軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第2話 面接は物理と魔法で突破します

夜の王宮の回廊を、裸足の公爵令嬢が全力疾走する。

冷静に考えなくても、完全に狂気の絵面である。

だが、今の私にとって他人の目など宇宙のチリほどもどうでもよかった。

(第一騎士団! 第一騎士団本部! 推し! 推しが! あそこに!)

広大な王宮を駆け抜けながら、私は頭の中で『ルミナス・ロマンス』の設定資料集をパラパラと高速展開していた。

第一騎士団。王都防衛と王族護衛を担う、国内最強の精鋭部隊。

そこに所属しているのが、攻略対象ですらない隠しキャラにして、一部のコアなファンから絶大な人気を誇った男。

無口、無愛想、無表情の三拍子。

けれど剣の腕は作中最強クラス。冷たいようでいて情に厚く、不器用なくせに誰よりも誠実で、報われない忠義を最後まで貫いた孤高の騎士。

――クライス・フェルド。

前世の私が公式人気投票で毎回一位にするべく、毎日複数の端末を駆使してポチポチと投票し続けた最推しである。

(生きてる……この世界に生きてるのよ……! しかも今の時系列なら、まだあの鬱展開も悲恋フラグもへし折れる! 私、まだ間に合うのよ!)

あまりの尊さに、走りながら滂沱の涙が出そうになる。危ない、視界が滲んで壁に激突するところだった。

すれ違う侍女や衛兵たちが、私の姿を見てぎょっと目を剥いている。

「る、ルシア様!?」

「えっ、裸足……!? しかもドレスが……!」

「な、何事だ!?」

何事か、と問われれば一大事だ。私の人生における最重要案件、推し活の幕開けである。

だが、モブにいちいち説明している暇はない。

「道をお空けなさい! 今の私は人生で一番急いでおりますの!!」

我ながらすごい台詞だと思うが、公爵令嬢として長年培った圧倒的威圧感(覇気)のおかげか、全員がモーセの十戒のごとくサッと道を空けた。

権力とは、正しく使えば実に便利なものだ。

(王太子妃教育、こんなところで役立つなんてね……!)

走りながら、思わず遠い目になる。

三歳から始まった地獄の英才教育。礼儀作法、学問、魔法、政治、経済、法律。

十歳を越えた頃からは、そこにあのバカ王太子の尻拭い(サビ残)が追加された。

会議資料の要約、予算書の再確認、外交文書の誤字脱字修正。

本来なら王太子自身がやるべき案件を、私は夜な夜な裏で片づけてきた。そのくせ当の本人は「君は優秀で助かるよ」と、都合のいいbotのような台詞を吐くだけ。

……うん、やっぱり婚約破棄されて大正解だわ。

(私、何年も無給で何をしてたのかしら……。ああでも、これからは違う! 私のリソースは全部、推しのために使える!)

社畜経験で鍛えられた前世のタフさと、公爵令嬢として仕込まれた現世のチート能力。

この二つを掛け合わせれば、ただの追っかけでは終わらない。

私は推しを遠くから眺めて尊びたいだけだ。

そのついでに、推しの生活環境と職場環境と健康状態を整え、将来の死亡フラグを根こそぎへし折るだけである。

(そうよ。私は別に私欲で動いてるわけじゃない。推しが少しでも快適に生きられるように環境整備をするだけ。これは崇高な使命、オタクとして当然の責務よ!)

