軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転換期

三年生の教室。

「あ~あ、昨日は疲れたな」

妙に気を張っていたら、相手は可愛い妹分を守るためにやって来た男だった。

妹を可愛がる気持ちは理解できないが、そもそも俺と敵対するつもりもないので問題ない。

むしろ、レリアやセルジュと比べると――かなりまともだった。

机に頬を載せていると、ダニエルとレイモンドが近付いてくる。

「リオン、ちょっと相談があるんだが」

「今いいか?」

顔を上げると、二人とも少し困った顔をしている。

「どうしたんだよ?」

「いや、その――な?」

「うん」

ダニエルもレイモンドも、顔を見合わせてから俺に相談内容を話してきた。

「実はさ――五月のお茶会があるだろ?」

「あるな」

「そのお茶会なんだけど――リオンは誰か誘うの? というか、開くつもりがあるの?」

「え?」

二人が困っている内容というのが、五月のお茶会だった。

既に男子が女子を誘う必要性はないのだが、長年続いた風習というのは消えない。

不安に思った男子がお茶会を開けば、他の男子が落ち着かないのだ。

「去年はどうしたんだよ?」

ダニエルが視線をさまよわせる。

「学園長も、無理にやらなくていいとは言っていたから――俺とレイモンドは開かなかったんだ。だけど、女子からクレームが来てさ」

俺は首をかしげる。

「お前ら、長期休暇の時にアルゼルに誘ったら、恋人がいるみたいなことを言っていたじゃないか」

レイモンドが眼鏡を外して涙を拭う。

「その間に他の男子に取られたんだよ。戻ってきたら、他の男子と付き合っていたんだ」

――ちょっと悪いことをした気がする。

「ま、まぁ、お前らなら誘えば女子が沢山集まるだろ」

学園の方針転換以降、男女の立場は逆転してしまったからな。

ただ、男子の立場が急に強くなっても、これまでの常識が邪魔をして戸惑っている様子だった。

「それも問題なんだよ。ほら、結婚できる幅が広がっただろ。声をかけると、何十人って集まってくるんだよ」

「幅?」

レイモンドが首をかしげる。

「何でリオンが知らないのさ? 騎士家の女子も結婚相手になり得る、みたいな風潮になっているじゃないか」

「は? 俺は聞いていないぞ」

レイモンドから詳しく聞けば、多くの貴族が公国との戦争後に正妻を追い出した。

次に、今まで側室や愛人扱いだった女性を、正式に妻として迎えるようになる。

王国も今までの経緯があり、強く駄目とも言えないでいると――騎士家の娘さんでもいいんじゃね? という状態になっていた。

さすがに、伯爵家より上は控えているらしいが、貧乏男爵家なら騎士家の娘でもいいだろうという雰囲気になっていた。

「俺、騎士家の娘さんがいいな。男爵家より上の女子は駄目だ」

ダニエルがそう言うと、レイモンドも同意していた。

「そうだよね。今更こっちにすり寄ってこられても困るっていうか――ない」

そんな二人の話を聞いていた女子たちが、肩を落とすか、視線をさまよわせていた。

俺たちは、転換期を迎えた世代だ。

女子は今までの優遇を知る最後の学年だし、男子は悪い時期と良い時期の両方を知っている。

卒業した男子たちも、状況の変化にいち早く対応して正妻と縁を切ることが増えていると聞いている。

つまり――非常に混乱している世代でもある。

「まぁ、誰も来ないよりマシだな」

「そうだけど、悩むじゃないか。だから、リオンはどうするのかな、って」

レイモンドに尋ねられ、俺は両手を頭の後ろで組む。

「婚約者三人を誘ってお茶会だ。あ、エリカも――エリカ様も誘うかな」

「羨ましいよな。あれ? お前の婚約者は、エリカ様も入れて三人だろ? なんで別枠みたいな扱いなんだ?」

ダニエルが疑問に思っていると、レイモンドが眼鏡を光らせる。

「ダニエル、共和国にいた現地の彼女だよ。リオン、その子を連れ帰ったんだろ」

「お、お前は!」

