作品タイトル不明
第百二十三話 死んだはずの人
第百二十三話 死んだはずの人
「なるほど。俺は死んだと言われていたのか」
速報。父上、生きてた。
「誤報が届くのも無理はない。少し前まで川を漂っていたからな。オリビアとか言う親衛隊が、俺が死んだと勘違いするのも当然だろう」
厚みのある尻をこちらに向け、父上が続ける。
「いやはや。てっきり俺の愛馬の為に泣いてくれていると思っていたが、俺自身に対してだったか。家族の愛を感じられて、不謹慎だが少し嬉しいよ」
「……はい。あの、父上」
「うん?どうした、クロノ。いや、先にこれを言うべきだった。──お帰り。お前が無事に戦場から帰ってこられて、本当に嬉しいよ」
「いや、それは、どうも。ただその前に」
冷や汗を垂らしながら、じりじりと彼に近づく。
「まずその壁尻状態、どうにかしましょう」
「それもそうだな」
自分が殴り飛ばした結果なので、申し訳ないのだが。
「どうなされたのですか、若様。凄い悲鳴と衝撃音がしたかと思ったら、カール様の上半身が外に出ているのですが」
「あ、グリンダ」
「む、お館様、じゃなかった。カール様。やはり生きておられましたか」
「この声はケネスか。よくクロノを無事に帰還させてくれた。感謝するぞ」
「はっ」
「……ケネスは、驚かないのですか?」
すっぽーん!と、父上を壁から引っこ抜きながら、グリンダと一緒に入ってきた老騎士に問いかける。
「カール様がそんな簡単に死ぬか、と。半信半疑でしたからな。亡くなられた時の覚悟はとうにできていましたが、それはそれとして、死体を確認するまではどこに潜んでいるかわからんと思っておりました」
「なんだその言い方は。もっと心配するなり、無事を喜ぶなりしてくれても良いだろう」
……いや、うん。頬が思いっきり腫れあがっているから、無事じゃないかもしれない。
申し訳なく思いながら、治癒魔法で傷を治す。
「え。だってカール様の場合、死んだことにして潜伏し、イーサン様やアナスタシア様を暗殺する可能性がありますから。古参の騎士一同、貴方の死体を確認するまで常に警戒をしていましたぞ」
僕を先に天幕へ向かわせたの、アナスタシア殿の護衛につく為だったの……?
絶句する自分の横で、40過ぎたオッサンがふいっと顔をそむけた。
「……しないぞ?そんなこと」
「父上ぇ……」
お願いだから目を逸らさないでほしい。
素知らぬ顔で明後日の方向を見ていた父上が、無駄にキリっとした様子でこちらに振り返る。
「そんなことより」
「そんなことじゃないですが」
「今は帝国の一大事だ。情報共有をするとしよう」
「色々と言いたいことはありますが、そうですね」
とりあえず壁に風穴が開いた天幕でするのも何なので、別の天幕へ移動することになった。
道中アナスタシア殿と合流したのだが。
「ちっ……」
ちょっと、元とは言え王族がしちゃいけない顔で舌打ちした。
そんな彼女を見た父上が、すぐさまこちらの二の腕を両手で掴んでくる。
「見たかクロノ!アレがこの女の本性だ!なんという性悪!愛する父親を失ったと思い悲しんでいたクロノとは違って、まさに悪魔としか言いようのない外道だぞ!」
「いえいえ。『 義父上(ちちうえ) 』。私も貴方の生存を信じておりましたよ。ただ、クロノ殿の『婚約者』として、『未来の妻』として。きちんと貴方が亡くなられた時のことを想定していただけです。ええ、本当ですとも。『義父上』」
「貴様に義父上と呼ばれる筋合いはなぁあああああい!!」
いやありますけど。正当に。婚約者ですので。
「あの、父上。アナスタシア殿は僕が暴走しかけた時も、傍に寄り添ってくれて……」
「騙されるなクロノぉ!どうせこいつのことだ!『家族を失い、自暴自棄になる気持ちはわかるさ』とか言って、しんみりした空気と共に同情と共感を買おうとしたに決まっている!内心は俺が死んだことを小躍りしながら喜び、ストラトス家掌握計画をくみ上げていただろうになぁ!」
「酷い……あんまりだ、義父上。私は婚約者である旦那様の心の傷を癒そうと、一生懸命だったというのに……」
「クロノに近づくな女狐ぇええええ!!」
「……あの。他の人達のご迷惑になるので。その辺で」
「むぅ。クロノが言うのなら仕方あるまい」
「ふむ。私は元々、事を荒立てる気はなかったのだがな」
そう言いながら、父上の反対側からこちらの腕を緩く抱くアナスタシア殿。
ふにり、と柔らかい感触が二の腕にあたり、ちょっとドキリとする。そして自分から近づいてきたくせに、彼女の頬は恥ずかしそうにほんのり赤くなっていた。
「あざとい……流石女王、あざとい」
「お嬢様……御立派になられて……!」
なんかメイド2名がアホなことを言っていた。ドロテアさんは風邪ひかなそうだから良いが、グリンダは早く暖かい所に行きなさい。
そんなわけで、周囲からの視線に激痛を感じながらストラトス家の旗が立っている別の天幕に向かう。
いや本当に、今も忙しくしている守備兵の皆さんには申し訳ない……すみません。うちのおバカ達が……。
ただ、まあ。
本当に、彼らには申し訳ないのだけれど。
嬉しかった。また、こんなバカなやり取りができて。家族で怒ったり笑ったり、一緒の時間を過ごすことができて。
不謹慎かもしれない。口に出したら怒られるかもしれない。
それでも、本当に良かった。安堵の感情が、強く胸の内側を満たしている。
