軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第94話 国王からの打診。「もうお前たちが大陸の覇王にならないか?」

限界オタクの感情のダムが決壊した、大陸規模の超絶合同凱旋パレードが、ようやく無事に終わった翌日。

私は、王城の豪華な大広間の控え室で、すでに精神的に少し疲労していた。

「……まだ、面倒なスケジュールがあるのですわね」

優雅に紅茶を飲みながら小さく呟くと、隣で同じく少し疲れた顔のクライス様が低く返す。

「各国のトップが揃っているんだ。ただのパレードの愛想振りだけで終わるわけがないだろう」

「でしょうね」

私は遠い目になった。

「昨日のあのパレード(推しの顔の良さの世界公認)だけでスパッと解散して終わるなら、世の権力者というものはもっと可愛げがあるはずですもの」

今日はこれから、各国首脳陣との『今後の大陸方針についての正式会談』である。

王都の国王陛下。

隣国グランゼル皇国のエドゥアルド国王。

神聖教国の暫定新体制代表として、過労死寸前のアーサー。

北方諸侯連合の代表。

北西の自由港連合の議長。

南方砂漠王国の使節長まで勢揃いしている。

……ええ。

面子が重いですわね。全大陸のトップ会議ですわ。

重すぎて、前世の重役会議を思い出して逆に胃が痛くなってまいりますわね。

もっとも。

私にとって、本日いちばん目に優しく心臓に悪いのは、そうした権力者たちではなく、やはり隣に立つクライス様なのだが。

漆黒を基調とした、隙のない正装。

余計な貴族の装飾を削ぎ落とした、軍装寄りの機能美溢れる礼服。

銀灰の髪は綺麗に整えられ、表情はいつも通り静かでクール。

だが、その魔王をワンパンしたという絶対強者の静けさが、逆に色気と威圧感をカンストさせている。

ああ。

本当に。

世界を救った英雄の正装姿など、朝から心臓への火力が致死量すぎるでしょう。

「ルシア」

「はい」

「また、変なこと(オタクの妄想)を考えているな」

「失礼ですわね」

私は真顔で、扇で口元を隠して答える。

「推しの正装スチルが、だいぶ危険な破壊力をしていると、限界オタクとして再確認していただけです」

「……」

「何ですの、その冷ややかな沈黙は」

「今じゃない。これから首脳会談だぞ」

「今だからこそ、推し活で 現実逃避(エナジーチャージ) が必要なのですのに」

「そういうのは、無事に領地へ帰った後にしろ」

「後でも、夜のベッドでたっぷり申し上げますわ」

「……そうだろうな」

その整った耳の先が、ほんの少しだけ照れたように赤い。

ああ、ええ。

私の重い愛、ちゃんと伝わっていらっしゃいますわね。

「旦那様、奥方様」

控え室の扉をノックし、案内役の高位文官が深く一礼する。

「首脳陣の皆様がお揃いです。お通ししてよろしいでしょうか」

「ええ」

私はニッコリと、営業スマイルで微笑んだ。

「本日は、どこのどなたが、どんな面倒な案件(サビ残)を私たちに押しつけてこられるのか、大変楽しみですわ」

案内役の文官の笑顔が「この人たち怒らせたら国が消える」とヒクッと引きつった。

あらまあ。

そんなに正直に本音を申し上げてはいけませんでしたかしら。

◇ ◇ ◇

会談は、王城の最も厳重な円卓会議室で行われた。

歴史を感じさせる巨大な円卓。

その周囲に、各国の最高権力者たちがズラリと並ぶ。

本来なら、国境問題や大規模な交易条約でもバチバチと話し合いそうな重い空気だ。

だが今日の議題は、暗黙の了解としてたった一つしかない。

――魔王をワンパンで討伐し、世界を救ってしまったこの『規格外の最強夫婦』を、今後どう扱う(どう頼る)か。

ええ。

字面からして、もうだいぶ胃がもたれて面倒ですわね。

「まずは」

口火を切ったのは、胃薬を手放せないこの国の国王陛下だった。

「二人に、改めて深く礼を言う」

「もったいないお言葉です」

