軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第79話 領地の感謝祭。家族揃ってのお忍びデート

神聖教国へのカチコミと、教皇庁の完全な解体(お掃除)という大陸規模の大仕事が片づいてから。

私たちの愛するフェルド辺境伯爵領は、以前にも増して平和で活気に満ちていた。

いや、正確には。

“もうこれ以上、どんな国家規模の厄介ごとが来ても、ウチの最強の領主様一家ならワンパンで更地にしてくれるだろう”という、チートに対する妙な絶対的安心感が領地全体へ広がった結果。

領民たちが、どんな脅威にも怯えることなく、心からのびのびと笑って商売をするようになった、と言うべきかもしれない。

私の魔法で再生した農地は今年も大豊作。

お菓子工房はフル稼働で大盛況。

温泉街も、教国の嫌がらせが消えて予約満杯の賑わいを取り戻し、私が海を割って開拓した新航路の街道には、莫大な富をもたらす旅人と商人の馬車がひっきりなしに行き交う。

そして何より、あの神聖教国が一夜で物理的・社会的に崩壊した一件で、“あのご一家(最強夫婦)に喧嘩を売ると、国が地図から消える”という絶対的な共通認識が、大陸規模で各国の王族・貴族の魂に深く刻まれたらしい。

……ええ。

防犯対策(虫除け)としては、大変結構なことですわね。

そんな絶好調の中、フェルド伯爵領の領都では、年に一度の大規模な『感謝祭』が開かれることとなった。

秋の豊作への感謝。

新航路開拓の莫大な成功への感謝。

そして、教国の脅威から平和な日常を無傷で守り抜いたことへの感謝。

理由をこじつけて挙げればいくらでも祭りの名目になる。

要するに、“このフェルド領、今すごく景気が良くて調子が良いので、パーッと盛大に飲んで食べてお祭り騒ぎしましょう!”ということである。

そして。

「おかあさま!」

朝からソワソワ、ワクワクとした明るい声で、リリアが私のドレスの袖を引いた。

「きょう、ほんとうに、みんなでおしのびできるの?」

「ええ」

私は娘の銀髪へ、町娘風の小さな可愛い帽子を被せながら優しく頷いた。

「本日は家族四人、誰にもバレないように変装して、お祭りの屋台をたくさん回りますわよ」

「やったー!」

リリアがピョン! とウサギのように飛び跳ねる。

その隣では、エルがやや神妙な顔で、大きな姿見の鏡の中の自分をジッと点検していた。

今日はいつもの『辺境伯家の跡取り』らしいカッチリとした上等な装いではなく、少し質の良い、裕福な商人の息子風の仕立ての服だ。

色味も目立たないように落ち着いていて、銀灰の髪もあえてワックスで軽く流して庶民っぽくしてある。

普段の“スキのない小さな騎士”という高貴な空気を、意図的に少し薄めた格好。

……なのだけれど。

「母上」

「何かしら、エル」

「これ、本当に町人の『変装』になってますか?」

「ええ」

私は即答で、深く頷いた。

「大変よくお似合いですわ。世界一可愛くて格好いいです」

「そういう意味じゃなくて」

「意味はちゃんと分かっております」

私は真顔で、オタクの結論を答える。

「でも、元の造形(顔)が良すぎるのは、どう服で誤魔化そうとも、素材の暴力で隠しきれませんもの」

「母上」

「何ですの」

「ぼくは、真面目な相談をしているんです」

「私も、これ以上ないほど真面目に『推しの顔が良い』という事実を答えておりますわ」

エルが、スッ……と、すべてを諦めたような遠い目をした。

ああ、最近こういう「大人には敵わない」という顔も覚えましたのね。

その“母上はもうそういうオタクだから仕方ない”と静かに諦めたような賢い表情、大変父親のクーデレに似ていてよろしいですわ。

「ルシア」

私たちの後ろから、クライス様の低い声がする。

振り返ると、今日の“お忍びの変装姿”に着替えた夫が立っていた。

「…………」

私は、その姿を見た瞬間、オタクの心臓を撃ち抜かれて数秒、完全にフリーズして止まった。

何ですの、それは。

黒に近い、飾りのない濃紺のシンプルな上着。

貴族特有の余計な装飾を削ぎ落とした、動きやすい旅装。

銀の髪もいつもより少しだけ無造作にラフに流してあって、高位の貴族というより、腕の立つ凄腕の傭兵兼、裏社会も回せそうな有能な商人――みたいな、危険な大人の空気をプンプンと纏っている。

