作品タイトル不明
蚕らしき生物の生態と糸の球
俺の知っている 蚕(かいこ) は、幼虫のときに何度か脱皮を繰り返して大きくなり、ある段階で 繭(まゆ) に包まれて 蛹(さなぎ) となり、羽化する。
繭は一本の糸で作られており、羽化するときに繭に穴が開いてしまう。
なので蚕糸を確保するには、繭に包まれた蛹を釜などで茹で、羽化させない必要がある。
当然、茹でられた蚕は死んでしまうので、一部は次世代の繁殖用として残すとはいえ残酷だ。
しかし、こちらの世界の蚕はちょっと違う。
まず、蛹になるため以外にも繭を作る。
幼虫状態で脱皮をするときだ。
自身より少し大きな繭を作り、その中で脱皮をする。
脱皮後、繭から外に出るのだが、このときに繭に穴を開けない。
繭を作るときに、葉で扉を作っているのだ。
なので、 養蚕(ようさん) 業はこの繭を回収し、蚕糸を確保する。
どうしてこんな生態なのかは知らない。
魔物や魔獣がいる世界。
ちょっとでも安全に脱皮をしたいのかもしれない。
しかし、この生態のお陰でこちらの世界の養蚕業者は繭を茹でたりはしない。
俺が茹でる釜はどうするんだと聞いて、びっくりさせてしまったぐらいだ。
なんにせよ、一匹の幼虫が脱皮するたびに繭を作るので生産性は高そうに思えるのだが、世の中はそんなに甘くない。
まず、幼虫時に気に入ったエサを与えないとなかなか繭を作らない。
しかも大食い。
まあ、繭を何回も作る必要があるからな。
こちらの蚕は桑の葉以外も食べるし、個々に好みがあるらしく、養蚕業者はそれを見極めるのが大きな仕事だそうだ。
そして、食べているエサによって蚕糸の質が変化するので、その選別も必要となる。
蚕糸の質を統一したほうが価値が高いらしいというか、統一しないとなかなか売れない。
養蚕業者は食べるエサによって飼育する部屋をわけ、蚕糸を確保している。
そう聞いていたのだが……
世界樹にいる巨大な蚕は、ちょっと違うようだ。
まず、攻撃のときに糸を吐く。
巨大な蚕にちょっかいを出そうとしたフェニックスの雛のアイギスが、蚕糸に 包(くる) められてジタバタしている。
その蚕糸、金色ですっごく綺麗。
アイギスがクチバシで切ってしまったが。
ははは。
もったいないとか思ってないぞ。
アイギスのほうが大事だ。
でも、不用意に攻撃するのは駄目だぞ。
別に巨大な蚕はアイギスに迷惑をかけていないだろ?
巨大な蚕と同じく、世界樹に巣を作っている 鷲(わし) は……
アイギスを仕方がないなぁと優しくみているだけ。
巨大な蚕を気にしている様子はない。
本当に気にならないのかな?
え?
この巨大な蚕と世界樹は共生関係?
世界樹は葉を巨大な蚕に与え、巨大な蚕は葉を食べながら、世界樹に迷惑な他の虫がつかないようにしていると。
ある意味、世界樹が巨大な蚕を飼っている状態と。
なるほど。
だから気にならないのね。
俺がそう納得していると、巨大な蚕は糸を吐き出して自身の頭の前に蚕糸の球を作り始めた。
野球ボールよりも大きい。
小玉のスイカぐらいのサイズだ。
それをどうするのかなと思ったら、俺にその蚕糸の球をパスしてきた。
俺は蚕糸を受け取り、巨大な蚕をみると……
へんっ、家賃だ。
受け取ってくんな。
そんな目をしていた。
なるほど。
巨大な蚕本人は、飼われているつもりはないと。
わかった。
確かに受け取った。
そこにいていいぞ。
ん?
