軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21 神が与える試練に褒美はつきもの

妖怪を倒したあと、代わりのように出現したモノなぞ怪しさしかないといってもいい。

いくら神気を発していようが、先ほどまでこちらをおちょくっていた妖怪の姿が脳裡にちらついて、受け入れがたいというのもある。

一方、湊はまったく気にしていないようで、どころか必死に地面を這い進む幼獣に駆け寄りたいのか、落ちつきなく両手を握り合わせている。

「なんか、あれですよ。生まれたてのコが母乳を求めているようにしか見えないんですけど!」

「俺は出ないぞ」

「そうでしょうけども!」

なんでもいいから早く迎えてやってくれと言わんばかりの形相である。

それでも迷いは晴れなかったものの、急に脚の力が抜けてふらつく。すかさず伸びてきた湊の手に支えられ、転倒は免れた。

「大丈夫ですか!?」

その問いに答えられない、下がった頭を上げることもできやしない。

迂闊であった。

霊力の扱いの加減を誤ったせいだ。

急激に疲労感が襲ってくるとはいったいどういうことだと思うも、いままでと勝手が違いすぎたからだろう。

もう少し安全圏でいろいろ試すべきであった。

とはいえそんな時間すらなく、この妙な神域へ放り込まれてしまったのだが。

ここは本当に神域なのだろうかと、再三思った疑問がまたも頭をもたげてくるも、いまはそれどころではない。

いまだ脱出口も見つけていないのだ。

どうにか湊の支えなしで立とうとしていると、視界に黒い幼獣が入り込んできた。

腹ばいの姿勢で見上げてくる。その瞼は閉ざされているが、小さな前足でくるぶしに触れてきた。

途端、その両眼が開く。

銀色の虹彩に、黒い瞳孔。

自然界の野生種ではありえないその色と目が合った瞬間――。

「!」

じんわりと獣の肉球から霊力が流れ込んできた。

霊力の譲渡は、人間同士でも可能である。

しかしたいてい相性が悪いため具合が悪くなり、下手すれば寝込むことになる。ゆえに命の危機がある場合にしか行われておらず、播磨も経験はなかった。

正直なところ、他者の霊力が己の身に入るなぞ、想像しただけで気分が悪くなる。

にもかかわらず、この黒い獣から流れ込んでくる霊力には嫌悪感など微塵も湧かない。

むしろ心地よさがあった。湊の見立て通り、この幼獣は祖の神がつくったモノだろう。

ほどなくして、播磨は自力で立てるようになった。

身を離しながら湊が驚きの声をあげる。

「あ、育ってる!」

幼獣の眼だけしか見ていなかった播磨も改めて見た。

「――倍の大きさになっていないか? なぜだ? 俺に霊力を渡しながら育つのはおかしいだろう」

「へぇ、霊力って渡せるんですね。――このコが大きくなったのは、もちろん神様パワーのおかげでしょうね」

何も疑っていなさそうな雰囲気である。どころか、神様絡みなら不可解なことが起こっても何も不思議ではない、むしろ当然だと心から信じているようだ。

だがそれも道理かもしれない。物理的法則なぞ存在しないかの神域に住んでいるのだから。

「ところで、このコはなんの種なんですかね。猫っぽいけど、耳が丸いから猫じゃなさそうだ。ライオン? チーター? ヒョウかな?」

膝を折ってまじまじと眺めている。

幼獣の方も警戒せず、湊に前足を伸ばした。ためらうこともなくそれをつかんだ湊は、軽く握って感触を確かめるとうれしげに言った。

「骨が太い! なんの種かわからないけど、大きくなることは間違いなさそうだね」

「ギャオオ!」

「声も野太い~」

鼓膜を打ち破られそうなダミ声であったが、湊はたいそうご満悦だ。

それはいいが、この幼獣は明らかにネコ科の大型種である。よく見ると、黒い毛の中に梅花の模様があった。

湊と握手を終えた幼獣がこちらを見上げ、脛をひっかいてくる。抱っこの要求らしい。

この主張の激しい幼獣は、祖の神が己に遣わしたモノだろう。ならば、己が面倒をみなければならないということだ。

若干わずらわしさを感じた時、脳内に祖の神のそっけない声が響いた。

『それは黒豹だ。吾からの贈り物である。山の神に霊力の器を大きくしてもらったとはいえ、霊力の回復の遅さはそのままだ。ゆえに、霊力を生成できるその獣を与えよう……。えーと、あっ、サイガだったな。――サイガよ、受け取れ』

