軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百十七話 わけがわからない

第百十七話 わけがわからない

夜明けよりも早く、ハーフトラックとスチームタンクが出発する。

車体を余すところなく純白に染め上げて、ひたすらに雪上を走った。

砕氷船を出て暫く。ぐるりと王都を大回りするように、東側へ。蒸気機関を温めたまま、しばし待つ。

程なくして、太陽が昇り始めた。

背後から強い光を浴び、それから更に約1時間してから、機甲化部隊は発進した。

遮る物は一切なし。当然、隠れることなどできず正面から堂々と突き進む。上からの日の光と、足元の雪が反射した光で白く塗られた装甲が照らし出された。

本来なら、自分達の姿を目立たせるような奇襲は奇襲とも呼べない愚策である。

しかし、雪上ならば別のこと。

上と下から同時に照らされたことで、白い車体もまた輝いて見えている。近くで見たのならまだしも、遠くからでは周囲の景色と区別がつかない。

その上、このような銀世界では、白いというだけで強力な迷彩になる。

白く塗った煙突から溢れ出るのも、また真っ白なもののみ。薪は使わず、魔法による熱だけで蒸気機関を動かしていた。

王都まで約7キロの道のり。本来であれば即座に警鐘が鳴り響くはずの所、まったくもって敵が警戒する素振りはない。

見張りに立つ兵士達の怠慢では、ない。光の反射や迷彩だけではなく、そもそも冬の、雪が積もりに積もった中敵軍が首都に奇襲を仕掛けてくるというのが本来ありえないことなのだ。

