軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十六話 ウィリアムズ女伯

第四十六話 ウィリアムズ女伯

頭の中に、ドナドナのメロディーが流れる時が、人生にはあると思う。

それが今だった。

ウィリアムズ伯爵家。殿下の姉と甥がいるというそこへ、ハーフトラックで向かう。

途中休憩を挟んで、約3時間で到着。道中で何か妙案を思いつくか、そうでなければクリス殿下が過度な期待を抱かない様に言いくるめられないかと、ない頭を捻ったのだが……結局、何もひらめく事はなく。

関所もあったのだが、ほぼほぼクリス殿下の顔パスで通過。時間稼ぎにはならなかった。

というか、本当にアポイントなしで訪問するとは予想外過ぎる。下手をすれば宣戦布告扱いだと言うのに。

……いや、ウィリアムズ家と皇族の間では、今更だが。

現在あの家に残っている貴族は、元皇女であらせられる現ウィリアムズ夫人と、夫人と伯爵の息子であるアダム様のみだ。アダム様は体調の問題で爵位の引継ぎが出来なかったので、現在はウィリアムズ夫人が『女伯』として統治している。

そして、その女伯もあまり表へは出ないため、実務は家臣達がやっているのだが……それは、大半が皇領や教会領から『貸し出された』人員である。元々いた者達は、その多くが動けないアダム様の代わりに軍役で戦争に向かい、戦死した。

誰がどう聞いても、皇帝と教会領による乗っ取りである。

当然各貴族から批判の声は出た。明日は我が身かと警戒したのである。

しかし、『ならば誰が統治するのか』という議題で元老院が盛大な足の引っ張り合いをしたせいで、この件は何年も放置される事となった。

その結果、皇領の者達や教会領の神父達が随分と伯爵領に根を張っており、事実上皇帝の庭である。

……いや、だからと言ってアポなしで来て良い理由にならないけどね?

騎士は平民30人ぶんの戦力であり、貴族は騎士3人分の力を持つ……と、この世界の軍事学の本には書いてあった。実際はもっと弱いのだが、それは一旦おいておく。

このハーフトラックには自分、殿下、シルベスタ卿という3人の貴族と、下手な貴族なら片手で殺せるグリンダがいるのだ。

戦い方次第では、砦の1つや2つ普通に落とせる。

一応今朝がた早馬ならぬ早ハーフトラックは送っておいたが、それでも普通なら大問題である。

「ふふ……姉上やアダム殿と会うのも、久しぶりだな!」

などと。屈託のない笑顔で言う殿下は、攻め込む気など皆無だからその辺り考えもつかないのだろう。

そっと、シルベスタ卿に視線を向ける。銀髪の麗人は、相変わらずの無表情で頷いた。

───後で、絶対にその辺お説教してくださいね?

───私の仕事ではございませんが、承りました。

そんなやり取りを視線でやっている間に、ハーフトラックはアダム様の静養地だという街に到着。

門の所で少し待っていれば、相手が用意してくれた馬車に乗って屋敷を目指す。

流石は伯爵家と言った所か。領都でもないのにかなり栄えている。帝都を見た後だと少し寂れている様に感じるが、それでもうちの領都より人口がありそうだ。

屋敷を囲う城門を通り、居館へと通される。

使用人が扉を開けてくれた馬車から降りれば、そこにはメイドや執事が並び、中央にドレス姿の女性が立っていた。

くすんだ金髪に、目の下に浮かんだくま。肌は青白いと表現するのが適切だろう。

しかし、それでもなおその女性は美しかった。

エメラルド色の垂れ目に、肉厚な唇とその斜め下にある黒子。全体的に華奢な体を黒い喪服の様なドレスで包み込んでいるが、胸部や臀部は服の上からでもわかる程に豊満である。

