軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16 鳥遣いさんウォッチング|とあるケーキ屋のお嬢

先日、勇気を振り絞ってかの御仁を父の店の前で足止めし、呼び込みに成功すると、狙い通り父の体調はよくなった。

それはもう劇的に。青年が店の扉をくぐった瞬間に。

かの御仁のおかげなのは、疑いようもない。

自らの身体で実感した父など、目をかっぴらいたまましばらく動けなくなったほどだ。

そんな父はいま、洋菓子の世界大会に参加するべく異国にいる。あれからしゃにむにケーキづくりに励んでいたから、きっと大会を制してくるだろう。

新作の鳳凰を冠するケーキで。

なぜ急に、今までとまったく異なるテイストにしたのかはわからない。父は、天啓を得たからの一点張りだったのだけれど――。

「ねぇ、鳥遣いさん、いっちゃうよ」

友人に肩をゆすられ、ハッと見れば、背を向けたかの御仁が、尾を立てた猫のあとについていくところであった。その先の上空に、早くこいとばかりに、何羽ものカラスが飛び交っている。

声が出なかった。

たとえ見慣れた光景であっても、やはりかの御仁は常人ではないのだと強く感じる。

小さくなっていくその姿から目を離せないでいると、フワリと白いモノが視界を掠めた。それを指差した友人が、素っ頓狂な声をあげる。

「ちょっと! あれ、ケサランパサランじゃない!?」

「えっ、あの噂の!?」

ここ最近、この町のみならず、県内で話題になっている伝説のモノだ。

手に入れた者に幸運をもたらしてくれるという。

眉唾だと思っていた。

しかし空を浮遊するそれは、神秘的なモノに相応しい見目をしていた。

タンポポめいた綿毛が、陽光を弾いて煌めく。

それが二人の間に来たかと思えば、すいっと弧を描いて上空へ舞い上がった。つかみ取ろうとして空ぶった友人が憤る。

「なにいまの動きっ、思わせぶりすぎでしょ!」

「そういえば、昨日聞いたわ。ケサランパサランは人を選ぶんだって」

「あたしじゃ、不満だっての!? なにそれ、許せない。ぜったい捕まえてやる!」

「ちょっと、待って! 私もほしいっ」

慌てて言うと、友人がニマニマと笑った。

「そうよね〜、叶わぬ恋が叶った人もいるらしいからね〜」

ケサランパサランへ伸ばした指先が震えた。

「か、かの御仁が気になるのは恋じゃないでござる!」

白き毛玉が横転し、友人の方へ。

「往生際が悪いわ、よっと! やだ、手が届かなーい!」

ぴょんぴょんと跳びはねる女子大生たちのにぎやかな声に、湊が振り返る。微笑みを浮かべるその姿を甲斐が見ることはない。

キキ! と肩のリスザルに急かされ、足早に遠ざかっていった。

田神の神域に迷い込んだ 裏島(うらしま) 千早(ちはや) の弟―― 岳(がく) は、商店街へと至る道すがら、見知った人物を見かけた。

「あ、楠木だ」

同い年にもかかわらず、歳下に見える男である。

人畜無害を体現したような存在に思えるが、あの家に住みながらぴんしゃんしているのだから、只者ではあるまい。

岳は方丈町を離れている期間が長かったこともあり、かの家について詳しく知らないが、家族や同級生たちから噂だけは聞いていた。

家を建てる際に関わった者たちが、次々に不幸な目に遭ったということを。

命を落とした者も少なくなかった。ただあの家の中で亡くなったのは、施主だけだったという。

――楠木は、何かに護られている。

と思うのは、当てずっぽうではない。先日、御山ではじめて会った時に確信した。その身を取り巻く異質な気配に。

岳はやや気配に敏感である。

その正体はわからずとも、人ならざるモノだと気づいた。先日まで住んでいた 東都(とうと) で、やや厄介な妖怪に関わってしまったせいでトラウマを抱えてもいる。

岳は、ついその時の出来事を思い出してしまい、顔が強張った。