私は礼儀正しく、淑女として頭を下げた。

「世界を滅亡から救ってくれた」

「そうですね。ついでにですが」

「大陸の平和を守ってくれた」

「結果としては」

「あの腐敗した神聖教国の再建まで、荒療治で助けてくれた」

「あれもお掃除のついでみたいなものですわ」

「世界救済を、掃除のついでで済ませるな」

隣のクライス様がボソリとツッコむ。

「でも事実でしょう? 私の老後計画のついでですわ」

「それはそうだ。反論できん」

王が、頭痛を堪えるように深く額を押さえた。

あら。

初手からだいぶお疲れ(キャパオーバー)のようですわね。

隣国グランゼルのエドゥアルド国王が、妙に真剣な顔で身を乗り出して続ける。

「前回、そちらの領地に土下座しに行った時も思ったが」

「はい」

「やはり、君たち夫婦のような『世界を容易く救う規格外の力と手腕』を、ただの一辺境領地へ留めておくのは、大陸規模で見てあまりにも損失ではないか?」

「まあ」

私は首を傾げた。

「その“損失”とやらの中身と、対価次第ですわね」

「要するにだ」

北方諸侯の老侯が、腹の探り合いを飛ばして低く言う。

「我々は満場一致で、お前たち夫婦に『もっと大きな権限(役職)』を持ってもらいたいのだ」

「権限」

「ええ」

自由港連合の議長まで、前のめりに頷く。

「国家間の争いを一手に裁く『絶対調停権』」

「大陸全土の『合同軍の統括・最高指揮権』」

「魔物に対する『各国共同防衛の指揮権』」

「私が提唱する『大陸横断交易の最高監督権』」

「教国の『神殿再編への特別発言権』」

「さらには、災害時のいかなる法も無視できる『超法規的対応権限』もだ」

各国のトップから次々と飛び出す、重すぎる 権限(ワード) の数々に、私は静かにパチパチと瞬いた。

あら。

それ、前世のビジネス用語で言うと、だいぶ責任だけ重くて過労死する『ブラック役職』ですわね。

「つまり」

私は冷静に確認する。

「これからの大陸の面倒なお仕事(トラブル対応)を、全部私たちに丸投げして押し付ける、と?」

「人聞きの悪い言い方をするな」

国王陛下が顔をしかめる。

「ですが、要約するとそういうことですわよね?」

「……まあ、否定はしづらいな」

「でしょうね」

アーサーが、少しだけ気まずそうに、元婚約者として咳払いをした。

「言いにくいが」

「何かしら」

「神聖教国としても、君たちの強大な武力と発言力は、暴動を抑えるためにぜひ後ろ盾として欲しい」

「まあ。自力で頑張りなさいな」

「教国の再建は俺の命に代えても進める」

「ええ」

「だが、今の混乱した世界には、各国のパワーバランス(均衡)を保つための『絶対的な象徴』が必要なんだ」

「象徴」

「そうだ」

南方砂漠王国の使節長が、そこで静かに、決定的な一言を言った。

「いっそ」

円卓の全員の視線が、その人へ向く。

「お二人が、この大陸を統治する“覇王”になられては?」

「…………」

沈黙。

王城の最も格式高い会議室の空気が、ピタリと止まった。

私は、しばし、まばたきを忘れて固まった。

隣のクライス様も無言で剣の柄を見つめている。

国王陛下が、「言っちゃったよこいつ……」とこめかみを押さえる。

エドゥアルド国王は“ついに言いやがったな”みたいな顔。

北方老侯は、妙に「それが一番手っ取り早い」と納得した顔。

自由港連合の議長は、割と本気で覇王誕生後の経済効果を計算し始めている目だった。

あらまあ。

本当に言うのですわね、その中二病みたいな単語(覇王)。

「……覇王」

私は、極めて落ち着いた、感情のない声で繰り返した。

「ええ。世界を救った力があれば、誰も逆らいません」

使節長は平然としている。

「大陸の頂点に立ち」

「……」

「愚かな諸国を武力で束ね」

「……」

「すべての争いを止め」

「……」

「絶対の秩序と平和を――」

「待ってくださいまし」

