軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ

自室のベッドの上で体育座りをしていた。

「俺だって壊すつもりはなかったんだ。だけど、ルクシオンが壊さないと危ないって言うし、グレッグが目の前で死ぬとか言われたら誰だってトリガーを引いていたよ。引かない奴は人間じゃないよ。なのに、みんな俺を見て“ないわ~”って。ダニエルもレイモンドもドン引きするとか酷くない?」

ルクシオンを前にブツブツと文句を言っている俺を見ているのは、今日の勲章授与の式典に参加する両親と次兄……そして、この度めでたく子爵と結ばれなかった次女だ。

次女の猫耳専属奴隷野郎――ミオルは、部屋の外で待機だ。

だってまだ客がいるし。

アンジェが呆れていた。

「昨日からこれだ。男爵、悪いな。礼服に着替えさせるまでは出来たのだが」

申し訳なさそうなリビアもいる。

「リオンさん、昨日の決闘で色んな人に責められちゃって」

俺を責めなかったのは師匠だけだ。俺に「何か理由があったのでしょう」なんて優しい言葉をかけてくれた最強紳士だ。

……涙が止まらない。

「あ~、泣き出しちゃった。ほら、リオン君、礼服が汚れるからタオルを目に当てて」

何故この場にいるのか分からないクラリス先輩。

理由は、何やらアトリー家が関係しているらしい。理由を話していたが、その時は放心状態で聞き流していた。

親父が俺を見て呆れている。

髭面に似合わない礼服を着ていた。なんだか気合が入りすぎた格好だな。

「お前って奴は……今日くらいしゃんとしないか!」

お袋も同じだった。普段着ないようなドレスを着ている。

「そ、そうよ。勲章を貰うんですから。今日の主役じゃない」

何を言っているんだ? そもそも今日の式典は、あの戦いに参加した生徒たちに『頑張ったで章』みたいな勲章を渡すのだ。

学園で行われるので、そんなに気合いを入れなくてもいい。

というか、なんで両親がここにいるのだろう?

不思議そうな顔をしていると、次兄が疲れた顔で溜息を吐いた。

「お前、もしかして話を聞いていなかったのか?」

頷くとアンジェが俺を睨んでくる。かなり怖い。

「ほう……昨日、アレだけ説明してやったというのに、全て聞いていなかったと?」

アンジェが怒っていると、リビアが俺を庇ってくれた。

リビア、俺……君に凄い首飾りあげちゃう。元から君のだけど。

「待ってください。リオンさんだって傷ついているんです。本当は負けてあげるはずだった決闘で、殿下たちに勝ってしまって。それであの……許してあげてください!」

リビアがそう言うと、アンジェは困った顔をして再び俺に説明してくれるのだった。

「今回、一番の功績はリオンにある」

「え? クリスでしょ?」

「クリスは確かに黒騎士を退けたが、ヘルトルーデ殿下を捕らえたのはリオンだからな。敵国の新型飛行船と鎧を鹵獲。それらを献上した功績も大きい。学生や船員たちを助けた功績もある。総合的に判断して、お前とクリスは別枠。本物の勲章を授与される流れになった」

リビアは嬉しそうにしている。

「アンジェを助けるために単機駆けをしましたからね! 公爵家の人たちが、まさに騎士の中の騎士って褒めていましたよ!」

……え、そっち? それって功績になるの? え、でもゲームだと倒した敵の数とかそういう評価で……え!? ちょっと待って!!

クラリス先輩の言葉に耳を疑った。

「アトリー家で前に昇進を推薦していたけど、それもこれを機会に認めることになったのよ。それに、クリス君の実家も推薦してくれたわ。フィールド家、とセバーグ家もリオン君のために推薦状を書いてくれたのよ」

……? 推薦状? え、なんで? そいつら、俺を嫌っていた家だよね?

俺が固まっていると、リビアが笑顔で告げてきた。

「凄いですよ、リオンさん! リオンさん、なんと今日から【四位下】で、【子爵】様ですよ。王都ではリオンさんの噂が広がって、英雄扱いですよ」

……リビアが何を言っているのかよく分からなかった。頭が理解することを拒否していた。

し、子爵様? 英雄? おかしい。あり得ない! あってはならない!!

