軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第13話 顔をよく見せてくれ

帰りの馬車の中でも、シーナは無表情だった。

でも、今の俺には、それが強張っている顔なのだとわかった。

「何を言われた?」

シーナはそれに対して答えるか迷ったようだった。

「……幸せになれると思うな、と」

けれど、言ってくれた。

俺は一瞬、きっと、女子供からすれば恐ろしい顔をしそうになったが、見せないようにする。

問題は俺の怒りなどではない。彼女が、シーナがどう思っているかがすべてだ。今はただ、彼女が素直に、自分の受けた仕打ちを教えてくれるようになったことだけ受け止めればいい。

しかし彼女の方が、俺の怒りを汲み取ってしまった。

「大丈夫です。旦那様。両親もミラベルも、少し、言葉だとかを間違えることがあります」

「だがっ、君は……それでいいのか?」

「いいんです。旦那様が、守ってくださいましたから」

彼女はあくまで微笑んで、言った。

「わたくしは今、旦那様のおかげでとても幸せです。なんの不満もありません」

嘘は言っていない。

彼女は嘘など言わない。

ただ、本当のことも言っていない。

ずっとそうだった。彼女は一度たりとて、自分の快不快だとか、悲しみや喜びというものを、見せてくれたことがない。

◇◇◇

結婚式での私闘について、騎士団から内々の自宅謹慎処分が下された。

期間はごくごく短期。対象者は俺とエルリックの両方。

事情について詳細は聞かれなかった。表向きには、結婚式の余興が白熱した結果、軍規違反に近い私闘の状況まで陥った。騎士団内部への示威のために、師団長クラスでも罰しておかねばならんだろう、という格好になった。

実際に式に参加した者の感想は、測り知ることはできない。ただ、披露宴で新郎新婦が恥をかかされたらしい、という言い方はされているそうだ。

個人的にはそんなことはどうでもいい。

俺にとってただただ問題なのはシーナだった。そしてシーナにとっては、俺が謹慎処分を受けたという事実の方が重大に思えたようだった。

「たいへん、申し訳ございませんでした。わたくしのせいで、旦那様のお仕事を止めてしまいました」

書斎で仕事をしていると、シーナが訪ねてきて、そういう謝罪をしてきた。

「やめろ。決しておまえのせいじゃない。先に仕掛けたのはミラベルの方だし、謹慎処分を受けたのはエルリックだって同じで──」

答える途中で、言葉が続かなくなった。

「……正直に言うと、俺も少し休みたかったところでな」

そういうことではないのだ、といい加減に俺もわかったのだ。

「少し庭を歩こう。二人で。ちょうどおまえと一緒に、そうしたかったんだ」

いつもの答え方と違ったから、シーナは少し驚いたようだった。

仕事の中断を決める。そもそも今は謹慎処分中だ。

そのまま二人で書斎を出て、陽光の差す庭を歩くことにした。

久しぶりに、本当に久しぶりに歩く別邸の庭は、きちんと手入れが行き届いていた。

思い返せばシーナとマイラが時折、庭の手入れをしているのを見かけた気がする。俺はそういうことを見て、そういうことが行われていることがわかっても、ずっと無頓着だったようだ。

芝生はめいめい好きに伸びるようで、平均の丈がよくわかるように揃っている。薔薇の生垣はしっかりと屋敷を外界と遮断し、その上で閉塞感がなく、青々とした葉の中に桃色の花を咲かせている。

俺たちは傍から見ればきっと不格好に、互いの歩調を確かめながら庭を歩いた。

俺が指さした方をシーナも向いて、俺の感想にシーナも同調する。「綺麗だな」などと言えば、「はい、綺麗です」と返ってくる。

言葉のやり取りそのものに意味はない。けれどもこの言葉の授受は、俺が今まで逃げてきた、もっとも大切なことだと思った。

ふとしたときに、次のように言った。

「顔をよく見せてくれ」

シーナは俺の顔を見上げた。

その頬にゆっくり、手で触れる。

彼女の頬は、剣で敵を切り刻んできた俺の手では触れてはいけないくらい、柔らかくて、純白だった。

俺を見つめ返すその目は微かに潤んでいて、不安に揺れている。

そのすべてが儚くて、今にも溶けてしまいそうで、思わず抱きしめたい気持ちに駆られ、でもそうしてしまったら、きっと俺は彼女を絞め殺してしまう。そういう予感さえした。

「おまえは本当に、綺麗だな」

一言、そう結んだ。

シーナはやさしく顔を綻ばせる。

「わたくしは、本当に幸せ者でございます」

けれど彼女は、その言葉をそのままにしておけないのだ。

「わたくしには、もったいないくらい」

どこかもの悲しそうに、そう付け加えてしまう。

俺にはそれ以上、踏み込むことができなかった。

◇◇◇

「……なあ」

その晩に、書斎に茶を入れにきたマイラに、呟いた。

「はい、坊ちゃま」

「俺の妻は、綺麗だ」

マイラは一度驚いたような顔をしてから、頷いてくれた。

「そうですね」

「あの高慢ちきな妹なんぞより、よほど綺麗だ」

「そうでしょうとも」

「だが、あいつはそれをわかっていない。言葉にしても、自分のことだとわかってくれない」

彼女が、いや、俺と彼女が向き合わねばならない、最初の問題。

いい加減それに、向き合うときが来た。

「俺も少し、勇気を出してみることにするよ」