何というか、妙に色気がある女性だ。立ち位置や装いからして、彼女がウィリアムズ女伯だろう。

「お久しぶりです、姉上。少し、痩せましたか……?」

心配そうに眉を八の字にするクリス殿下に、女伯は微笑みを浮かべる。

「クリス。貴方は元気そうですね。安心しました……私も大丈夫です。いたって健康ですよ」

そうは言うが、どう見ても健康な人間の姿ではない。

しかし、それを指摘して良いのかとクリス殿下は迷っている様で、『そ、そうですか……』と曖昧な笑みと共に返した。

「話は聞いています。息子の……アダムの治療が出来ないかと、来てくれたのですね」

「は、はい!こちらのクロノ殿は非常に優れた魔法使いで、手足が千切れた者すら完璧に治した程の腕前です!きっと、彼ならアダム殿も治せるかと……!」

いや、ハードルを上げ過ぎないでもらえますか……!?

とんでもないキラーパスをしてくる殿下に、声を上げそうになるのを必死に堪える。

斜め後ろのグリンダから『クリス殿下の前で格好つけてばかりだから』と睨まれている気がした。というか、昨夜もベッドでそう言われた。

仕方ないのである。貴族は見栄を張ってなんぼ。しかもクリス殿下はあと少ししたら皇帝になるのだ。

え?だからって出来るかわからない事を安請け合いするのは逆に信用問題?

……正論は、時に人を傷つける……!!

しかし、思わぬ所から救いの手が差し伸べられた。

「申し訳ないのだけれど」

女伯は少しだけ迷った後、言葉を続ける。

「その申し出は、お断りさせて頂きます」

───先方が断ったのなら、仕方ないですね!

と、全力で頷きそうになったのをどうにか堪える。

「何故ですか姉上。クロノ殿なら……」

「それは……」

ウィリアムズ女伯が、視線を彷徨わせる。

何かを言おうとした彼女を遮る様に、1人の男性が奥から出てきた。

「その件に関しては、私から説明させて頂きます。ウィリアムズ伯爵。そしてクリス皇太子殿下」

白い眉の柔和な顔立ちをした老人で、白い円形の帽子……カロッタを被っている。

白のケープと、その下のこれまた白いカソック。更には白い靴と、何から何まで白色の装いだ。

しかし、指輪だけは金色に輝いている。

勇者教でこの格好が許されているのは、ごく僅かだ。なんせ、『枢機卿』の装いである。

「貴方は、『アンジェロ枢機卿』!?何故ここに……?」

クリス殿下が驚いた声を上げる。

彼こそが帝国における教会領のトップ。アンジェロ枢機卿だ。次期教皇候補とも言われる、勇者教の中でも有名な人物である。

ちなみに、父上は『不気味かつ不愉快な男』と、眉間に深い皺を作りながら彼を評していた。

その評価とは裏腹に、目の前の人物は好好爺然とした人物に見える。

まあ、見た目からして悪そうな聖職者なんてそうそ……わりといるな。

帝都の広場で偉そうに説法をしていたり、貴族達にもっと寄付をしろと怒鳴って回る神父達を思い出す。

現在、大陸全体で勇者教の腐敗が噂になっていた。でっぷりとした腹を揺らし、酒で赤くなった顔の司教が飢えた貧民に説教をするのは珍しくない。うちの領地以外では、だが。

何にせよ、見た目で油断しない様にせねば。父上は親バカな事を除けば、信用のおける領主である。

「実は、昨日からこちらでアダム様の治療を行っておりました」

「そ、そうだったのか……申し訳ない、姉上。アンジェロ枢機卿。そんな時に、突然訪ねてきてしまって」

「いいのですよ、クリス……その、私達は、家族なのですから」

「私も、殿下とは戴冠式より前にお会いせねばと思っておりました。これは、もしかしたら我らが創造神の思し召しかもしれません」

小さく頭を下げるクリス殿下に、2人は笑顔を向ける。

「それで、クロノ殿の治療を断るという事なんだが……」

「クリス殿下。お言葉ながら、人を治すという事は一朝一夕では叶わぬ事なのです」

アンジェロ枢機卿が、諭すように続ける。

「無論、聖術……世間では光魔法と呼ばれる力ならば、怪我や病気を瞬く間に治せるかもしれません。しかし、多くの病は綿密な治療計画に沿って治さねばならないのです」

「そ、それは……」

「家族の苦しみを一刻も早くなくしたいという、殿下のお気持ちは素晴らしいものです。しかし、この件に関しては手出し無用でお願いしたく……我らの祈りは、必ずや創造神に届く事でしょう。どうか、それまでは……」