次女が部屋の隅で小さくなっていた。子爵と聞いて落ち込んだのだろう。きっと結婚できなかった子爵様を思い出しているはずだ。だって、恨み言をこぼしている。

今はそんな次女を見て少し落ち着こう。そうだ、落ち着けばたいていの事は対処可能なはずだ。

「何よ。結婚してあげるって言ったのに、私も親友も拒否して。“いや、ちょっとないです”なんて酷いじゃない」

実は次女が熱を上げた子爵家の先輩と俺は知り合いだ。俺が空賊たちを奴隷にして売り払った先が、次女と親友が結婚しても良いと言っていた相手の家だった。

色々と聞いてみたが、次女と親友が盛り上がっていただけでお相手は他にいたらしい。

俺は、次女は気にしなくて良いから、って笑顔で言っておいた。

サービス価格で奴隷を売ったのだが、それは迷惑料代わりだ。本当に酷い姉で申し訳ないと謝罪してきた俺は、きっと出来た弟だろう。

そして次女は親友と仲直りをしたらしい。

子爵に腹を立てて文句を言い合っていたら仲直りをしたようだ。

……女の友情は儚いって言った奴は誰? もっと強固に結びついたよ!

俺はベッドに倒れ込むように横になった。

「これは夢だ。起きたら俺は学園生活が始まる新学期で、ダニエルやレイモンドと一緒に婚活が大変だと愚痴りあうんだ。お茶の道を極めるために師匠の指導を受けて、新しいティーセットを買うためにダンジョンに挑んで、そして地味だけど優しくておっぱいの大きな女子が困っているところを助けて惚れられるんだ。三年間、無難に過ごしてそのおっぱいと結婚して地元に帰るんだ。温泉に浸かって、和食に舌鼓をうって幸せに暮らすんだ。子爵? 人違いです」

ダダ漏れになった願望を口にする俺を見た次女が、舌打ちをしていた。

「男って本当に駄目ね。女をなんだと思っているの? 最低よ」

次兄も酷い。

「お前、最後はおっぱいと結婚しているぞ」

親父も酷い。

「大事なのはお尻だろ? 母ちゃんみたいな、丸いお尻が――ひでぶっ!」

「あんた!」

何か酷いことを言おうとした親父を、お袋が平手打ちしていた。良いぞ、もっとやれ。

クラリス先輩が興味を示す。

「あら、温泉を持っているの? 良いわね」

アンジェがそんな先輩を睨んでいた。

「どういう意味で言っている?」

そんなアンジェに余裕を見せるクラリス先輩は、

「気になるの? 教えてあげない」

ちょっと可愛いと思ったが、アンジェの睨みが半端ないので目をそらした。

それよりも、割と広い部屋なのに人が多くて狭く感じる。できればこのまま式典から逃げ出したいのでみんな帰ってくれないだろうか?

リビアが少し怒りながら俺を起こす。

「リオンさん、式典が始まりますから早く行きましょう! ほら、起きてください」

アンジェが俺に呆れつつも褒めている。

「まさかこんな手段で出世するとは思わなかった。あの三人に手柄を立てさせ、そして最短で出世するとは……お前は本当に凄いな。敵意を向けていた家に推薦状を書かせるとか聞いたことがない。父上も兄上もリオンの事を褒めていたぞ」

……こんなの間違っている!