誰に言い訳しているのか分からない熱い思いを胸に、私はついに王宮西棟の外れ、第一騎士団本部へとたどり着いた。

石造りの重厚な建物。中庭では夜間訓練中の騎士たちが剣を振るっている。

門の前には、屈強な門衛が二人。

私は彼らの前で急ブレーキをかけ――膝に手をついて、はあっ、はあっと盛大に肩で息をした。

「…………っ、は……!」

「お、お嬢さん!?」

「いや待て、グランツ公爵令嬢では!?」

いかに鍛えられていても、王宮をガンダッシュすれば息も上がる。

だが、へばっている場合ではない。推しはすぐそこなのだ。

私は乱れた呼吸を「ふっ」と一息で整え、スッと顔を上げた。

そして、完璧な淑女の微笑みを浮かべる。

「夜分遅くに失礼いたしますわ。私、ルシア・フォン・グランツと申しますの」

「は、はあ……」

「第一騎士団に、就職希望で参りました」

「…………は?」

門衛二人の顔が、見事なまでにフリーズした。

うん、知ってる。普通そういう反応になるわよね。

ドレスを引き裂いて膝を出した公爵令嬢が、夜中に裸足で駆け込んできて「就職希望です」とか、不審者以外の何者でもない。

「冗談ではありませんの。私は本気ですわ。できればクライス様――いえ、クライス・フェルド副団長付きの専属の側仕えを希望いたします」

「ふ、副団長付き!? む、無茶を仰るな!」

年長の門衛が、我に返って叫んだ。

「第一騎士団は貴族令嬢のお遊び場ではありません! そんなもの、認められるわけがないでしょう!」

「遊びではありませんわ」

「では何だと!」

「人生です」

キリッと言い切ると、門衛たちは揃って絶句した。

分かる、重いわよね。でも事実だから仕方ない。

「ど、どうしますか……? 本当にグランツ公爵家のご令嬢なら、無下には……」

「いやしかし、今の格好を見ろ! どう考えても正気とは思えん!」

「正気ではない自覚はありますけれど、目的意識は極めて明確ですわよ?」

「自分で言うな!」

息の合ったツッコミをいただいた。

だが、押し問答をしているうちに、周囲の騎士たちが何事かと集まり始めてしまった。

「なんだ? 公爵令嬢だって?」

「なんでこんな時間に、しかも裸足で……」

「かわいい顔してだいぶヤバい奴だな……」

ヒソヒソと飛び交う声。

しかし、今の私に「羞恥心」という概念はログアウトしている。

私は背筋を伸ばし、集まってきた騎士たち全員を見回した。

「繰り返します。私は第一騎士団に雇っていただきたいのです。雑務、会計、法務、兵站管理、魔法支援、文書整理。その他必要な実務は一通り対応可能です」

「一通りって……」

「ちなみに、王宮の未処理書類をひと月分まとめて渡されても、徹夜二回で完璧に終わらせる自信があります」

「何だそれは、化け物か?」

「失礼ですわね。元・未来の王太子妃候補ですわよ」

すると、一人の騎士がピクリと反応した。

「……待て。王太子の婚約者だった、あのルシア様か?」

「じゃあさっき、夜会で騒ぎがあったって噂は本当か!?」

「婚約破棄されたって……」

(しまった、情報伝達が早すぎる!)

さすがは王都の精鋭、無駄に耳が早い。

門衛たちの目つきにも、警戒が混じった。

「お引き取りください、ルシア様。騎士団は王宮のドロドロの愛憎劇に巻き込まれる場ではありません」

「愛憎劇ではありませんわ。円満な脱出成功です」

「はい?」

「ともかく! 私はクライス副団長の近くで働きたいのです!」

「なお悪いわ!」

門衛が頭を抱えた。ごもっともである。

だが、ここが人生の分岐点なのだ。推し出演舞台の当日券列から追い返されそうになっているのと同じ。退く選択肢などない。

その時だった。

人垣の奥から、面白がるような声が飛んできた。

「そこまで言うなら、 面接(テスト) してみればいいんじゃないか?」

ざわめきが割れ、一人の男が前へ出てきた。

三十代半ばほどの、日に焼けた精悍な顔立ちの騎士。

「隊長」

「ローデン隊長!」

どうやらそれなりに立場のある人物らしい。

ローデン隊長と呼ばれた男は、私を値踏みするように眺め、ニヤリと笑った。

「第一騎士団に入りたいと言うなら、最低限の実力は見せてもらわないとな。口だけ達者な貴族は腐るほど見てきた」

「おっしゃる通りですわ」

「訓練場に魔法測定用の的がある。あれを使って一発、撃ってみろ。威力、精度、制御。その三つが見られれば十分だ」

「隊長、本気ですか!?」

「どうせ無理だ。貴族のご令嬢が放つ、派手なだけの花火で終わるさ」

周囲の騎士たちから、クスクスと侮蔑の笑いが漏れる。

(ふ、ふふ……)

