軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百十六話 常春の王都へ

第百十六話 常春の王都へ

分厚いドアを開き、甲板に出る。

外に出た途端、冷たい風が頬を刺した。それと共に雪の粒が少し強くぶつかってくる。

雪を撤去していた兵士が敬礼してきたので、軽く手を挙げて気にするなと示した。

砲台の横を通り過ぎ、柵の近くに。先程の兵士が雪かきをしてくれているが、足元には新しく積もり始めていた。

厚手のコートの前をしっかりと閉じているのに、それでも手足が震えそうになる。

「いやはや。素晴らしい銀世界ですな」

隣に立つケネスが、感嘆の声を上げる。

「よもや、生きている内にこのような景色を見ることができるとは。いやはや、若様についてきて良かった」

「これが戦争ではなく、ただの旅行なら良かったんですけどね」

「なぁに。むしろ戦争でこそ、来る甲斐があるというもの。この寒さが、戦の熱には丁度良い!」

「そういうものですか……」

自分にはわからない感覚である。どうにも、ストラトス家の古参騎士は戦争狂いな気がしてならない。それとも、クロステルマンの騎士は皆こんな感じなのだろうか。

手袋に包まれた指で、自分のフードや肩の上に載った雪を払い落とす。

「と言っても、モルステッドの王都につけばこの寒さもだいぶ和らぐかもしれませんがね」

「そう言えば、聞いたことがありますな。彼の国の都は 常春(とこはる) であり、雪が積もることはないのだとか」

「まあ、あくまで噂ですけどね」

「いや、その噂は本当っすよ」

白い近衛騎士用のコートを纏ったアリシアさんが、近づいてくる。

「アリシアさん。ドロテアさんとは、今日は一緒じゃないんですか?」

「テアっちなら、アナスタシア様の所にいるっすよ。書類仕事の手伝い……というか、まあメイドらしいことをしているっす」

「なるほど」

アナスタシア殿は今、オールダー向けマニュアルの作成を行っている。

ストラトス家とあそこは元々地理的に近かったが、それでも文化の違いは多少だが存在した。何より、これまで使っていた予算や人員の規模も異なる。

その辺りの齟齬があるので、領内で使っていたマニュアルを一部手直しする必要があった。

「なら、僕もこの後仕事に戻らないと怒られそうですね……それはそうと、アリシアさんはモルステッドの王都に行ったことがあるのですか?」

「うんにゃ。あーしは行っていないっす。でも、彼の国の大使館にいた人から話を聞いたことがあるんす。その人あーしの伯父さんなんすけど、嘘をつく人じゃないんで」

「それはまた……不思議な場所ですね。理由はわかりますか?」

「んー。伯父さんもあーしも地質学?ってやつには詳しくないんすけど、どうも地面が温かいらしいんすよ。そんで、温泉もあちこちにあるとか」

「温泉……火山がすぐ近くに?」

「っす。つっても、その火山は随分前から噴火とかしていないらしいっすけど」

「なるほど……いや、でもそれで常春と言われるぐらい温まるものですかね……?」

「さぁ?でも伯父さんは、モルステッドの王都は雪が降った先からすぐに融けるから、地面が覆われたり屋根が重さで崩れることがないって言っていたっす。代わりに、雪解け水の処理が大変って言っていたっすけど」

「雪は普通に降るんですね」

「そりゃあ、あくまで温かいのは地面だけっすから」

そんな会話をしていると、一段と雪と風が強くなってくる。

コートの内側にも雪が滑り込み、首筋をひやりとした感触が襲った。

「さっぶ……!」

「ぬぉぉ……これは少し、老体には響きますな……!」

「……そろそろ、戻りましょうか」

こちらの言葉に、2人も勢いよく頷いた。

雪かきをしている兵士に軽く手を挙げて、船内に戻る。

すると、風と雪にさらされないだけで一気に温かくなった気がした。コートのフードを脱ぎ、体についた雪を払い落とす。

「もっと奥に行きましょう、奥に……!ここでもまだ寒いっす!」

「ですなぁ。本当に、この船で来られて良かったですわい。でなければ、行軍途中で死んでおりました」

「まあ、砕氷船に改造するにあたり、グリンダが父上に色々と知恵を出してくれていましたから」

そうして、艦の奥へと進んでいく。

すると、明らかに気温が上がったのを感じた。それでも15度を下回っているが、厚手の服装で過ごすのなら大きな問題はない。

船内の壁や床には、多くの配管が通っている。その中を、温められた水が通っているのだ。この船が蒸気船だから……だけではない。それようの機関も作ってある。中枢以外は戦闘で破損する恐れがあるので、大半は別枠だ。

