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作品タイトル不明

第八十九話 王達の提案

第八十九話 王達の提案

敵国の王である、モルステッド国王からの突然の呼び出し。それもわざわざ、1人でという言葉。

無視するのは、あまりに外聞が悪い。だがモルステッド国王と密会など、それこそ帝国貴族としての立場を悪くする。

かと言って、あまり遅れるのも心象が悪くなる。なにより、こちらとて明日の練習を少しでもしておきたいのだ。

……仕方ない。

「ケネス。今から一筆書きますので、クリス様に届けてください」

「はっ。え、あの、若様は?」

荷物から便箋を引っ張り出し、素早くペンを動かす。

「使者はまだいるのでしょう?であれば、その人物と共に、会いに行くとしましょう」

『モルステッド国王に呼び出されました。直接お会いし、その人となりを確認してきます』

たったそれだけを書いて、封筒に入れて蝋印の準備をする。

男爵が皇帝陛下に書く手紙ではないが、彼女とは戦友だ。こんな雑過ぎる手紙でも、許してくれると信じよう。

「ポジティブに考えましょう。このタイミングで僕を呼んで、いったい何を話したいのか。それでもって、モルステッド国王という人物を知ろうと思います」

頬を引きつらせるケネスに、こちらも引きつった笑いを浮かべる。

まあ、流石に。突然殺されはしないだろう。

……たぶん。

* * *

この街は戦争により統治者を失い、その主要な施設もほとんどが機能を停止した。

中央にある、ここを統治していた貴族の屋敷は現在『表向きは』中立な勇者教が宿代わりにしている。

そして、そこから4方に別れた大型の施設を、各国の代表達がそれぞれ宿泊していた。

その内の1つに向かう馬車に揺られながら、現在のモルステッド王国国王について考える。

『ダンテ・フォン・モルステッド』

先王、『シン・フォン・モルステッド』が数年前に急死。病死とも暗殺とも噂されているが、嫡男である彼が後を継ぐのは道理であった。

しかし、血筋以外において彼が『相応しい後継者』かと問われると、多くの人が首を傾げる。

べつに、現国王が特別無能という噂を聞いた覚えはないのだ。ただ、先王があまりにも優秀な人だったらしい。

戦においては常勝無敗。数万の軍勢を率い、自らも馬に乗って前線を駆ける猛将。そして政においても高い才覚を示し、外交や貿易において多大な功績を遺した……と、されている。

そんな先王は、当然ながら家臣達から、そして王国全体から尊敬と畏怖を集めていた。

しかし現国王からは、家臣や民衆の心は離れていっている……らしい。

モルステッドの各貴族や各派閥から帝国北部への攻撃こそあったが、大規模な動きを見せたのは、帝都で起きたホーロスとの戦いのみ。

それも結局すぐに撤退したのもあって、ギルバート侯爵を始め、帝国の上層部は現国王……ダンテ・フォン・モルステッド国王の能力を疑問視している。もしや、国家として統制がとれていないのではないか、と。

この考えを帝国の慢心だと言われれば、否定もできない。しかし、逆に間違いであると言える材料もない。そのため、やはり現国王は無能なのではという噂が、国内外で流れているのである。