私は扇をピシャリと閉じて、片手を上げて遮った。

「何か、ご不満でも?」

「話が、重すぎますわ。重すぎますし、飛躍しすぎです」

「……」

「世界を救った翌日に、いきなり『大陸統一運営プラン(ベンチャー企業のCEO就任)』を持ち出されても困りますの」

「だが!」

エドゥアルド国王が、珍しく真顔で食い下がる。

「実際問題、君たち夫婦以上の適任者がこの世界のどこにいるか!?」

「いりませんわ」

私は、少しの迷いもなく、即答した。

「……」

「……」

「……え?」

今度は、各国首脳陣側が全員アゴを外して沈黙した。

「ルシア」

クライス様が、低く呆れたように呼ぶ。

「何ですの」

「そこは政治の場だ。少しは『一考の余地がある』という振りくらいしろ」

「無理ですわ」

私はキッパリと、一切の忖度なく言った。

「だって、心底、嫌ですもの。覇王なんて罰ゲームですわ」

国王陛下が、予想通りの答えに深く重い息を吐く。

「……一応、理由は聞いてもいいか」

「もちろんですわ」

私は大変丁寧に、指を折って答えた。

「まず一つ」

指を一本立てる。

「大陸全土の 案件(トラブル) を常時見て裁くなど、圧倒的に 業務量(タスク) が多すぎます」

「業務量だと?」

「ええ」

私は一切ふざけずに真顔だ。

「私は前世で、過労死するレベルの『社畜』を経験しておりますの」

「しゃちく……?」

「もう二度と、あんな思いはごめんです。仕事は増やすより減らすべきですわ」

「……妙に、真理を突いた説得力があるな」

自由港連合の議長が、経営者として痛いほど分かると小さく呟く。

「でしょう?」

私は力強く同意して頷いた。

「二つ」

二本目の指を立てる。

「もし私たちが覇王になりますと」

「……」

「多忙すぎて、我が家の自由な夜のお 茶会(イチャイチャ) 時間が減ります」

「……」

「癒やしの温泉旅行も減ります」

「……」

「家族でのお忍びデートも、顔が売れすぎて難しくなります」

「……」

「愛するお子たちとの平和な家族時間も、大幅に削られます」

「……」

「つまり」

私はキッパリと、冷酷に言い切った。

「私たちの『穏やかな老後計画(推し活)』の邪魔になるので、論外ですわ」

国王陛下が、もう一度深くこめかみを押さえた。

「あのな、ルシア」

「何ですの」

「我々が今しているのは、大陸の統治という、話の規模が」

「ええ」

「そこそこどころか、世界レベルで大きいんだぞ」

「存じております」

「だったら、お茶会が減るなどという個人の感想ではなく、もう少し国家レベルの大きな理由を……」

「私にとっては、これ以上なく十分大きい理由ですわ」

私は心外そうにパチパチと瞬いた。

「私にとって、愛する家族(推し)との平和な時間以上に価値のある大きいものが、この世界のどこにございますの?」

「…………(ぐうの音も出ない)」

沈黙。

ああ。

はい。

ここは、刺さるところですわね。

なぜなら、これは詭弁でも冗談でもなく、私の魂からの『本音』だからだ。

世界を救った。

魔王をワンパンで倒した。

それは事実だ。

でも、それを成し遂げた最強の私たちだからこそ、よく分かっている。

頂点だの、覇王だの、権力だのというものは。

守るべき範囲(仕事)を無駄に増やす代わりに、目の前の“本当に大切な人との時間”を簡単に削って消費していく。

そんなもの。

タダでくれると言われても、絶対に欲しいわけがない。

クライス様が、そこでようやく腕を組んで口を開いた。

「俺も、妻と全く同意見だ」

短い。

だが、その絶対強者の一言で、室内の空気がまたピンと変わる。

「大陸の頂点だの、覇権だの、そんな面倒なものは一切要らん」

「……」

「国をいくつ束ねようが、権力を得ようが」

「……」

「愛する家族と過ごす時間が減るなら、そんなものに何の価値もない」

「……」

「俺たちは」