いえ、貴族の身分を隠す『変装』としては、百点満点の完璧なのだろう。

完璧なのだけれど。

「ク、クライス様」

「何だ」

「それは少々」

「……俺の変装がおかしいか」

「破壊力が高すぎませんこと?」

「何の話だ」

「大人の男としての、致死量の色気です」

「……お前は、朝から何を言っている」

「朝からです」

私は胸元をギュッと押さえた。

「何ですの、その“普段はカタブツの領主だけれど、今日はちょっと身分を隠して裏社会の商会も顔パスで回せそうな、危険で有能な男”みたいなスチルの気配は。オタクが死にますわ」

「お前のその妄想の言葉の羅列は、本当に意味が分からん」

「私には大変よく分かります。最高です」

「そうか」

「そうです」

「おかあさま」

リリアが、私のスカートの陰からこっそり囁いた。

「また、きょうきゅうかた? おかおが赤いよ?」

「ええ」

私は真顔で、鼻息荒く頷く。

「本日はお家を出発する前から、作画コストの供給が過多ですわ」

クライス様が、やれやれと小さく息を吐く。

だが、その整った耳の先が、ほんの少しだけ照れたように赤い。

ああ、ええ。

分かりますとも。

妻にベタ褒めされて格好いいと言われていること自体は、まんざらでもなく、ちゃんと分かって喜んでいらっしゃるのですわね。

◇ ◇ ◇

お忍びで領民に混ざって祭りを回るにあたり、今朝の家族会議で決めた絶対のルールが三つある。

一つ。

身分がバレないよう、“おとうさま”“おかあさま”ではなく、庶民らしく“父さん”“母さん”と呼ぶこと。

二つ。

護衛なしなので、目立ちすぎない行動をすること。

三つ。

はぐれないよう、何かあっても絶対に勝手に親の手を離して走り出さないこと。

「さあ、出発の前に復唱なさい」

私は玄関で、子どもたちへ向き直って確認した。

「はーい!」

リリアが元気よく、短い手を挙げる。

「おとう――ちがう、父さんと! 母さんってよぶ!」

「よろしい。大変上手に言えましたわ」

「めだちすぎないように、おとなしくする!」

「はい」

「かってに、ひとりで走らない!」

「完璧ですわ。百点満点です」

「ぼくは、言われなくても最初から分かってる」

エルが静かに、長男らしく言う。

「そうですわね」

私は大きく頷いた。

「エルはしっかりしておりますから、ママは安心です」

「……」

「ただし」

「何?」

「お父様――いえ、父さんが屋台のゲームで『大人気なく本気』を出した時に、テンションが上がってつられて前に出すぎないこと」

「母さん」

エルが、今日一番の冷めた落ち着いた声でツッコんだ。

「それ、ぼくより、父さんに直接言った方がいいと思う」

「まあ」

私は目をパチパチさせる。

「確かに息子の言う通りですわね」

クライス様が横でボソリと、不満げに言う。

「俺は、目立つようなことは何もするつもりはない。ただの護衛だ」

「そうでしょうか」

私はニッコリと、夫の性格を見透かして笑う。

「あなた、可愛い子どもたちに『あれが欲しい!』とねだられたら、絶対に大人気なく本気を出して無双しそうなお顔をしていらっしゃいますけれど?」

「……」

「図星ですわね?」

「……何でもいい、時間がもったいない。行くぞ」

「あら、照れ隠しで話を逸らすのも、最高の供給(萌え)ですわね……」

「母さん」

今度はエルが、呆れて小さく注意してきた。