冬休み初日。

学園では盛大な式典が行われた。

公国との戦闘で活躍した男爵をはじめ、若い生徒たちの活躍をたたえて勲章を授与したのである。

男子生徒の多くは騎士として認められ、そして女子の多くは勲章を得たことで僅かばかりではあるが年金が出ることが決まる。

男子に年金は支払われないのが、この世界の厳しさを物語っていた。

そしてリオン・フォウ・バルトファルトは子爵に陞爵。

階位を四位下として、大出世を遂げた。

短期間でこれだけの出世が出来たのは、王国の歴史の中でもリオンだけだった。

この日、リオンは王国の歴史に名を刻むことになる。

冬休み。

俺は実家に帰ってくると、新しい屋敷を見上げていた。

田舎っていいね。まるで都会の出来事が全部嘘のようだ。そう、これが現実だと俺を優しく迎えてくれる優しい場所だ。

「大きな屋敷だね」

照れながら自慢してくる親父は、大変嬉しそうにしていた。

「客も増えたからな。やっぱりビシッとした屋敷で出迎えたいから頑張ったぜ。お前のおかげだ」

大金を持っていたので両親にいくらか仕送りしたのだが、それで屋敷を建て直したらしい。

まぁ、以前は屋敷と言うには何というか……うん。趣があったとだけ言っておく。

次兄は自分の部屋があると聞いて複雑な顔をしていた。

「もう少し早くに建てて欲しかったよ。卒業したら戻ってくることも減るだろうし。けど、ありがとう」

次女の方は前から自分の部屋を持っていた。

三女も同じだ。

そのため、注文が多い上にお礼やら感謝の言葉もない。

「ねぇ、ミオルの部屋は?」

親父が困っていた。次女が専属使用人の部屋を求めてくると思っていなかったらしい。

「え? 専属使用人はいないだろ? 一応、客室はあるから、次からはそっちに泊まればいいと思うが」

次女が怒る。

「どうせ部屋がないから、ってミオルは学園に残ったのよ! 先に伝えてくれたら連れてくることが出来たのに! というか、ミオル専用の部屋くらい用意してよ」

「い、いや、サプライズで驚かせようかと」

「もっと気を使ってよ。それより、私の部屋を勝手に触ったの?」

親父が次女に責められていた。

お袋が庇う。

「貴方の部屋は私が片付けたわ。だから安心して」

「嫌よ! なんで勝手に触るのよ! 屋敷を建て直すなら連絡してくれれば良いじゃない! リオンに送り迎えをさせたのに!」

俺はつばを吐く。

それを次兄が咎めてきた。

「馬鹿。ややこしくなるから放っておけ」

「あいつぶん殴っていい?」

「気持ちは分かるが押さえろ。ほら、男子にフラれて気が立っているだけだから」

なんと気分のいい話だろう。結婚してやると上から目線で相手に告白したら「もう相手がいるので結構です。というか誰?」なんて断られた次女。笑わせてくれたから、今回の無礼は目をつむろう。

