軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十八話 殺害予告?

第八十八話 殺害予告?

頭を押さえつけられるような圧力。それを全身から放つ女王は、驚く程柔らかい声をこちらにかけてきた。

「そう畏まるな。面を上げよ。立ち上がれ。貴殿は我が配下でも、同盟者でもない。全身全霊で互いを食い合う関係だ。そうだろう?人竜よ」

「しかし」

「二度は言わん」

ぴしゃりと浴びせられた言葉に、肩が跳ねそうになる。それをどうにか堪えて、小さく頷いた。

「……はっ」

ゆっくりと立ち上がり、視線を彼女へと向ける。

アナスタシア女王は、不敵な笑みでこちらを見上げていた。女性としては比較的背が高いのだが、その発せられる覇気と比べると小柄に感じる。

人の身に怪物が巣くっているような、そんなアンバランスさが彼女にはあった。

できるかぎりポーカーフェイスを維持する自分に、女王はくつくつと笑う。

「年頃の女らしく、新しい服に浮かれて街へと繰り出してみれば……出会いというやつは、どこに転がっているかわからんな」

「……そうですね、アナスタシア女王陛下」

「おいおい。そこは、私の今の服装について言及し、話を広げるべきだろう?これでもまだ17の乙女なんだ。紳士的な対応を求めたいものだな」

軽く手を広げて、肩をすくめてみせるアナスタシア女王。

……そう言えば、彼女は17歳だったか。

なんとも、末恐ろしい話だ。自分には魔王の幼体か何かにしか思えん。

「これは失礼しました。随分と勇壮な印象を受ける服を皆さん着ていらっしゃいますが、それはどこで手に入れたのですか?」

「ふふふ。似合っているだろう?我が国とスネイル公国が1つになった証として、揃いの服を用意しようと思ってな。新しく仕立ててみたのだ。良いデザインだろう?」

そう自慢気に語る彼女の衣服を、改めて観察する。

あえて言うのなら、旧ドイツ軍の服装に似ていた。しかし、細部が随分とアレンジされている。金色や銀色の装飾が増え、全体的に派手だ。

「ふっ……服の感想を寄こせとは言ったが、あまりレディの体を無言で見つめてくれるな。照れてしまうじゃないか」

「……失礼しました」

まったく恥じらう様子もなく、不敵な笑みのまま自身の体を抱きしめる女王に、淡々と謝罪する。

彼女のスタイルが抜群なのは認めるが、それはそれ。これはこれだ。

この人物を前に、色香で脳を鈍らせている余裕がない。

「そう言えば、そこの者達と何を話していたのだ?」

彼女の猛禽類じみた瞳が、フィリップ司祭達に向けられる。

彼らは大量の冷や汗を掻きながら、片膝をついた姿勢でただただ無言のまま地面を見つめていた。

「フィリップ司祭達とは、少々宗教談義をしておりました。実りある会話ができたと、思っています」

「ほう。それは素晴らしい。あいにくと、私は宗教に疎くてな。ついつい俗世のことに集中してしまう。今度、誰かしら神官を城に招くべきかな?」

「それが良いかと。貴女様程の方なら、さぞや徳の高い神官がいらっしゃるでしょうね」

できれば、魔王を退治できる勇者とかが送り込まれて欲しい。せっかく勇者教って名前なんだし。

自分が疑われないタイミングで、突然ぽっくり逝かないかな……この魔王兼英雄な女王様。

「ふむ……」

突然、アナスタシア女王が自身の細い顎に指をあて、無言でこちらを見上げてくる。

カツカツと靴を鳴らして近づいてきたかと思えば、数秒程じっくりと自分の顔を眺めた後。

「……思ったより、普通の受け答えをするのだな」

「……思っていたより普通と言われたのは二度目ですね」

「ほう。それは誰からだ?」

「サーシャ王妃です。ホーロス王国の」

「ああ、あの。彼女は惜しかったな……星の巡りあわせさえ違えば、良い形で歴史に名を遺したかもしれん。帝国は本当に、才能の宝庫だよ」

予想外の言葉に、一瞬だけ目を見開く。

すぐに素知らぬ顔に戻したが、はたして、気づかれてしまっただろうか。

こちらの内心を知ってから知らずか、アナスタシア女王は更に1歩足を前に進めてきた。

体が触れるか触れないかの距離。薔薇の香りをさせながら、彼女は囁くように告げる。

「貴殿に俄然興味が湧いたよ。だがここは場所が悪い。今夜、2人きりでゆっくりと話すとしよう」

「は……?」

今、なんて言った?

