軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第116話 前世の部下たちも大集合。クライス・ホールディングスは元騎士団だった件

月曜の朝。

私は、秘書課の自分のデスクで、たいへん静かで冷徹な、完璧なポーカーフェイスを貼り付けていた。

表情だけ見れば、全く隙のない『有能な社長秘書』である。

だが、その鉄仮面の裏側で、私の限界オタクな内心は少々、いや大パニックで忙しかった。

理由は明白だ。

一昨日、九条さんのご実家へ初めて伺った。

昨日の日曜日はその余韻で、自室のベッドの上で布団を被り、だいぶ頭のおかしい幸せ(限界化)に浸ってしまった。

そして本日から、また通常営業の過酷なオフィスである。

「……切り替えですわね。深呼吸ですわ」

私は、自分へ呪文のように小さく言い聞かせた。

「社内では、私はあくまで一介の秘書」

「退勤後のプライベートでは、甘い恋人」

「しかし、推しからの公式供給は、どこであろうとすべて残さず摂取」

「公私のバランス、全部大事。完璧ですわね」

「よろしいですわね」

「藤咲さん」

隣の先輩秘書が、私の異変を察知して小声で言った。

「はい。何でしょう」

「朝から、パソコンに向かってブツブツと呪文みたいなの唱えてるけど、大丈夫?」

「気のせいです」

「最近、藤咲さんその“気のせい”っていうパワーワードで押し切ること増えたよね」

「プロの秘書の 職能(スキル) ですので」

「秘書の!?」

「いえ、過酷な人生(二周目)を生き抜くための」

「なんか重いなあ……」

その、平和な朝のやり取りの最中だった。

『ピーン!』と。

役員フロア全体へ、一斉に緊張感のある緊急招集の通知音が鳴り響いた。

私は反射的にタブレットの画面を開く。

【緊急事態発生】欧州主要クラウド拠点にて、大規模システム障害発生

【影響範囲】全社の決済系サービス、法人向けダッシュボード、グローバル認証連携の停止

【対応】緊急対策本部を設置。対策会議、九時十分より第一会議室にて開始

「……あら」

私は、画面の赤い文字を見て小さく目を細めた。

システム障害。

しかも、事業の根幹に関わる、かなり致命的にまずい規模のものだ。

現在の時刻は九時三分。

欧州側は深夜帯から徹夜で復旧対応中のはずだ。

日本本社で統括して指示を出すには、時差の関係で時間も現場の情報も圧倒的に足りない。

しかも最悪なことに、今日はうちの重要顧客向けの何百億が動く『大型プレゼン』が、午前中に二件も入っていたはずだ。

「……これ、かなりまずいね」

先輩秘書が、事態を把握して顔色を青くする。

「ええ。最悪のタイミングでの大規模インシデントですわ」

私は、すでに完璧な資料の束を抱えて立ち上がっていた。

「でも、だいぶ血が騒いで、面白くなってまいりましたわね」

「何で!? 会社の大ピンチだよ!?」

「修羅場(魔王討伐)は、交通整理しがいがありますので。腕が鳴りますわ」

「そういう戦闘狂みたいなとこ、ほんと怖い!」

◇ ◇ ◇

第一会議室へ入った瞬間、私は別の意味でピタリと足を止めた。

「…………」

いつもの見慣れたスーツ姿の役員陣に加え、見慣れない男が一人、壁際で腕を組んで立っていたのだ。

四十代前後。

よく日に焼けた、無精髭の似合う精悍な顔立ち。

上質なブランド物のスーツを着ているのに、どう見ても“冷暖房の効いたオフィスより、泥だらけで現場を走り回る方が似合う男”という野性的な空気が抜けていない。

ネクタイは少し雑に緩められ、目元には人の良さそうな笑い皺。

そして、ただそこに立っているだけで、妙に部下を従える“歴戦の部隊長感”が漂っている。

「……あらまあ」

私の口から、思わず本音の溜め息が漏れた。

その男がこちらを見る。

目が合った瞬間、私は魂のレベルで完全に確信した。

はい。

来ましたわね。

前世で、公爵令嬢だった私へ、新兵訓練で無茶な実技試験を課し。

豪快に笑い。

時に私の無茶に呆れ。

けれど、誰よりも最前線で泥にまみれて現場を見ていた、あの頼れる部隊長。

『ローデン隊長』の生まれ変わり、ですわね?