――いや、楠木を取り巻くモノは決して悪いモノじゃなかった。それに、あの御山にいる妖怪どももさほど害はなさそうだった。

なにせ襲ってこないのだから。

子どもの頃より数が増していたのは、やや気になるところではあるけれども。

それもあるが、何よりあの家そのものも気になる。

いわく付き物件といわれていたなど、信じられないほど立派な家であった。

まるで神社のような清浄な気――おそらく神気に包まれている。隣の御山ともども。

いまはそれがわかるようになったが、小さい頃はわからず、得体の知れない気配にあふれる御山が、ただただ苦手だった。

『それはきっと、あの御山に御座す 大神(オオカミ) さんだよ』と祖母が再三いっていたが、信じられなかった。

神聖なモノとは思えなかったからだ。

ゆえになるべく御山に足を向けないようにしていた。そのせいで、長男でありながら、都会へ逃げたのである。

結局戻ってきてしまったけれども。

――寂しかったからじゃないっての。

姉が散々そういってからかってくるが、あながち間違いでもなく、毎度強く言い返せない。

姉が戻ってきたとの吉報を聞いた時、己も帰ろうと即座に思ったのだ。

本当は、ずっと帰りたかった。

しかし反対する家族を押し切って実家を出た手前、帰るのは恥ずかしかった。

そんな風にくすぶっていたところを、姉の帰還が背中を押してくれたのだ。

姉は四年前のある寒い夜、忽然と姿を消した。どれだけ捜そうと杳として行方は知れなかった。

それが、これまたひょっこりと帰ってきたのだ。

昔となんら変わらぬ姿で。

最初は喜びに浸る家族と同じく、元気な姿で戻ってきてくれた、ただそれだけでいいと思っていた。

が、落ちついて気づいた。

あれ、姉ちゃん老けていないぞと。

その外見は、岳と同い年といっても通るだろう。

姉は決して童顔ではない。

それを姉にさりげなくいったら、表情を強張らせ、誤魔化された。爾来、そのことについては触れないようにしている。

ところで、楠木である。

なぜか走っている。それも全速力で。

その肩に張り付いているのは、リスザルだろうか。

なにゆえ。

それも気になるが、楠木と並走する老境に差し掛かった男性にもっと目を引かれた。

ライダースジャケットをまとう、その脚は長い。ストライド走法で駆ける姿は老いを感じさせないが、なびく髪はシルバーグレイだ。

「どこのじーさまだよ、シブすぎだろ。俳優か?」

すれ違う高齢のご婦人たちも頬を染め、目で追っている。それ以外の通行人たちの視線が集中するのには、別の理由もあった。楠木たちの左右と後方に猫がいる。

そのうえ、上空に無数のカラスが現れた。

けたたましい鳴き声があがったと同時、楠木たちの反対側から自転車が走ってきた。その乗り手の若人が叫ぶ。

「やめろ! ついてくるな!」

数え切れない動物に追いかけられていた。

猫、アライグマ、イタチ、果てはリードをたなびかせた大型犬にまで。

そしてカラスが次々と急降下し、若人の頭に鋭い鉤爪をお見舞いする。

「ぎゃああああー!」

叫んだ男がバランスを崩した。

速度はもう落ちていた。

楠木が駆け寄り、真正面から自転車のハンドルをつかむ。

若人のみが地面へ投げ出され、犬が、猫が、アライグマが、さらにリスザルがその脚に食らいついた。

「みんな、ほどほどに!」

楠木が一喝するや、四足動物たちは若人から離れ、カラスも舞い上がる。その際、フンは忘れずに。

輪になった動物の中心には、三人の人間がいる。

フンだらけで倒れ伏す若人、自転車を横付けした楠木、そして突っ立つ中年男性。

「私の出番はなかったな」

から笑いし、シルバーグレイの前髪をかき上げる。その後方から、二人の警官が走ってきた。

おそらく、あの若人は自転車泥棒だったのだろう。

あっという間に終わった捕り物劇であった。