……しばらくこのネタでからかうか。

次女がプリプリと怒って屋敷に入っていくのを見送り、俺たちは落ち込んでいる親父の肩に手を置いて屋敷を褒めるのだった。

戻ってきて久しぶりに領地の様子も見たが、随分と発展してきている。

これなら、二年後は立派な男爵家になっていることだろう。

――グレッグが目を覚ましたのは、決闘から一日が過ぎた頃だった。

医務室で目を開けると、ユリウスたちが集まってくる。

「グレッグ! おい、しっかりしろ!」

ブラッドが声をかけてくると、グレッグは医務室にいることで結果を察した。

「……みんな、すまねぇ。俺のせいで負けちまった」

そんなことを言うグレッグに、ジルクが微笑んでいた。

「グレッグ君に任せたんです。それで負けたのなら、みんなの敗北です。彼の強さを見誤っていました」

名工を名乗る男が手がけた鎧でも駄目だった。本当は詐欺師だったが、五人はそのことに気が付いていない。

全員が気落ちしているかと思えば、ユリウスがグレッグに言う。

「落ち込むな。次がある」

「殿下?」

「ユリウスでいい。グレッグ……俺たちはまたバルトファルトに挑む。お前も手を貸して欲しい」

グレッグが上半身を起こして小さく笑った。

「……みんながやる気なのに、俺だけ引き下がれるかよ。何度でも手伝うぜ、ユリウス!」

クリスが眼鏡を外し、涙を拭っていた。

クールキャラに徹していた。

グレッグは周囲を見ながら。

「マリエはいないのか?」

ブラッドが肩をすくめる。

「あぁ、色々と忙しいみたいだよ。カイルと何か話をしていたね。そう言えば――」

ブラッドがマリエに聞かれたことを思い出したのか、グレッグに確認を取る。

「グレッグ、前に空賊退治でバルトファルトが倒した空賊の頭がいただろ?」

「あぁ、いたな」

「空賊頭の鎧から、バルトファルトが首飾りを手に入れたのを見たか? 僕は見ていなかったんだ。怪我で苦しんでいて余裕がなかった。ただ、何かを手に入れたのは聞いたんだ。随分と嬉しそうだったし」

グレッグは思い出す。

あの時、リオンが空賊の鎧から何か取り出していた。

「首飾りか何か分からないが、確かにバルトファルトが何か言っていたな。相手も取られたら困るようだったが……それがどうした?」

ブラッドは首を横に振る。

「いや、マリエに尋ねられてね。倒した空賊の名前を聞いたら、とても真剣な顔をしていたんだ。少し気になっていたのさ」

グレッグは顎に手を当てる。

「首飾りか……そう言えば、前に見せてくれたのは“腕輪”だったな」

クリスも頷く。

「あぁ、王都のダンジョンで見つけたらしい。あまり無茶をして欲しくないな」

ユリウスがソレを聞いて同意していた。マリエの身を案じている。

「そうだな」

ジルクは少し考え込んでいた。

ユリウスがそれに気が付く。

「どうした?」

「いえ、マリエさんが最近神殿に通っていたとお聞きしましてね。何をするつもりなのかと思いまして」

五人が答えの出ない話を終え、今度はマリエに何かプレゼントでもしないかという話になると盛り上がるのだった。

新築である屋敷に乗り込んできたのは、親父の正妻であるゾラだった。

随分と強気な態度で乗り込んできたゾラは、一緒に神殿の偉い神官を連れていた。その人は女性で丸眼鏡をかけたふくよかな女性だ。

ゾラとは親しい様子だった。

「この不届き者! 神殿の宝を返しなさい!」

そして、俺を呼びつけるといきなり泥棒呼ばわりだった。

「はぁ? 神殿の宝?」

何を言っているのかと思いながら、畑仕事から戻ってきた俺は靴についた泥を落としていた。

神官はそんな俺の態度を見て「なんて臭いのかしら」とか言っている。きっと、都会育ちの女性なのだろう。

ゾラと親しい段階で性格はお察しだ。

神官が咳払いをする。

「バルトファルト子爵、貴方は以前に空賊を退治しましたね」

屋敷の外には武装した神殿の騎士たちが配置され、親父もお袋も随分と警戒している。

次女や三女は家から出てこない。

次兄は別の畑に行っており、この場にはいなかった。

「……あぁ、討伐したね。それが何か? 空賊なら奴隷にして売ったけど?」

神官が顔を真っ赤にして怒鳴ってくる。

「その空賊たちは、神殿の宝を持ち出したのです! あるはずです! 神殿の紋章が刻まれた首飾りが! それを所持していた空賊も、貴方が奪ったと証言していますよ!」

……口を封じておけば良かったか?

いや、それよりも、だ。

「なんでそれで泥棒呼ばわりなの? 空賊を倒した奴に、そいつらが持っていたお宝は手に入れる権利があるの。これ、王国の法律だよ」

俺が悪いみたいに言っているが、認められた権利だ。悪いのは俺じゃない。

俺の言い分に対して、神官が激怒する。

「神殿の紋章が刻まれていたならば、寄贈するのが当たり前です!」

何この暴論?

