軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

プロローグ

今でもあの日々を思い出す。

そこは病院の個室だった。

幼い少女はベッドで携帯ゲーム機を操作している。

今では名前も思い出せない。

兄である自分は少女に――妹に声をかける。

「楽しいか?」

「うん!」

妹が遊んでいるのは、プレゼントとして買い与えたゲームだった。

何を選んだらいいのか分からなくて、乙女ゲーのコーナーで適当に選んだのを今でも覚えている。

自分はそのゲームに思い入れはなかった。

だが、妹は違う。

ゲーム機を宝物のように扱い、そして本当に楽しんでいた。

病弱で、ほとんどを病院で過ごしていた妹だ。

「お兄ちゃん――私もいつか学校に行けるかな?」

乙女ゲーの舞台は学園らしく、妹は憧れているようだった。

――兄は嘘を吐く。

「行けるさ。だから、早く病気を治そうな」

「うん!」

兄――青年は、今では妹の顔も思い出せない。

日に日に弱っていく妹を見ているしか出来ず――後悔していた。

自分がプレゼントしたゲームソフトを宝物だと言う妹を今でも夢に見る。

すると、声が聞こえてくる。

妹とよく似た声だ。

「――騎士様。――時間ですよ、騎士様」

目を覚ますと、そこは飛行船の港だった。

ベンチに座っていた青年――【フィン・ルタ・ヘリング】は、ハッとして顔を上げると自分を覗き込む少女を見る。

濃い茶髪のポニーテールをした少女は、歳の割に小柄で紫色の瞳を持つ。

どこか夢に出て来た妹に似ている少女の名前は――【ミア】。

今年で十六歳になる少女は、これから留学するためにホルファート王国へと向かうのだ。

そして、青年はその付き添い――ではない。

神聖魔法帝国の正式な騎士。

年齢は十八歳で、褐色の肌に銀色の長い髪を首の後ろで縛っている。

緑色の瞳、目つきは鋭い。

目鼻立ちがくっきりしており、美形の青年騎士は――ミアの護衛騎士でもある。

フィンは、汗ばむ肌に手を触れながら思う。

(またあの夢を見たな)

前世の強い後悔。

(まったく、これも俺の後悔のせいなのか? よりにもよって、あの乙女ゲーの世界に転生して――妹にそっくりなミアの護衛騎士になるなんて)