この世界において、史上初の奇襲作戦。真っ白なその地面に、自分達が足跡をつけるのだ。

荷台に取り付けた小さな窓から顔を覗かせれば、既に城門まで残り1キロを切っている。

その辺りで、ようやく敵兵達も気づいたらしい。履帯が巻き上げる雪が、風で舞う雪煙とは違うと気づいたようだ。

うるさい程に鳴り響く警鐘。されど、ここまでくればもう遅い。

戦車隊が行進間射撃を開始する。砲声が響くのと、分厚い城壁が弾けたのがほぼ同時だった。

生えていた氷柱が一斉に落ちていき、端の所に積もった雪がはらはらと舞い散る。石材を積み上げて作られた壁は、瞬く間に抉り取られていった。

流石にその程度では完全に崩れないまでも、上に立つ兵士達はたまったものではない。氷柱と一緒に、何人かが冷たい雪の上へと落ちていく。

いいや、それだけならまだ命は助かったかもしれない。城壁の周囲には、水堀があるのだ。近くの大河は凍り付いているというのに、ここには何故か水が流れている。

厚手の服を着たまま、冬の水堀に落ちてしまったのだ。彼らがどうなったのかは、考えたくない。

国と国同士の大戦は、既にやった。であれば、開幕の挨拶は不要。このまま奇襲を続行する。

ハーフトラックの荷台から飛び降り、鎧の重さもあって膝辺りまで雪に埋もれた。

即座に駆け出して、白煙をまき散らしながら城門へと向かっていく。堀の向こうでは跳ね橋が上げられており、その向こうには固く閉ざされた門があるはずだ。

バリスタや油壷の迎撃もないまま、悠々と城門近くの堀に到着。剣を隣に突き立てて、魔法の準備に入る。

誰に邪魔されるでもなく、砲声と破砕音の中で、誰に聞かせるでもなく詠唱を終えた。

地面に拳を叩きつけ、雪を穿ちその下の地面へと魔力を伝える。そうすれば、濡れた土が堀を埋め立てて城門へと伸びていった。

あまり見栄えは良くないが、架け橋を作り出す。城壁へ牽制に放っていた砲撃が、上げられた跳ね橋へ、その先の城門へと殺到した。

巻き込まれまいと、剣を手に脇へ逃れる。

あの跳ね橋は、馬車が数台同時に通っても問題ない程に頑丈なのだろう。その先の城門は、樫の木を鉄で補強した、破城槌でもそう易々とは破れない堅牢さをもつのだろう。

だが、戦車砲を受けるには脆過ぎた。瞬く間に木片を散らし、風穴ができあがっていく。

随分と風通しが良くなったそこへ、勢いのまま戦車が正面から突っ込んだ。

盛大な音をたてて壊れたのは、門だった板切れの残骸。自分もそれに続いて王都へと踏み込み、先程まで乗っていたハーフトラックの荷台へと跳躍した。

鎧の重さもあって若干屋根に足跡が刻まれてしまうも、無視して周囲を見回す。

街の周りが銀世界だったのに反し、王都の中は石造りの道路が見えていた。建ち並ぶ家々の屋根に雪が積もっている辺り、ここだけ降っていないわけではないだろうに。

夜明けと共に動き出したのだろう王都の民が、ポカンとした顔で自分達を見ている。それを受け、拡声魔法を使いながら声を張り上げた。

「我々はクロステルマン帝国軍である!民間人は家の中に戻っていろ!建物の外に出ない限り、こちらから積極的な攻撃はしない!」

ビリビリと響く声が、屋根に積もった雪を幾らか落とした。

「狙いはモルステッド国王陛下がいらっしゃる、王城のみ!非戦闘員に危害を加えるつもりはない!繰り返す!民間人は家の中に戻っていろ!建物の外に出ない限り、こちらから積極的な攻撃はしない!」

城に向かう道すがら、叫び続ける。自分の声を聞いた者達が、耳や頭を押さえて家の中に走っていった。

「いやー、クロノっちの声まぁじででっかいっすねぇ」

ひょっこりと、アリシアさんが荷台から顔を出す。兜の面頬も上にあがっており、彼女の美貌が見えていた。

チェシャ猫のように笑うアリシアさんに、首だけ振り返る。

「指揮官にとって声が大きいことは良いことだと、父上やケネスから発声練習させられていたので」

「ごもっともで。しっかし、良いんすか?折角の奇襲なのに、王城まで聞こえちゃっているっすよ?」

「構いません。民間人を巻き込むよりマシです。何より」

「何より?」

「今から準備をするとして、どこまで用意ができるのでしょうね」

「そりゃまた、ごもっとも」

手を荷台の屋根にかけたまま、器用に彼女が肩をすくめる。

城中の兵士を叩き起こすのか、城門を全て硬く閉ざすのか、はたまたまだ竜共が残っているのか。

何にせよ、外へ援軍要請を出す時間はないし、そもそも王都の外は銀世界。誰も応援など送れない。

帝都奪還作戦とは違い、戦場は敵国の王都である。相手も下手な迎撃手段はとれまい。

それでも竜を暴れさせるのなら、戦車砲を叩き込んでやる。流れ弾が民家に当たるかもしれないが……『積極的に』狙ったわけではない。

内心で自分の考えに吐き気を催すが、当主として剣を握り直す。

そこで、ふと気づいた。

「ん……?」

「どうしたんすか、クロノっち」

「いえ……なんだか、足元が変なような……」

「そりゃあ、ハーフトラックの荷台に乗っているのならそうでしょうよ」

「あ、ストラトス伯爵もっすか?」

アリシアさんの隣から、ジェラルド卿がひょっこりと顔を出す。こちらは面頬も下ろしており、完全武装の状態だ。

「俺、竜の魔力残滓を探知する為に呼ばれたんすけど……すんません。この街、なんか変っす。よっぽど近くじゃないと、たぶん潜んでいる竜を見つけられないと思うんで。期待しないでください」