「社長」

私は上座の九条さんへ近づき、できるだけ静かに耳打ちして問う。

「何だ、藤咲」

「あちらの、野性味溢れる方は」

「今朝付けで、地方の工場拠点から本社へ引き抜いてきた」

「……」

「総務部長 兼 危機管理室長」

「……」

「 露木(つゆき) 蓮司(れんじ) だ」

「露木、ですの」

「ああ。現場の叩き上げだ」

露木蓮司。

その名札の文字を見ても、日焼けした顔を見ても、重心のブレない立ち方を見ても、もう駄目だった。

ローデンですわね、これ。確定ですわ。

九条さんが、私の確信に満ちた顔を見て低く言う。

「……藤咲、また何か『すべてを分かった顔』をしているな」

「失礼ですわね。ただの秘書の分析です」

「違うのか」

「かなり、見覚えのある優秀な『現場指揮官』です」

「……」

「あと、多分、あの人は有事の際、妙に声が通るタイプです」

「初対面でそこまで分かるのか」

「ええ。直感で」

「……お前のその直感、本当に怖いな」

「最高の光栄です」

すると、新任の露木部長が、こちらへ気安く、まるで旧知の仲のように片手を上げた。

「どうも。あんたが噂の藤咲さん?」

「はい」

私はにこやかに、完璧な角度で一礼する。

「社長秘書の藤咲瑠衣でございます。お見知りおきを」

「地方まで話は聞いてるぜ。社長の懐刀の凄腕秘書で、最近、本社のたるんだ役員連中を妙にシャキッとさせてる恐ろしい人だろ?」

「恐ろしい、は余計ですわね。愛のある指導ですわ」

「ははっ、違いねぇ! 悪い悪い!」

その、腹の底から響く豪快な笑い方。

ああもう。

完全にローデン隊長ですわね。魂が1ミクロンも変わっておりませんわ。

◇ ◇ ◇

重苦しい空気の中、緊急会議が始まる。

CFO(最高財務責任者)が、投資ファンドからの理不尽な条件再交渉による莫大な財務リスクを説明し。

CTO(最高技術責任者)が、システム移行トラブルの絶望的な現況と復旧の遅れを報告し。

広報責任者が、午後の全社説明会までに資料の差し替えが間に合わないと頭を抱え。

総務は、システムダウンによる社員の混乱と、社内問い合わせの爆増で窓口がパンクしていると悲鳴を上げる。

要するに。

財務。

技術。

広報。

総務。

会社の全機能が一度に大炎上して火を噴き、誰かが完璧な『交通整理』をしないと、普通に会社が事故って傾くやつである。

「午後の説明会は、延期も視野に入れるべきだ!」

「いや、それは市場への印象が悪すぎる! 株価が落ちるぞ!」

「だが、システム側の完全復旧は最低でもあと二時間はかかる!」

「投資ファンドへの一次返答のデッドラインは十一時までだぞ! どうする!」

「社内への説明がこれ以上遅れると、現場の社員が混乱して二次災害が起きます!」

優秀な人たちが、自分の部署の正論と悲鳴を優秀な言葉で言っている。

だが、優秀な人が同時に自分の都合で喋る会議は、放っておくと大抵、収拾がつかずに綺麗に詰むのだ。

私は、スッと静かに息を吸った。

「社長」

「何だ」

「私が交通整理、してよろしいですか」

一斉に、役員たちの視線が、ただの秘書である私へ集まる。

露木部長が、少しだけ「おっ?」と面白そうに片眉を上げた。

九条さんは、私のその静かに燃える目を一拍だけ見て、迷いなく短く言う。

「やれ」

その絶対的な一言(許可)で、私の頭が完全に戦場モードへ澄み切った。

よろしい。

では、制圧(鎮火)を始めますわね。

「皆様、静粛に。論点を四つへ切ります」

私はパンッ! と手を叩き、ホワイトボードへ向かった。

「一、投資判断の期限」

「二、システム復旧のデッドライン」

「三、社内への現状説明」

「四、対外的なプレスリリース」

キュッキュッ、と迷いのない音でマーカーを走らせながら、続ける。

