軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十六話 想定外中の想定外

第八十六話 想定外中の想定外

さて。前回お祭りの準備をすることが決定したわけだが。

別のお祭り騒ぎが、その前にある。

「皇帝陛下の馬車が、お通りになるぞぉおお!」

民衆が、喝采をあげる。

家々から出てきた者達が、やってくる純白の馬車とそれに付き従う兵達を興味深そうに見つめていた。

ストラトスの領都は、子爵家だった頃なら立派と言われるが、伯爵家となった今だとやや手狭である。

それを誤魔化す為、祝砲を上げたり花びらを撒いたり、後は商人達に出店をだしてもらって必死に盛り上げた。

自分がストラトスの領都に戻って、ちょうど10日目。帝都を発って約2週間。クリス様が、対オールダー・スネイル連合に備えて西部にいらっしゃったのである。

そう。このストラトス領こそ、連合と帝国の決戦の地となるのだ。

パレードの終着点。ストラトス家の館前にて、クリス様に深々と頭を下げ、片膝をついた状態で出迎える。

「顔をあげて……顔を上げよ、ストラトス男爵」

一瞬素の声が出かけたが、馬車から降りたクリス様が精一杯威厳を籠めてこちらに声をかけてくる。

それに対し、習わしどおり1回目は柔らかく否定した。

「いいえ、陛下。御身の高貴さを前に、わたくしのような者が首を上げるなどできません」

「構わない。首を上げ、ボクに顔を見せてくれ」

「……はっ。御心のままに」

彼女の許しが出た為、片膝をついたまま背筋を伸ばし、クリス様を見上げる。

すると、彼女は嬉しそうにニッコリと笑みを浮かべた。

「久しぶりだね、クロノ殿。たった2週間しか離れていなかったのに、まるで1年ぶりのように感じるよ。またこうして会うことができて、本当に嬉しい」

「光栄にございます、陛下。わたくしめも、御身の御尊顔を拝することができ、天にも昇るような心地でございます」

「そ、そうかな……!クロノ殿も、そこまで嬉しいんだ……!」

いや、あの。これ帝国貴族のマナー本にも載っている返し……。

頬を染めて照れていたクリス様だが、我に返ったらしく目を見開く。

「……ハッ!?ごほん!ストラトス男爵。それでは、貴殿の館に案内してほしい」

「承知しました。どうぞこちらに」

立ち上がり、クリス様を先導して館へと入る。

民衆の喝采を浴びながら門を潜りながら、うちの騎士達の様子をチラリと確認した。また、痙攣しながら地面を飛び跳ねられたら困る。

しかし、それは杞憂だったらしい。きちんと騎士らしく、精悍な顔で整列している。

……いや、良いんだけどさ。

なんか、こう。あまりにも態度に出過ぎていて、少し恥ずかしい。

全力で営業スマイルを維持しながら、ゆっくりと歩くのだった。

* * *

その後は、形式通りにクリス様達を歓迎し、地元の有力者達を集めてパーティーを開いた。

出迎える相手はクリス様だけではない。軍務大臣に、将軍達。そして彼らの参謀達と、計12名の法衣貴族。

親衛隊はあくまで護衛としての出席であり、騎士服姿ではあるものの、彼女らへの対応もしなければならない。

アレックスには皇帝陛下御一考についてきた兵士や従者達の泊まる場所や食事などをお願いしているので、こっちは大変だ。うちは本気で人手不足なのである。

精神的にヘトヘトになりながら、細かなミスや手違いこそあったものの、どうにか無事に乗り切った。

パーティーの参加者達を見送り、来客用の別館に大臣達を案内する。最後に、クリス様も別館にお連れしようとしたのだが。

「その……できれば、この後話せないかな?」

そう、頬を少し染めながらお誘いがあった。

どういう意味だと一瞬迷ったのだが、すぐに彼女はわたわたと手を振るう。

「あ、いや!情報共有!あんまり大声でできない話もあるから!それだけだからね!?」

「なるほど。承知しました、クリス陛下」

大声でそんなことを言う彼女に、つい苦笑してしまう。

なお、警備にあたっていたレオの顎がゴリッとケツ顎化したが、見なかったことにした。

魔法のある世界だし、ストレスが顎に出る人間もいる。そういうことだ。

場所を移し、クリス様がお泊りになる部屋に。別館の最上階。大臣同様、ワンフロアをそのまま彼女に貸し出す。

執務室代わりに使ってもらう予定の部屋にて、クリス様と机を挟んでソファーに腰かけた。他には、シルベスタ卿のみがいる。アリシアさんは他5名の親衛隊と共に、城で留守番らしい。クリス様の私室等も、警備しなければならないから、だそうだ。

