軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15 鳥遣いさんウォッチング|日向工務店の親方

ぴぴぴ。

肩に乗ったハクセキレイが長い尾を上下させて鳴く。その声に物思いから引き戻された。

指先を持っていくと、ハクセキレイはためらう様子もなく乗った。素直にかわいいと思う。

もともと動物は好ましく思っていたが、飼ったことはないし、接し方も知らなかった。

ゆえに寄ってこられたら、かわいくて仕方がなくなるのは当然の帰結であった。

「親方、他のやつに聞いたんすけど、また自宅に鳥の寝床をつくってやったらしいじゃないですか」

「俺も聞いたッスよ。いまじゃ庭は鳥の巣だらけだって。そいつらのためにわざわざ水場までつくってやるなんて、親方くらいっしょ」

「そうっすよ。しかも飼ってる鳥のためじゃなくて、野生の鳥のためって、優しすぎるでしょ」

弟子たちに呆れたように言われようと、気にはならない。

へっと鼻で笑う。

「水は大事だろうが。飲む以外にも体を洗うためにいるんだ。寄生虫を落とさなきゃなんねぇからな。鳥どもも毎日ひとっ風呂浴びて、気持ちよさそうだぞ」

「へぇ。たしか砂も用意してやってるんじゃなかったですっけ?」

「ああ、砂しか浴びねぇやつもいるからな。あ、チュンちゃんは――」

「チュンちゃんって!」

と噴き出した弟子の後頭部に一発くれてやり、何食わぬ顔で続ける。

「いや、スズメどもは、水と砂どっちもいける。それに砂は食わなきゃならんしな」

「えっ、食うんすか?」

「ああ、鳥には歯がねぇだろ。だから砂嚢ってとこに砂をためてかてぇもんをすり潰すんだよ。ほら、焼き鳥に砂ズリってあんだろ。あれだあれ」

「へぇ、はじめて知りました。にしても親方、面倒見よすぎでしょ。や、知ってたけど」

益体もない話をしつつ、商店街を横切る。

しばらくすると、ある店先に件の青年が立っていた。

一人の弟子が顔を前へ突き出し、目の上に手をかざす。

「あれ、鳥遣いさんじゃねぇすか。いや、今日はリスザル遣いか」

そう、件の青年は鳥だけではなく、数多の動物に好かれるのだ。今日もその腕に首輪とリード付きのリスザルがしがみついているし、店の看板犬たる豆柴もその脚に飛びついている。

そして青年が屈むと、背中に豆柴が頭をこすりつけた。

弟子たちは感心しきりである。

「あの懐きよう、すげぇよな。あそこの豆柴、看板犬のわりに愛想なんかこれっぽちもねぇのに」

「そうそう、俺も通るたびに吠えられるわ。それに俺、他の犬や猫もあんな風に背中になつくのを見たことあるんだよ。鳥遣いさんってさぁ、背中から動物ホイホイのフェロモンでも出してるんじゃねぇの?」

「いや、動物限定じゃないだろ。若いねぇちゃんが話しかけるのも、何回も見たことがある。うらやましいんですけど」

「ていうか、若い娘だけじゃなくて、老若男女にだけどね。お子様にも大人気よ。ま、有名人だし。この町限定かもしんないけど」

件の青年はことあるごとに話題になる。

弟子たちが様々な噂を仕入れてくるため、日向もいろいろ耳にしていた。

珍しい鳥も寄ってくるがゆえに鳥愛好家から狙われたものの、野生動物が一丸となって撃退したとか、鳥や動物に導かれ、人が近づかない場所をうろついている――が、その後、妙に空気がすがすがしくなるとか。子どもらからは、テイマーさんと呼ばれている、などなど。