「CFO」

「は、はい」

「細かい言い訳は不要です。数字は三パターンで出してください」

「……」

「条件を飲む、保留する、完全に手を引く」

「……」

「感情論ではなく、コストと信用毀損の事実データだけで並べてください。十分以内で」

「わ、分かりました」

「CTO」

「はい」

「専門的な技術詳細の言い訳はいりません」

「……」

「何時何分までに、どの機能が最低限戻るか。それだけを」

「……」

「十分以内に提出を」

「りょ、了解した」

「広報」

「はい」

「午後説明会は、延期前提で考えないでください。逃げの姿勢は燃えます」

「……」

「予定通りやる前提で、今どこまで言えるかだけを詰めます。台本を書き直して」

「分かりました」

「露木部長」

「おう」

「社内導線の確保と、問い合わせ窓口、今すぐ一本化してください」

「……」

「各部の善意の独自回答は、混乱を生むので全部止めます」

「……」

「総務、人事、情シス、広報の窓口を一本へ繋いで、防波堤を作って」

「……」

「十分でできます?」

そこで、露木部長が、面白くてたまらないというように、グッとニヒルに口角を上げた。

「できるか、じゃない」

「……」

「『やるんだろ?』」

ああ。

その感じ。

無理難題を押し付けられても、現場の士気を上げる雑なようでいて的確な熱い返し。

やっぱり、頼りになるローデン隊長ですわね。

「ええ」

私は満足げに頷く。

「死ぬ気でやってくださいまし」

「了解だ、任せな」

そして最後に、私は会議室の役員全体を、氷のような威圧感で見渡した。

「十分後、この部屋へ再集合」

「……」

「その提出されたデータ時点で、社長の決裁を一本通してすべてを終わらせます」

「……」

「行動開始。以上です」

その瞬間だった。

「「「ハッ、ルシア様!!」」」

会議室のあちこちから、役員たちの野太い声が、ピタリと見事に重なった。

「…………」

空気が、止まった。

私も止まった。

九条さんも目を丸くして止まった。

広報責任者は、自分の発した言葉に口を半開きにしてアホ面になった。

CFOは、信じられないというように自分の口を両手で押さえている。

CTOに至っては、眼鏡をずり落としかけたまま完全にフリーズして固まった。

そして。

一番大きな声で、完璧な敬礼のポーズまで決めて言った露木部長が、数秒遅れて「ハッ」と我に返り、真顔になった。

「……あれ?」

◇ ◇ ◇

「……今の」

広報責任者が、恐る恐る、震える声で口を開く。

「誰か、論理的に説明できます?」

「私も少々、その論理的な説明を求めておりますわね」

私は、冷や汗をかきながら真顔で答えた。

露木部長が、気まずそうにこめかみをボリボリとかきながら言う。

「いや、悪い」

「……」

「なんか、あんたのあの声聞いたら、口が勝手に動いてた」

「口が勝手に、で済ませないでいただけます? ここは現代日本の企業ですわよ」

「でも、分かる」

CFOが、青ざめた顔で低く言う。

「なぜか分からないが、魂の底からものすごくしっくり来た」

「やめてくださいまし。私は藤咲です」

「私もだ」

CTOが静かに、眼鏡を押し上げながら真顔で続ける。

「“藤咲秘書”より、“ルシア様”の方が、絶対的な指示を受ける部下として、何故か自然だった」

「ですから、やめてくださいまし」

私は頭痛を堪えるように、深く額を押さえた。

無理ですわ。

これはもう、隠し通すのは無理ですわね。

前世のポンコツだけど愛すべき騎士団員たちが、現代日本のエリート会社員になってなお、私に統率される時だけ、魂に染み付いた呼称(ルシア様)がバグって漏れているではありませんこと。

