軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十九話 令嬢と思しきなにか

第三十九話 令嬢と思しきなにか

「詳しい状況を」

アリシアさんがグランドフリート侯爵の脈を確認する横で、シルベスタ卿が帝都守備隊の近衛に問いかける。

「はっ。グランドフリート侯爵家の馬車は謎の武装集団に襲撃を受けたものの、撃退に成功。しかしその際に大きな被害を受けた模様です。また、その武装集団は態勢を立て直し侯爵家の馬車を追撃しているらしく、侯爵家の騎士が救援を求めています」

「殿下。すぐに救援を送りましょう」

「そ、そうだな。帝都守備隊から部隊を……」

「いや待ってほしいっす!じゃない、待ってください!」

マントを畳んで侯爵の頭の下に入れたアリシアさんが、慌てて立ち上がる。

「送るなら殿下の派閥でなければいけません。帝都守備隊は表向き中立の存在です。我ら親衛隊か、ストラトス家に助力を頼みましょう」

え、うち?

……いや、そうか。なるほど。

「どういう事ですかシュヴァルツ卿。今は一刻を争います。帝都守備隊の即応部隊なら、すぐに救援へ向かえるはず。侯爵家の馬車が襲われるなど、普通では」

「だからです隊長。侯爵家の馬車なんて普通の賊は襲いませんし、襲っても返り討ちです。それなのに救援を求めているという事は……」

「相手はただの賊じゃない。敵国の部隊か、そうでなければ……!」

殿下も気づいたのだろう。苦虫を噛み潰したような顔で小さくうめく。

ここでグランドフリート侯爵家にクリス殿下が救援を送らなければ、求心力を失いかねない。彼の家はクリス殿下の派閥として有名だ。

それを助けるのはクリス殿下派閥の者でないと、示しがつかない。

ここで成果を出さねば、『やはり皇帝の力は失われた』と噂が流れるだろう。戴冠式はまだだが……いや、直前だからこそ、彼女の統治に対して重い一撃となるはずだ。

求められているのは、迅速に現場へ向かえる速度と、侯爵家の騎士に深手を入れられる敵部隊を撃滅できる戦力。

クリス殿下の視線が、こちらを向く。

「すまない、クロノ殿……その……」

「お任せください。侯爵家の馬車を救いに行きます」

「クロノ殿……!」

帝国式の礼をした後、帝都守備隊に向き直る。

「現在地はわかりますか?」

「伝令の話では、アコーロネス砦と、ゴールドフリット城の間の街道を進んでいたのを、西に逃れたそうです」

あこ……?どことどこだ。帝都周辺の地理など、さっぱりわからない。

「シュヴァルツ卿」

「説明が面倒です!私も行きます!」

「わかりました。同行をお願いします」

殿下の親衛隊が一緒の方が、城門を通る時や侯爵家の馬車と接触した時にやり易い。

ありがたく、アリシアさんを脇に抱えた。

「……んん?」

「では、行ってまいります」

「うむ。ハーフトラックの速度なら」

「いえ、アレは今動かせませんので」

「えっ」

蒸気機関故に起動まで時間がかかるのもあるが、そもそも全車整備中だ。ここまで無茶をさせ過ぎたのである。

つまり、向かうとしたら。

「ご安心ください。自分と互角に走れるのは、ガルデン将軍の馬だけです」

「いや、あの。もしかしてっすけど」

「クロノ殿、この剣を。無手では流石に危険です」

「ありがとうございます。お借りします」

「待ってほしいっす。あーしの扱いについて」

「頼んだぞ、クロノ殿!アリシア!」

「はっ!」

「あ、はい。舌噛まない様にお口閉じとくっす」

シルベスタ卿から剣を鞘ごと受け取り、走り出した。

部屋を飛び出て通路を進み、働いている使用人を避けて足を動かす。向かう先は下への階段ではなく、帝都守備隊との戦いでシルベスタ卿が壊したという壁。

作業員達が、破損個所を調べている中を駆けて行き、

「緊急事態です!通ります!」

「は?」

壁に出来た穴から、外へと飛び出した。

あの謁見の間は5階。重力に任せて落下し、途中で壁を蹴って地面へと斜めに入る。

土煙を盛大にあげながら、立ち止まらずに疾走。帝城の居城部分から街まで、3つの門がある。うち2つは、ドラゴンのせいで壊れたままだ。

扉部分が撤去されて何もない門を2つ潜り、3つ目の門へ。