それに加えて、この船は密閉性が高い。工場やら缶詰やら作っていたことで、ストラトスの職人達の技術が上がってきている。

他にも、壁の作りには自分やグリンダが幾らか前世の知識を出していた。以上のことが組み合わさって、2隻の砕氷船は豪華な冷蔵庫にならず済んでいるわけだ。

「グリンダ様様っす~……さすがラーメンの伝道師」

「いや、これラーメン関係ないと思いますけど……まあ船内の食堂にありますけど。インスタントラーメン」

「あー、今ならあーしも、あの味を美味しく感じられるかもっす」

「ああ……そう言えば、シルベスタ卿以外の親衛隊にはそこまで受けが良くなかったでしたっけ。ラーメン」

「味がちょっと濃すぎる上に、大雑把なんすよねー。でも、この寒さだとそういう食事の方が嬉しいかもっす……」

こんなんでもお嬢様なアリシアさんがそんなことを言っていると、船の汽笛が鳴り響く。

いつもより少し長めに鳴らされたそれは、『合図』であった。

後ろの方で、扉が開かれたと思ったら、慌ただしく閉じられた音がする。恐らく、甲板で雪かきをしていた兵士だ。

直後。

───ズゥゥゥゥン……!

地鳴りのような音が響き、僅かに船体が揺れる。

流石にこちらの3人はその程度でバランスを崩すことはないが、少し遠くの部屋から何かが崩れる音が聞こえてきた。

「氷にぶつかりましたか」

「砕氷船の腕の見せ所ですな」

「って、もう何回目って話っすけどねー」

現在、この船は順調に大河を覆う氷を打ち砕き、王都へ向かって進軍している。

当初懸念されていた氷の上に載り上げて身動きができなくなることも、川底に船底が擦れるようなこともない。

むしろ、不気味な程に上手くいっている。そのせいで、逆に不安になってきた。

これは罠なのではないか?誘い込まれているのではないか?そんな考えが浮かんでは、振り払う。この世界に、大河を遡ってくる鉄の船を警戒するという発想は一般的ではない。何より、この雪では敵の哨戒部隊とて満足な見回りができていないだろう。

しかし、中々不安を拭い去ることはできない。不意の遭遇戦が起きないことを、祈るばかりである。

一応この船には大砲もガトリングガンもあるが、残念なことに弾の余裕はあまりない。

ホーロス王国。オールダー・スネイル連合。そしてモルステッドの王太子を捕らえた戦。

ここまで、結構な量の弾薬を消費している。いかに皇領でも生産をしているとはいえ、限度があった。

順調ではあるが、足りない物を言い出したらキリがない。それをどうにかするのは……まあ、結局の所。指揮官である自分の仕事か。

気を引き締め直し、十字路にて爪先をVIPルームへと向ける。

「では、仕事に戻ります。ケネス、兵士達や騎士達に、船内でもできるトレーニングをお願いしますね」

「はっ。お任せください」

「んじゃ、あーしも部屋で報告書の作成と、筋トレでもしてるっすー」

ひらひらと手を振ってくるアリシアさんに、こちらも手を振り返して。

コツコツと足音を鳴らしながら、自分も部屋へと向かった。

の、だが。ケネスが小走りで追いかけてきた。

「ところで、若様」

「はい?どうしました、ケネス」

「アリシア殿とは、そういう関係だったりするのですかな?親衛隊はクリス陛下の愛人として有名ですので、ストラトス家の騎士としては危ない橋を渡ってほしくは……」

「そんな関係じゃないので、安心してください」

「それは良かった。では、アナスタシア様とずっこんばっこん……」

「していません……!け、結婚前は、そういうのしないので……!」

「……え。ではドロテア殿ですか?」

「貴方は僕を性欲魔人か何かだと思っていませんか?」

「違うのですか!?」

「ぶんなぐ……いえ、デコピンしますよ?」

「はっはっは。おやめください。まだ死にたくはありませぬ」

この世界の騎士、セクハラが多すぎると思う。

前も思ったが、だから『真実の愛』が貴族の間で流行るのでは……?