「社長」

私はそっと、横で黙っている九条さんを見る。

「何だ」

「多分、ですけれど」

「……」

「全員、前世の仲間たちですわね」

「誰の」

「私の(そしてあなたの)」

「さらっと重いオカルトを言うな」

「でも今のは、状況証拠としてかなり確定的です」

「……」

「否定する材料が足りませんわ。完全に軍隊の動きでした」

九条さんが、やれやれと小さく息を吐いた。

「……後で詳しく聞く」

「助かります」

露木部長が、なぜか妙に懐かしそうな、それでいて嬉しそうな顔でこちらを見る。

「……藤咲さん」

「はい」

「なんか、遠い昔の前にも、あんたにこうやって無茶な段取り切られて、戦地へ送り出されてた気がするんだよな」

「でしょうね」

私は、もう諦めてさらりと答えた。

「多分、私が容赦なく死地へ送り込んでおりました。あなたが一番頑丈でしたので」

「あっさり認めるんだな!」

「今日はもう、魂のフラッシュバック現象が強すぎますので」

「ははっ、違いねぇ!」

露木部長は豪快に笑って、それから急に、武人のように背筋をピンと伸ばした。

「了解。じゃ、まずは言われた通り窓口を一本化して、防波堤を作ってくる」

「お願いしますわ」

「ハッ、ルシ――」

「そこは我慢してくださいまし! 」

「無理かもしれん! 魂が疼くんだよ!」

「気合で努力してくださいまし!」

そのまま露木部長は、妙に俊敏な動きのいい総務部長として、風のように会議室を飛び出していった。

ああ。

ええ。

あの猪突猛進な突撃力、完全にローデン隊長ですわね。

◇ ◇ ◇

そして、運命の十分後。

会議室へ息を切らして戻ってきた面々は、驚くほど仕事が神速で速かった。

CFOは、複雑な三パターンの数値を、社長が一秒で判断できる一枚に完璧に整理。

CTOは、復旧見込みと各部署への依存関係を無駄なく簡潔化。

広報は、午後の説明会の言い回しを変えた完璧な改訂版台本を用意。

露木部長は、総務・人事・情シス・広報を一本の緊急対応ラインへ繋ぎ終えて、社内パニックを完全に鎮火させていた。

「できました」

「こちらも」

「説明案、二本あります。どちらでもいけます」

「問い合わせ窓口、もう止めた。勝手な回答も全社禁止かけたぜ」

速い。

そして、それぞれの部署の動きが、歯車のように妙に噛み合っている。

「……」

私は会議卓に並べられた完璧な資料を見渡し、思わず小さく、嬉しくて笑った。

そこから先は、もう圧倒的に早かった。

彼らの用意した数字を見て。

広報の言葉を整え。

社長(九条)が決裁する。

そのトラブル解決への流れが、あまりにも淀みなく、美しい。

しかも途中で、露木部長が社内混乱を抑えるための野性的な追加案を出し、CTOがそれに即応してシステムを組み、CFOがその費用影響を一瞬で暗算で出す。

阿吽の呼吸。その無敵の連携を見て、私は完全に確信した。

はい。

これ、株式会社の体裁をした、ただの『最強の元騎士団』ですわ。

「社長」

私はすべての意見をまとめた最終案を差し出す。

「これで一本に」

「ああ、完璧だ」

「露木部長、社内への 避難導線(アナウンス) はこの順で」

「了解――」

一瞬、彼らの動きが、ピタリと止まる。

そして。

「「「ハッ、ルシア様!!」」」

「だから! 現代日本でその呼び方はやめてくださいまし!!」

ついに私は、顔を真っ赤にしてツッコミの声を上げた。

緊迫していたはずの会議室のあちこちで、堪えきれない小さな笑いが漏れる。