「改めて、久しぶり。クロノ殿。元気だった?」

「はい。クリス様こそ、お元気そうで何よりです」

「うん。でも、やっぱり少しだけ寂しかった……かな」

苦笑を浮かべながらそう言った後、彼女は表情を引き締める。

「早速だけど、本題に入ろう。クロノ殿の魔女裁判の日取りが決まった。ただ、その……」

「何かあったのですか?」

「……場所は、スネイル公国とクロステルマン帝国の国境付近。ストラトス領から、少し出たところになる」

「なるほど……やはり、完全にこちらのホームで、とはなりませんか。しかし、元より武力での解決は望んでいません。『仕込み』はできる場所です」

「それが、問題なのは出席者の方なんだ」

クリス様は一呼吸挟んだ後、重々しくこう言った。

「教皇聖下が、ご出席なされる」

「それは……!」

自分は、あらかじめ彼女とジョン大司祭に『なるべく高位の神官に出席してほしい』とはお願いしていた。

しかし、まさか勇者教のトップが来るとは……。

「ジョン大司祭が、根回しを張り切り過ぎたかもって言っていたよ。どうやら、聖都はそれだけ魔女狩りを再開したいらしい」

「そうも前のめりにやってくるとは……たしか、聖都では若い神官達が最近血気盛んだと聞いておりますが」

「うん。どうも、フィリップ司祭を始め多くの司祭達。中には、比較的若い大司祭までもが、魔女狩りを望んでいるそうなんだ。名目は、『大陸中で戦争が激化しているのは、悪魔と魔女のせいだ』ってことらしいけど……」

「……ジョン大司祭から、現在若手の司祭達が聖都の外での生活に、憧れを持っていると聞きました。もしかしたら、それが関係しているかもしれません」

司祭とは決して簡単になれる地位ではない。実家からの『 お布施(わいろ) 』や、先達の『 導き(コネ) 』。そして本人の『魔力』等。色々な要素が必要である。

しかし、それでも聖都内で好き放題できる地位ではないのだ。なんなら、若い司祭達は、先達の司祭や大司祭達から顎で使われているかもしれない。

そんな彼らが聖都の外へ出られるのは、巡礼等の仕事の時のみ。一応実家で誰か亡くなった時などは帰ることもできるし、後継がいない場合などはそのまま世俗に戻る場合もある。

だが、大抵は一生を聖都で過ごすのだ。

そういう事情は同情するが、だからと言って魔女狩りを許すことはできない。個人としても、ストラトス家の者としても。

「……わかりました。しかし、ある意味好都合かもしれません。実は───」

「待って、クロノ殿。続きがあるんだ」

自分の魔女裁判でやる予定の『奇跡』について説明しようとしたが、クリス様が手を前に出して遮った。

彼女の白い肌に、一筋の汗が伝う。

「出席するのは、教皇聖下だけじゃない」

「……?はあ。いったい、どなたが……?」

教皇以上のビッグネームなど、この大陸にはいない。それこそ、聖書の中の勇者アーサーぐらいである。

だというのに……いや、まさか───ッ!

「アナスタシア女王。スネイル公国の宰相。そしてモルステッド国王が、出席を表明している」

「……なんと」

どうにか、一言だけ絞り出す。

帝国がことを構えている敵国の、主要人物が一堂に会するというのか。

元々クリス様が魔女裁判の際に現地へいらっしゃる予定だったので、場所的にスネイル公国あたりから相応の身分の者が来るかもとは、思っていたが……。

予想外が過ぎる。どれだけ自分は恨みを買っているのだ。

「クロノ殿。やらないとは思うけど、くれぐれもこれをチャンスとは思わないでね……?」

「勿論です。そのようなことをすれば、帝国内からも反発の声が上がりますから」

権威と宗教をバカにする貴族がいたら、そいつは歴史に残る愚か者だ。

貴族の統治には、権威と宗教が欠かせない。それがなくなれば、途端に反乱が起きる。

教皇が赴いた宗教関連の儀式の場で、敵国の王を騙し討ちなど。あっという間に帝国もストラトス領も内側から崩れる。

父上ですら内心で盛大な舌打ちをしつつ、表向きは笑顔で応対するレベルだ。

「アナスタシア女王は、教皇聖下のいらっしゃる場所で父上の遺体を返還すると言っている。それだけ、皇帝の遺体を大事にしていると示すらしい」

「自分には、保険の類に思えますが……」

「ギルバート侯爵もそう言っていたよ。万が一にも、帝国側に手を出させない為だろう、って。それだけ、クロノ殿は警戒されているんだと思う」

「……敵国から恐れられるのは、武人の誉だと思っておきます」

野蛮人通り越して、人の道理が通じない何かだと思われていないか、もはや。

いや、それ以外にも、『先帝の遺体を大事にすることで、返還金に色をつけろと要求している』ともとれるか。

何にせよ、アナスタシア女王はコーネリアス前皇帝を骨まで利用する気らしい。

別にそれは良いが、ますます自分の魔女裁判が大事になるな。

「もしも魔女裁判でクロノ殿が有罪とされたら、帝国内の混乱すら君のせいにされかねない。いや、下手をすると教皇聖下が、無理矢理有罪を言い渡すかも……そうなったら、どれだけ弁明しようと……」