二人が俺を見て怒っているので、笑って許してもらう。

「ごめんね。もう、俺って婚約者もいるから、誰かを誘ってお茶会なんかしないんだ」

女子たちが何か言いたそうに俺を見ていたが――いや、本当に無理だ。

アンジェもリビアも、他の誰かを誘ったらきっと怒るはずだ。

他の女子を誘ったことがないから分からないけど。

「リオン、今日は付き合えよ。とことん、お前の恋人について話を聞いてやる」

ダニエルに言われるが、今日は駄目だった。

「悪い。王宮に用事がある。公爵様に呼ばれている」

レイモンドが眼鏡をクイッとあげた。

「公爵様? レッドグレイブ公爵に?」

――何やら面倒なことになりそうな予感がする。

「ようやく会えましたね、バルトファルト侯爵!」

王宮の一室。

出迎えてくれたのは、ヴィンスさんと――知らない男だった。

少し伸びた髪の毛先をカールさせた、金髪碧眼の三十前後の貴族。

髭を生やしており、見ようによっては美形だな。

「え? あの、その――」

「これは失礼! 私は【ドミニク・フォウ・モットレイ】と申します。バルトファルト侯爵のファンだと思ってください」

「俺のファン!?」

いったい何がどうなったら、俺におっさんのファンが出来るのだろうか?

困っている俺を見て、ヴィンスさんが助け船を出してくれた。

「モットレイ伯爵は、公国との戦争時に他国から国境を守っていた領主だよ。そして、戦後に妻を離縁したそうだ」

それと俺に何の関係が――はっ!

「国境に駆り出され、王国死ね! と 呪詛(じゅそ) を呟く日々を過ごしていたが、領地に戻ったら何と王国は方針転換をしていたじゃないか! 今まで、私を馬鹿にしてきた妻だった何かを切り捨てても誰も文句を言わない。それどころか、私を支えてくれた女性を正式に妻として迎えられた。――侯爵には感謝しても仕切れないよ」

ヴィンスさんが笑っている。

「彼の奥方は、最近までうちの養女として預かっていてね」

「感謝しております、レッドグレイブ公爵」

話をまとめると――こうだ。

成り上がりのモットレイ伯爵の結婚相手だが、子爵家の令嬢だった。

この奥方だが、王国貴族の女性らしい人物だったようだ。

それだけで、モットレイ伯爵がどれだけ我慢していたのかよく分かる。

国境に他国が攻め込み、王国に出撃しろと言われて渋々戦いに向かい――戻ってきたら、王国が方針転換をしていた。

丁度、俺が公国と戦っていた頃だな。

世間の風潮が変わったというか、女性にとって厳しい時代の始まりだ。

いや、普通に戻ったのか?

とにかく、奥方の実家は公国との戦争で潰された。

文句を言う人もいないので、モットレイ伯爵は奥方を離縁する。

そして、側で自分を支えてくれた侍女と結ばれるため、公爵家に今の奥さんを養女として受け入れてもらったようだ。

平民から騎士家へと養子に出され、その後は段階的に格を上げて最終的に公爵家の養女になったらしい。

――平民だった侍女は、養子ロンダリングであら不思議! 貴族になり、伯爵と無事に結婚して、今は子供もいると言う。

「誰の子かも分からないガキに、モットレイ家を継がせる必要もなくなった。これもすべて、バルトファルト侯爵のおかげだ」

とても良い笑顔で言ってくる。

「そ、そうですか」

「――時にバルトファルト侯爵」

「はい?」

「一緒に王宮を焼かないか?」

――こいつ、いったい何を言っているんだ?

困っていると、ヴィンスさんがモットレイ伯爵の話を補足する。

「モットレイ伯爵は過激だな。だが、リオン君――アンジェの夫である君には、私も期待しているよ」

「公爵?」

モットレイ伯爵が真顔になる。

冗談ではないようだ。

「バルトファルト侯爵、王国からしばらく離れていたようだから知らないかもしれないが――今の王国は非常に危うい。他国との国境を持つ我々領主は、そのことが不安なのだ」

ヴィンスさんもいつの間にか真剣な顔付きになっていた。

「リオン君、君は今の王宮が必要だと思うかな?」

――アンジェが言っていたのはこのことか!