九条さんの氷の口元まで、ほんの少しだけ、呆れたように、でも楽しそうに緩んでいた。

◇ ◇ ◇

昼過ぎ。

私たちの迅速な一次対応は見事にまとまり、最悪の混乱は未然に回避された。

午後の全社説明会も、広報の完璧な台本により、むしろ“準備された誠実な危機対応の説明”として、社内と投資家の信頼を取り戻す方向へ好転して働いた。

すべてが終わり、会議室の解散後。

残ったのは、私と九条さん、そして疲れ切った数名の役員だった。

「……藤咲さん」

CFOが、ネクタイを緩めて珍しく素直に言う。

「はい」

「今日のあの緊急時の指揮、かなり助かりました。頭が下がります」

「光栄ですわ」

「感情論を排した論点の切り方が、恐ろしいほど綺麗だった」

CTOも、コーヒーを飲みながら短く続ける。

「無駄が全くなかった」

「ありがとうございます。昔取った杵柄ですので」

広報責任者が、疲れた顔で苦笑しながら言う。

「でも、本当に何なの、さっきのあの“ハッ、ルシア様!”って一斉に叫んだ謎の現象。集団催眠?」

「私も知りたいですわ」

私はすかさず即答した。

「いえ、多分、原因は知ってはおりますけれど」

「どっちだよ、藤咲さん」

そこへ、現場の鎮火を終えて戻ってきた露木部長が、ドア枠にドカッともたれた。

「いやあ、でも分かるわ」

「何がですの」

「藤咲さんの、あの絶対的な指示の飛ばし方」

露木部長は、缶コーヒーを開けて、妙にしみじみと言う。

「一回あの声を聞くと、逆らう気が起きず、体が勝手に動くんだよな」

「やめてくださいまし。私は魔女ではありません」

「あと、変に疑問を抱く気もしない」

「……」

「なんか、“はい、藤咲さんの言う通りに動くのが、絶対に死なない正解です”って感じになる」

「……」

「くそ、なんだろうな。妙に懐かしいな、これ」

その言葉に、会議室の空気が、ほんの少しだけノスタルジックに変わる。

CFOが低く、同意するように呟く。

「……不思議と、懐かしい、か」

CTOも眼鏡を押し上げながら、遠い目をして続けた。

「私もだ。ずっと昔から、こうして背中を預けていた気がする」

広報責任者だけが、一人だけオカルトな空気に置いていかれている顔で、目をぱちぱちさせた。

「ちょっと待って、みんな」

「何でしょう」

「皆して、何か遠い昔の青春でも思い出しかけてない?」

「ええ」

私は穏やかに、かつての部下たちへ微笑んだ。

「多分、前世の過酷なブラック職場(戦場)の記憶ですわ」

「前世の職場って何!? 労基入る!?」

外から追加資料を持って入ってきた若手社員まで、私を見るなりピタリと直立不動で立ち止まった。

「藤咲さ――」

そこで彼は、何かの見えない力に引っ張られるように言い直す。

「ハッ、ルシア様! 資料をお持ちしました!」

「だから!! 新人まで増えないでくださいまし!!」

会議室に、今度こそ、緊張の解けた大きな笑い声が広がった。

◇ ◇ ◇

夕方。

嵐が去り、静かになった社長室へ戻った私は、ようやくソファに座って一息ついていた。

だが、心臓が落ち着いたかと言われれば、もちろんそんなことはない。

だって本日、私の推し活において、とんでもない事実が明らかになってしまったのだ。

この大企業『クライス・ホールディングス』の中核人材が、だいぶ前世の私の『騎士団』そのままであると。

しかも、その中へ。

あの頼れるローデン隊長の生まれ変わりまで、しれっと総務部長として混ざっていたのである。

「藤咲」