思いがけない言葉が終わっても硬直が解けず、湊に怪訝そうに訊かれた。

「播磨さん? どうしました?」

「――いま祖の神の声がした。この幼獣は黒豹で、俺への贈り物らしい」

「おお、よかったですね! このコ、役に立ってくれそうですし、すごくかわいいですし」

「――役には立つだろうが、かわいいか……?」

後ろ足で立った黒豹は、高速で脛をかきむしってくる。まだ幼いため、どうということはないが、育ったら肉を抉られかねない。

どうしても好意的な気持ちを表せないでいると、湊は仕方なさそうに言った。

「かわいいっていうのは、見た目ももちろんですけど、なにより播磨さんに懐いてるじゃないですか」

「ギャオー!」

その言葉を後押しするように、黒豹はぴょんぴょん跳んで頭突きを喰らわしてきた。

「これは懐いているといえるのか?」

「そうでしょう、明らかに。嫌ってるなら近寄っても来ませんよ」

「――まぁ、そうだな。うちの犬たちは俺にほとんど寄ってこない」

「悲しいですよね。わかります」

やけに実感がこもっていた。嫌われた経験があるのだろうか。

それはともかく業を煮やしたのか、黒豹は前足を脚に回し、よじ登ってきた。とことんやんちゃそうだ。

これから先が思いやられ、ついその首根っこを摘んで目の高さに持ち上げた。

四肢を強張らせ、尻尾が振り子のようにゆれている。

「――これは、機嫌がいいわけではないと?」

湊に言われるまでもなく、黒豹の眼が半閉じになっていることからも、ご機嫌は麗しくなさそうだ。ひょいと片腕で仰向けに抱え込むと、垂れた尻尾がゆっくり振られた。

「まだ怒っているのか?」

「たぶん喜んでると思います」

即座に湊が口を挟んできても、やはり渋面にならざるを得ない。

「豹のことはよくわからん」

「日本の野生種じゃないから、詳しい方のほうが珍しいのでは? でもたぶん猫とそう変わらないんじゃないですかね」

にこにこと笑いながら、湊は黒豹の顎下を掻くように優しくなでた。黒豹は心地よさげに目を細めている。

人間の男は認識しない祖の神のモノとは思えない反応だ。姉や妹がもつ神の武器は他者に触れられることすら拒む。

されど人懐っこいのはありがたいかもしれない。

やや違う存在なのだが、憑き物筋の術者が使役するモノの中には、気に入らない他者に攻撃を仕掛ける個体もいるからだ。その場合、術者は無駄に苦労を背負う羽目になる。

黒豹の肉球を指で触りつつ、湊が尋ねてきた。

「じゃあ、このコに名前をつけなきゃいけないですよね。なんにするんですか?」

「――黒豹」

さほど考えるまでもなく答えると、湊が鼻白んだ表情になった。

「それは、人の子に人間とつけるようなものでは?」

バツが悪くなって、視線を落とした。黒豹は期待のこもった眼で、カリカリと襟をひっかいてくる。

名を与えられるのを心待ちにしているようだ。

名づけの経験は一度もないゆえ、焦った。しかしそれも一瞬のこと。

「クロ」

単に短くなっただけだが、呼びやすいに越したことはない。

なにせこれから先、生涯をともにするのだから。

播磨家の者が祖の神お手製の武器に選ばれたら、最期の時までともにある。ゆえにこの黒豹も同じであろう。

〝クロ〟という雑な命名を聞いた湊は、胡散くさい笑みを浮かべるのみであった。何かしら思うことはあっても、声には出さなかったようだ。

一方黒豹は天へと向かい、高らかに鳴いた。

「ギャ゛オ゛オ゛ー!」

先ほどまでとは異なる鳴き声であったのは、喜びからか不満からか。

その答えは、別の事象で明らかとなった。

横倒しになった梵鐘の丸い開口部の前――虚空が歪んだ。黒豹が脱出口をひらいてくれたのだ。

が、ゆらめく梵鐘を見て、播磨は顔をしかめた。

「なぜ、あえてそんな場所につくったんだ」

「――嫌がらせかな?」

湊がクロに訊くと、にしゃりと笑いつつ尻尾をゆったり振った。

この先、この黒豹と仲良くやれるか不安になってきた。

「――まあ、いい。元の世界に戻ろう」

ため息混じりにいうと、湊も苦笑しつつ返事した。

ともにその歪みへ踏み込もうとした時、ふいに背後が気になって、かえりみた。

門から入ってくる人物がいた。

たった一人だけ、しかも女だ。

驚いたのはそればかりではなく、その容姿であった。

「播磨さんのお姉さんにそっくりだ……」

感嘆したように湊が言ったそのままであった。

体型から顔つきまで瓜二つといっていい。キョロキョロと周囲を見渡し、戸惑っているようだ。

それから視線を移すと、湊も己と同じことを思ったであろう合点のいった顔をしていた。

「あれですかね。播磨さんのご先祖様がここにくる前に、播磨さんに妖怪を退治させたかったんですかね」

「かもな」

答えつつ、湊とともに歪みへと入る。

腕に抱えた黒豹の尻尾がこの世界に別れを告げるかのように、しなやかにゆれた。