クライス様の蒼い目が、円卓の権力者たちを静かに威圧して見渡す。

「今の、少し騒がしいフェルド辺境伯爵領だけで、十分に満たされている」

「ッ……」

ああもう。

本当に。

こういう時に、どうしてこの方は、私の限界オタクの心臓へ一番正確に『最高の殺し文句』ばかり突き刺しておっしゃるのでしょうね。

私は思わず、尊さに撃ち抜かれて胸元を押さえた。

エドゥアルド国王が、それを見て敗北したように少しだけ笑う。

「……なるほどな」

「何ですの」

「君たち夫婦の行動原理は、世界を救う前から、最初からずっと『そこ(家族愛)』なのだな」

「ええ」

私は誇らしく頷いた。

「我が家は、だいたいいつもそこ(推し活)が最優先ですわ」

「世界を滅亡から救っても」

「ええ」

「神聖教国をぶっ壊しても」

「ええ」

「結局、辺境の領地で家族と水入らずで過ごすのが、何より一番か」

「当然です」

私はキッパリと言った。

「私の最愛の推しと、可愛い子どもたちが待つ家以上に、この世で価値のある場所などございませんもの」

「……」

「……」

「……」

円卓のあちこちで、大きな諦めのため息が漏れる。

だが、それは絶望や失望ではない。

むしろ、「この二人ならそう言うだろうな」と、妙に納得した顔が多かった。

アーサーが、苦笑して静かに言う。

「……そうだろうと思った。お前らしい」

「でしょうね」

私はあっさりと頷く。

「あなたも、修道院で泥水すすって、少しは『何が一番大切か』を学びましたものね」

「ああ、痛いほどな」

「事実ですわ」

「否定しない」

北方老侯が、フッと白髭を揺らして笑った。

「ハッハッハ! 覇王の器が十分にある絶対強者ほど、覇王という面倒な椅子には座りたがらぬものか」

「ええ」

私はニッコリと、悪魔のように微笑む。

「だって、自分の時間が減ってサビ残になるなんて、絶対に嫌で面倒ですもの」

「……国家間のトップ会議で、そこまで私情を率直に言うのは君くらいだろうな」

「最高の光栄ですわ」

◇ ◇ ◇

結局。

私たちは、“大陸の覇王”だの“諸国統一管理者”だのという、聞くだけで肩が凝って過労死しそうなブラックな地位を、笑顔で即答で完全辞退した。

代わりに。

「世界滅亡レベルの危機の、本当に必要な時だけピンポイントで力を貸す(外注対応)」

「各国の共同防衛の『システム構築』には協力する(現場には出ない)」

「ただし、基本的な生活拠点と不可侵の権利はフェルド伯爵領とする」

「指揮権の常時集中(名誉職)は却下」

「家族のプライベート時間への干渉も絶対却下」

「夜のお 茶会(イチャイチャ) の邪魔も絶対却下」

という、いかにも我が家らしい、徹底した『ホワイトな働き方改革の条件』を、だいぶハッキリと権力者たちへ突きつけたのである。

「そんなワガママな条件、よく通ったね」

会談後、控え室へ戻ったエルが、結果を聞いて不思議そうに言った。

「通りましたわね。ゴリ押ししました」

私は美味しい紅茶を受け取りながら答える。

「どうして? みんな怒らなかったの?」

「母上たちが、世界で一番強くてこわいから?」

リリアが首を傾げる。

「それも大いにございますけれど」

私は少し考えてから、優しく言った。

「多分、各国のトップの皆様も、もうハッキリと分かっていらっしゃるのですわ」

「何を?」

エルが問う。

「私たちのような規格外の人間は」

私は笑った。

「無理に『権力や地位』で縛ろうとしたら、途端に機嫌を損ねて働きが悪くなる(キレる)と」

「……」

「だから、ヘタに手綱を握らずに好きにさせて(甘やかして)おいた方が、本当に世界が危ない必要な時に、一番ちゃんと動いてくれるのだと」

「ああ」

エルが静かに、納得したように頷く。

「それ、母上の扱い方として、ちょっと分かる気がする」

「でしょう?」

「うん。父上と同じだ」

クライス様が、そこで小さく言った。