「オタクの声が大きいです。目立ちます」

「……ハッ」

「今日はお忍びです」

「そうでしたわ。危ないところでした」

いけません。

出発前から、すでに領主の妻の顔ではなく『限界オタクの顔』が全開で出かかっておりましたわ。

◇ ◇ ◇

祭りの領都の広場は、朝から身動きが取れないほどの大賑わいだった。

色鮮やかな布の飾りと教国の崩壊を祝う旗が風に揺れ。

立ち並ぶ無数の屋台からは、甘い香りと肉を焼く香ばしい匂いが立ちのぼり。

楽士たちの陽気なリュートの音色が、活気ある広場へ賑やかに広がっている。

射的。

魔力を使った光の輪投げ。

新作の雪花菓子が並ぶ菓子屋台。

キラキラ光る果実飴。

肉汁が滴る串焼き。

動物の仮面屋。

小さな魔法細工を売る露店まで所狭しと出ていて、見ているだけで童心に帰って胸が弾む。

「わああ……!」

リリアが、初めて見る庶民の祭りに、両手を胸の前でギュッと握った。

「きらきらしてる! いいにおい!」

「ほんとうだ。すごい人だね」

エルも、さすがに少しだけ好奇心で目を輝かせている。

ああ、よろしいですわね。

厳しい教育の合間に、子どもたちがこうして純粋に祭りを楽しみにしている顔を見るというのは、親として本当に幸せで良いものですわね。

「父さん」

リリアが、はぐれないようにクライス様の大きな手をギュッと両手で握る。

「どこからいく?」

「お前たちが決めろ。好きなところへ連れて行く」

「じゃあ、おかし!」

「いや、腹が膨れる前に、先に何か見て回ってからの方が」

「エルはどうしたい?」

「ぼくは……」

息子が少し迷ってから、広場の向こうの職人街の屋台を指差した。

「あっちの、木彫り細工のお店が見たい」

「まあ」

私は目を細めた。

「八歳にしては、ずいぶんと渋くて落ち着いた趣味ですこと」

「別に、普通だよ」

「でも、知的好奇心旺盛で大変よろしいですわ」

「……」

「職人の技を見たあとで、みんなで甘いものも食べましょうね」

「うん!」

「やったー!」

そうして、最初はエルの希望で木彫り細工の屋台から回ることになった。

並んでいるのは、小さな動物。

空を飛ぶ鳥。

子どもサイズの精巧な木剣。

花飾り。

旅人向けの簡単な木札の護符。

どれも領民の職人が魂を込めて彫った、よくできている品だ。

「これ」

エルが、手のひらサイズの精悍な『狼の彫り物』をそっと手に取った。

「かっこいい。きれい」

「本当ですわね」

私は、その彫り物を見つめる息子の綺麗な横顔を見ながら頷く。

「あなた、とても見る目がありますわ」

店主の気のいいおじさんが、白い歯を見せて笑う。

「おっ、そこのお行儀のいい坊ちゃん、なかなか渋くていい趣味してるねえ! 将来大物になるよ!」

「ぼ、坊ちゃんじゃ……」

エルが、庶民に馴れ馴れしく話しかけられて、少しだけ言いよどむ。

ああもう。

その“変装しているつもりなのに、染み付いた貴族の育ちの良さが全く隠しきれていない戸惑いの反応”まで可愛いのですから、オタクの母は本当に困りますわね。

結局、クライス様が気前よく銅貨を払い、狼の彫り物は嬉しそうなエルの手へ渡った。

リリアは小さな木彫りの花の髪飾りを選び。

私は“本当にこんな目立つもので変装になっているのかしら”と思いながらも、狐の可愛いお面を買い、そのあまりのお祭り感の楽しさに、オタクの財布の紐の緩みを止められなかった。