「えー。じゃあ何の為にここへ来たんすか。ジェラルド卿」

「安心しろ、バカ従妹。もといシュヴァルツ卿。俺はお前より強い」

「あぁん?あーしだって日々隊長のしごきで鍛えられているし。今なら10戦4勝ぐらいまではいけるし」

「ほざけバカ従妹。俺を倒せる近衛は、うちの隊長かシルベスタ卿。じゃなきゃ、コープランド卿だけだっつーの。てか結局俺の方が強いの事実じゃねぇか」

従兄妹同士が仲の良い会話をする中、再び拡声魔法で市民に呼び掛けを行う。

同時に、視線を下へと向けた。

……これは、地脈か?いや、わからない。何と形容して良いかわからない程に、魔力の流れが奇妙である。

温泉の話といい、やけに地面が温かいことといい、下にマグマでも流れているのか?だが、そうだとしてもこの状況の説明は……。

そんなことを考えていると、風を切る音と殺気を感じ取る。咄嗟に前方へ裏拳を放てば、左の籠手が槍程もある矢を弾いた。

ほぼ同時に、ハーフトラックやスチームタンクの屋根に矢の雨が降り注ぐ。

どうやら、随分と城に近づいていたらしい。モルステッドの歓迎が始まったようだ。

城を囲う二重の城壁。その外側の上に立ち、兵士達がバリスタやクロスボウで矢を放っている。

民家の屋根に突き刺さってもお構いなしだ。見れば、上に積もっている雪も随分と薄い。王都全体の気温が高いせいで、雪が既に融けているのだ。

自分が何かを指示するより速く、戦車隊が反撃の砲弾を叩き込む。街を囲む城壁程は分厚くないようで、あっという間に崩壊が始まった。

ガラガラと石造りのそれが崩れていき、兵士達の悲鳴が飲み込まれていく。

城門も瞬く間に壊され、戦車が体当たりで内部に突入。同じ流れで第二の城門も打ち破る。

居城の前へで、前車停止した。ハーフトラックを囲むように戦車が並び、更に降りてきた歩兵達が車体を盾にして銃を構える。

「上からの攻撃に気をつけろ!味方の歩兵に矢を降らせるなよ!」

「了解!」

ケネスの怒号に、兵士達が吠えるように答える。

直後、わらわれと出てきた敵兵達に鉛玉を撃ち始めた。

自分も荷台から降りた所で、金属が弾丸を弾く音を耳にしそちらを見る。

「どけどけぇ!邪魔だぁ!」

モルステッドの兵達を掻き分けて、こちらへ迫る騎兵が1騎。

王太子を捕らえた一戦でも見た、分厚い鎧を纏った軍馬である。それに跨った、これまた魔力で強化された肉体でなければ着て動こうと思えない重鎧の騎士。

味方を轢き殺す勢いで突撃してこようとする騎兵に、自分が一歩前に出る。

だが、それは不要とばかりにケネスが得物を構えた。

「何するものぞクロステルマン!この俺が───」

───ドォオオオン!

盛大な炸裂音と爆炎が、彼の姿と声をかき消した。

血肉と鉄片が地面に散らばる中、ケネスが中折れ式の銃身を開いて空薬莢を地面に捨てる。

「ガッハッハ!何するものぞ、モルステッドの魔法騎兵!城内では自慢の機動力も形無しですな!」

次弾を装填し、ガチンと銃身を閉じるケネス。その手に握るのは、彼が普段使うポンプアクションショットガンよりも数回り太い銃であった。

グレネードランチャー。単発式ながら、城内で使うには凶悪過ぎる武器である。

「ケネス」

「はっ!ここはお任せくだされ、若様!いや、お館様!我らがキッチリと退路は確保しておきますぞ!」

「空薬莢は、できるだけ回収してください。後でまた使うので」

「あ、はい」

若干しょんぼりしながら、空薬莢を拾う老騎士。いや、マジで今は鉄が大事なので……なんかごめんね?