観音開きとなっているそこでは、たくさんの貴族や商人が出入りしていた。あの中を割って入るのは、難しい。

「なにやつ!って、クロノ殿?」

「すみません、緊急です!」

声からして、恐らくジェラルド卿と思しき近衛騎士にそう言って、城壁に跳ぶ。

一足で半分ほど上り、壁の凹凸を蹴って更に上昇。

やはりというか、帝都の城は『返し』がない。ここまで攻め込まれる事を想定していないのだろうが……まあ、今は好都合だ。

城壁を乗り越え、勢いそのまま飛び降りる。落下中に再び壁を蹴って地面には斜めに着地し、靴裏と石畳で火花を散らしながら滑走した。

この靴には、不意の格闘戦に備えて鉄板が多めに仕込んである。つまり、多少無茶な走りをしても壊れない特注品だ。

街と帝城を繋ぐ道は、3段に降り曲がった坂道である。それを脇の柵を跳び越えて、直線で駆け下りた。

辿り着いたのは、帝城前広場。

クリス殿下の戴冠式が近いとあって、普段以上に人が多い。自分が全力で走れば、死人が出る。

ならばと、まずは広場中央の噴水に跳躍。人々の悲鳴やどよめきを無視し、そこから近くの店の屋根へと飛び移った。

今は緊急時である。申し訳ないが、許してもらいたい。

そのまま店から店へと飛び移り、足を動かした。

流石帝都と言ったところか、見渡す限りオレンジ色の瓦屋根が広がっている。うちの領都でも、半数以上が石を瓦代わりにしているというのに。

踏み抜いては時間をロスする。比較的頑丈そうな所を選んで跳ぶ事、約10分。

屋根の道が途切れ、帝都を囲う城壁に到着した。門の所は帝城付近以上の人口密度であり、渋谷のスクランブル交差点並である。

かといって、流石に帝都を守る城壁には堀も返しもあるのだ。駆けあがって、というのは不可能。であれば……。

「なっ、もしやクロノ殿!?」

「説明の時間がありません。殿下の命令ですので、通らせて頂きます!」

驚きの声をあげる兵士や帝都守備隊に、許可証の代わりとしてアリシアさんを軽く掲げながら、全力で門へと走っていく。

こちらに気づいて驚きの声をあげる商人達や住民達を跳び越え、開かれている城門の扉へ。

壁走りの要領で扉を駆け抜け、更に城門内側も疾走。重力で落ちかけたので壁を蹴り、反対側の壁に跳んで再び走った。

どうにか人の壁を跳び越えて地面に着地し、砂埃を後ろに残しながら視線を巡らせる。

街道と言って浮かぶのはこの道だが……。

「アリシアさん、案内を!」

「………」

「アリシアさん?」

視線を左脇に抱える親衛隊副隊長に向ける。

彼女は、口を両手で押さえたまま白目を剥いて気絶していた。

……やっべ。

「すみません、起きてください!」

抱えたまま上下に揺らすと、『ごげぇ!?』という乙女が出しちゃいけない声を上げて目を覚ます。

「はっ!?あーしは誰!?推しはクリス殿下!」

「アリシアさん、すみませんが道案内を!」

「思い……出したっ!この道を暫く真っすぐ!途中高さ5メートルぐらいの丘が右側に見えると思うんで、それを超えていってくださいっす!馬でもきつい道のりっすが、クロノっちなら余裕っす!」

「わかりました!衝撃には耐えてください!」

「あ、そうじゃんあーし今お腹に全体重が」

「加速します!」

「覚悟決めろあーし!これも殿下の為!全速前進!」

「はい!」

「おぶぉぉぉぉおおおおおおっ!?」

ぐん、と速度を上げれば、アリシアさんの絶叫が後ろへと流れていく。

特注の鎧を着ていても時速100キロ出せるのだ。右手に剣、左手に女性を抱えた状態でも、魔物の血を引いた軍馬よりも速い。

流石に持久力はハーフトラックに勝てないが、それでも……!

彼女に言われるがまま駆けていく事、約1時間半。

流石に息がきれ、足に乳酸がたまってくる。速度も最初に比べてだいぶ落ちてきた。

そうして進んでいけば、街道に倒れている複数の死体を発見。傍には放置された剣や槍、馬の死体などもある。

装備からして、恐らく侯爵家の者達。野盗らしい格好の者達が襲撃者なのだろうが、武器や防具がそのままなあたり普通ではない。

騎士の装備など、売る先があるのなら平民が数年遊んで暮らせるはず。放置して、侯爵家の馬車を追いかけたりなどしない。

たしか、街道から西に逃げたのだったか……?

