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作品タイトル不明

第百二十話 当主の死に場所

第百二十話 当主の死に場所

「それで、問題なのは殺す手段ですね。剣や槍で倒せる相手には思えません」

テンションが最高潮の時のうちの騎士達そっくりな顔のゲーマウス伯爵に、そう問いかける。

「この船の砲ならどうだ。戦車とやらの砲も、強力だと聞くぞ」

「戦車砲では、注意を引くのがやっとでしょうね。チラリとしか見ていませんが、モルステッド兵が投石機で攻撃しても無意味だったようですし。それと、この船の主砲ですが……」

搭載している主砲のスペックを、頭に思い浮かべる。

「あの鱗の強度が不明ですので、断言はできませんが……できるのなら、2キロ以内で砲撃したいところです」

「2キロか。儂のような古い人間には遠く感じるが、その表情からして違うらしいな」

「はい。本来の射程はもっと長い砲です。また、2キロというのはあの竜と戦う場合近すぎます。万が一ラケルタの攻撃が船に向けられた場合……」

「いかに鋼鉄の船とはいえ、ひとたまりもない……か。帰る足を失えば、全員凍え死ぬことになる」

「ええ。ですので、艦砲射撃により仕留めるのであれば、必殺でなければなりません」

「しかし───殺しきれる性能は、あるのだな?」

「断言はできません。しかし、可能性は高いかと」

砕氷船に搭載している砲は、口径127ミリ。本来の射程は約9キロメートル。平射を基本としており、火薬は当然ながら黒色火薬を使用。船の前方に3門、後方に3門。2隻で計12門。

通常の竜を仕留めるのなら過剰火力であるが、ラケルタ相手にはかなり無理をする必要がある。綿火薬すら量産はできていない今、21世紀どころか第二次世界大戦クラスの砲すらも用意はできていなかった。

