ゾッと悪寒が背中を駆け抜けた。

その異変を察知したのか、囲む樹冠も激しく震える。

「湊!」

樹冠のトラップに、トリカは引っかからなかった。名を呼びつつ駆け戻ってきた。

しかし湊を覆う枝葉が厚く、阻む。

「おい、おちつけ。とにかく枝をもとに戻せ、湊を解放するんだ!」

トリカの指示に、杉はきかない。

ますます樹冠の拘束が激しくなるのは、恐慌状態に陥っているからだろう。その感情は周囲にも伝播し、杉林全体がざわめく。

「どうした、わが子らよ」

のんびりとした声がその場に響いた。

ゆらぎとともに、幽鬼めいたククノチが現れた。

長い裾を引きずり、歩み寄ってくると、厚く覆っていた樹冠が左右へ開いた。

ククノチと相対した湊は、詫びを入れた。

「えーと、お騒がせしてすみません」

顔が引きつったままなのは、悪寒が止まらないからである。

四霊の印は、強制的に幸運力を高める効果がある。

もしそれがはがれたら、反動で不幸に見舞われることになる。

湊は本能でそれがわかる。ゆえに、恐ろしくてたまらない。

しかしながら物理的な現象をともなわないため、理由を知らない者からすれば、理解が及ばないだろう。

しかしいま眼前にいるのは、神である。

むろん、地面に落ちた応龍の印も見えている。

身をかがめたククノチは、応龍の印を拾い上げた。

薄い膜めいた三本足の印。

きらめくそれをしげしげと眺めたあと、湊に視線を移した。

「これは、わがコがはがしてしまったのだな。すまない。なんとお詫びすればよいのか」

眉尻を下げ、申し訳なさがありありと伝わってきた。

「いえ、あの、わざとではないでしょうし……」

「ああ、はしゃぎすぎたようだ。しかしまあ――」

と、ククノチは突然、明るい声に変わった。

「つけ直せば済むことだな」

驚く湊の肩にぐっと応龍の印を押し付けた。

「む、つかんぞ」

手のひらをグリグリとねじ込んでくる。

「ちょっ、痛いんですけど!」

「しょうがないだろう、つきが悪いのだ。――やむをえん」

ククノチの手、全体が光った。

目もくらむ明るさを、湊は至近距離から食らってしまった。

目が〜と、お決まりの台詞を叫ぶも、目を覆うことはできない。暴れないようにか、ククノチと杉に腕を拘束されているからだ。

「よし、ついたぞ!」

ククノチが手をのける。

応龍の印が戻ったと、感覚で知れた湊は平静を取り戻した。

「おい、色が変わっているぞ」

トリカがククノチを咎める、湊も反射で見た。

いままで視認できなかった応龍の足跡が、真緑色に光っていた。

「すまない、糊の代わりに我の神気を込めたから色が変わってしもうた。だが安心したまえ、この霊獣の加護の効果はなんら変わりはない」

ククノチに悪びれなく言われ、湊もあいまいな顔をする。

「――ああはい、それならば。ありがとうございます」

「うむ。だが、いままで以上に木の関心を引いてしまうことになる。それでもキミであれば、嫌ではないだろう?」

うっすら口角を上げ、湊のボディバッグをとんと人差し指でついた。

「俺が、クスノキを育てていることがおわかりになるんですね」

「当然だ」

「ではクスノキは、ククノチ様の子どもになるんですか?」

「ああ、その認識で構わない。アレは、少し他の木とは違うが、これからも面倒見てやってくれ」

はいと答えると、ククノチは満足気に頷いた。