ケネスの肩を軽く叩いた後、剣を担いで城の正面玄関へと向かう。

自分の隣にゲーマウス伯爵が並び、更にその後ろにアリシアさんやジェラルド卿が続いた。

固く閉じられた扉に、足で『ノック』する。

建て付けが悪かったようだ。バキリと音をたてて、内側に吹き飛んでいく。

「放てぇ!」

内側にずらりと並んだ兵士達が、騎士の号令に従い矢を放つ。弓兵とクロスボウ兵が混ざった敵部隊の攻撃に、両手で握った剣を振り抜いた。

衝撃波で飛んできた矢を薙ぎ払えば、隣にいたゲーマウス伯爵が跳び出していく。

───速い。

老人とは思えない速度で彼が駆け抜けたかと思えば、槍を構えた敵騎士へと斬りかかった。

「でぃええええええあああああああ!」

「なぁ!?」

奇声めいた声を上げて、老貴族が片刃の長剣を振り下ろす。咄嗟に槍で防御しようとした敵騎士だが、柄を両断されその下の兜までべっこりと凹んでしまった。

崩れ落ちる敵騎士の胸を蹴り飛ばし、剣を引き抜いたゲーマウス伯爵が吠える。

「ウージー・フォン・ゲーマウス!まかり通る!モルステッドで最強の兵士が我が前に立て!この首をとってみろ!」

いつの間に兜を脱いだのか。鉢金すら身に着けず、首から上を完全に露出させたゲーマウス伯爵が雄叫びを上げて周囲の兵士を次々切り伏せていく。

長い白髪を振り乱し、彼は一心不乱に剣を振り回していた。

普段、あまり接近戦をする人ではないのだろう。その太刀筋は随分と雑だ。しかし、貴族の身体能力でがむしゃらに突っ込むのであれば、それだけで並の騎士では荷が重い。

それでも数人がかりなら彼を止められるだろうが。

「ふん!」

このまま手柄を全て持っていかれてなるものかと、数人纏まって武器を構えた敵騎士達を叩き斬る。

鮮血が豪奢な床や壁を汚し、兵士達の悲鳴が響き渡った。自分達の指揮官の首が足元に転がってきたのだから、さもありなん。

偶に反撃の槍や矢が向かってくるも、鎧で弾き攻撃してきた相手を両断していく。

更にはアリシアさんとジェラルド卿も加わって、敵兵を切り伏せていくのだ。ゲーマウス伯爵の部隊も、うちの兵士達もやることがない様子で前へ出られずにいる。

あっという間に城の玄関ホールが血に染まった所で、視線を伯爵へと向けた。

「ゲーマウス伯爵。打ち合わせの通り、ここで別れましょう」

「うむ。そちらは頼みましたぞ!」

「はっ。ご武運を」

50人程の兵士とジェラルド卿を連れ、城の右側を制圧しに向かったゲーマウス伯爵。

自分もストラトス家の兵士5人とアリシアさんを引き連れて、左の制圧に向かった。

「アリシアさ……シュヴァルツ卿。基本的に僕が前に出ます。後ろの警戒と、脇を抜けてきた敵兵の処理を頼みます」

「はっ」

「各員。シュヴァルツ卿を援護。接近戦はなるべく避けろ。冷静に対処していけ」

「はっ!」

城内に入っての戦闘は、もはや語ることもない。ただ進み、ただ斬った。

帝都奪還作戦の時の、帝都守備隊との死闘が遠い昔に思える。あの時のような対応力も、腕が引きちぎられかけるような質も感じない。

うちの兵士達が援護射撃の1つもする間もなく、敵兵達が床に伏せていく。

血の臭いに兜の下で眉間に皺を寄せながら、進む。順調ではあるが、その分余計なことを考えそうになっていた。

武器を捨てて逃げていく敵兵を無視するのは良いが、向かってくる兵士の急所を外して剣を振るいそうになる。

当主が、兵達の前で殺しを忌避してはならない。そう自分に言い聞かせ、首を刎ねていく。

「アリシアさん、今、何階ですか」

「4階っすね。頂上まで後3階っす」

「わかりました」

まだ王族のいる空間には遠い。何なら、ゲーマウス伯爵に国王の首は任せて良いだろう。この敵の質ならば、彼らでも冷静に戦えば勝てるはずだ。

こちらに余裕がある。ならば、『ついで』の方に意識を向けるか。

そう思いながら、4階をしらみつぶしに探っていると。

「待てぃ!」

廊下の向こうから、聞き覚えのある野太い声が聞こえてきた。

ありえない。そう思い若干混乱するも、体は自動的に剣を声のした方に向ける。

「ま、待て!本当に待ってくれ!」

そこにいたのは。

「俺は武器を持っていない!家族もだ!」

モルステッド国王、その人である。

何故、彼がここに?最上階でもなければ、地下でもなく。4階という半端な階で、しかもこっそり逃げるでもなくこちらに声をかけてきた。

しかも非武装であることを訴える彼の手には、剣でも槍でもなく。

「あう?」

まだ言葉を喋れない様子の、小さな子供がいる。しかも斜め後ろには30歳前後の女性が、幼稚園児ぐらいの子供を連れていた。

彼女は……王太子の奥方の肖像画に似ている。身に着けている物からして、高位の貴族であることは間違いない。

推定義理の娘と孫達を連れたモルステッド国王が、強面と呼んで差し支えない髭面で吠えた。

「宝物庫へと案内しよう!その代わり、この子らを 連(・) れ(・) 去(・) っ(・) て(・) くれ!」

「……は?」

意味不明の言葉に、間の抜けた声が出た。うちの兵士達も混乱した様子で、唯一アリシアさんだけが油断なく剣を構えて周囲を警戒している。

「……伏兵の気配はないっす。ガチで国王と王太子妃、それとお孫様達しかいないっすね」

「えぇ……」

わけがわからないと、兜の下でうめく。

たぶん、国王が抱えている赤子に引けを取らないぐらい、自分も自分の兵達もキョトンとした顔になっていた。