それでも、ある程度近くからならばこの砲でも殺せる。それは間違いない。

「よろしい。あの化け物を 射殺(いころ) せる矢があるのならば、あとは狩人の腕次第だ」

経験という名の皺が刻まれた顔を歪ませ、不敵に笑うゲーマウス伯爵。

フリッツ皇子の一件までは『北方の壁』とまで言われていた御仁だけあって、その笑みはもはや怪物じみていた。

「しかし問題は、奴の移動ルートと川の流路ですな」

ケネスがそう言って、机に地図を広げる。

それは、気球と方位磁石を使って道中制作したものであった。

「皆様ご存じの通り、川とは蛇のように曲がりくねっているもの。船から砲を取り外して地面に設置しないのでしたら、流路に沿って決戦の地を決めねばなりますまい」

「……ラケルタが真っすぐ南を目指す場合、キルゾーンの候補地はかなり限られますね」

地図を見下ろして、眉間に皺が寄るのを自覚する。

王都から直線で南下するルートに対して、大河は大きく『S』の字を書きながら徐々にそのルートから離れていってしまっている。

「現実的な戦闘ポイントは、この位置かと」

伯爵の側近が、駒を地図に載せる。

「1回のチャンスしかないと、思った方が良いでしょうな」

「となると、艦砲以外にも攻撃手段を用意すべきかと。アナスタシア様の腕を疑うわけではありませんが……」

ちらりと、船長がアナスタシア殿を見る。

それに対し、彼女は小さく肩をすくめた。

「いつの間に私が砲雷長になったのかは知らないが、引き受けよう。そして、他にも手を打つのにも賛成だ。しかし、時間的な余裕はあまりないぞ」

皮肉気に笑う彼女の視線が、アリシアさんに向けられる。

「シュヴァルツ卿。王太子妃はこの辺りの気象に詳しいか?」

「ある程度は、とのことです」

「そのことなら、儂も多少は知っておりますぞ」

ゲーマウス伯爵が、長い髭を撫でながら答える。

「もうじき、この吹雪は止むでしょうな。そうすれば、ラケルタも動き出すでしょう」

「で、あるならば。砲撃以外の策はすぐに用意できるものでなければならない。この雪で覆われた大地で、どこまでできるのやら」

「……自分が、時間稼ぎをしましょう」

「若様!」

ケネスが鋭い視線を向けてくる。

「なりません。それはなりませんぞ。この戦が、ストラトス家の将来にも関わるのは百も承知。されど、限度があります」

「しかし、他にどうしろと言うのですか」

ラケルタがこのまま南下すれば、帝国は滅ぶ。それは間違いない。

その暴威が、ストラトス領までは襲わない可能性はある。しかし、襲ってくる可能性はそれ以上だ。

王太子妃の話から、ラケルタは魔力量で餌の質を測っている。であれば、自分やグリンダ。そしてこれから生まれてくる子供達は、奴にとって極上の獲物かもしれない。

奴の感知能力がどれ程のものか知らないが、もしも目覚めた時に捕捉されていた場合……ストラトス領へとラケルタが足を踏み入れるより先に、殺す必要がある。

「ラケルタが寒さに弱い可能性があるのなら、この雪に覆われた大地こそ、絶好の狩り場です。もしも温暖な地で戦うとなれば、万全の奴と殺し合うことになりますよ」

「この地でラケルタを仕留めるのは賛成です。問題なのは御身が時間稼ぎをするということ。ここは、私めにお任せを」

「ストラトス家の歩兵は、100にも満たぬ小勢であろう。ストラトス伯爵抜きでは、いかに戦車があろうと不可能だ」

ゲーマウス伯爵が、横からそう言ってきた。

彼は長い髭を指でくるくると弄った後、室内の者達を見回した。

たったそれだけの動作で、全員が思わず黙り込む。それだけの圧が、彼の瞳にはあった。

いいや、2人だけ。その視線を真っ向から受けて平然としている者達がいる。

1人は、アナスタシア殿。何かを察したような瞳で、ゲーマウス伯爵を見つめ返している。

そして、もう1人。ゲーマウス伯爵の側近である老人は、何かを諦めた様子で額に手を当て、小さくため息をついていた。

「ならばその役、我らゲーマウス伯爵家の 兵共(つわものども) が引き受けよう。なぁに。儂が先頭に立てば、あのトカゲも涎を垂らして駆けてくるに違いない」

死にそうな顔をしていた老貴族は、これから死んでくるとそう宣言した。

新しい玩具を手に入れた子供のような、そんな笑みで。

そんな彼に、側近の老人がジト目を向ける。

「先頭はやめてください、ご当主。少しでも長くもたせるのなら、いつも通り後衛から魔法を撃っていてもらわねば困ります」

「なんじゃ。人が格好良く決めておるのに、茶々をいれおって」

「たとえ耳に痛い言葉でも必要なら叩きつけるのが、忠臣であると心得ておりますので」

「忠言って、叩きつけるものだったか……?」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

まるで決定事項のように話を進める伯爵とその側近に、慌てて話しかける。

「時間稼ぎをするということは、あの竜と戦うということですよ?それこそ、魔法が届くような距離で」

「うむ。当たり前のことを確認するのは大事だが、今ではないと思うぞ。ストラトス伯爵」

「いけません、死んでしまいます!」

「それを貴殿が言うのか……?」

「言います。僕ならば、一戦交えた後に撤退できるかもしれませんから。しかし、あなた方では……」

「そうは言うが、貴殿の場合でも確実ではあるまい。何より、本命の砲弾を叩き込む時にも、足止め役は必要であろう。アレを相手に、連戦する余裕が貴殿にはあるのか」

「それ、は……」

彼の問いに、即答はできなかった。

正直、ラケルタ相手に2連戦などできる気がしない。1戦目で無事に離脱できるかどうかも、半分賭けである。

「であれば、ストラトス伯爵は本命の時にこそ力を発揮されよ。砲撃があるのなら、現場にいる味方は少ない程良い。大人数で壁となる我らは、砲弾のこない場所で戦うとしよう」

「……もう一度言います。死にますよ?」

「くどい。儂はとうに、死ぬ覚悟を決めている。家からこの地についてきた阿呆共も、同じくな」

「……武功なら、王都の強襲だけで十分のはずです」

「何を言う。むしろこの状況で誰よりケツに火がついているのは、儂であるぞ。見よ、この地図を。ラケルタの南下コースが、思いっきりゲーマウス領と重なっておるわ。ここで奴を仕留めねば、お家の終わりは確定よ」

ケラケラと、ゲーマウス伯爵が笑う。

「当主が命を懸ける戦場として、これ以上相応しい場所もあるまいて。むしろ、儂の方から貴殿らに頭を下げねばならん状況だ。最初からストラトス伯爵がやる気満々で、安心したぐらいである」

「ご当主。この流れならストラトス家に借りを作らず済んだかもしれないのに、何故そこで言ってしまうのですか……」

「これで最期となるであろう相手だ。口も軽くなる。そもそも、この船に乗せてもらった段階で借りなら出来過ぎておるわ。今更1つや2つ変わらん」

あっけらかんと話す彼とその側近に、思わずたじろいだ。

この人達は、本気だ。本気で、ここで死ぬ気でいる。

死兵と戦った経験は何度もあるが、こうも日常の会話みたいに死を覚悟する人は初めてだった。

明日の予定でも決めるように、己の死に場所を定める。

久々に、文化の違いで殴りつけられたような気分であった。

……で、あるならば。

「───わかりました」

こちらも、覚悟を決めよう。

死ぬ覚悟ではなく、殺す覚悟を。

「あなた方の命を使い潰し、あのトカゲを仕留めます。その作戦を、詰めるとしましょう」

「応ッ!頼むぞ、ストラトス伯爵。そしてアナスタシア殿。貴殿らの腕に、我が家を含めた帝国の命運が懸かっておるのでな」

彼の言葉に、頷く。ただ無防備な王都を強襲するだけのはずが、とんでもない遠征になったものだ。

もう笑うしかない。固まっていた頬が緩むのを自覚しながら、ゲーマウス伯爵を見つめる。

「……それと、この会議の後少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか。内密に、お話したいことがあります」

「なんだ、藪から棒に。まさかクリス陛下だけでは飽き足らず、儂まで口説く気か?すまんが、儂はもっと歳が近い方が……」

「違います。そもそもクリス陛下とは……いえ」

誰が爺を口説くか。こっちだって選ぶ権利はある。

舌打ちしそうになるのを堪え、ため息まじりに彼へと告げた。

「そう、長くなるような話ではありません。貴方に伝えるべきことがある。それだけです」

「……相分かった」

真面目な話だと察してくれたのか、伯爵が頷く。

彼には、伝えねばならない。そして、聞かねばならない。

フリッツ皇子のご家族にして、彼のご一族でもある方々。その、処遇について。