軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十一話 今日のストラトス家

第八十一話 今日のストラトス家

帝都を発って、3日。自分達は遂に、ストラトス領の土を踏むことができた。

そこから更に1日かけて、のんびりと領都まで移動。その道中で気になったのは、商人の行き来がやけに多いことである。

アイオン伯爵の街道封鎖の反動かもしれないが、それにしても多い。戦争が近いから中央に逃げようとしているのかとも思ったが、逆に中央からストラトス領に大量の荷物を載せて移動するキャラバンも見かけた。

更に、アイオン伯爵領なのだが……危険を承知で少しだけ様子を見に立ち寄った結果、ストラトスの旗を掲げているうちのハーフトラックに、子供達が元気に手を振ってきたのは驚いたものである。

大人達も特にそれを止める様子がなく、領主を討ち取ったはずなのに何故か住民からの好感度が高いようだった。

聞くことが増えたと、首を捻りながら屋敷へと向かい。

「マイ!ラブリー!サン!ク・ロ・ノぉおおおおお!!」

自称重傷患者の父上が、それはもう元気な様子でこちらに手を振っていた。

この人、身内相手とは言え小指の甘皮程も怪我のことを誤魔化す気がないな?

父上の他にも姉上やアレックス達使用人が屋敷の前に並んでおり、自分達を出迎えてくれる。

「ただいま戻りました。父上、姉上」

「よくぞ帰ってきたクロノぉ!パパ、パパ、お前が心配で……!」

「お帰りなさい。無事なようで何よりだわ」

「お二人こそ、無事な様子で安心しました」

男泣きする父上の隣で、姉上がいつも通りな様子でその長い金髪をファサリと掻き上げる。

続いて、視線をアレックス達に向ける。

「皆も、よく父上を支えてくれた。感謝する」

「はっ。我ら一同、若様のお帰りを心からお待ちしておりました……!」

なにやら感極まった様子で、アレックスがこちらを見ている。

……これは、もしや気づかれているのか?それとも、ケネスが早馬で知らせたか。

「それにしてもクロノ!お前は本当に凄い子だ!聞いたぞ、ホーロスの者どもを千切っては投げ千切っては投げの大活躍で……ん?」

こちらの両肩をガッシリと掴み、満面の笑みを浮かべていた父上だが───。

「女の臭いがする」

一瞬で、その顔から表情が消え去った。

……間近で見ると、やはり迫力があるな。

あふれ出す濃密な殺気。それとは裏腹に、父上は再び柔らかい笑みを浮かべて、こちらの肩を優しく撫でてくる。

「大丈夫か、クロノ?なにか、酷いことをされたんじゃないか……?もし良かったら、パパに教えてくれるか……?」

「……そうですね」

小さく深呼吸をしてから、父上を見つめ返す。

どちらにせよ、いつかは伝えねばならないことだ。ならば、今ここで……。

四肢に力を入れ、いつでもこの人を止められるように気合を入れた。

「グリンダと、正式にお付き合いすることになりました」

瞬間、時間が止まったかのように父上が停止。

すぐに再起動し、笑顔のまま小さく頷く。

「なるほど……」

そっと、彼はこちらの肩から手を離した。むせる程の殺気が急速にしぼんでいく。

だがそれが、爆発の予兆であると長年の経験から自分は知っていた。

怒りと悲しみでぐちゃぐちゃになった顔で、弾かれたように屋敷へ戻ろうとする父上。そうはさせまいと、即座に組み付いて止める。

このまま放置したら、フルアーマーカールが領内に解き放たれる!

