軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20 敵か味方か

現代にも、妖怪は数多く存在する。

中には人間に悪さを働くモノもいるが、たいてい害はなく、人間を食料とみなす危険な妖怪もそういない。

おかげで陰陽師は悪霊祓い専門家と化しており、妖怪退治の経験がない者も多い。

播磨は数回ある。

とはいえこの巨獣のように妖気を可視化でき、あまつさえ己の部位を人間の武器へと変化させるモノなど、お目にかかったことはなかった。

「けひゃ!」

巨獣は爆発的に妖気を解放して跳躍し、落下とともに大鎌を振るった。

真上へ跳び上がった瞬間、靴の下を大鎌がさらった。

後方宙返りでかわして回転しつつ、連続攻撃を仕掛けてくる凶刃から逃れた。

「どこの軽業師ですか!?」

と叫びつつ湊も駆けて追いかけてくる。離れるわけにはいかず、かといって加勢はできない。声や表情からもじれったそうなのが伝わってきて、矢継ぎ早に襲ってくる大鎌から逃れながらも、播磨はおかしくなった。

余裕があるかといえばまったくないのだが。

巨獣は身を回転させ、跳んで駆けて大鎌を操っている。上下左右斜めに斬りかかってくるその速度は変則的で、かつ付随して妖気までついてくる。

厄介なことこの上ない。

ネコ科の生物は、基本的に一撃必殺である。

待ち伏せ、あるいは静かに近づいて爆発的な瞬発力で仕留める。そして、イヌ科のように逃げる獲物が疲れるまで延々と追尾することもない。

それがどうだ、この巨獣は犬のように追ってくるではないか。

そんな巨獣の攻撃をことごとくかわし、播磨は逃げるのみであった。

寺内の奥へと向い、ついには一角に追い詰められた。

そこは、鐘楼であった。

四辺が吹き抜けになっており、中央に巨大な梵鐘が吊り下がっている。

身をひねって避けた大鎌が首尾よく梵鐘に刺さった。

深く食い込み、巨獣は苛立たしげに尻尾を振るう。その胴体を蹴りつければ尻尾が根元から千切れた。壁に激突した巨獣は間髪いれず牙と爪で挑んでくるも、通常の動物と変わらず、応戦するのはそう難しくなかった。

が、数発拳を叩き込むも、怯みもしない。

「けひゃ!」

梵鐘に刺さったままであった大鎌がひとりでに動いた。

回転してなぜか梵鐘の吊り金具を断ち切る。

すかさず巨獣が飛びかかり、吹っ飛んだ梵鐘がすぽっと。逃げ遅れた播磨は、それに捕らわれてしまった。

暗闇になったそこで、腕を伸ばして梵鐘に触れる。

冷たく、厚い鉄の感触を感じた時、ゴーン。脳がゆさぶられるほどの轟音が鳴り渡った。

思わず両耳を塞ぐ。その音の余韻も消えぬ間に連続して鳴り続ける。頭上、真横、足元と振動する位置も変わることから、巨獣が周囲を周りつつ叩いているのは手に取るようにわかった。