……
巨大な蚕の後ろに、十センチサイズの蚕が何匹かいた。
子供ではないよな。
世界樹の葉を好む同志か。
大きくなったら、蚕糸を納めますんでって……いやいや、無理するなよ。
それよりも、世界樹を頼んだぞ。
鷲と揉めないようにな。
巨大な蚕とその仲間は、世界樹を守る仕事を頑張ってもらおう。
俺は集まっているミノタウロス族とケンタウロス族にそう伝え、解散を 促(うなが) す。
「村長の持ってる蚕糸の球、金色だよな?」
「太陽神の羽衣を 紡(つむ) ぐ糸って……あんな糸じゃなかったっけ?」
「馬鹿をいうな。
誰もみたことのない糸だろ?
あれがそうだって言えるのか?」
「しかし、あの神々しさはそうとしか」
俺の持っている蚕糸の球が気になっているようなので、ミノタウロス族に渡しておく。
糸として使えるようにしてもらえると助かる。
布にしてくれても構わないぞ。
そしてザブトンの子供たち。
糸の球を作らなくていいからな。
お前たちには、これまでどれだけ助けてもらっていると思っているんだ。
ははは。
よし、ザブトンの子供たち集合。
今日はお前たちと遊んで……クロの子供たちも集合しているな。
わかった。
一緒に遊ぼうか。
その日は、ザブトンの子供たち、クロの子供たちと遊んだ。
夜。
子供たちが戻ってきた。
五村(ごのむら) のイベント施設はかなり楽しかったらしく、興奮して声が大きい。
食事は向こうで食べたのか。
昼食は麺屋ブリトアで、夕食は酒肉ニーズか。
子供たちを酒肉ニーズに連れて行くのはどうなんだ?
飲ませていないだろうな。
よろしい。
同行していたハクレン、三人の鬼人族メイドからは大きな問題はなかったとの報告を受ける。
なにより。
こっち?
こっちはグランマリアとキアービットが戻ってきたことと、世界樹に巨大な蚕が住み着いたことだな。
あと、グランマリアとキアービットと一緒に背の低い天使族がきた。
目は覚ましたらしいが、疲労がすごいらしく挨拶は明日になった。
夏場で暑かったからかな。
背の低い天使族の名は、スアルロウ。
双子天使のスアルリウ、スアルコウの母親だった。
どこかで見覚えがあるなと思っていたが、スアルリウ、スアルコウの二人だったか。
しかし、見た目……失礼ながらスアルリウ、スアルコウの妹にみえる。
でも母親。
マルビット、ルィンシアのときも感じたが、天使族は老けないなぁ。
リアの母親、リグネもそうか。
考えてみれば始祖さんもそうだし。
見た目で判断するのはよくないと思うが、どうしても若い見た目だと甘くなってしまう。
特にスアルロウは背が低いから幼女っぽくもみえる。
気をつけよう。
その日の夜。
ザブトンが俺の部屋に糸の球を持ってきた。
大玉のスイカサイズだ。
そして、それは真っ黒な球だった。
見ていると吸い込まれそうな……
その糸の球を、ザブトンは俺の部屋の片隅に飾った。
不要とは言わさない態度。
わかった、受け取ろう。
ありがとう。
目立たない場所だが、そこでいいのか?
大々的に飾るぞ?
ここでいい?
ははは。
ザブトンが帰ったあと、俺の部屋にやってきたルーとティアが驚いた顔でザブトンが飾った糸の球をみていた。
魔力の糸とか、純粋な魔力の具現化とか深刻な声色で色々言ってる。
悪いが、欲しがってもそれはあげないぞ。
でもって俺がいま作っているのは、その糸の球のお礼。
ザブトンからは糸の球以外にも服やなにやら貰ってばかりだからな。
色々と渡したいが、今は木を削ってボタンを作っている。
普段、作るのは簡単なボタンだけど、今回は細工に 拘(こだわ) ったものをね。
ボタン一つ一つにザブトンの姿を彫っている。
もうすぐ終わるから待ってほしい。
あ、ザブトンの糸の球に夢中ね。
別にいいぞ。
綺麗な糸の球だからな。