俺が答えずにいると、ヴィンスさんが笑顔を見せた。

「よく考えて欲しい。このまま王国を存続させても、多くの者が納得しないのだよ。誰かが立つ必要がある」

その誰かとは――きっとヴィンスさん本人なのだろう。

きっと、ルクシオンの性能を当てにしているに違いない。

学園。

マリエはエリカを捜し回っていた。

「目を離すとすぐにいなくなるんだから!」

甲斐甲斐しく世話をしているのは、前世の心残りがあるからだろう。

そんなマリエを見つけて手を振ってくるのは、ノエルだった。

「あ、マリッチだ」

「また、微妙なあだ名を付けたわね。ノエル、あんたもう体は大丈夫なの?」

「うん。軽めの運動までなら許可も出ているわよ。それより、どこに行くの?」

「エリカを捜しているのよ」

「王女様を?」

二人は一緒に歩きながら、世間話をするのだった。

ノエルからすれば、王国の学園は驚きばかりである。

「ねぇ、五月にお茶会を開くらしいけど、男子たちの反応が微妙じゃない?」

「あ~、あれね。みんな、本音ではお茶会なんて面倒に思っているのよ。喜んで開くのはうちの兄貴くらいね」

お茶狂いの男子生徒以外は、五月のお茶会など興味もない。

だが、今までの慣例でもあるため、やらないのも気が引ける――男子たちも迷っているようだ。

「好きな人を誘えば良いのに」

「誘われない女子は大変だけどね」

マリエは、王国がここまで急激に変化したことで、女子たちも戸惑っているのを知っていた。

今まで頭を下げられてきたのに、急に下げろと言われても困るのだ。

賢い女子が早々に動く中、変化に対応できない女子たちはいつまでも昔の感覚を引きずっている。

だが、それも仕方がない。

(数年もすれば落ち着くと思うけど、しばらくは無理よね。そう思うと、私たちの世代って結構大変かも)

「マリッチは誰かに誘われた?」

マリエは無表情になる。

「――あの五人に誘われたわ」

「何で暗いのよ。もっと喜べばいいじゃない? もしかして、普段から一緒にいるから、目新しさがないとか? この贅沢者」

「そんな理由で落ち込むわけがないでしょう。私はね、あの五人に期待しないって決めているの。むしろ、兄貴のお茶会に出たいくらいよ」

絶対に高価なお茶やお菓子が出てくるし、リオンはエリカを誘うはずだ。

マリエもそっちに参加したかった。

二人が歩きながら学園の中庭に入ると、そこには帽子を深くかぶった青年が庭の手入れをしていた。

ノエルがそれを見て不安になる。

「危なっかしいわね。もしかして新人の庭師かしら? 指導する先輩とかいないの?」

庭の手入れをしているようだが、その動きはどう見ても拙い。

見ていて危なっかしいのだ。

マリエも同意する。

「まだ私の方が上手にできるわ。共和国の屋敷にいるときは、私も庭の手入れをしていたもの。夏場に芝生が元気すぎて、もう嫌になったけどね」

生活力だけが、黙っていても向上していく。

マリエは悲しくなってきた。

「マリッチも大変だね」

「そうよ。大変なの。だから、兄貴のお茶会に出たら、お菓子をもらってきてね」

リオンの婚約者に、お菓子を強請るマリエだった。

下手くそな庭師は、女子生徒二人が消えると悪態を吐く。

「くそ! 何も知らない糞ガキ共が」

帽子を脱ぐと、金髪の青年の顔が歪んでいた。

道具を地面に叩き付ける。

「どうして貴族の私がこんなことをしないといけないんだ! 私は男爵になるはずだったのに!」

その青年は――ルトアートだった。

元バルトファルト男爵の正室であるゾラの息子で、元嫡男だったルトアートだ。

「母様もメルセも、私にこんな仕事を押しつけて」

学園に潜り込まされたルトアートは、情報収集を行っていた。

全ては、クーデターを成功させるための準備だ。

道具を拾い、仕事をしているように見せる。

通りがかる生徒たちの会話に耳を傾けていた。

「聞いた? エリカ様は、バルトファルト侯爵のお茶会に呼ばれたみたいよ」

「羨ましいわ。というか、なんで先輩方は侯爵を狙わなかったのかしら? どう考えても、入学時から有望株じゃない」

「そんなの知らないわよ。けど、今は婚約者もいて近付けないわ。エリカ様に、レッドグレイブ家のアンジェリカ様もいるもの」

リオンの話題が出ると、ルトアートは奥歯を噛みしめる。

(あいつだ。あいつのせいで、私はこんな目に遭っているんだ。絶対に許さないからな、リオン!)

かつて――弟だったリオンに、復讐を決意するルトアートだった。