お前の当たり前とか常識は、俺にとっての非常識だから。

追い返そうと思ったが、今の俺は丸腰だった。対して、あちら側は武装した騎士に加え、遠くに飛行船が見える。

ルクシオンが俺に通信を送ってきた。

『マスター、残念ですがここは諦めるべきかと』

どうしてと聞けば、ルクシオンが答える。

『この場を切り抜けるのは簡単です。ただし、社会的にマスターの地位が大変なことになってしまうかと。まるで領地を攻め滅ぼす規模の戦力を持ってきていますよ』

神殿も戦力を所持しているのだが、随分とかき集めてきたらしい。

騒いでいる神官を無視しつつルクシオンの話を聞いた。

『神殿の勢力と事を構えるのは得策でありません。オリヴィアを聖女と認定する組織ですよね?』

……宗教って面倒だよね。確かに敵対するのは得策じゃない。

首飾りの偽物を用意することも考えたが……。

『レプリカでは見抜かれるかと』

俺は舌打ちしたいのを我慢して、ゾラを睨んだ。勝ち誇った笑みをしているのが腹立つ。

「取りあえず持ってくるからそこにいろよ」

すると、神官が俺に言うのだ。

「子爵は随分と貯め込んでいると聞きます。いっそ、その財を神殿に寄贈しなさい」

上から目線で言ってくる神官にゾラが同調した。

「そうよ。貴方も神殿に逆らえないでしょう」

ただ、ルクシオンが――。

『そちらは拒否していただいて結構です。どうやら、財宝の件は組織とは無関係。個人の判断だと推測します』

どうやって二人の計画を調べたのかと思えば、神殿の戦力がどうして集まっているのか調べたらしい。

神殿の騎士たちの話では、極悪非道の騎士が神殿の宝を所持しているためかき集められたということになっていた。公国をボコボコにした俺が怖くて、戦力をかき集めたとか逆に可哀想になってくる。

それよりも……極悪非道? 誰が極悪だ。

「嫌だね。それに俺、宗派が違うし」

首に提げたお守りを見せてやると、二人とも顔を赤くして何か言っていた。

修学旅行先で購入したお守りだ。別に深い意味もなかったが、煽るために言ってやった。

そのまま俺はルクシオンと合流し、首飾りを持って二人のところへ――ではなく、港にいる神殿の関係者に首飾りを持って行く。

港にいたのは緊張した様子の四十代の騎士だった。

急激に成り上がった俺の噂を聞いているのか、酷く警戒している様子だ。

「貴方が責任者ですか?」

「……はい。この艦隊を率いています。バルトファルト子爵、出来れば手荒なまねはしたくありません。神殿の宝を返していただけますか?」

最初からこう言えばいいのに。

俺は首飾りを見せると、将軍が目を見開いてすぐに鑑定士を呼んだ。鑑定士が首飾りを確認すると、激しく首を縦に振る。

「ま、間違いありません。伝承通りです!」

それを聞いて将軍が震えていた。

「こ、これが失われた宝!」

……大事な物ならちゃんと神殿で保管して欲しい。

俺は将軍に言うのだ。

「それより、屋敷に来た人を連れて帰ってよ。お目当ての宝以外にも財宝を出さないと攻撃するとか言われたから、ちょっと困っているんだけど」

そんなことを言われ、将軍が驚いていた。

「こ、これは失礼しました! 我々は首飾りを受け取りに来ただけです。すぐに連れて帰りますので」

別に争うつもりはなかったらしい。

ルクシオンって便利だな。余計な争いをせずに済んだ。

それにしても、神殿に宝が渡ったなら早くダンジョンの腕輪を回収した方が良いのだろうか?

将軍は安堵した。

「それにしても噂とは違いますね」

「噂?」

「傍若無人だと聞いていましたので。聖女様が怒るのも無理はないと思うのですが、噂に聞いていたよりも落ち着いておられますから」

……今、なんて言った?