「はい」

九条さんが、デスクの向こうから低く呼ぶ。

「今日の件」

「ええ」

「お前の言うオカルト理論で、論理的に説明してもらおうか」

「どこからでしょう」

「全部だ」

「長くなりますわよ」

「構わん。聞こう」

「では簡潔に」

私はコホンと咳払いをした。

「多分、今の役員と幹部社員の一部」

「……」

「前世で、うちの精鋭の『騎士団』でしたわ」

「うち?」

「私と、 社長(あなた) の」

「……」

「多分ですけれど」

「その便利な“多分”で、すべてを押し切る気か」

「今日は、その超常現象が強すぎましたので」

九条さんが「頭が痛い」と額へ手を当てる。

けれど、完全には頭から否定していない。

それどころか、少し考え込むような、自分の記憶のパズルを合わせるような顔をしていた。

「露木部長は」

「……」

「私の右腕だった、ローデン隊長でしょうね」

「誰だ、それは」

「現場の叩き上げで、豪快で、私の無茶へのツッコミがうるさくて、でも誰よりも早く一番最初に死地へ動くタイプです」

「……」

「今日のあの安心感のある感じ、完全にそうでした」

「なるほど」

「納得しないでくださいまし」

「いや」

九条さんは静かに、窓の外の夕景を見ながら言う。

「今日のあいつらの動きは、確かに妙だった。軍隊以上に洗練されていた」

「でしょう?」

「お前が前に出て、指揮を執った瞬間」

「……」

「全員が、自分が動くべき場所へ、1ミリの迷いもなく入った」

「……」

「昔から、そうだったのか。俺の部下は」

私は少しだけ、懐かしむように目を細めた。

「ええ」

「……」

「多分、私が冷酷に段取りを切って」

「……」

「露木隊長――いえ、ローデン隊長が先頭で雄叫びを上げて走って」

「……」

「最後に、 社長(あなた) が圧倒的な力で全部を決める」

「……」

「そういう無敵の形が、一番多かったのだと思いますわ」

九条さんは、しばらく黙っていた。

やがて、ぽつりと落とす。

「……ひどく、しっくり来るな」

「ッ……」

「何ですの」

「いや」

九条さんの目が、ほんの少しだけ、やさしくやわらぐ。

「今日、お前が自信満々に場を握って、奴らを指揮しているのを見て」

「……」

「妙に、心の底から『安心した』」

「……」

ああもう。

そういう甘い言い方を、何でもない顔でなさるの、本当にズルいですわね。

私はそっと、跳ねる胸元を押さえた。

だが、顔はどうにか完璧な秘書として崩さない。

「最高の、光栄です」

ようやくそれだけ言うと、九条さんは静かに、力強く頷いた。

「当然だ」

「……」

「お前は、俺の最高の秘書で」

「……」

「俺の、愛する恋人だからな」

「ッ……」

駄目ですわね。

今日はもう、オタクへの供給が多すぎるでしょう。

前世の頼れる部下たちが、今世ではエリート役員や幹部社員になっていた。

しかも私が指示を出すと、なぜか全員が「ハッ、ルシア様!」と直立不動になる。

おまけに、ローデン隊長の生まれ変わりは、新任の総務部長として、前世と変わらず最前線で現場を豪快に回していた。

何ですの、この会社。

クライス・ホールディングス、実質、現代に蘇った『元・最強騎士団』ではありませんこと。

でも、不思議と全部がしっくり来た。

だって、前世の魔法の世界でも、今世の現代のオフィスでも、結局私は。

この愛する人の隣で、みんなをまとめ、場を整え、共に前へ進める『側仕え(秘書)』の役回りなのだから。