太陽の位置から方角を判断し、地面に視線を向ける。たしかに、街道横の草が踏みつけられていた。馬が走った痕跡もある。

「アリシアさん、侯爵家の馬車は近いですよ」

「……は、ぎ……ぞ……」

「もうちょっとだけ耐えてください!」

顔にびっしりと冷や汗を浮かべているアリシアさんを抱えたまま、西へ。

小声で呪文を唱え回復魔法を彼女にかけながら進んでいけば、森に出くわした。

足跡からして、恐らくここに入ったのだろう。痕跡を見逃さない様に地面を注視しながら、森の中へと踏み入った。

鳥達のさえずりが、風に乗って聞こえてくる。深緑の葉を生やした枝が揺れ、きっとこんな時でなければ穏やかな気分になれただろう。

そんな空間を自分の足音と時折アリシアさんのうめき声で汚しながら、奥へ奥へと進んでいった。

随分としつこく追いかけられたらしい。ここまで街道から離れるとは。

だが、足跡がくっきりと残っていて助かった。おかげで見失わずに済む。

そう、まるでわざと刻みつけた様に痕跡が────。

死の気配を、感じ取る。

「放てぇえ!」

凛とした女性の声。それに合わせて飛んでくる、複数の魔法。

不可視の風に、拳大の石礫、人の頭程ある水の塊。迫る攻撃の数々に対し、発射される寸前で既に足は止めていた。

勢いがつき過ぎて踵で地面を削り、腕の中でアリシアさんが『ぐえー』と声を出す。

着弾する寸前で膝を曲げ、斜め後ろに跳躍。木々の中に跳びこみ、幹を蹴って方向転換した。

敵の数は11……いや、15人か?大なり小なり魔力持ち。しかも身なりが良い。というか、あの鎧は……。

「待ってください!僕らは」

「ぢぃぃぃぃ────」

何かの起動音かと、一瞬聞き間違えた。

しかし、それは。

「ぃぃぃえ゛え゛え゛え゛え゛え゛ッ!!」

女性の、声であった。

赤色の髪をドリルみたいにセットした、いかにも令嬢らしいドレス姿の美しい少女。女性にしては長身で、まるでモデルさんの様である。

両手で、自身の身の丈より大きな『メイス』を振りかぶっていなければ、だが。

目を見開き獣の様に吠える彼女が、得物をこちらへと叩きつけにくる。

咄嗟に後ろへ跳んで回避するも、衝撃波で体が流され背中が木に叩きつけられた。

轟音と共にメイスが大地を抉り、土煙が舞い上がる。噴火でもした様に土砂が飛び散らせた彼女は、粉塵を突き破って再び殴り掛かってきた。

「どぉぉせぇええええええええい!」

「このっ……!」

初撃程の勢いはない。ならばと、右手に持っている剣を突き出す。

鞘に納めたままだが、関係ない。振り下ろす途中のメイスの柄へと叩き込み、そのまま柄を滑らせて上へ。

穂先の出っ張りに鞘を引っ掻け、勢いのまま振り抜く。そうすれば、少女の手から得物はすっぽ抜けた。

「まだまだぁ!」

だが、戦意は毛程も衰えていないらしい。

武器を失った直後とは思えない判断の早さで、右手で拳を握りこちらに振りかぶってきた。

令嬢とは思えない形相で鉄拳を繰り出してくるのに対し、横へ回避。左足を軸にして背後へと回り込む。

即座に肘打ちが放たれるが、これは右手の手の甲で受け止めた。流石に『相手が相手』なので、鞘で叩き落す事もできない。

「お待ちください。自分は貴女の敵ではありません」

「お黙りなさい!無害なふりをして攻撃など、 2(・) 度(・) も通じませんわ!」

「クリス殿下の使いの者です。証拠があります」

ばっ、と距離をとってファイティングポーズをとる令嬢。そして彼女が離れるなり、即座にこちらを囲み武器を構える騎士や兵士達。

素晴らしい練度だ。流石は、『グランドフリート家』。

「しゃ、シャルロット様ぁ……お助けに、きたっすぅ……」

証拠こと、漫画だったら目を渦巻きにしていそうなアリシアさんを地面に立たせる。少しふらついているので、背中を左手で支えながらだが。

面識があったのか、赤髪ドリルヘアー令嬢はその大きな目をぱちくりとさせて。

「……もしかして 私(わたくし) 、やらかしまして?」

その言葉に対し、即座に返事できる者はいなかった。