「おい、女狐。俺の息子から離れろ。性悪が移る」
「何を言っているのかわからないな、義父上。性格が感染するのなら、貴方と十数年も過ごしていた我が旦那様が、こんなにも普通の感性をもって育つわけないじゃないか」
「はっはっは、ぬかしよる。後で殺す」
「ふっふっふ、ぬかすとも。逆に殺す」
……安堵以外の感情も沸いてきた。
本当にどうしようね、この2人。いっぺん揃って脳天に全力チョップ叩き込んだ方が良いのだろうか。
* * *
会議室代わりの天幕で、長い机を囲いながら顔を合わせる。グリンダには、即席の暖炉の隣に椅子を置いてそこに腰かけてもらった。
父上の話を纏めると、以下の通りである。
彼はアダム様が帝都の近くまで来たと報告を聞いた段階で、信頼できる騎士達にこれまでの捜査資料をバラバラに持たせて各自隠れることを命令。
自身は最低限の装備だけ身に着け、愛馬と共に元老院の所へ急行した。
そして帝都へと侵入してきたアダム様の兵達と交戦。これを撃退し、元老院達を彼らの護衛の元まで無事に届けることに成功する。
その後、城内へと馬に乗ったまま侵入。『勇気と慈愛の心』を胸に、親衛隊の救援に向かう。奮闘むなしく、オリビア卿以外の面々は既に討ち死にしていたが、生き残った彼女だけでも助けようと必死だったそうだ。
……ツッコミどころがあった気がするが、今は無視する。
どうにかギルバート侯爵を城外に叩きだすも、そこは相手も英雄。簡単には終わらない。
戦闘を続け、彼の足止めをしようとしたのだが、突如乱入してきたアダム様によって愛馬を斬殺され、自身も右の肺と腸をいくらか。そして左足を潰されてしまったのだ。
「クロノ。俺はずっと、お前に武術を教えてきた」
話の途中で、父上がそんなことを言ってくる。
親バカの唐突な思い出語りではない。真剣な面持ちの彼に、頷いて返す。
「はい。週に3回は指や耳が飛ぶし、半年に1回は目が抉れたのでよく覚えています」
いや本当に、あの訓練は常軌を逸していたと思う。
『これも息子の為……パパ、修羅になるよ!』と言ったかと思ったら、刃のついた武器をこっちに投げ渡してくるなり槍を全力で振るってくるのだから。
自分が無意識でも止血ができる程の魔力制御ができるようになったのは、あの訓練の日々が大きく影響しているに違いない。
14歳の頃まではそんな感じで、着実に強くなっていたのに負傷するペースが変わらなかった辺り、父上がこちらの強さに合わせて力加減を変えていたのだろう。
……思い出したら吐き気がしてきた。
「お前との鍛錬は、俺の目と直感も鍛えてくれた。自分より身体能力の高い相手と戦えるわけだからな。その俺が、アダム様の攻撃を『視認できなかった』」
「それは……彼の剣が、僕より速かった、あるいは文字通り瞬きの間に刃を振るう技量があるということですか?」
「いいや、違う。純粋な身体能力は、恐らく今のお前と大差ない。技量が凄まじく高いのは、そうなんだが。これの本質は別の所にある」
「え……?」
15歳になって、父上より強くなったという自覚はある。あくまで、正面からの斬り合いでは、だが。
それでも、彼が視認すらできない斬撃を出せるかと問われれば、否である。カール・フォン・ストラトスは、親子の贔屓目なしに英雄と呼ぶべき豪傑だ。
となると、いったいどんな手品を……?
「視認はできなかったが、致命傷の回避はできた。魔力の流れを読んで、な」
「……まさか、『斬撃に魔力をのせた』のですか!?刃を自身の魔力で延長して……!」
「そういうことだ。信じられんことだが、アダム様はその辺のなまくらすら魔剣に変えられる。驚異的な魔力制御の使い手ということだ」
前世でファンタジー系のバトル漫画を読んでいた者なら、すぐに浮かぶことではある。
刀身に魔力を纏わせて、それをそのまま放出したり、薄く延ばして飛ぶ斬撃にしたり。
だが、それはこの世界において凄まじい高等技術だ。一流という言葉すら生ぬるい。超一流のみが使える、神業と呼ぶべき絶技である。
自分の知る限り、そんなことができる人間はいない。遠く離れた国の剣術指南役ができるなんて噂は聞いたことがあるが、眉唾ものの話であった。
「……まるで、コーネリアス皇帝だな」
ぼそりと、アナスタシア殿がそう呟く。
「コーネリアス先帝陛下は、同じことができたのですか?」
「ああ。奴はその辺に落ちていた剣を拾ったかと思ったら、走っていたこちらの騎兵を数騎纏めて両断していたよ。アレを見た時は、自分の目を疑ったものだ」
「…………」
父上の眉間に、深い皺が寄せられる。
その苛立ちは彼女に向けられたものではないことが、彼の目の動きですぐにわかった。
父上が、ここにはいない『誰か』に対し。かつてない程の怒りを向ける。
「……城門を両断したことも、これで説明がつく。アダム様は、先帝陛下の技を完璧に再現しているのだ。彼の剣技を模倣できた人間は、未だかつていなかった。それは、恐らく遺伝からくる才能の継承ではない」
「なら、彼自身の才能ということですか?」
有り得ないと、内心で思いながらもそう問いかける。
そもそもアダム様はかつて出会った時、剣を振るうどころか立って歩くことすらできなかった。どれだけ才能があろうと、磨くことができなければ無いのと同じ。
案の定、父上は首を横に振り。
「違う。教会領は────『転生』を、人工的に行ったのだ」
吐き捨てるように、そう告げた。