今夜?ゆっくり話す?誰と誰が?

……え、新手の殺害予告?

背中から一気に嫌な汗が噴き出す自分から、3歩程距離をとり、アナスタシア女王は余裕に満ちた笑みでこちらの後方を一瞥する。

「貴殿の主が到着してしまった。そちらに向かうと良い。私もこれで失礼するとしよう」

彼女は肩に羽織ったコートの裾をつまんで、顔をこちらに向けながら。

「ではな、人竜。『血濡れの銀竜』よ。貴殿が銀の鱗を纏わぬ姿の時に、また会おう」

そう言って、カーテシーでもするように一礼したアナスタシア女王。

まるで獲物を襲う直前のような瞳から、目を離すことができない。本能的な恐怖が、自分に戦闘態勢を取らせようとする。

「……はっ」

理性でそれに抗いながら、なんと返したものか迷い、当たり障りのない返事をする。

だがそれで満足したかのように、彼女は笑みを浮かべたまま踵を返して去っていった。ホーロス王国の宰相までもが、女王の配下であるようにこちらへ一礼だけして無言で去っていく。

しかし、数歩程歩いた所でアナスタシア女王は立ち止まった。

「ああ、そうそう」

僅かに振り返り、彼女は楽しそうに告げる。

「ロック爺……ガルデン将軍は、この街に連れてきていない。今日明日は、貴殿と喧嘩したくはないのでな」

それだけ言って、部下達を引き連れ去っていく。

いつまでもその背中に視線が引き寄せられそうになるのを感じながら、振り払ってこちらも踵を返した。

女王の言う通り、クリス様達がいらっしゃっていたらしい。慌てた様子で、彼女らが向かってきている。

ケネスを引き連れてこちらからも近づき、なるべく優雅に見えるような動きで一礼した。

「クロノ殿!だ、大丈夫!?怪我はない!?」

「はい。勿論でございます。クリス様も、お元気そうで何よりです」

「いや、ボクのことは良くって!だって今、アナスタシア女王と……」

こちらの肩を掴んで、彼女が強引に顔を上げさせてくる。そのまま頬や額、首筋、胸板などを触り、無事を確認しようとしてきた。

気持ちは凄くわかる。誰だってあんな英雄なのか怪物なのか判別に困るのに友人が遭遇していたら、心配して当たり前だ。

今回ばかりは、ケネスも発作を起こさないぐらいである。それ程の相手だった。

「ご安心ください。本当に、怪我など何もしていません。ただ偶然道端で会ったので、世間話をしていただけです」

「そ、そう?本当に……?」

「はい。ただ……今夜、場所を変えて2人だけでゆっくり話そうと誘われました」

「それは……」

クリス様の顔から、さっと血の気が引く。

「新手の、殺害予告じゃないの……?」

「明日のことを考えると、違うかと……恐らく、ですが」

冷静に考えたら、彼女がここで自分を殺すはずがないのだが。

あの覇気と眼光を思い出すと、頭からバリバリ食われるんじゃないかと心配でならない。

「そ、そのぉ……適当な理由をつけて、行かない方が良いと思うな」

「自分もそう思うのですが……了承したと思える返事を、してしまったので……」

「あちゃぁ……」

クリス様が、素で頭を抱えていた。

最後の方で、返答に困りシンプルに『はっ』だけで済ませてしまったのが痛い。あれでは、2人で会うことに了承したと取れなくもないからである。

囁くような声だったが、近くには人もいたのだ。それが証人に……って。

慌てて、先程まで自分達がいた位置へと振り返る。

今の今まで、フィリップ司祭達の存在を忘れていた。せっかく『ダメ押し』ができたのに、アナスタシア女王の圧力でそれがおじゃんになったかもしれない。

まさかあの英雄魔王、それが狙いじゃあるまいな……!

だが、自分の心配は杞憂だったらしい。

───ギリィ……!