◇ ◇ ◇

その後、家族四人で屋台をワイワイと回る時間は、ただただ平和で幸福だった。

焼きたての甘いベビーカステラのような焼き菓子を四人で半分こし。

真っ赤な果実飴でリリアの口元とほっぺがベタベタになり。

それを見て、エルが兄として「もう、仕方ないな」とさりげなく 手巾(ハンカチ) を差し出して拭いてやり。

クライス様は、そんな無邪気な二人を、護衛のように背後から黙って見守りながら、人混みでぶつかりそうになる時だけサッと手を貸して守る。

「父さん」

リリアが両手へ飴の棒を持ったまま、ピョンと跳ねて聞いた。

「つぎ、あれやりたい!」

指差した先には、お祭りの定番である『射的屋台』。

棚にズラリと並んでいる景品は、木彫りの鳥や、綺麗な色硝子の小瓶、女の子が好きなフワフワの布製のぬいぐるみなど。

子どもたちの目が、見るからにその景品にキラキラと吸い寄せられている。

「やりたいの?」

私が聞くと、リリアはちぎれんばかりに全力で頷いた。

「やりたい! どうしてもやりたい!」

「……ぼくも、少しだけ」

エルも、剣士の血が騒ぐのか、控えめに射的銃を見つめて言う。

ああ。

来ましたわね。

そして、私はゆっくりと横を向く。

当然のように、射的台を見つめるクライス様を見る。

「……」

「……」

「クライス様」

「何だ」

「ここは」

「……」

「腕の立つ、“父さん”の出番ではなくて?」

クライス様は、ほんの少しだけ腕を組んで沈黙した。

その沈黙の時点で、もう彼の中の親バカな答えは出ているようなものだった。

「おとうさ――あっ、父さん!」

危ない危ない。

リリアが慌てて言い直して、彼の服の裾を引く。

「あの、大きなぬいぐるみ! あの白いフワフワのうさぎさんがほしいの!」

「ぼくは、あの少し重そうな、黒い鳥の置物」

エルも、さりげなく、しかしハッキリと難易度の高い希望を出した。

クライス様が、プロの暗殺者のような鋭い目で、射的台を見る。

的の景品との正確な距離。

広場に吹く風の向きと強さ。

屋台のコルク銃のオモチャのような重さと、弾のブレ。

そして、当てるべき的の重心の角度。

多分、戦場をくぐり抜けたその目で、全部、一瞬で計算して見たのだろう。

「……分かった」

低い、確信に満ちた一言。

ああ。

はい。

屋台のオヤジさん、終わりましたわね。

私はそっと、胸の前で祈るように手を組んだ。

だめですわ。

この真剣な横顔の時点で、もう一方的な蹂躙(結果)が見えてしまいましたもの。

「母さん?」

リリアが不思議そうに私を見る。

「どうしたの? おいのりしてるの?」

「いえ」

私は静かに、推しの見せ場に向けて息を吸う。

「少々、今から始まる光景が、オタクにとって尊すぎると予感しているだけですわ」

「また?」

「またです。本日のメインイベントです」

屋台の主人が、「はいよ、旦那! 頑張ってな!」と気軽に軽い木銃を渡す。

この時点では、主人はただの『子どもにいいところを見せたい、ちょっとガタイのいい家族連れの父親』へ貸しているつもりなのだろう。

だが。

相手が悪すぎる。

クライス様は、オモチャの木銃を片手で軽く持っただけで、すべてを確かめる。

重心のズレ。

引き金の軽さ。

弾道の射線。

その何気なく銃を構える仕草が、すでに一切の無駄がなく、スナイパーのように恐ろしく美しい。

「……ッ」

私は思わず、その色気に被弾して胸を押さえた。

「おかあさま」

エルが私のスカートを引いて小声で言う。

「あんまり変な声出さないでね。目立つから」

「善処いたしますわ。でも自信はありません」

「……信用できない」

「よく分かっていらっしゃるわね」

「母さん」

「はい」

「今、お忍びの変装中」

「……はッ」

本当に、冷静なツッコミ役としてしっかりしてきましたわね、この子。

その間に。

クライス様は、あまりにも自然な、呼吸するような動作で、流れるように一発目を放っていた。

パンッ!

一番奥にあった、重たい『白いうさぎのぬいぐるみ』が、コルク弾で綺麗に的のど真ん中を撃ち抜かれ、ポトリと落ちる。

「わあッ!!」

リリアが飛び跳ねた。

「父さん、すごい! いっぱつ!」

「まだだ」

クライス様は表情一つ変えず、流れるような 装填(リロード) で淡々と二発目。

パンッ!

エルが欲しがっていた、重心の重い『黒い鳥の置物』が、見事に落下。

「……ッ」

今度はエルが、明らかに「すげぇ!」と目を輝かせた。

「父上、すっご――ッ」

危ない。

言いかけて、ハッとしてすぐに口を押さえる。

ああもう、その“ついうっかり本来の呼び方が出るくらい感動して尊敬している”顔、あまりにも健気で可愛いではありませんか。

だが、クライス様の無双は止まらない。

三発目。

パンッ!

四発目。

パンッ!

五発目。

パンッ!