彼の言っている事は正しい。

医療においても、計画とは大事なものである。それが全てとは言わないが、思いつきで予定外の事を突然やっても、大抵は上手くいかないものだ。

クリス殿下も反論が浮かばない様で、肩を落とす。

「……すまない。もしかしたらと思って、焦り過ぎていた」

「良いのです。家族を大切にする気持ちは、何であれ大切にすべきですからな。本日の治療は終わりましたので、アダム様にお会いになられてはどうでしょう。彼も、自分を思ってくれる家族と接するのは良い気晴らしになるかと。よろしいですかな?ウィリアムズ伯爵」

「……ええ、勿論です」

一瞬、ウィリアムズ女伯が視線を逸らす。

……枢機卿の言葉は、至極正しい。

だが、何故だろう。妙な違和感を覚えるのだ。

……いや、少し考えれば当然であった。横から突然仕事に口出しされたら、そりゃあ誰だって不快に思う。

貴族がそうである様に、彼らにもメンツがあるのだ。そして、利権も。

ぽっと出の田舎貴族が『治しますよ!』と言ってきたら、内心穏やかではないだろう。ウィリアムズ女伯も、枢機卿に釘を刺されて気まずそうだ。

いや、まあ自分が言い出した事ではないのだけど。殿下の話に頷いてしまった段階で、同じである。

「そうだな……では、姉上。アダム殿の所へ案内してもらっても良いでしょうか?」

「ええ。どうぞこちらへ」

「アンジェロ枢機卿。貴方のおかげで、間違いを犯さずに済んだ。感謝する」

「いいえ。何度も申しておりますが、家族を思う気持ちが間違いなどという事は決してありません。どうか、その心を大事になさってください」

「うん。それでは、これで」

「はい。ああ、ですが……お帰りになる前に、少しだけお時間を頂けますかな?」

アンジェロ枢機卿が、人差し指をたてる。

「1つ……お伝えせねばならない事があります」

「わかった。帰る前に貴殿を訪ねよう」

「ありがとうございます。クリス殿下」

そうして枢機卿と別れ、ウィリアムズ女伯の案内でアダム様がいるという部屋へと向かった。

……はて?護衛なのだろうか。

今も女伯の傍に控えているメイド───その歩き方は、使用人というより騎士に近いものであった。

「……殿下」

女伯やメイドに聞こえない声量で、クリス殿下に話しかける。

「あのメイドは、出自の確かな者なのですか?」

「うん?ああ。たしかグランドフリート侯爵家の分家の娘だぞ?趣味は正拳突きらしい。数年前に侯爵の屋敷で見たことがある」

「……なるほど。失礼しました」

一瞬またモルステッド王国の間諜かと思ったが、違うようだ。

それはそうと、趣味が正拳突きってなに……?

流石はクロステルマン帝国と言った所か。絵画や音楽と並んで、武芸の鍛錬が淑女の趣味として認められている国である。

思わず真顔になっていると、グリンダが肩をつついてきた。

そして、殿下達に聞こえない声量で。

『あの女伯……薄い本に出てくる未亡人みたいじゃない?』

『凄く失礼……!?』

アホ全開な事を言ってきた。

いい加減にせえよ、このセクハラメイド。

もしかして、この場に『普通のメイドさん』と呼べる存在はいないのかもしれない。

凄まじいなぁ……クロステルマン帝国……!!