「それだけじゃない」

「何ですの」

「何だかんだ言って」

彼は、優しい目で私と子どもたちを見て短く続ける。

「俺たちが、早くこの城を出て『領地の家に帰りたがっている』のも、アイツらには見え見えだったからだろう」

「……ッ」

ああもう。

そういう、家族愛に満ちた言い方、本当にずるいですわね。

私はそっと、赤くなった頬を押さえた。

だって、完全にその通りなのだ。

覇王だの、世界の頂点だのより、今この瞬間、私の頭の中にあるのは。

――早く領地の家に帰って、お子たちと一緒におやつ(雪花菓子)を食べたい。

――そして、夜はクライス様と、誰の邪魔も入らない静かな部屋でお茶を飲みたい。

ただ、それだけなのだから。

「母上」

エルが少しだけ呆れた声で言う。

「また顔が、デレデレにやわらかいよ」

「オタクの感動ですわ」

「今度は何?」

「クライス様が」

「……」

「私の帰りたい気持ちを、当然みたいに言い当てるので、尊くて」

「やっぱりそういうノロケの理由なんだ。知ってた」

「当然でしょう?」

「そうだろうと思った。ブレないね」

リリアは、難しい話は終わったと、元気よく手を挙げる。

「リリア、おうちにかえったら、ゆきはなかし、いっぱいたべたい!」

「まあ」

私はパッと花が咲くように笑った。

「素敵ですわね。ママがいっぱい出してあげますわ」

「ぼくも」

エルが静かに続ける。

「帰ったら、庭で父上と少し剣の素振りがしたい」

「よろしいですわ。健全で最高です」

「父上も、いい?」

「時間があればな。付き合ってやる」

「やった」

ああ。

ええ。

そうですわね。

覇王だの何だのという窮屈な椅子より、ずっと大事なものは、やっぱりこういう『家族の日常の会話』なのだ。

◇ ◇ ◇

長かった会議を終えて王城の門を出る頃には、美しい夕陽が王都の石畳を赤く染めていた。

私は、フェルド領へ帰る馬車へ乗り込む直前に、ふと振り返る。

そびえ立つ高い城壁。

平和を祝って風にはためく各国旗。

まだ街のあちこちに残っている、大規模な凱旋祝典の華やかな名残。

大陸の覇王にならないか。

もう、世界を救ったお前たちが、この世界の頂点でいいのではないか。

そんな破格の打診を、本当に、各国のトップから真面目な顔でされたのだ。

でも。

「……やっぱり」

私は小さく、誇らしく笑った。

「何ですの」

クライス様が、私をエスコートしながら隣で問う。

「責任だけ重い面倒なお仕事(覇王)は、絶対にお断りですわ」

「そうだな」

「領地で、あなたや家族と気ままに過ごす方が、よほど大事で楽しいですもの」

「……ああ」

「それに」

私は、こっそり背伸びをして、彼の耳元で声を落とす。

「私が本当に覇王になってしまったら、今みたいに、堂々と『私の推しが世界一格好いい!』と、オタク全開で騒ぎにくくなりませんこと? 品位が問われますわ」

クライス様が、呆れてほんの少しだけ眉を寄せる。

「そこか」

「大変重要です。死活問題ですわ」

「……」

「だって」

私はニッコリと、世界一幸せな妻の顔で笑った。

「息苦しい『世界の頂点の妻』、ではなく」

「……」

「ただの『クライス様の愛する妻』でいる方が、私はずっと、ずっと幸せですもの」

その瞬間。

クライス様の蒼い目が、呆れを通り越して、たまらなく愛おしそうにやわらかく細められた。

「……そうか」

「ええ」

「なら」

彼はごく自然に、私の手を取ってギュッと握った。

「俺たちの家に、帰るぞ」

「はい」

そうして、世界を救った最強夫婦は。

大陸の覇権だの頂点だのという、いかにも面倒な権力志向の話を、笑顔で完全に振り切って。

いつものように、自分たちの本当に帰るべき、あたたかい場所へ帰っていく。

――だって、窮屈な世界の頂点より。

私の最愛の推しと、可愛い家族の待つ家の方が、何万倍もずっと価値がございますものね。