王になって数年で目立った成果を出せ、というのも個人的に無茶な話とも思うが、世間はそれを求めている。

何より、王になる前から、クリス様と違って政治の場から露骨に弾き出されていたわけではない。準備期間はあったはずなのに、という声も多数あった。

結論。びっくりする程、良い噂をきかない。それがモルステッド国王である。

はたして、そんな人が自分を呼びつけて何を語るのやら……。

嫌な予感が胸中を渦巻く中、馬車は彼の宿泊する施設に到着。玄関にいた兵士達に入念なボディチェックをされて、中に通される。

今回、武器らしい武器は持ってきていない。どうせ没収されるし、このタイミングで暗殺しようとしてくる程のアホではないだろう。

万が一荒事になっても、相手が『黒蛆』レベルなら素手でも脱出は可能だ。

問題は、ガルデン将軍クラスの刺客がいた場合だが……そこまで考えだしては、きりがない。

内心は別として、見た目だけでも堂々と通路を進む。

執事らしき人物に案内され、建物の奥へ。そして、元はこの施設の長が使っていたのだろう部屋の前で止まった。

「陛下。ストラトス男爵をお連れしました」

「おう。入れ」

「失礼します」

乱暴ながら許可が下りたので、執事がゆっくりと扉を開け、中へ入るように促してくる。

入室前に一礼し、自己紹介してから足を前に動かした。

そして、ちょっとだけ目が眩みそうになった。無論、物理的に。

ギ(・) ン(・) ギ(・) ラ(・) である。キンキラを通り越して、室内のあちこちがギンギラなのである。

元は無骨な印象があったのだろう部屋が、華美な装飾品があちこちに飾られて眩しいことになっていた。

壁際に配置された、護衛と思しき兵士達の装備も無駄に装飾が多い。実用性など度外視で、式典用の装備だとしても過剰だろうと、ツッコミたくなる。

ハッキリ言って、趣味が悪い。

あまりの光景に唖然としそうになったが、なるべく自然な動作で片膝をつく。

「お招きいただき、ありがとうございます。モルステッド国王陛下」

「うむ。よく来た。顔を上げることを許そう」

頭上から、野太い声が降ってくる。

「はっ。しかし、私のような者が御身の姿を拝謁する栄誉を賜っても、よろしいのでしょうか」

「この俺が許可しているのだ。顔を上げよ」

「はっ。ありがたき幸せ」

片膝をついたまま、顔を上げる。

無骨な机には赤い布が被せられ、その上には金色のベルや置物が載せられている。

「なんだ。人竜と呼ばれるからどれだけの巨漢かと思っていたら、存外普通の見た目をしているのだな」

彼が、モルステッド国王なのだろう。

真っ白な肌に、薄い茶髪。茶色がかった瞳の大男だ。以前見た肖像画と、ある程度一致する。

武人らしい体つきの彼は、厚い胸筋を張ってこちらを見下ろしていた。

「本当に、貴様があの『血濡れの銀竜』や『帝国の人竜』と呼ばれているのか?別人を寄こしたのではあるまいな?」

「意外と普通な男とは、よく言われます。そのような過ぎた二つ名で呼ばれる度に、もっと精進しなければと己を叱咤しております」

「ふん……まあ、一応信じてやろう」

髭の生えた太い顎を掌にのせ、頬杖をつきモルステッド国王は続けた。

「貴様を呼んだのは他でもない。帝国から『搾取』されている貴様に、俺に仕える権利をやろうと言う為だ」

「……それは、また」

直球過ぎて、返事に困る。というか、『搾取』って。言葉を選ばないにも程があるだろう。

困惑する自分に、モルステッド国王は頬杖をやめ『くわっ』と目を見開いた。

「何を迷う必要がある!帝国は今、巨大な泥船と化しているのだぞ!」

興奮した様子で、彼は大仰に両手を動かした。

「我がモルステッド王国と、スネイル公国!ついでにオールダーとかいう小国も含めて、3つの国家と戦争中なのだ!帝国の完全敗北は近い!ホーロスの『負け犬』どもがつけた傷も、浅くはあるまい?」

たぶん、身振り手振りで地図を空中に描こうとしているのだが、分かりづらい。

話の流れから、何がしたいのかはギリギリ理解するけども。

それと……いや、ホーロスの評価について、語ることはない。客観的に見て、あの国を良く言える所もないだろう。これは、個人的な問題だ。

「お前は中々に優秀な奴だと聞く。そこで、だ。俺の下につけ。そうすれば、今の領地は安堵してやってもいい。家の爵位も伯爵のままだ。悪い話ではあるまい?」

「……ありがたいお話ではあるのですが、謹んで辞退させていただきます」

「何故だ!?」

ドン、と。モルステッド国王が机を殴りつける。

「ぬぅ……貴様、この俺を相手に褒美を吊り上げようと考えているのか?よかろう。今後の働き次第では、侯爵にしてやっても良い。無能であると判断すれば、当然この話はなしだ。どうする?」

「……いえ。私は皇帝陛下に忠誠を誓った身、あのお方を簡単に裏切ることなどできません」

色々と言いたいことがあるが、とりあえず無茶苦茶過ぎる勧誘話は蹴っておいた。

まさかモルステッド国王も、これで自分が本気で『転ぶ』とは思っていないだろう。真意はなんだ……?