フィンは転生者だった。

そして、ミアは――“あの”乙女ゲーの主人公だ。

「騎士様、体調が悪いんですか?」

心配しているミアに対して、フィンは首を横に振る。

「少し眠っていただけだ。それより、出発の時間か?」

大きな旅行鞄を持つミアは、期待に胸を膨らませている。

「はい! もうすぐ出発ですよ。ドキドキしますね」

「――そうだな」

これからホルファート王国で待っていることを思うと、フィンは複雑な気分だった。

『まったく――しっかりしろよ、相棒』

すると、フィンの荷物から黒い球体が出現する。

大きさはソフトボールくらいで、大きな一つ目がついている。

その一つ目は、生々しい肉眼だ。

赤い瞳で、一見すると不気味であった。

「黒助、お前は目立つから荷物に入っていろ」

黒助と呼ばれた物体は、不満そうに抗議するのだった。

『【ブレイブ】だ! いい加減にちゃんと名前を呼べよ、相棒』

立派な名前が付いているのだが、フィンはブレイブのことを黒助と呼んでいる。

そしてブレイブは――フィンが手に入れたチートアイテムである。

本来の姿は古代の鎧だ。

新人類が残した古代兵器――それが、ブレイブの正体だった。

ミアがニコニコと笑っている。

「ブー君、怒ったら駄目だよ」

『――お前が一番酷いけどな。何だよ、ブー君って』

冷静に返され、ミアが困っている。

「そ、そうかな? 可愛いと思うんだけど」

『絶対に変だって――痛っ!』

困っているミアを見て、フィンはブレイブを叩くのだった。

「止めろ、黒助。ミアをいじめるな。ブー君だって可愛いじゃないか」

『お前はそうやっていつもミアを全肯定するよな! 少しは相棒の俺も大事にしろよ!』

プンプンと怒っているブレイブを無視して、フィンは立ち上がるとミアの手を握る。

「さて、なら行こうか。ミア、手を離すなよ」

ミアは照れながら、自分の騎士であるフィンの手を取った。

帝国には、高貴な女性に護衛騎士と呼ばれる存在が侍る。

帝国独自の風習だ。

通常なら、ミアのような平民に護衛騎士は付かない。

そのため、ミアはフィンのことを騎士様と呼んでいた。

「な、なんか、なれませんね」

「早くなれるんだな」

飛行船に乗り込もうとすると、杖をついた老人が二人の前に現れる。

帽子をかぶった紳士という感じの男だった。

「ミアちゃん、少し遅れたが見送りに来たよ」

「おじさま!」

ミアがおじさまと呼ぶ老人に近付く。

老人を見るフィンは、とても不満そうに表情を歪めていた。

「――何をしに来た、爺」

「ほほほ――わしが見送りに来てはまずいことでもあるのかな、小僧?」

優しそうな老人だが、フィンに対しては態度が違う。

「今日は忙しかったはずだ」

「あぁ、だから無理をして見送りに来たのさ」

それを聞いて、ミアが申し訳なさそうにするのだった。

「おじさま、私のためにごめんなさい」

老人――【バルトルト】は、慌ててミアに問題ないと言う。

「ミアちゃんが留学するとしばらく会えないからね。会っておきたかったのさ」

「色々とありがとうございます。あ、あの――私、頑張ります!」

「その意気だ」

フィンがバルトルトと話したそうにすると、ブレイブが気を利かせる。

『ミア、相棒と爺さんは話があるから、少し離れて待っていような。絶対に遠くに行くなよ。いいか、絶対だぞ』

「わ、分かったよ、ブー君」

ブレイブがミアを連れていくと、フィンが老人に詰め寄る。

「どういうつもりだ? あんたはあの子に必要以上に関わらないって話だったはずだ」

バルトルトは帽子を深くかぶると、そこから睨み付けてくる。

「わしが何をしようが、わしの自由だ。騎士の称号を取り消すぞ、小僧」

「やってみろよ、糞皇帝」

このバルトルトという老人――実は帝国の皇帝だ。

そして、フィンと同じ転生者でもある。

バルトルトが少し離れて、ブレイブと話をしているミアに視線を向ける。

「――あの子のことが心配になっただけだ」

「まったく、あのゲームでは冷たい父親だったのに、中身が違えば娘を溺愛する馬鹿親かよ」

「何とでも言え。――それとな、王国の情報が入ってきた」

フィンが真顔になる。

「――バルトファルトの情報か?」

ホルファート王国の英雄――バルトファルト侯爵は、今では王国以外でも有名人だ。

たった一人でアルゼル共和国を攻め落とした、などという噂が広がっている。

その他にも、短期間で侯爵まで成り上がった 傑物(けつぶつ) だ。

だが、二人とも――バルトファルトなどというキャラは知らなかった。

あのゲームには出てこない登場人物だ。

つまり――自分たちと同じで『転生者』である可能性が高い。

「共和国を一人で滅ぼしかけた話だが、あれは嘘じゃなかったぞ。流石に一人ではなかったが、奴は自分と自分の派閥の戦力だけで共和国を崩壊手前まで追い込んでいる」

「本当なのか?」

「厄介な奴だ。帝国以外も奴の情報を必死にかき集めているよ」

「ミアの留学を止められなかったのか? 時期をずらすとか、色々とあるだろ」

「下手に影響が出ては困るからな。それに、あの子が望んだことだ。あの子には時間もない」

「そう――だったな」

ミアの望みは、王国に留学して――そこから外交官を目指すという夢があるのだ。

フィンも、そしてバルトルトも、そんなミアを止めることが出来ない。

「小僧、王国では注意しろよ。お前をあの子の側に置くのは不満だが、お前しか適任がいないからな」

ブレイブを扱うフィン以外に、任せられないとバルトルトは言う。

「分かっているさ。ミアは俺が守る」

(――それが俺のためにもなるからな)

救えなかった妹とミアを重ね合わせていた。

バルトルトが帽子に手を置いた。

「こちらのことは気にせず、留学を楽しんでこいとミアには伝えてくれ。だが、お前は仕事をしろよ」

ミアとの扱いの差に、フィンは納得もしているが腹も立っていた。

「お前に言われるまでもない」

皇帝陛下に対してこの言い方は不敬だが、バルトルトも責めなかった。

お互い、転生者同士だ。

二人の間には独特な関係が出来上がっていた。

ミアが近付いてくる。

「騎士様、急がないと飛行船が出発しますよ。おじさま、それでは行ってまいります!」

挨拶をするミアに、バルトルトは笑顔を向ける。

「ミアちゃんは楽しんできなさい」

フィンは顔を背けるのだった。

(ミアちゃん“は”ね。本当にろくでもない爺だよ)