的の奥にある大物景品が、まるで機械仕掛けのように正確に、次々と順に落ちる。

大きな布熊。

銀糸で編まれた狐の飾り。

小さな狼の像。

綺麗な色硝子細工。

ついには、一番上の棚に飾ってあった、絶対に落ちないように細工されていた『大きな星飾り』まで、コルク弾の物理的な威力で弾き飛ばした。

「「「…………(沈黙)」」」

賑やかだった射的屋台の空気が、完全に止まった。

屋台の主人がアゴを外して固まり。

周りで見ていた見物人の客たちも、どよめく。

「えっ」

「今の、一発も外さずに全部……」

「おいおい、なんだあの腕。何者だあの旦那」

「プロの猟師か? 騎士団の狙撃手か? うますぎないか?」

ええ。

そうでしょうとも。

だって、相手は神聖教国の暗殺部隊を木剣一本で瞬殺する、この国最強の『氷の凄腕騎士』ですもの。

止まっている的の射的くらい、全弾ど真ん中に命中して当然でしょう?

「父さん!」

リリアが、完全にキラキラした尊敬のまなざしで、大きなクライス様を見上げる。

「すっごい!! かっこいい!!」

「うん……本当に、すごい」

エルも、欲しかった黒い鳥の置物をしっかり抱えながら、呆然としたように呟く。

そして、その無邪気に称賛する二人の我が子を前にして。

クライス様が、ほんの少しだけ、見下ろすように顎を上げた。

「……(フッ)」

「……」

「……見事なドヤ顔ですわね」

私は扇の奥で、小さく呟いた。

ええ。

間違いなく、今のクライス様、父親として威厳を見せつけて『少しだけ得意げ』ですわ。

表情はいつも通り、大きくは動かない。

でも、分かる。長年愛し合った妻には分かります。

そして限界オタクのフィルターを通せば、もっとハッキリと分かります。

あれは完全に、“どうだ、お前たちの父さんは世界一だろう”の顔です。

「おとうさま、さいこう!」

リリアが、取り尽くしたぬいぐるみを両手に抱えて叫ぶ。

「父さん、ありがとう。大切にする」

エルも、少しだけ照れながら、心からの尊敬を込めて言った。

「……ああ」

クライス様は、あくまでクールに短く頷いた。

だが、その整った耳の先が、ほんの少しだけ照れて赤い。

ああもう。

可愛い子どもたちに尊敬の目で褒められて、クールを装いつつも、内心は嬉しくてちゃんと照れていらっしゃるのですわね。

その人間らしい不器用な反応まで含めて、推しとして完璧ではありませんこと。

私は思わず、萌え死にそうになって口元を押さえた。

「母さん」

「何ですの、エル」

「なんで、泣いてるの?」

リリアが不思議そうに問う。

「これは、オタクの尊さの感動の涙です」

「また?」

「またですわ。涙腺が崩壊しておりますの」

「へんなの!」

「ええ。でも」

私は、屋台の景品を両手に抱えて嬉しそうな可愛い子どもたちと、少しだけ誇らしげな最強の夫を見つめた。

「私の家族、最高でしょう?」

「うん!」

リリアが満面の笑みで、元気よく頷く。

エルも、小さく「……うん、最高」と少し照れて言った。

◇ ◇ ◇

その後、私たちはさらに大にぎわいの祭りを回った。

リリアは新しく手に入れた白うさぎのぬいぐるみを宝物のように抱えたまま離さず。

エルは黒い鳥の置物を片手に、でももう片方では、最初に買った木彫りの狼も絶対に落とさないようにきちんと大事に持っている。

ああ、いけませんわね。

両手にお気に入りを抱えて歩いている兄妹、作画が良すぎて可愛すぎますわ。

「母さん」

エルが、少し周りを気にして、小さな声で聞いてきた。

「今日のこと、また領民のみんなに『領主様だ』ってバレないかな」

「……」

私は少し周りを見て考えた。

「多分、さっきの射的の無双で、半分くらいは薄々バレておりますわね」

「やっぱり。父さんが目立つから」

「でも」

私は優しく笑う。

「領民の皆様、気づいても、気を使って黙っていてくださると思いますわ」

「どうして?」

リリアが首を傾げる。

「だって」