「父上!話を聞いてください父上!」

「いやぁああ!クロノが汚された!試作品の『ガトリングガン』を持ってこなきゃ!あと槍!誰かぁ!俺の馬をつれてこい!!ついでにグレネードぉ!」

「愛し合っているんです!認めてください!」

「洗脳されている!クロノが洗脳されている!グリンダを殺せぇええ!」

「ちょ、力つよ……!」

ドラゴンと力比べしたこの身ながら、徐々に、しかし確実に父上が前進する。

純粋な膂力では勝っているはずだ。これは重心の移動と、力を入れるタイミングの緩急を利用した技術。やはり、凄い人である。

その凄い部分を、こんな所で発揮しないでほしい。

優秀さと醜態を同時に見せる父上の前に、姉上が立ちはだかった。

「お父様」

「フラウ!?フラウ、お前からも何か言ってやれ!お前の愛する弟が、グリンダに誑かされてしまった!」

「私、早く『王子様』の所へ行きたいのだけれど。だから無駄に騒がないでくれる?」

「……こひゅっ」

「王子様?」

父上が脱力し、ガクリと気絶する。

死んだふりならぬ気絶したふりかもしれないので、きっちり関節を 極(き) め彼の技術でも簡単に振りほどけない状態にしながら、姉上へと視線を向けた。

「助力、感謝します。姉上。それであの、王子様とは……」

「クロノ男爵!」

こちらの声に被さるように、爽やかな声が聞こえてきた。

そちらに顔を向けると、馬に乗ったイーサンが数名の部下を連れてこちらに向かってきている。

「王子様……!」

「あー……」

普段の鉄面皮はどこへいったのか。姉上が恋する乙女全開の顔で、イーサンを見つめている。

どうやら、想定以上に自分達の思惑は上手くいったようだ。

彼はある程度近づくと、ひらりと馬を降りてこちらに駆け寄る。

「申し訳ございません。出迎えに間に合わず……」

「気にしないでください。元気そうで何よりです、イーサン殿」

「はっ。クロノ男爵もお元気そうで……ですが、何故ご当主様の腕関節をお極めに……?」

「気にしないでください。親子のスキンシップです。イーサン殿」

「若様、鎖をお持ちしました」

「ありがとうございます、アレックス。じゃあ父上を縛っておいてください。詠唱できないよう、猿ぐつわもお願いしますね」

「勿論、用意しております」

「流石ですね。完璧です」

「スキンシップ……スキンシップとは……?」

真剣に考え込むイーサンに、正直安心する。

貴方は、そのまま常識人枠でいてくださいね……。

「そう言えば、武装しているようですけど、何かあったのですか?」

アレックス達に父上を預け、あらためてイーサンに向き直る。

彼は首から下をガッチリと鎧で覆い、脇に兜を抱えている。槍は部下に預けているようだが、僅かに返り血が足についていた。

「はっ!治安維持の為、巡回をしていました。その際、魔物化した猪がいたので交戦。討伐しました」

「それはご苦労様でした」

「いえ。当然のことをしたまでです」

「まあ!魔物と……!?」

一瞬、誰が発言したのかわからなかった。

普段より数段高い声で……前世基準で古臭い言い方をすると、『キャピキャピした声』を出した姉上が、口元に手を当てながら慌ててイーサンに駆け寄る。

「大丈夫だったのですか……?お怪我はありませんか、イーサン様……!」

「問題ありません、レディ。守るものがある限り、戦士とは無敵なのです」

「それでも心配なのです、イーサン様……!貴方にもしものことがあったらと思うと……」

「フラウ様……」

なぁにこれぇ。

実の姉がやっている恋愛劇に、思わず砂糖吐きそうになる。いや、実際に出るのは酸っぱい物なのだが。

望んでいたことではあるが、この短期間でここまで進展するのは想定外すぎる。いったい、何があったというのか。

なお、この光景にグリンダは苦笑を、ケネス達騎士は嬉しそうに涙を拭っている。

そして、アレックス達は誇らしげに堂々と胸を張っていた。彼らは、事情を知っているらしい。

