軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四章 エピローグ 上

第四章 エピローグ 上

サイド なし

「……これは、時間切れと見るべきでしょうか」

燃え盛る王城を一瞥し、リーゼロッテ・フォン・シルベスタは呟く。

近衛騎士の白く美しい鎧はあちこちがへこみ、煤と血で汚れている。右手に握る長剣は半分の位置でへし折れ、左手の散弾銃も残弾は僅かであった。

兜が割れ、銀髪があらわとなっている麗人に、日焼けした肌の暗殺者は苦笑する。

「さあね。でも、あんたらの勝ちよ」

満身創痍、という言葉すら生ぬるい。

異形と化していた右腕は肩から先がなく、左手も薬指と小指が吹き飛ばされている。

右腿も大きく抉られており、出血が止まらない。左足も、脛に深い裂傷が刻まれ灰色の毛皮を赤く染めていた。

何より、胸の中央。やや右寄りの箇所を、銃弾で撃ち抜かれている。

むしろ、何故立って喋っているのかわからない。死んでいなければおかしい有り様で、カーラはチラリと城壁の一角を見た。

白銀の影が、手に大剣と黒い筒だけを持って崩れた城壁の上に降り立つ。それを確認し、彼は小さくため息をついた。

再びその視線が正面に戻れば、そこにはボロボロながら凛と立つシルベスタ卿と、レジーナとオリビアが肩で息をしながらカーラを睨みつけている。

油断なく散弾銃に弾を込める彼女らの後ろでは、砲撃を免れた王都民達と戦い疲弊した帝国軍がいる。

彼は、カーラは、人竜を除き誰1人として城へは入れはしなかった。

代わりに、『黒蛆』は文字通りの意味で全滅。頭領である彼も、もうすぐ死ぬ。

だと言うのに、その暗殺者はどこか満足そうに笑っていた。

「まったく……泥臭いわねぇ。そう言うのも好きだけど、もっとスマートにやってほしいもんだわ。おたくも、うちらのトップも」

「生憎と、我ら親衛隊はクリス様の為にのみ戦います。目的を果たせれば、何でもいい」

「あっそ。綺麗な顔して、華のないことを言う子ねぇ。でも、アタシに勝ったのは事実。だから、プレゼントをあ・げ・る♡」

そう言って、懐に左手を入れたカーラ。咄嗟に彼へとレジーナとオリビアが銃口を向けるが、シルベスタ卿が軽く右手を掲げて制した。

彼が取り出したのは、金属製の筒。大きさは小指程で、それを親指で弾きレジーナへと飛ばす。

咄嗟に受け止めた彼女が訝しげに眉を寄せるのを見て、カーラは小さく肩をすくめた。

「それ、大事にしなさいよ?一応、多少雨に降られても大丈夫にしてあるけど、早めに『取りに行きなさい』」

「取りに……?」

「何がそこにあるかは秘密。だって、その方が───」

疑問符を浮かべる親衛隊に、カーラがウインクする。

「華があるでしょう?」

「……そうですか。何はともあれ、貰える物は貰います」

「そーよ。人の好意は素直に受け取りなさい。でないと、ろくな大人になれないから。アタシらみたいにね」

そう告げて、彼は踵を返した。

向かう先は、燃え盛る王城。

「カーラ殿」

彼の背に、シルベスタ卿が声をかける。

「我らの軍門に下って頂けるのなら、御身を治療いたします。貴殿程の武人が味方になってくださるのなら、クリス様もお喜びになるでしょう。ご一考を」

その提案に対し、彼は振り返らずに左手を軽く振っただけだった。

暗殺者は、その肉体を炎の中へと進ませていく。ただの一度も立ち止まらぬ姿に、親衛隊は誰も驚きはしなかった。不思議と、カーラが頷かないと察していたから。

燃え盛る城の奥へと消えていく背に、シルベスタ卿は折れた剣を鞘に納める。

そして散弾銃を肩にかけると、帝国式の敬礼を彼に捧げた。2人の部下も、彼女に倣う。

数秒の黙祷。バチバチと炎の音が響く中、彼女らは思考を切り替える。

「……撤収します。自力で動けぬ負傷者は他の兵士に運ばせ、我ら親衛隊は友軍の支援を行いますよ」

「了解!」

再び剣を抜いたシルベスタ卿が、部下達を引き連れ後方にいる友軍の援護へ向かう。

彼女らが受け取った『プレゼント』が、後にどのような結果を成すのか。それはまだ、誰にもわからない。

* * *

───これは、夢だ。それも、とびっきりの悪夢だ。

そう、サーシャ王妃は内心で毒づく。

俯瞰するような視点で見下ろす先には、赤みがかった金髪の少女がいる。

帝城の庭で、白い椅子に腰かけて周囲の妹達に絵本を読み聞かせていた。

「がおー!悪い魔女はそう叫び、真っ赤な爪をお姫様に向かって伸ばしました!」

わざわざ身振り手振りまで交える少女に、周囲の幼子達はびくりと肩を跳ねさせる。

……今思うと、私ノリノリ過ぎたわねぇ。

呆れた様子で呟く王妃だが、当然その声は視線の先にいる少女達には届かない。

「しかし!そこに剣を携えた騎士様があらわれ、魔女の爪を打ち払ったのです!じゃじゃーん!」

……間違いない。やっぱり悪夢だわ。

両手で頭を抱えたくなっている王妃をよそに、妹達は揃って歓声を上げる。それに気を良くしたのか、金髪の少女は更に元気よく続きを読んだ。

「『絶対にお守りします。我が愛』。そう告げる騎士様に、お姫様は安心して涙を流しながらこう言います。『ええ。信じています。我が愛』とっ!」

「すてき!」

「わたしもこんな騎士様にまもられったーい!」

「愛のちからだわ!」

「えい!やあ!とう!っと騎士様はぁ……あら?」

ノリノリで絵本を読み聞かせていた少女が、何かに気づいたように顔を上げた。

その先には、庭の花壇に隠れている金髪碧眼の子供がいる。

バチリと目が合って、海のように碧い瞳を潤ませたその子供は、わたわたと手を無意味に動かしていた。

「あの子は……」

「クリスよ!男の子なのに、女の子みたいな遊びばっかりしたがるの!」

「そーよ!この前もわたしたちの遊びに混ぜてって言ってきたの!」

「あっちいってよ!お姉さまの邪魔しないで!」

口々に拒絶の言葉を上げる少女達に、碧眼の子供は泣きそうになりながらその場を去ろうとした。

しかし。

「いいのよ」

柔らかい、慈愛に満ちた声で少女は他の子達を止める。

「クリス、こっちにいらっしゃい。お姉ちゃん、貴方にも近くで聞いてほしいな」

その言葉に、碧眼の子供は……クリスは、華が咲いたように笑った。

「えー!でもお姉さま……」

「男の子でも、女の子でも、好きなものは好きと言えた方がきっと素敵だわ。それに、皆で遊んだ方がきっと楽しいもの」

「むー」

「お姉さまが言うのなら……」

不満そうな妹達をあやし、その輪にクリスが加われるよう少女はあの手この手で話を盛り上げていく。

子供というのは残酷で聡い時もあるが、基本的に単純なもので、絵本を1冊読み終えた頃には仲良く笑い合っていた。

───ゴォォン……ゴォォン……!