ここからでも、歯ぎしりが聞こえるような形相であった。

彼はしばらくこちらを睨みつけていたが、取り巻きに促されたらしく、クリス様に向かって一礼した後逃げるように去っていく。

「……彼が、例の」

「はい。彼らとも、少々世間話を」

よかった。あの様子なら、『挑発』は十分であったらしい。

これにて、自分の魔女裁判をショーにする準備は整った。後は、明日の本番でミスをしないかどうかである。

練習期間もろくになかったが……どうにかするしかない。

今だけは、舞台役者に弟子入りしたい気分である。特に、大衆の前で噛まずに台詞を言えるコツとか聞きたかった。

「ふぅん……アレが、例のフィリップ司祭」

「はい……はい?」

底冷えするような声に、思わず二度見する。

その碧い瞳に、北極の海を連想させる冷たさを浮かべて、クリス様がフィリップ司祭達の背中を見つめていた。

能面のように無表情となり、そんな冷たい声を出すクリス様など、初めてだった。

流石にアナスタシア女王程の圧力は感じないが、また別種の恐怖が背筋を襲う。

「く、クリス様?」

「……うん。大丈夫。余計なことしないから」

少しだけ顔を横に振って、クリス様がこちらを見上げてくる。

ニッコリと、いつも通りの笑顔。だが、先程の視線が忘れられない。

普段怒らない人が怒ると怖いって、本当だったんだぁ……。

* * *

クリス様とわかれ、とりあえずの宿に向かう。

この街は現在帝国とスネイル公国、どちらの物でもなく、統治者は空白である。それでも、人は生きており経済活動もまた行われていた。

おかげで、貴族御用達という高級宿の一室で、温かい紅茶を飲むことができる。

魔女裁判の被告とは言え、自分はまだ有罪となったわけではない。牢屋に入れられずに済んで良かったと、素直に喜んでおくことにした。

だが、のんびりもしていられない。明日に備えてもう一度……ん?

そう思い、空になったカップをソーサーに置いた瞬間。宿の前が騒がしいことに気づく。

どうしたのかと思っていると、少しして部屋の扉がノックされた。

「若様、ケネスです。急ぎ、ご報告したいことが」

「はい、どうぞ。入ってください」

「失礼します」

部屋に入ってきた老騎士は、真剣な面持ちながらどういうわけか不思議そうに眉を寄せていた。

「どうしたんですか?先ほど入口の方が騒がしかったようですが、何かトラブルでも?」

「いえ、それが……」

少しだけ、言葉を選ぶように視線を彷徨わせた後。

「モルステッド国王が、若様に今すぐ会いたいので、1人で自分の所に来い……と」

「……はい?」

「それと、他の貴族にはこのことを伝えるなとも、使いの者は言っておりまして……どうしましょう?」

「どうしましょう、と言われても……」

モルステッド国王。他の3カ国と組んで帝国へと侵攻し、フリッツ皇子を篭絡して帝都を占領しようとした人物。

そして、今回アナスタシア女王の計略に乗り自分を魔女として訴えた敵でもある。

そんな人が、こちらに『1人で、他の貴族には秘密で今すぐ自分の所に来い』と言っているのか……。

「……ストレートに殺害予告?」

「やっぱりそう思います……?」

意味不明過ぎて、判断に困る。

これが、相手が普通の貴族なら手紙でその意図を尋ねるなり、怪しい奴と無視してクリス様あたりに告げ口するのだが、敵国とは言え国王の言葉だ。

思わず眉間を指で押さえ、小さく唸る。

なんで、こっちは一世一代の『ショー』を明日に控えているのに、王様達はこうも波状攻撃してくるのか。

彼らがこのタイミングで暗殺なんて仕掛けるとは思えない。思えないからこそ、意図がわからなかった。

帝国が彼らに完全勝利し、オールダー王国もモルステッド王国も滅ぶから配慮する必要がない……なんて考える程、自分も平和ボケしていない。

戦に絶対はない以上、今後のことを考えて敵国の王が相手でも、ある程度礼儀正しく対応すべきである。

そうでなくとも、帝国内にはそういった作法に厳しい人は多いのだ。特に、元老院に名を連ねる名門の方々。彼らとも今後は、仲良くしていきたい。主にストラトス家のビジネスの為に。

「……どうしましょうか」

「どうしましょうね……」

ケネスと2人して、乾いた笑いを浮かべる。

父上。早速で悪いのですが、もう既に次期当主としてやっていけるか、不安になってきました。