危うく、私も笑い出しそうになった。

花火。なるほど、そう見られているわけね。

まあ無理もない。貴族令嬢の魔法など、せいぜいお茶を保温する程度のものだと思われているのだろう。

だが、私はグランツ公爵家の長女。王家に次ぐ魔力を誇る血筋に加え、幼少期から「万一の護身用」として攻撃魔法を徹底的に叩き込まれてきた。

極めすぎて、「人前で使うと色々と面倒くさいから」という理由で、ずっと隠してきただけで。

「分かりましたわ。面接、喜んでお受けいたします」

私はドレスの裾をつまみ、優雅にお辞儀をして訓練場へ足を向けた。

◇ ◇ ◇

第一騎士団の夜間訓練場。

中央に置かれていたのは、人の背丈を軽く超える巨大な黒い石板だった。

「対魔法用の特別製だ。並の攻撃じゃ傷一つつかん」

ローデン隊長が腕を組んで言う。

「中心に当てろ。外したらそこで不合格だ」

「承知しましたわ」

的の前に立つ。

集まった騎士たちは、半信半疑の顔。門衛たちはいまだに「正気か?」という顔。

私は的を見つめながら、すうっと息を吸った。

さて、どうしようか。

本気を出せば、あの的だけでは済まない。訓練場の防壁ごと吹き飛ぶ。最悪、本部建物の半分が更地になる。

さすがに、推しの職場を初日で物理的に破壊するのはオタクとしてご法度だ。

(ここは制御。とにかく制御よ、ルシア。殲滅ではなく、精密破壊。前世でも仕事は力技じゃなく段取りとマクロで片づけてきたじゃない)

魔法も仕事も同じ。必要な箇所へ、過不足なく叩き込むだけ。

私は右手のひとさし指を、そっと的へ向けた。

「……《収束》」

ポツリと呟いた瞬間。

――ビリッ。

周囲の空気が、異常な密度で震えた。

「なっ……」

「おい、あの魔力の密度……!」

騎士たちの顔色が一瞬で変わる。ローデン隊長のニヤケ顔も消え去った。

空気中の魔素が私の指先に集束し、圧倒的な光の渦となって圧縮されていく。

(出力は……一%未満に絞る。照準は的の中心部。外殻を砕き、破片は微塵以下に分解。音と衝撃波も最低限にカット)

脳内で完璧なプログラミング(術式構築)を終える。

「では、失礼いたしますわ」

次の瞬間。

私の指先から放たれた極小の光線は、音を置き去りにして放たれた。

ズン――――ッ!!!!

轟音と眩い閃光が訓練場を白く染め上げ、突風が吹き荒れる。

騎士たちが反射的に腕で目を庇い、地面が揺れた。

だが、それもほんの一瞬。

土煙が晴れた後、そこにあった光景を見て――その場にいた全員が、文字通り言葉を失った。

巨大な黒い魔法測定用の的は。

跡形もなく、消滅していた。

砕けたのではない。抉れたのでもない。

「最初から存在しなかった」かのように、チリ一つ残さず空間ごと削り取られていたのだ。

後方の防壁には、指先ほどの大きさの真円の穴が一つだけ、綺麗に穿たれている。余剰破壊はゼロ。

常軌を逸した威力と、それを上回る異常すぎる精密制御。

「…………」

「…………」

「…………は?」

静寂の中、誰かの間抜けな声が響いた。

私としてはかなり抑えたつもりだったのだが、どうやら『一%未満』でも少々やりすぎたらしい。

私はパンパンと軽く手を払い、ローデン隊長たちの方を振り返った。

「いかがでしょうか? 私は事務職志望ですので、あくまで参考程度ですが」

誰も返事をしない。

門衛二人は口を半開きにして石像になり、周囲の騎士たちも私と消えた的を交互に見比べて硬直している。

ややあって。

ローデン隊長が、ギギギ……と錆びついたロボットのような動きで私を見た。

「……参考、だと?」

「ええ」

「今のが?」

「はい」

「……参考?」

「はい」

しばしの沈黙。

そして次の瞬間、彼は背後の騎士へ向かって鼓膜が破れんばかりの怒号を放った。

「副団長を呼べ!! いや待て、団長もだ! いや両方だ! 今すぐ連れてこい!!」

「は、はいぃっ!?」

若い騎士が悲鳴を上げ、転がるように詰所へ駆けていく。

(副団長……ッ!)

その単語に、私の心臓はドクンと大きく跳ねた。

この第一騎士団において、副団長といえば一人しかいない。

(ついに。ついに来るのね……! 私の最推しが……!!)

「ルシア様、とおっしゃったか」

ローデン隊長が、さきほどまでの余裕を完全に消し去り、ひどく慎重な声音で口を開く。

「一つだけ確認させてくれ。あなたは本当に……何者なんだ?」

その問いに、私は胸の前で手を組み、この世で一番可憐な微笑みを作って答えた。

「しがない、求職中の公爵令嬢ですわ」

訓練場にいた全員が、内心で全力のツッコミを入れたに違いない。

(((嘘をつけ!!!!)))と。

――そしてその頃、詰所の奥では。

一人の無口な『氷の騎士』が、外の騒ぎの報告を受けて、面倒くさそうにゆっくりと顔を上げていたことを。

限界オタクの私は、まだ知る由もなかったのである。