必死に脳みそを回転させるこちらを余所に、彼は顔を真っ赤にして唾が飛ぶほど声を荒げた。

「ぬかせ!この 業突張(ごうつくば) りが!なにが『忠誠』だ!そんなもの、この世のどこにもありはせん!」

……今、国王が言っちゃいけないことを言ったような。

流石に聞き間違いかと思いたいが、確かに聞こえた。国王が、臣下の忠誠など存在しないと言ったのである。

いや……それが正しいのかは置いておくとして、初対面の貴族や周囲の護衛がいるのに、建前を放り出すのはどうなのか。

「嘘ではございません。それに、帝国が窮地なのは事実。されど、それは私や他の帝国貴族達が、クリス陛下をお支えし乗り越えて」

「黙れ!どうせ、貴様も俺のことを『けち臭い』と思っているのだろう!」

いや、ケチとまでは思っていないが。若干ヒステリー気味だとは、思っているけど。

これでは、交渉もなにもない。自分側も、これ以外の対応などできないのである。

もっと搦め手を使ってくると思ったが、あまりにもストレートかつ雑過ぎる勧誘だ。逆に、これ自体が何かの作戦かと思えてくる。

もしもこれが演技だとしたら、アカデミー賞ものだ。しかし残念なことに、彼が役者なのだとは思えない。

血走った目で、モルステッド国王はこちらを睨みつけている。興奮で汗が噴き出たのだろう。化粧が崩れ、目の下のクマが少しだけ見えていた。

疑いようなどない。彼は、強いストレスから正常な判断力を失っている。

「まどろっこしい!何が欲しい!言ってみろ。叶うかは別として、発言を許してやる!どんな強欲な願いがあるか、聞いてやろうではないか!」

「願いと言われましても。どのような条件であれ、私がクロステルマン帝国を裏切るなどありえません。御身にそこまで評価していただけたのは嬉しく思いますが、この話はどうか、ここまでとさせていただきたく」

「っ~!貴様、わかっているんだろうなぁ……!」

再び頭を下げた自分に、憎しみのこもった声が浴びせかける。

「お前は明日、悪魔と契約したとして処刑されるのだ……!この俺に従うのならば、教皇に減刑するよう交渉してやっても良いのだぞ……!いいや、それ以前に。この建物から生きて出られると思っているのか……!」

「お言葉ながら。この身をここで害したところで、貴国のお立場を悪くするだけかと。そして明日の魔女裁判においては、正しき判決が下されると信じております。ご心配には及びません」

「この……!……ふん。どうやら、底抜けのバカであったようだな」

苛立たし気に、椅子へ座り直す音がする。

「もういい。明日が貴様の命日だ。何をとち狂ったか、観覧席まで用意したそうだな?そこから、貴様の死ぬ姿を眺めてやろう」

冷淡な声でそう告げた後、彼はベルを鳴らしたのだろう。チリンチリンと音がし、すぐに部屋の扉がノックされた。

「陛下。お呼びでしょうか」

「この業突張りな間抜けをつまみ出せ。これでも貴族だ。丁寧にな」

「はっ。どうぞこちらへ」

やってきた執事に促されて立ち上がり、モルステッド国王に再度一礼する。

「ええ。それではモルステッド国王陛下。これにて私は失礼いたします。明日の魔女裁判を、どうかお楽しみください」

「ぬかせ。どうせ、直前で逃げ出すのであろう?お前のようなやつはいつもそうだ」

その言葉には答えず、執事の後を歩いて建物を出た。

何とも、強烈な人であった。まさか、初対面であそこまで強欲扱いされるとは。いや、確かに自分は欲深い人間である。それは否定できない。

だが、アレが現在のモルステッド国王……失礼ながら、王者の風格というものを、まるで感じなかった。

自分がこれまで出会った国のトップとは、ノリス国王であり、ホーロス夫妻であり、アナスタシア女王であり、クリス様である。

全員が、方向性の違いはあれど才能に溢れた傑物達だった。能力がよくわからないティキ国王も、最期に会った際、王者に相応しい瞳をしていたのを覚えている。

だが、彼は……モルステッド国王には、権力よりもカウンセリングが必要ではないのか。そう思える様子であった。

この世界、この時代において、カウンセラーという職業はないし、理解もされないであろう。

何が彼をああしてしまったのか。その理由はアレコレ浮かぶものの、大して関りのない自分が勝手に語って良いことではない。

ただ、かつて父上がモルステッド国王を『哀れな人』と評した意味が、何となくわかった。

なお、宿に帰ったらフル装備の親衛隊を連れたクリス様が待ち構えていた。

無事に戻ってきた自分に喜んでくれるのは良いのだが……あの、本当にこのタイミングで武力衝突はやめてくださいね?