「教皇聖下のお言葉は、勇者教の総意と言っても過言ではありませんからね」

本当に、彼が出てくるのは予想外である。

はたして、若手神官達の後押しだけが理由だろうか?

自分には、裏で教皇を引っ張り出した何者かがいるように思える。

フィリップ司祭?否、彼にそこまでの手腕とコネはないだろう。今回の件でその名前が挙がったのは、偶然できた自分との縁ゆえだ。

スネイル公王?否、確かに彼の実績を考えればあり得るが、彼はあちこちに恨みを買い過ぎている。直接聖都と交渉するには、返り血を浴びすぎた。表にはほとんど出ていないが、裏では教会すら血で染めている。

モルステッド国王?否、彼の実績はハッキリ言って良くない。先代の国王は傑物だったらしいが、後を継いだ彼は凡愚だと誰もが言っていた。父上は、会ったこともない彼を憐れんですらいた程である。

神官達を言いくるめ、スネイル公王の人脈まで利用し、モルステッド王国まで巻き込んだ策略。

確証はない。自分が持ちうる情報など、大半が他人の口から得たものだ。判断するには、何もかも足りない。

だと言うのに、とある名前が頭に浮かんで離れなかった。

アナスタシア・フォン・オールダー女王。

彼女が、教皇を聖都から引きずり出し、その腕を掴んで自分に鉄槌を下させようとしている。そうとしか、思えなかった。

もはや『ノリス国王の妹君』、ではない。

アナスタシア女王という、1人の『英雄』がこの身を全力で殺しにきているのだ。

背中を、嫌な汗が伝う。

顔も直接見たことがない相手だと言うのに、まるで彼女がこちらの背後に立ち、首筋へ剣を当てているようだった。

兄の遺品であろう、あの自分を殺しかけたレイピアを持って。

「クロノ殿……?」

クリス様の心配そうな声に、ハッとする。

背中どころか額からも汗が流れるのを感じながら、口元を左手で覆った。

「失礼しました。あまりのことに、動揺してしまい……」

「いや、良いんだ。こんなの、冷静でいられる方がどうかしている」

「はっ。いえ……はい」

全て自分の想像に過ぎない。それに、実際に聖都と交渉したのがアナスタシア女王というだけで、絵図を描いたのはスネイル公王の可能性とてある。

だから、語るべきことではない。ないが……。

まるで心臓に針を刺されたように、本能が警鐘を鳴らしている。

オールダーとの戦……やはり、簡単には終わらないだろうな。

「クリス様」

「なに、クロノ殿。その、もしもどうにか裁判を延期したいということなら、ボクも全力で」

「いいえ。予定通り、魔女裁判は行っていただきたく思います。教皇聖下と、各国の王達。そしてクリス様が特等席にて見守る中、司祭達の手でこの身に銀の弾丸で撃ってもらわねばなりません」

「な、なるほど。クロノ殿の頑丈さで、銃弾を跳ね返すんだね!」

「恐らく、弾丸を生身で受ければ血が流れます」

「え……」

クリス様の顔から、血の気が引く。

「前に銃の暴発で怪我をしたことがあります。骨までは届かないでしょうが、火薬の量次第では銀の弾丸でも皮膚を裂くことは可能かと。肉も少し抉れるかもしれません」

「そ、そんな!銀の弾丸で撃たれることで無罪を証明するのに、血が流れるんじゃ、相手の主張が正しいみたいじゃないか……!」

「ええ。ですので」

ニッコリと、笑ってみせる。

未だに姿も知らぬ英雄の殺意に怯えながら、それでも口角をつり上げた。内心でどれだけ怯えていようとも、ストラトス家の次期当主として。相応しい顔を浮かべてやる。

「飛びっきりの、『死装束』にて。奇跡を起こしてみせましょう」

アナスタシア女王。貴女が兄の仇にして、王国の宿敵として自分を見るのなら。

こちらもまた、貴女を打倒すべき強敵として迎えうとう。

……に、逃げてくださっても構いませんからね?女王陛下。いや、ほんと。マジで。