「あら。いけない、もうこんな時間だわ」

聞こえてきた鐘の音に、少女は新しく取り出していた絵本を机に置く。

「皆、そろそろ午後のお勉強の時間だから、今日はここまでね」

「えー!」

「もうなのー?」

「うふふ。大丈夫、また明日続きを聞かせてあげるから」

「……お姉さま、なんだか楽しそう?」

「あら、そう見える?」

自信なさげに頷くクリスの頭を、少女は優しく撫でる。

「実はそうなの。スラムの状況を改善できるよう、今夜お父様に提案書を持って行く予定でね?アンジェロ大司教もいらっしゃるからきっと……って」

まだ小さな『弟』に何を言っているのかと、少女は苦笑した。

「ごめんね。えっと……お姉ちゃん、良いことを思いついたから、お父様へ相談しに行くの!きっとこの国はもっと良くなるから、楽しみにしていて?」

「ほんとう?わかった!」

「お姉さますごーい!」

「ふふん。当然よ。だって私は、あなた達のお姉ちゃんだもの!」

弟妹達の頭を順々に撫でて、彼女らがそれぞれ使用人に連れられていくのを少女は見送る。

そして、彼女は気合を入れるように拳をぐっと握った。

───ああ、まったく。

「今夜は皇帝陛下と、大司教を始めとした教会領の幹部達が一堂に会す日……こんな、『ちょうどいい日』はないわ!頑張らなきゃ!」

───とんだ、悪夢だわ。

* * *

サーシャ王妃が、目を覚ます。

と言っても、瞼どころか目玉もないが。それでも彼女は周囲の状況を正確に把握できていた。

そう。己は自力で動くこともできない中、周囲は炎に包まれている現状を。

「あ、起きた?」

彼女の頭を抱えるティキ国王が、まるで日常の一コマであるかのような自然さで、そう問いかける。

破損したとはいえ原形を保っている玉座ではなく、その前の段差に彼は腰かけていた。

『ええ……嫌な夢をみたわ』

「それはご愁傷様。もしかして、クリス陛下関連?」

『そうね。そうとも言えるわ』

「ふーん。あ、そうだ。疑問だったんだけど、どうしてあの子が本当は女の子だって、周りに喧伝しなかったの?」

その言葉に、サーシャ王妃は驚愕で一瞬思考が止まる。

だが、すぐに『彼ならば不思議じゃない』と思い直した。

『なんだ。気づいていたの』

「何となくねー」

『そう。でも、理由なんて別に大したことじゃないわ』

口もないが、それでもわざわざ小さくため息をついて。

『あの子のことは殺したい程嫌いだけど……人間、誰だって自分の秘密を言いふらされたら嫌じゃない』

そう、告げるのだった。

彼女の言葉が紛れもない本心であると察し、今度はティキ国王がキョトンとした顔をする。

だが、彼もまた、すぐに納得して笑った。

「それもそうだね!君らしいや!」

『なによ……私らしいって』

呆れたように、ケラケラと笑う夫にサーシャ王妃が苛立った声をあげる。

恐らく、彼女が元の姿であったら拗ねたように唇を尖らせていたことだろう。

『……ねえ。私達、きちんと地獄に行けるかしら』

「だと思うよ?悪行は十分やったはずだしねー」

ぽつりと、そう問いかける王妃に、国王は自然体でそう答えた。

『……後悔、していないの?』

「なにが?」

『……私達に降りかかった不幸は、前倒しで行われた地獄の刑罰。だったら、きちんと地獄に行ける準備をしよう。神様は、私達が天の国に転生することなんて望んでいないだろうから……だなんて。バカな考えをもった女と心中することよ』

そう、サーシャ王妃が自嘲する。

───勇者教において、善行を働いたものは『天の国』へと転生するとされている。

そして、悪行を働いた者達は転生を許されず、地獄にて長く厳しい罰を受けるのだ。