「ちょっと待ってくれ。聖女様?」

「――あ」

将軍が安堵から漏らしてしまった情報に、周囲の関係者たちも顔に手を当てていた。

俺が問い詰める。

「聖女様が見つかったのか?」

もしや、リビアが――そう思っていた。だが、将軍の口から出た名前は意外すぎた。あり得ない。あり得ないのだ。

「面識はあると思うのですが……【マリエ・フォウ・ラーファン】様です。首飾りと同様に失われた腕輪を持って王都の神殿に来られまして」

その名前を聞いて俺は焦った。

どうしてあいつが腕輪を手にするのか? 手にしただけならまだ良いのだ。それがリビアの手に渡れば結果的に問題ない。

ただ……ただ、聖女を名乗るなんてあり得ない。

あいつは転生者だ。

上手く立ち回って五人を籠絡したのは、許せないが理解しよう。だが、聖女を名乗るなんてあり得ない。

“ゲーム知識を持っている”……ゲームをクリアしていたのなら絶対にあり得ないのだ。

だって、最後に必要になるのは、聖女の力ではなくリビア自身の力なのだから。

「マリエが聖女?」

「はい。聖なる治療魔法の使い手にして、その技は既に神官殿たちよりも抜きん出ていました。杖もマリエ様に反応され――」

そこまで口にする将軍に、近くにいた関係者が口を閉じさせた。

「し、失礼しました。それでは、我々はこれを届けに行きますので。神官殿はこちらで人を出して連れ帰ります」

俺は去って行く彼らが見えなくなるまで見ていた。

そして、すぐにルクシオンに連絡を取る。

『どうされました』

「マリエが聖女になりやがった。あのアマ、絶対に許さねぇ――」

公爵家の領地。

そこにある屋敷の一つに、アンジェとリビアはいた。

アンジェは馬に乗っているリビアを見る。

「ほら、怖がるな」

「高いですよ。これ、思っていたよりも高いです!」

「この程度は高いとは言わない」

冬休み。

リビアを屋敷に招待したアンジェは、屋内で乗馬を教えていた。

「二年生になれば学力以外にもこうした実技のテストが出てくる。今の内になれておけ」

ガクガクと震えているリビアは、学力には問題はないがそれ以外――マナーなどに問題を抱えていた。

それをどうにかしたいというので、アンジェがリビアの指導を行っている。

本当はリオンの実家に行こうか迷った二人だが、工場の立ち上げなど忙しいリオンに気を使い遠慮していた。

「ほら、姿勢が崩れているぞ」

怖がるリビアを見つつ乗馬を教えていると、屋外には雪が降り始めていた。

(今年は早いな)

寒いのでリオンの領地に出向いて温泉にでも入るかと考えるが、嫁入り前の娘なので流石にまずいと自重した。

(しかし、兄上が取り込みを考えているとなると公爵家の縁者から嫁を出すのだろうか? そうなると誰だ?)

リオンの結婚相手だが、ここに来て選択肢が広がっている。

男爵だったなら男爵、上は子爵家の娘が結婚相手になる。

しかし、子爵になったのなら下は男爵から上は伯爵までとなるのだ。

辺境伯もありだが……とにかく選択肢が広がった。

流石に公爵家とは格が釣り合わないが、伯爵家の娘なら結婚できる可能性が生まれたのだ。

同時に、これからは多くの女子に言い寄られる立場になる。全校生徒の三分の一という人数がリオンの活躍を見ていた。

誰が黒騎士を退けたのか――戦いを見ていなくても、少し考えれば分かることだ。

(クリスの奴が不満そうにしていたからな。直接目で見た生徒は少ないだろうが……クリスの態度から察することはできる)

そしてここからが重要だった。

リオンの爵位は子爵。階位は四位下……パルトナーという大型飛行船に、アロガンツという黒騎士を退けた鎧。これらを間近で見た女子たちや、噂を聞いた女子たちはどう思うだろうか?

アンジェは頭が痛くなってくる。

(クラリスは狙っているのか? アレは時々分からないからな。からかっているだけかも知れないが……父上に聞いてみるか?)

