軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11 ご壮健そうで何より

ドッドッドッドッ。腹底に響くエンジン音。その排気音から大型自動二輪車だと当たりをつけ、湊が流し見る。

車道越しの店舗前に停まった――アイドリング中なのは案の定、ハーレーダビッドソンであった。

「おお」

思わず感嘆の声が出た。

湊も大型自動二輪車の免許を所持している。

が、まったく活用されておらず、したこともない。憧れと友人の付き合いで取得していた。

ゆえに、大型自動二輪車と乗り手には注目してしまう。

ハーレーの横に、一人の男性がヘルメットを小脇にして立っている。革のライダースジャケットをまとい、サングラスが陽光を弾いて光った。

白髪が目立つから、それなりの年齢であろうが、見栄えがよく衆目を集めていた。

その彼の愛車は、サイドカー付きである。

そこに、やや窮屈そうに収まる人物もいる。かぶったフルフェイスのバイザーが上がっており、顔が見えている。

そのご面相に見覚えのあった湊は、さらに驚いた。

「越後屋さんだ」

「ぬ? ――十二代目か。いつものごとく越前亭とつるんでおるのであろう」

「仲いいんだね、ああ、同い年なんだっけ。じゃあ、あのライダーは越前亭の方!?」

度肝を抜かれた湊が立ち止まった。

こう言ってはなんだが、親子で通りそうな外見年齢の差がある。

同じく足を止めた山神が湊を見上げた。

「左様。あやつが若々しい外見なのは、ただの血筋ぞ」

「そうなんだ」

通りの向こうへ視線を流した山神は、眼を眇めた。

「あやつめ、いつまで経っても、やかましいおもちゃに乗りおって……」

「おもちゃて。まぁ、バイクや車に興味ない方には、排気音は騒音にしか感じられないだろうけど」

ヘルメットを装着した越前亭が、バイクにまたがった。

「よし、では越後屋。塩ラーメンを食べにいこう」

サイドカーに詰まった越後屋は、うつむきながら肩を震わせて笑う。

「ふぉふぉふぉ、なにをおっしゃるやら……。越前亭よ、今日はとんこつラーメンじゃろうて」

ヘルメットをかぶりかけていた越前亭の手が止まった。越後屋の横顔に向けて、不満げにこぼす。

「前回もとんこつだっただろうに。今回は塩にする」

「いや、今日もとんこつじゃ」

「いやいや、今日こそ、塩だ」

「いやいやいや、とんこつじゃて」

徐々にヒートアップし、その爺コラボの二重音はバイクの排気音をも凌駕した。通りすがりの者たちが喧々囂々とやり合う両者から目を逸らして去っていく。

ダンディな見かけの越前亭であったが、気安い関係の越後屋には遠慮がなかった。

「塩だ、塩しかない。越後屋も好きだろうに」

「そうじゃが! ええい、聞き分けろ越前亭! 今日はとんこつじゃと、言うておろうが! とんこつラーメンがワシを呼ぶ声が絶え間なくしとる。今か今かと健気に待っておるんじゃぞ!」

「それは空耳だ、越後屋。塩ラーメンこそが、我らを呼び、ずっと待っているぞ!」

「な、なんじゃと……! ならば、ともに参らねばなるまいッ……いやいやいやいや、やはり、とんこつじゃ!」

「塩と言ったら塩だ。お前こそ聞き分けろ、越後屋。しーおー!」

「お断りじゃ! 越前亭よ、ぬしこそ潔く引け。何事も引き際は肝心じゃろうて。とぉんこつー!」

「いちいち叫ぶでないわ、たわけども。そうめんにしておけ」

山神の呆れたつぶやきは、離れた二人には聞こえないはずだが――。

「越前亭よ。たまには、違う物にしますかの」

「――そうだな。毎回ラーメンばかりでは、あまり身体によくないだろうしな」

瞬時に、冷や水をぶっかけられたかのごとき冷静さを取り戻してしまった。

「そうじゃなぁ、いかんいかん。つい調子に乗ってしまったわい。前のように食欲不振になることが、とんとなくなってしまったからの」

神妙な越後屋は、太鼓腹をさする。

グググゥ〜と腹の虫が催促の声をあげ、その 眉雪(びせつ) を下げた。

それを見ながら、越前亭が微笑む。

「ラーメンは我らの元気の源だが、少し控えるか。また中身が傷んだら、困るからね」

「――そうじゃな。今日は胃に優しいあっさりした物にするかの」

「――そうめんはどうだろう?」

「うむ、決まりじゃな」

快く賛成した越後屋がヘルメットのバイザーを下げる。

「流れるそうめんに翻弄されたい気分じゃわい」

声をあげて笑った越前亭がハンドルを握った。

「まとまったみたいだね」

湊が朗らかに告げた。湊と山神は、決着がつくまでその場にとどまっていた。

長いため息を吐き出した山神が腰を上げた。

「あやつらめ、無駄に元気になりおって……」

ともに歩き出した湊は、空笑いした。

そのそばをサイドカー付きのハーレーが音高く横切っていく。

途中、越前亭が片手を挙げていった。目の優れた彼なら、山神の存在に気づかぬはずはなかろう。

越後屋は、最後まで気づいていなかったけれども。

手を振って応えた湊の鼻を芳しい香りがくすぐる。

横を見たら、病院を囲う生け垣――クチナシが咲き誇っていた。

「いい香りがする。今ちょうど時期なんだね。あ、そういえば、散策マップにも紹介されていたな」

まさしく見どころを網羅しているといえよう。

とことん南部を堪能してほしい。

そんな意志が垣間見えると再度感じた。

それにしても、今日見かける花には共通点が多い。

クチナシの花弁に鼻を寄せる山神の背後から湊は訊いた。

「まさか、この花にも毒性があるとか……?」

「否、ない」

「よかった」

安堵したのも束の間、山神が鼻先をしゃくり、隣の建物を指す。

「あちらの出入り口近くに生えておるのには、毒性があるぞ」

「あるんだ……。どれだろう」

大ぶりなラッパ状の花々が下向きに垂れ下がっている。

「あの朝顔に似た花かな?」

「左様。ダチュラと呼ばれておるぞ」

「そこそこよそ様のお庭で見かけたことある……」

「誤って口にしても死に至りはせぬであろうが、幻覚症状に悩まされよう。気をつけるがよい」

「――うん、まぁ、はい」

今度は素直に返事した。

「そうだよね。絶対にないとは言いきれないよね」

湊があたりを見渡した。庭先、路上で咲き誇る花々は、いずれもいつかどこかで見た物ばかりだ。

「ありふれたと言ってはなんだけど、見慣れた身近な花の中に、結構危険な物があるんだって知らなかったよ」

「致し方あるまいて。裕福になったこの御時世、飢えてそのあたりの草花を口にする者もそうはおるまい。身をもって学ぶ機会もなかろう」

にんまりと両眼をしならせた山神が、愉快げに宣う。

「お主のもっとも近くに毒草の名の由来を持つモノもおるぞ」

「ああ、セリたちか。みんなの名前は毒草から取ったんだっけ」

「左様」

セリはドクゼリ。トリカはトリカブト。ウツギはドクウツギ。

日本三大毒草と称される猛毒の有害植物である。

「前から気になってたけど、なんで毒草? 神聖なる神の眷属でしょうよ」

「愛らしき見目なれど 侮(あなど) るなよ、という意味を込めて名付けたゆえ」

「――今日一番の衝撃だった……」

雑談に興じる山神と湊の下方、クチナシの陰から顔のぞかせたアマガエルが、ぷくっと喉を膨らませた。