飛行船に乗り込み出発すると――ミアはベッドに横になっていた。

少し顔が赤い。

側にいるフィンは、ミアの額に手を触れた。

「大丈夫か?」

「へ、平気です。ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったかも」

笑ってみせるミアを見て、フィンは胸が苦しくなるのだった。

ブレイブは、ミアの近くにいて様子を見ている。

フィンは、ミアに笑顔を向けた。

「少し横になっていればすぐに良くなる。俺は水をもらってくるよ」

椅子から立ち上がり、部屋を出るとブレイブも付いてくる。

廊下に出て、ミアに聞こえない距離まで来ると二人話をする。

『相棒、ミアの状態だが、あまりよくない。ここ最近で体が前よりも弱くなっている』

「分かっている。王国に行くのも、ミアの体調の件もあるからだ」

主人公は病弱だった。

そのため、前世の妹も自分と重ね合わせて見ていたのかもしれない。

だが、王国に行くと主人公はその血に眠る力を目覚めさせ――元気になる。

「あの子の治療方法が見つかるといいんだけどな」

『俺は戦闘用だ。医療関係ではあまり頼りにならない。――すまないな、相棒』

「気にするな。お前のおかげで、俺はあの子の護衛騎士になれたんだ。だから、後は俺が何とかする」

本来、護衛騎士という立場は、攻略対象の男子が立候補するものだった。

その場所を奪ったフィンだが、それには理由がある。

「――出来る限りあの子を守らないとな」

『エリカ、だったか? お前とあの爺さんが気にしている悪役って?』

主人公のライバル――というよりも、敵である【エリカ・ラファ・ホルファート】は、王女である。

厄介な立ち位置と、帝国の留学生である主人公をいじめるという酷い性格の持ち主だ。

しかし、外面が良いために、主人公は苦労することになる。

「あぁ、ミアにゲームのような苦労はさせられないからな」

『――相棒も、あの爺さんもミアには過保護だよな。お前らの話が本当なら、ミアは自力で問題を解決できるんだろ? 守ってくれる恋人も出来るって言っていたじゃないか。放置しても問題は少ないんじゃないか?』

「駄目に決まっているだろうが。あと、恋人候補だろうが、駄目な男にミアを任せられるかよ。ミアの恋人に相応しいか、俺が見極めてやる」

ブレイブは一つ目を閉じて、ヤレヤレと横に振るのだった。

ホルファート王国――学園の男子寮。

「クレアーレはどこだぁぁぁ!」

右手に刀を持って廊下を足早に歩く俺【リオン・フォウ・バルトファルト】は、ちょっと内気で心優しい青年だ。

陰湿な王様のせいで侯爵にされる可哀想な男でもある。

そんな俺が目を血走らせ、探しているのは――色々としでかしてくれたクレアーレだ。

「あの野郎、今度という今度は絶対に許さないからな!」

すれ違う男子たちが、俺を見て「ひっ!」と悲鳴を上げて道を譲る。

そんな男子たちを無視してクレアーレを探す理由だが――あいつやりやがった。

『マスター、こちらからクレアーレの反応を感知しました。ジャミングまで使って隠れていましたよ』

「でかした!」

相棒の【ルクシオン】が、俺にクレアーレの位置を知らせてくれる。

大股で歩き、使われていない部屋に入ると、そこにクレアーレが隠れていた。

『ヒッ! ど、どうしてここが分かったの!?』

追い詰められたクレアーレが、ガタガタと部屋の隅で震えている。

俺は刀を両手で持った。

「言い訳を聞いてやる」

『待って、話を聞いて!』

「あぁ、聞いてやる。だが、その後は――分かっているな?」

どんな言い訳をしようが許されない。

何しろこいつは――三作目の攻略対象である男子の一人を消してしまったのだ。

いや、正確には違う。

女にしてしまったのだ。

留学先から戻ってきてみれば、本来男であるはずの人物が女になっていた。

――こんなの許されるわけがない。

「アーロンをアーレちゃんにした理由を聞かせてもらおうか」

『違うの! 知らなかったのよ! 私は無実よ。ルクシオン、貴方からもマスターを説得して頂戴!』

助けを求められたルクシオンは、どこか愉快そうにしていた。

『クレアーレ、貴女のことは忘れませんよ』

『てめぇ、このひねくれ野郎がぁぁぁ!』

口汚くなったクレアーレを俺は掴む。

『マスターごめんなさい。でも、一人くらいいなくなってもいいじゃない! 攻略対象の男子なんてまだいるわよ』

「可能性の一つを消しておいて、よくそんなことが言えたな。お前、反省していないな」

すると、クレアーレが開き直った。

『えぇ、そうよ。悪いなんて思っていないわ。新人類なんて滅べばいいのよ! 一人二人、実験に使用してもいいじゃない! マスターのケチ!』

ルクシオンが俺の横で『その意見には賛成します』とか言っているので無視する。

「言いたいことはそれだけかぁぁぁ!」

『いぃぃぃやぁぁぁ!』

くそっ! どうして俺の周りにいる連中は、揃いも揃ってろくでもないのか!

苦労する俺の身にもなれよ!