妙に気持ちがモヤモヤするアンジェは、首を横に振る。

すると、リビアが泣いてアンジェに助けを求める。

「アンジェ……足がつりそうです」

「お、お前……もしかして運動不足か?」

元々インドア派であるリビアは、学園に来てから実家のように家の手伝いで体を動かす機会も減っている。

そのため体力が逆に落ちていた。

「まいったな。これでは卒業までにダンジョンの攻略は難しいぞ」

「ダンジョンの攻略? あ、あの、ダンジョンって攻略すると消えるから王都のダンジョンは攻略したら駄目なのでは?」

アンジェがリビアを馬から下ろしつつ説明していた。

「攻略と言っても地下三十階だ。そこまで行けば一人前と判断される。逆を言えば、そこまで辿り着かなければいつまでも半人前だ。まぁ、最悪の場合は護衛を雇うことになる。ただ、体力がないと行きも帰りも大変だぞ。ダンジョンの攻略は卒業の条件でもあるからな」

特別な理由がない限り、ダンジョン攻略は必須であった。

リビアがソレを聞いて肩を落とすのだった。

「……が、頑張ります」

震えるリビアを抱きしめ、アンジェがクスクスと笑う。

「震えているじゃないか。それにしても、リビアは暖かいな」

「アンジェ、そんなに強く抱きしめないで」

イチャイチャしている二人を見守るのは、護衛とお守りをするメイドたちだった。

神殿の貴賓室。

マリエはソファーの背もたれに腕をかけ、足を組んでローテーブルの上を見ていた。

「ふふ、ついに手に入れたわよ」

首飾りを手に入れたマリエは、それを手に取り自分の首に提げた。

左手首に輝く腕輪は聖なる腕輪。

首元を飾る首飾りは聖なる首飾り。

そして、近くに立てかけてある聖女の杖。

それらは間違いなくマリエに反応を示している。

「主人公様の居場所を奪ったけど、そもそも私が聖女でも問題ないわよね。だって、私も治療魔法が得意だもの」

マリエの知識というのは確かにゲームから来ている。

「イベントムービーでも、聖女様が祈れば大丈夫だったし――何が起きても私が代わりに対処してあげる。だから、前世で良いことがなかった私に全て譲ってね、オリヴィア」

転生者であるマリエの知識は――主にイベントのムービーや画像。そして、ネットの攻略情報が、中途半端にあるだけだった。

何しろゲームは難しくて途中で投げてしまった。

クリアしたのは前世の“マリエの兄だった男”だ。

「それにしても大変だったわ。腕輪を回収するために冒険者を雇ったし、おまけに神殿の人たちを説得するのに苦労したし」

そしてもう一つ。

「あのリオンが倒した空賊……確認したら首飾りを持っていた連中だったのよね。あの男……もしかして何か知っているのかしら?」

そもそもバルトファルトなんて家名をマリエは知らなかった。

ゲームは中盤辺りまでしか進めていなかったのだ。

知らない事もあるだろうと思っていた。

「イベントに出てきていなかったし、本当にモブ? 待って、もしかして私みたいに……あり得るわね。そうなると、私の邪魔をしてきたのも……あいつ、絶対に許さない!」

激怒するマリエは、どうやって復讐してやろうか考えるのだった。

「まぁ、でも――今は私の方が立場は上よね。同じ転生者で、向こうは成り上がっているみたいだけど今の私は王妃の地位だって狙えるわ。そうよ。ユリウスを王太子に戻して、なんとしても王妃様にならないと! 夢の都会で豪華な暮らしが私を待っているの!」

リオンとマリエは酷く似ている。

ただし、その目指している場所が違った。

リオンが田舎での平凡な生活を目指しているのに対して、マリエは王都での贅沢な暮らしを望んでいた。

「美形の男を侍らせて、毎日のように贅沢な暮らしをしてやる。前世で苦労したからこれくらい許されるはずよね。主人公はあのモブがお似合い。あれ? そうなると、このまま放置が良いのかしら? いえ、駄目ね。私の腹の虫が治まらないわ」

マリエは前世を思い出す。

「前世は本当に辛かったわ。夜のお店で仕事をして、人気も出たのに駄目な男に引っかかって……あぁ、私って何て不幸なのかしら」

夜のお店で働いた経験が活きてしまった。

無駄に男子を籠絡する手段を磨いた前世。

マリエが五人を籠絡できたのは、その外見以上に前世の経験が大きかった。

マリエは立ち上がり笑顔になる。

「私、この世界では幸せになってみせる!」