「けひゃひゃひゃひゃあ~」

不愉快な笑い声があがった途端、播磨は梵鐘を蹴り飛ばした。

「噓だろ!」

急速に明るくなった視界に入った湊が、驚愕の相で口を開閉させているも、その声は聴こえない。播磨は頭を振った。数度繰り返せば、聴覚が戻る。

その時には、巨獣が肉薄していた。

斜め上から振り下ろされてくる前足の動きが、やけに鮮明に見えた。

だが、播磨の思考は冷静であった。

もう避けようがない。腕で防ぐしかない。

皮膚が裂けて骨が折れるかもしれないが、どうせこの普通ではない身体は怪我をしても、さほど時間もかからず治癒するのだから。

そんな驕りから、播磨は片腕を差し出した。

突如、巨獣との間に風の刃が斬り込んできた。

空の蒼さを映すその巨大な刃は限りなく薄い。それ越しの巨獣の姿も見える。

己と同じように驚愕し、吹っ飛ばされる様も。

風の刃から爆風が放たれたからだ。

地面を一回転し、伏せた播磨が見たのは、人差し指をこちらに向ける湊の姿であった。そのオリーブ色の目が苛烈な光を放った。

「そんな身を犠牲にするような戦い方はすんなて、なんべんも言うたやろ!」

いや、一度も言われたことはないが。

播磨は虚をつかれ、湊も自ら発した言葉に驚いているようで、さらに巨獣も次の一手を忘れたかのごとく地にいた。

刹那の間。

この機を逃すべきではない。

播磨は立ち上がりつつ、印相を完成させた。

が、ふとした考えが頭をよぎって迷った。

この巨獣を調伏し、己の式神にしようかと。

小賢しいが、いい戦力になるのは紛れもない。最近葛木の式神たちと会う機会も多く、少し羨ましいと感じていた。

式神は術者を裏切らない。絶対的な味方だ。

もし式神を所有するのなら、強い妖怪を調伏してからとも思っていた。

いま飛びかかってくる巨獣こそ、相応しいのではないだろうか。己のいまの霊力量ならば、問題なく所有もできよう。

されど、前足の爪から人間の血の匂いがし、播磨は呪を唱えた。放出された霊気の塊が巨獣を貫く。

重々しい音を立て地面に落ちたのを見届け、播磨は印を解いた。

「――人間を襲っていた妖怪など御免だ」

どうしても嫌悪感が拭いきれない。そこは譲れないのだと己でもはじめて知った。

冷えた目で見下ろしていると、伏した巨獣の尻尾の大鎌がざりりと石畳に傷を残したあと、動かなくなった。徐々にその身が薄くなっていく。

「――死んだんですね……」

いつの間にか横に立っていた湊は、悲しそうな目をしていた。

彼が生まれ育った環境を思うなら、妖怪に思い入れが強いのも無理からぬことであろう。

楠木湊の実家が賄う温泉宿は、悪霊を祓ってくれるありがたい宿として、堅気ではない者の界隈で人気を博しているという。

それを退魔師鞍馬から聞きつけた翌日、親族の者を探りにいかせた。

そして、情報は事実であったことが明らかになったのであった。ついでに温泉宿と湊の実家は、妖怪のたまり場となっていることも。

『妖怪がぎょうさんおったわ』と親族の者は口元をひきつらせていたが、温泉宿のお土産コーナーで販売されていた木彫りのキーホルダー――そこらの術者がつくった呪符なぞ足元にも及ばない祓う効果がある代物をちゃっかり購入してきており、なおかつ『温泉も最高やったぞ』と艶めく肌で笑っていた。

もののついでとばかりに温泉も堪能してきたようだが、他の聞き込みも抜け目なく行ってきてくれていた。

家と温泉宿に妖怪は多くとも、ただ遊びにきているだけで、棲みついているのは座敷わらし一体だけだという。が、単体で相当強いらしく、部屋のキーホルダーや表札を無断で盗った者には、その生来の運を根こそぎ奪うという、シャレにならない制裁を行っているとのことであった。

とはいえ陰陽師がごまんといる播磨一族としても、その件に関しては、手も口も出すつもりは毛頭なかった。

人ならざるモノに、〝ちょっとした出来心でした〟などの言い訳は絶対に通用しないのを理解しているからだ。

最後に親族の者は『めちゃかわと噂の座敷わらしちゃんとは会えずじまいやったわ』と無念そうに話していた。

おそらくいやがられて逃げられたのだろう。

思う播磨の耳に、湊の素っ頓狂な声が届いた。

「あ!」

巨獣の頭部があった所に、突然黒い塊が現れた。

わだかまった毛の塊にしか見えないが、警戒すべきだ。

湊と同時に後退する間も、毛の塊はごそごそと蠢き続ける。

果てに、ぬっと顔が出た。

「クマの子?」

目を見張った湊が言うのも頷ける見た目であった。

「――そう見えないこともないが……」

「いや、たぬきかな? 猫にも見えるような……?」

湊は大変悩ましげである。

というのも、両手で隠してしまえるサイズしかないそれは、どう見ても生まれたての獣といった様相で、特徴がわかりづらい。

丸い頭に耳はあれど、まだ寝ている状態で形も判然とせず、四肢も短い。やや尻尾が長いくらいだろうか。

もっとよく見ようと思ったのか、湊が半身を乗り出す。すかさずその腕を引いた。

「危ない。近づくな」

「でも、害はなさそうですよ?」

その見解にはおおむね同意できた。

黒い幼獣は今しがたの身を焼くような苛烈な妖気は発していないからだ。

「それにほんのわずかですけど、あのコから播磨さんのご先祖様の神気を感じます」

思いがけない言葉に、今一度、黒き幼獣に神経を注いだ。

「――たしかに。よく気づいたな、ごくわずかだろうに」

あはは、と誤魔化すように湊は笑った。

「播磨さんが気づけなかったのは、ご自身と同じ神気だからかもしれませんね」

形容しがたい気持ちが湧き上がってきたものの、いまは奇妙な幼獣のことだろう。

それは当然ともいうべきか動きもおぼつかず、四肢をばたつかせ、どうにか起き上がろうと奮闘していた。

「あの、たぶんあのコ、播磨さんのもとに来たがっていると思うんですけど……」

湊が言うように、その幼獣は腹ばいで少しずつこちらへにじり寄ってきている。

「まあ、そう見えないこともないが……」

とはいえ、いまなお警戒は解けない。

なぜなら怪しいからだ。