あと、シルベスタ卿も止めてください。『政治にはあまり口出ししたくありません』じゃないのよ。

石油やら石炭やら要求しているので、帝国に搾取されている気はない。ないのだが、若干振り回されている気はする。

モルステッド国王に文句を言ってくると息巻くクリス様に、後日にしてくださいとお願いするのは、とても大変だった。

* * *

そして、処刑の時間がやってくる。魔女裁判ではない。アナスタシア女王からの、呼び出しである。

いや、本当にさぁ……僕は帝国の貴族で、伯爵家とは言え次期当主。現在はただの男爵でしかない。そんな奴を、敵国の王様がホイホイ呼び出さないでほしい。

しかし、断るのも失礼だし、何より今回の相手は後が怖そうだ。クリス様から、『いざとなったら突入するからね!』というありがたくも恐ろしいお言葉を聞きつつ、女王が寄こした使いの馬車に乗って彼女の元へと向かう。

意外なことに、通された先はオールダー陣営が宿泊している建物ではなかった。

夜空に輝く星々に照らし出された、美しい花園。この街の憩いの場だったのだろうそこが、彼女に呼びされた場所だった。

花園の一角にある、 四阿(あずまや) 。白を基調としたそこに、黒い軍服姿のアナスタシア女王が待っている。

「やあ、よく来てくれたな。人竜よ」

この場に、護衛の姿はない。それどころか、使用人すらも見えなかった。

ちょっとした民家ほどもあるこの四阿内には、現在中央に白い机と椅子が2脚。そして、角のあたりにティーポットやカップ等が載った銀色のワゴンのみ。誰かが隠れられるスペースはない。