「えっと……とりあえず、ゆっくり休んでください。イーサン殿。その後に、幾つか報告をお願いします」

「は、はい!失礼しました、クロノ男爵!」

「いえいえ」

慌てた様子で帝国式の敬礼をする彼に、笑顔で小さく手を振る。

ついでに、姉上への援護射撃のつもりで言葉を続けた。

「そのうち、貴殿のことは『 義兄上(あにうえ) 』と呼ぶことになりそうですね」

「なっ……!」

瞬く間に顔を真っ赤にして、視線を逸らすイーサンこと義兄上。うーん、これは脈ありどころか脈しかないな。

「もう!クロノったら!あまりからかわないで!」

「はっはっは。失礼しました、姉上。久々の故郷で、口が滑ったようです」

「ま、まだ私達はそんなんじゃないんだからね!」

「はいはい」

───バシィン!バシィン!

姉上。照れ隠しなのは表情と雰囲気からわかるんですが、音と衝撃がやばいです。これ、平民なら肉が弾け飛び、骨が砕け散る威力です。

叩かれた自身の二の腕をそっとさすりながら、少しだけ距離をとった。

おかしいな……帰ってそうそう、親衛隊の本気パンチ並みのダメージ受けたんだけど。姉上こんなに強かったっけ?

愛の力か?愛、凄いな……。

「そ、それでは、すぐに湯浴みの準備をさせますね、イーサン様!……あ、その!ゆ、湯あみと言っても、わ、私はその……」

「落ち着いてください、フラウ様。嫁入り前の令嬢が、その先を言うべきではありません。心配なさらずとも、そのような勘違いはしませんよ」

「そ、そうよね。私ったら……」

「ですが……少しだけ残念なのが、本音ですね」

「っ~!も、もう!イーサン様までからかうんだから!」

「はっはっは!申し訳ありません、レディ」

なぁにこれぇ。

ついさっきと丸っきり同じ感想を抱きながら、去っていく姉上達を見送る。

「よく……父上が今日まで暴れませんでしたね」

「それには、色々と事情がありまして」

互いの健闘を称えるようにケネスと握手していたアレックスが、真剣な面持ちでこちらに向き直る。

「ならば、まずは情報交換といきましょうか」

そして、鎖でグルグル巻きになっている父上へと、視線を向けた。

* * *

ストラトス家、居館。

その地下にある一室で、父上と改めて対面する。

「さて。それでは、お互いに色々と言わないといけないことがありますね。父上」

「うん。それなんだが、先に1つ良いか?我が愛しき息子よ」

「はい。なんでしょうか、我が尊敬する父上」

「あのね」

ガシャリと、鎖の音が鳴る。

「俺、まだ当主だよね!?帝都で引継ぎしていないし、まだ当主のはずだよね!?」

両手両足に枷がされ、そこから伸びる鎖が壁に繋がっている。

口枷こそ外されたものの、磔みたいな体勢の父上が、若干涙目になりながら叫んだ。

この部屋の名前?地下牢って言うんです。斬新ですよね。

そっと、父上にサムズアップを決める。

「グリンダの安全の為に、こうしました」

「酷いよクロノぉおおお!?」

申し訳ないが、隙あらば恋人を殺そうとする父親に対して、まだ情のある対応だと思うのだ。

「というか父上、手紙で結婚を認めると言っていたじゃないですか。なんで、今になって殺意全開になっているんですか」

「……いいかい、クロノ。よく聞きなさい」

「はい」

とても、優しい笑顔で父上が続ける。

「人は、理性だけで動く生き物じゃないんだよ……?」

「ケネス、アレックス。父上の首と腰にも鎖を巻いて、壁に固定してください」

「はっ」

「承知しました」

「待って!?ねえ待ってクロノ!?」

いやぁ……親子の会話って、大変だなぁ。

拘束が追加された父上を前に、小さくため息をついた。

「クロノぉおおお!パパの想いを受け止めてくれええええええ!」

「受け止めるのは鎖がしてくれるので、それで勘弁してください」

「やぁぁぁだあああああああああ!!」

何十年ぶりかに、ストラトス家の地下牢が賑やかになった。

……これ、声の反響で拘束具壊れたりしないよね?