見た目はダンディな老騎士が浮かべる下卑な笑みに、小さくため息をついた。

* * *

誰が言ったか、戦争とは準備が9割だとか。

矛を交える前に、どれだけ物や人を積み上げたかで勝敗が決まる。勿論、残りの1割でひっくり返されることもあるわけだが。

騎士達に手伝ってもらい、鎧を装着する。

出発から、今日で1週間。順調なペースで突き進んだ砕氷船は、遂に目的地へと到着した。

鎧の上から白い外套を羽織り、ハッチへと向かう。

ついた先には、蒸気機関を既に温めているハーフトラックやスチームタンク。全車白く塗装されており、傍にいる兵士達も自分同様白い外套を身に着けていた。

揃いも揃って真っ白な出で立ちの自分達とは対照的に、黒地に金の装飾を施した軍服姿のアナスタシア殿が、ドロテアさんを伴ってこちらへやってくる。

「やあ旦那様。鎧の具合はどうだね」

「問題ありません。剣の方も、十全に力を発揮できるでしょう」

先の戦いで竜2頭に、魔法騎兵部隊と戦ったわけだが、装備に目立った損傷はない。細かな傷や刃こぼれこそあるものの、ガルデン将軍とやりあった時程の破損はなかった。

おかげで、応急処置だけで全力戦闘が可能な状態にある。職人達に感謝しなくては。

あと、帝都の職人を貸し出してくれて尚且つ予算も出してくれたクリス様にも。軍役ではないのに、彼女の命令で戦闘しているのもあって、諸々のお金は彼女の財布から出ている。

『ボク思ったんだ。確かに凄い額だけど、普通に兵士達を動員するより、万全のクロノ殿に戦ってもらった方が安く済むって』

と、北の国境近くで見送ってくれた、我らが皇帝陛下からそうお言葉を賜っている。

若干、遠い目をしていたけれども。

「そうかね。私としても、旦那様にはまだまだ健在でいてもらわねばならんからな。もっとも、その格好は正直トラウマものだがね」

皮肉気に笑って肩をすくめた後、アナスタシア殿がこちらの胴鎧を軽く殴る。

「まあ、せいぜい暴れてくると良い。モルステッドに飼われている竜とは、帝国の人竜は格が違うのだと見せてつけてやれ」

「ええ。全力で暴れるとします」

「そうしろ。私はいつでも砲撃できるよう、ブリッジに向かう。しかし良いのかな?私を砲術長に任命して。案外、突然裏切って貴殿に砲口を向けるかもしれんぞ?」

「先ほど、僕に死んでもらっては困ると言った口で言いますか。それに、手足となって動くのはうちの兵士達です。信じていますよ。貴女も、彼らも」

「なんだ、つまらん。そこは面白おかしく、口説いてほしかったところだな」

不敵な笑みを浮かべ、踵を返すアナスタシア殿。ドロテアさんもこちらに一礼した後、彼女の後についていく。

今回ばかりは、あのメイドもふざけるつもりはないらしい。それに安心する一方、若干の寂しさを覚えた。……いや、後者の方は覚えちゃだめな感覚だわ。だいぶ毒されているかもしれない。

兜の下で苦笑し、先頭で出る予定のハーフトラックの荷台に登る。

屋根の上に立ち、集まった兵士達を見下ろした。

「皆さん。これより我々は、モルステッドの王都を強襲します。ここにいる突入部隊30名と、後ろの船に乗るゲーマウス伯爵家300名で、敵国の首都を攻撃するのです」

改めて数字にすれば、頭のおかしな戦力差だ。

城攻めは3倍の戦力を、と言うが、あの街に詰めている兵士はいったいどれ程の数なのやら。少なくとも、こちらよりは多いだろう。

だと言うのに、兵士や騎士達の顔ときたら。誰も彼も、緊張こそすれ決死の表情を浮かべる者はいない。

自信と希望に満ちた顔で、自分を見上げてくる。

「この船からの援護砲撃は、期待しないでください。アレは王都からの追撃部隊が引きはがせなかった時の備えです。我々はできる限り、自分達の手で目的を果たさねばなりません」

そこで、一度言葉止めて。

小さく深呼吸をしてから、彼らに告げた。

「皆さん。遺書は書きましたね?武器のチェックは完了しましたか?敵を殺し、そして殺される覚悟ができたのなら、車両に乗り込みなさい」

自分自身が、その覚悟をできているかはわからない。

剣の柄を強く握りしめ、白銀の魔剣を掲げる。

「戦争の時間だ。雪の城壁などかくも容易く崩れるのだと、奴らに教えてやれ」

「応ッ!」

勇ましい雄叫びを発し、兵士や騎士達が車両に乗り込んでいく。

自分も荷台から飛び降り、乗車した。同じハーフトラックに、アリシアさんとジェラルド卿もいる。

「よろしくお願いしますよ、ストラトス伯爵」

「頼りにしてるっす」

「ええ。こちらこそ、お二人の力を頼りにしています」

全員鎧姿で頷き合い、荷台の座席に座る。

……モルステッドの捕虜達の話が確かなら、フリッツ皇子の家族も王都にいるはず。

はたして、回収する余裕はあるか。頭の端でそんなことを悩むも、すぐに蓋をした。

準備は、できうる限りした。後は、行うだけである。

金属が擦れる音が、車両の外から聞こえてきた。音の大きさからして、砕氷船の側面ハッチが開かれていっている。

数分程で、その音も止んだ。男達に号令が響き渡り、ハーフトラックが前進する。

いざ───常春の王都へ。