屋根の上や裏にもいないはず。これは……。

まさか、2人きりで会うことになろうとは。『血濡れの銀竜』とまで呼んでいる相手に、随分と豪気なものである。

「お呼びいただき、恐悦しご───」

挨拶をしながら片膝をつこうとした自分を、彼女は手で制してきた。

「そう畏まるな。私が招いた側だ。楽にしてくれ」

そう言って、掌で椅子まで勧めてくる。

柔らかい声音に、爽やかな笑顔。逆に恐怖心を抱くのは、自分が小心者だからだろうか。

背筋を嫌な汗が伝う中、深く一礼する。

「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」

「ああ。今お茶を入れよう。少し待っていてくれ」

着席した自分に背を向け、お茶の準備をするアナスタシア女王。

よどみなく支度を済ませ、彼女が戻ってくる。ソーサーの上に置かれたカップの中身を見て、少し驚いた。

「これは……」

「コーヒーだ。帝国ではあまり飲む者が少ないらしいが、個人的にはお気に入りでね」

コトリ、と。小さな容器が2つ、目の前に置かれる。

「砂糖とミルクだ。そのまま飲むと、苦い飲み物だからな。好みに合わせて調整してくれ。貴殿の舌に合うと良いのだが」

「はっ。ありがとうございます」

香ばしいコーヒーの香りが、鼻腔をくすぐる。そう言えば、今生では飲んだことがなかったかもしれない。

チラリとアナスタシア女王の方を見れば、彼女はまず香りを楽しんだ後、砂糖とミルクを少しずついれてスプーンで軽くかき混ぜている。

「なに。作法は気にしないでくれ。私もあまり気にしない。うちの軍にその辺り厳しい者もいるんだが……今日は無礼講といこう」

音もなくスプーンを置いて、女王は一口コーヒーを飲む。

そして、ほうっ、と息をついた。

「最近は夜も寒くなっている。こんな時間に、こんな場所へ呼び出した謝罪もあるのだ。どうか、温かいうちに飲んでくれ」

「……はい」

彼女のまねをするように、砂糖とミルクを少しずついれて、スプーンでかき混ぜる。

まだ少し苦かったが、それでも久々のコーヒーの味に、少しだけ落ち着いた。

そう言えば、前世ではよく飲んでいたっけ……。

「ふふ……ストラトス家はオールダーとも地理的に近い。もしや、以前にもコーヒーを飲んだことがあったかな?」

「……ええ。随分と昔ですが」

「大袈裟な。お互い、昔と言えるほど長生きはしていまい」

軽く肩をすくめて苦笑し、彼女はソーサーにカップを置く。

「今日は大変だったそうじゃないか。モルステッド国王に、呼び出されたと聞いたよ」

「……ご存じでしたか」

「貴殿の主君が、大慌てで親衛隊を引き連れて街中を馬で駆けて行ったからね。勇者教もうちも、もしやここで戦う気かと身構えたよ」

「……お騒がせして、申し訳ございません」

「いや。ああいう空気は嫌いじゃない。それに、あの方は少々怒りっぽい所がある。クリス陛下が心配するのも無理はないさ」

くつくつと笑い、アナスタシア女王が笑う。

「さて。おおかた、モルステッド国王には『教皇聖下に助命嘆願をしてやるから、代わりに我が臣下となれ』とでも、言われたのだろう?」

「……あまり広めてよい内容ではございませんでしたので、ご容赦を」

「わかっているとも。しかし、貴殿が彼の誘いに頷かなくて安心したよ」

胸の下で腕を組み、不敵な笑みを浮かべたまま彼女は続ける。

「せっかく人竜が明日、『奇跡』を起こして生還するのだ。どんなショーが見られるか、楽しみにしているのだよ、私は。それが台無しになったら、泣いてしまうところだった」

あまりにも、自然な様子で語られた言葉。

それに肩が跳ねてしまったのを自覚し、急いで冷静さを取り戻そうとする。

「……アナスタシア女王陛下は、明日の魔女裁判が失敗に終わるとお考えなのですか?」

「貴殿と少し話しただけで、そうだろうと確信した。人竜、と。私も皆もそう呼んでいるが……死ぬとわかっている場所を、ああも祭りの舞台にするわけがない。そういう人柄だとわかったからね」

彼女の猛禽類を彷彿とさせる瞳が、真っ直ぐにこちらを射抜く。

まるで心の内側まで覗かれているような寒気を覚える自分に、甘ったるい声がかけられた。

「クロノ男爵。貴殿は間違いなく優秀だ。武功だけでも、兵器開発だけでもない。私は貴殿の、領地を富ませる技術にこそ感服している。御父上の、カール伯爵の力もあっただろうが、むしろそういう所も素晴らしいと思っているよ。自分1人で万事を回そうとする輩より、余程ね」

女王の赤い唇から、目が離せない。

これは恐怖か。それとも色香か。あるいは緊張か。

全てが正解であり、全てが間違っているように思える。それらを同時に満たしたこれは、あえて言うのなら。

「私はね、クロノ男爵。貴殿は英雄の魂も、怪物の心も持っていない。ただ優しく大人しい気質の人間が、神代の英雄がごとき力と知識を持っている。そうなのだと、思っているんだ」

『カリスマ』

ノリス国王にも感じた、眼前にいなければわからない不思議な感覚。形容することができない、不可視の魅力。

それに飲まれまいと、膝の上で拳を強く握る。

「だからこそ、私から君にする提案は、モルステッド国王とは異なるものだ。そして、クリス陛下では与えられないものだろう」

アナスタシア女王がゆっくりと立ち上がり、こちらへと歩み寄ってきた。

咄嗟にこちらも立とうとするが、それよりも先に。

「は……?」

女王が。あのアナスタシア女王が。

跪いた。ただの貴族でしかない自分に。彼女の兄の仇に。

片膝をついた彼女が、膝の上で握りしめていたこちらの手にそっと触れる。

あまりにも自然な動作に、硬く閉じられていた指はあっという間に解されてしまった。

まるで、物語の王子様がお姫様にするように。アナスタシア女王はこちらの手をとって見上げてくる。

「現在、私はオールダー王国の国王代理に過ぎない。甥達が成長するまでの繋ぎだ。しかし、その上で言おう。なんせ、彼らからこの提案について、賛同は得ているのだから」

不敵な笑みではない。真剣な、ひたすらに真摯な思いを乗せて、彼女は告げる。

「私の夫となれ。そうすれば、貴殿には2つの道を与えられる。1つは、覇王となって大陸を統一する道を。もう1つは、王配として静かに、穏やかに暮らせる道を」

国をやる。あるいは、平穏をやる。

この大陸において、本来なら長く険しい道であろうそれらを。

英雄にして魔王である女王は、交渉のテーブルに乗せた。