私は、活気ある広場をゆっくりと見渡した。

賑やかな屋台の人々。

すれ違う、笑顔の行き交う家族連れ。

平和な祭りを取り戻して、心から楽しむ領民たち。

その誰もが、こちらをチラリと見ては「領主様だ」と気づきながらも、邪魔をしないように、やさしく敬愛の目を細めて見守ってくれている。

「このフェルド領地の皆様は、私たちの努力を知っていてくれて、とても優しいですもの」

「……」

「激務の領主が、家族揃って楽しんでいる水入らずの時間くらい、気を使ってそっとしておいてくださるのですわ」

「そうなんだ」

「ええ」

「じゃあ、よかった」

エルが、領民の優しさにホッとしたように言う。

ああ。

本当に。

この子は、領民の心まで考えられる、しっかりしていて優しい次期領主ですわね。

クライス様が、両手に荷物を持ちながら、そんな私たちを見下ろして低く言った。

「そろそろ、夜も遅い。帰るか」

「もう?」

リリアが、少しだけ残念そうな声を出す。

「リリア、まだ、あまい『わたあめ』、たべてない」

「……」

クライス様が、そのおねだりに一瞬だけピタリと黙る。

はい。

来ますわね。

甘々に激甘な娘想いの父として、だいぶ心が揺れておりますわね。

「父さん」

エルが、ここで援護射撃のように静かに追い打ちをかける。

「ぼくも……少しだけ、甘いのが食べたい」

「……」

「クライス様」

私は、夫の背中に小声で悪魔のように囁いた。

「今の可愛いダブルのおねだりは、無理ですわ」

「何がだ」

「断れませんわよね?」

「……」

「でしょう?」

「……よし、一本ずつだ」

「やったー!」

そうして最後に、クライス様が甘やかして綿あめを買って帰ることになった。

雲のようにフワフワの白い綿あめを持って、嬉しそうに飛び跳ねて歩くリリア。

それを見ながら、自分の分を少しだけ上品にちぎって食べるエル。

二人の可愛い子どもの真ん中を、大きな背中で歩くクライス様。

その隣に並んで歩く、私。

祭りの提灯の灯りが、オレンジ色に揺れる。

夜風はやさしく、あたたかい。

遠くではまだ、平和を祝う音楽が鳴っている。

私はその幸せな景色の全部を胸いっぱいに吸い込んで、そっと思った。

ああ。

こういう、何でもない家族の時間こそ、本当に一番大切なのだと。

神聖教国だろうが、教皇庁の陰謀だろうが、権威だろうが夜襲だろうが。

全部、どうでもよくなるくらい。

この、愛する家族揃ってのお忍びデートが。

お揃いのぬいぐるみを抱えた子どもたちの、満面の笑顔が。

射的で全弾命中させて、ちょっとだけ得意げにドヤ顔をした、最強の夫の横顔が。

私の人生の何より、尊くて、愛おしかった。

「母さん」

「何かしら、エル」

エルが、ふと綿あめを食べながら小さく笑った。

「今日、すごく楽しかったね」

「ええ」

私は頷く。

「とても」

「また、みんなで行こうね!」

リリアも元気いっぱいに言う。

「もちろんですわ」

「次も、おとう――父さんが、ぜんぶのぬいぐるみとる?」

「……」

クライス様が、無茶振りを受けて少しだけ私を見る。

私はニッコリと、信頼の笑顔を返し、さらにハードルを上げた。

「次は目隠しで、お願いできます?」

「……その時になったらな。善処する」

「まあ。自信がおありで」

「でも、父さんなら、多分本当にやると思う」

エルが、絶対の信頼で冷静に補足した。

「そうですわね」

私は大きく頷く。

「私も、私の最強の夫なら、絶対にそう思いますわ」

クライス様は、「敵わんな」と呆れたように小さく息を吐いた。

けれど、その口元は、ほんの少しだけ、家族の愛に包まれてやわらかく微笑んでいた。

そうして、平和を取り戻した祭りの夜は更けていく。

愛する家族四人。

身分を隠して変装して。

屋台を巡って、心の底から笑って。

並んで歩いて、景品のぬいぐるみを抱えて帰る。

――ええ。

これ以上なく、オタクの胸が満たされる、世界一幸せなお忍びデートでしたわね。