彼女は、敬虔な教徒であった。それ故に、己の境遇を『地獄行きが確定しているから、神はこの身に罰を与えたのだ』と考えた。考えて、しまった。

あるいは、そうしなければ耐えられなかったのかもしれない。神の教えを授ける者達にすら玩具にされた、皇女には……そうとしか、考えることができなかった。

『こんなヒステリック八つ当たり女と一緒になったことこそ、貴方にとって最大の不幸でしょうねぇ』

「うーん……個人的には、天の国とか、地獄とか。どうでも良いんだけどなー。でも一緒になったことは……」

途中まで本当に興味なさそうに呟いていたティキ国王だが、突然膝をもじもじと動かし始めた。

『……なによ。この体勢でもぞもぞされると、落ち着かないのだけど?』

「いや、うん……その」

彼の珍しい様子に、王妃は内心で大量の疑問符を浮かべる。

『本当にどうしたの?貴方……まさか、照れているの?なんで?』

「うぇっ!?あー……もう。君に隠しごとはできないなぁ」

ティキ国王の頬が赤いのが、炎に照らされているからだけでないとサーシャ王妃は気づいた。

だからこそ、今さらどういうことだと不思議に思う。

「すぅ……げほっ、げほっ!」

『なにやってるのよ』

深呼吸しようとしたティキ国王だが、煙を吸い込んでむせてしまった。

もうすっかり、彼らの周囲は炎に包まれている。こうして会話ができるのは、本来なら大成できたであろう才覚に溢れた肉体故だった。

「……その、ね?」

『なぁに?』

ティキ国王が、胸に抱いたサーシャ王妃を見つめる。

誰もが見惚れるような、妖しい魅力を持つ彼が。今だけは、男らしい顔をしていた。

「───貴女のことを、愛しています」

『……は?』

夫からの告白に、サーシャ王妃は戸惑いの声をあげた。

きっと、目玉と瞼があったらパチクリとさせていただろう。

「初めて出会った時から、ずっと好きでした。人生で初めて、誰かに求められるんじゃなく、誰かを欲しいと思いました」

『……それ、何年前の話?』

「結婚式の前日……一目惚れだったから……」

『……なんで今更なのよ』

「だ、だって……!こんなの初めての感情だから、どうして良いかわからなかったし……そ、それに。告白して断られたらどうしようって。カーラに相談しても、大丈夫としか言ってくれないし……」

『断るわけないでしょう。私達、夫婦のはずだけどぉ?』

「で、でもそれは外交の一環でしょ!?きちんと告白したかったんだよ!」

顔を耳まで真っ赤にしながら、そう叫ぶティキ国王。

またも煙を吸い込んでしまいケホケホと咳をする彼に、サーシャ王妃は呆れた様子でため息をついた。

「……それで、その」

どうにか呼吸を落ち着かせて、再度彼は彼女の顔を覗き込む。

無貌となり、誰もがおぞましいと感じる怪物となった姿の、サーシャという女性に。

「地獄に堕ちても、一緒にいてくれますか?我が愛」

人生最初で最後の、プロポーズをするのだった。

『…………まったく』

何と答えたものかと、彼女は少しだけ考えて。

『私も、貴方を好いています。我が愛よ』

呆れ交じりに、しかし愛情を籠めて。

人生で初めてプロポーズをされた彼女は、そう返事をした。

「よ……良かったぁ……これだけが、心配だったから」

『本当に……よく私達、ここまで夫婦生活続けられたわね』

「あははは。まあ、そうは言っても普通の夫婦じゃなかったし」

『それもそうだったわぁ』

炎に包まれた天井が、ミシミシと音をたてる。

崩れゆく城の中で、王様と王妃様は顔を近づけた。

笑い声もなく。泣き声もなく。ただただ巨大な建物が崩壊していく音だけが響く中で。

誓いのキスは、果たされた。