有名になるのも、大変だろうと思う。

その一挙手一投足を注目されるからだ。

常に、振る舞いに気をつけねばならない。

日向も同じように鳥に懐かれるがゆえに、目立ってしまうことも多い。そのため、青年には少し親近感を覚えていた。

とはいえ日向は図太いゆえ、前と変わらない。

青年もごく自然体のように見えた。

いつでも気負いなく人間や動物と接しているように思える。

今日も変わらぬ様子であるが、青年の横を爆速で駆け抜ける女子中学生があった。そのショートボブの女子が突如つんのめるように立ち止まり、振り返った。

青年と何か話しているようだ。

「知り合いっスかね?」

弟子が勘ぐってしまっても、致し方あるまい。日向も純粋にそう思った。

が、あまり詮索するのもよくないだろう。

「――さあな。そんなことより、そろそろ仕事に戻るぞ」

うっすと素直に返事をした弟子たちと、ぞろぞろと固まって青年たちがいる通りを行き過ぎる。

女子中学生がふたたび大股で駆け出すと、青年は店の脇に佇む野良猫に話しかけた。じっと青年を見上げる猫は、しかとその声に耳を傾けているように見えた。

「猫もなにげに頭いいよな」

ついつぶやいてしまうと、弟子たちが相次いで賛同する。

「っすね。うちのばーちゃん猫も、スゲェ賢いんすよ。自分で部屋のドアを開けたあとちゃんと閉めるんで」

「閉めるのは、すごいな。てか、オレんちの犬も新聞とか郵便物とか運んできてくれるけど。天才なんで!」

「おいお前ら、アタマがいいのは犬や猫だけじゃねぇかんな。うちのカニは、水槽が汚れてると怒った顔でアピールしてくるんだぞ」

カニすげぇと笑う弟子の一人がふいに言った。

「なあ、さっきの女子中学生ってさあ、陸上部じゃねぇか? あの走り方、ストライド走法っていうやつだろ」

「ああ、あの歩幅を広くして走るやつだろう。あれ、カッコいいよな」

そんな話が止まらない弟子たちを引き連れ、日向――鳳凰の加護で快復し、鳥に好かれるようになった男は、通りを歩んでいく。その頭上のカラスが滑空し、湊の足元に降り立った。

商店街を歩いていた女子大生は、やにわに隣の友人の腕をひっつかみ、店舗の隙間へ飛び込んだ。

「ちょっと! いきなりなにするの――」

「しっ、黙って!」

文句を言う友人を人差し指を立てて制し、店舗の壁からのぞき見る。同時に、背後で頭を傾けた友人が言った。

「なんだ、鳥遣いさんじゃない」

その名を聞き、女子大生――ケーキ屋の娘は声が裏返った。

「お、大きな声を出さんでくだされっ」

「なんで? 別に問題なくない?」

「かの御仁に気づかれてしまうではござらんか!」

友人は肩をすくめ、半目になった。

「はいはい、わかったわかった。その代わり、そのヘンテコな口調、元に戻してよ」

「き、緊張してきたゆえ、無理でござるっ」

ケーキ屋の娘―― 甲斐(かい) は緊張しすぎると、ござる口調になってしまう癖があった。

アッシュブロンドの髪に、青い目。異国人の血が入った彼女は、ビスクドールと見紛う外見をしている。

なんともチグハグな甲斐は、心臓をバクバクいわせながらも、かの御仁の観察に余念がない。

今日もまた、野良猫と話しているようだ。

普通の人がそうしていたら訝しむところだが、かの御仁ならなんの違和感もない。猫どころか、その腕にしがみつくリスザル、さらに空から舞い降りるカラスがいようとも。

相変わらず、動物にモテモテである。

不思議で仕方がなかった。

――彼には、きっと何かある。普通じゃない。

そう思うのは甲斐だけではないようで、年配者の中には、神の使いと崇める者もいるのだ。

後方の友人がため息をついた。

「あんた、まるでストーカーみたいよ」

「はなはだ遺憾でござる。ちょっぴり気になって見つめてしまうだけでござる」

「どこからどう見たってストーカーでしょ。あんたのファンたちが知ったら泣くわよ」

ぐっと甲斐は下唇を嚙んだ。グロスが取れてしまうと慌ててやめるも、視線は固定したままだ。

日本人離れした自身の容姿が、男を惹きつけるものだと理解している。そのおかげで店に足繁く通う男がいることも。

店の売り上げに貢献してくれるならいいかと思う程度だ。

ともあれ、かの御仁は何事か思案している最中、頭にリスザルに乗っかられようと気にもしていない。

動物を好み、そして相手からも好かれる。

それは、父が快復したことと関係あるのだろうか。