軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

41.

八宝斎が来たのは、昼の診察が終わった頃だった。

両手に箱を抱えている。いつものエプロンではなく、外出着だ。表情が、いつもよりすこし真剣だった。

「トーコちゃん、いる?」

「いますよ。どうしたんですか」

「文句を言いに来ました」

トーコが、少し目を動かした。

「……文句ですか」

「そう。でも先にこれ」

八宝斎が、箱をテーブルに置いた。

「お土産。緋色の妖精っていう洋菓子屋さんのケーキ」

「洋菓子屋さんがあったんですか、この辺境に」

「最近できたの。あたしのおばあちゃんの髪色からとった名前なんだってさー。緋色のおばあちゃんがいたらしくて、その人の話を聞いて店名にしたって言ってた」

「へえ」

「なんか縁を感じてうれしくって、常連になってる。ケーキ美味しいよ、食べながら話しましょ」

ミリアが「食べていいですか!」と飛んできた。

「もちろん。みんなの分あるから」

「やったあ……!」

ケーキを一口食べたところで、八宝斎が切り出した。

「トーコちゃん、活版印刷の技術特許、全部あたしにしたでしょ」

「はい」

「なんでそんなもったいないことを」

「もったいない?」

「そう。特許は作った人が持つべきじゃん。あたしじゃなくてトーコちゃんが持つべき。なんで全部あたしにしちゃったの」

トーコが、フォークを置いた。

「実現したのは、リフィア、あなたの腕があったからじゃないですか」

「それはそうだけど」

「活版印刷の技術を形にしたのは、あなたです。あなたの手柄です」

「違うの」

八宝斎が、トーコをまっすぐ見た。

「あのさ、トーコちゃん。あたしも転生者でしょ。活版印刷のこと、知ってはいたよ。教科書でちょっとだけ。ああそういうものがあるんだなって、知ってはいた」

「はい」

「でも興味はあっても、実際どういうものなのか、具体的にはわからなかった。どんな素材で、どう作って、どう使うか。そこまでは知らなかった」

「……」

「トーコちゃんは、全部教えてくれた。アイディアだけじゃなく、作り方まで、具体的に指示してくれた。あたしはそれを形にしただけ」

「あなたが形にしなければ、存在しないものです」

「トーコちゃんの知識がなければ、始まらなかったものでもある」

部屋が静かになった。

ミリアが、ケーキを食べながら二人を交互に見ていた。

「つまり」

八宝斎が続けた。

「トーコちゃんの知識と、あたしの技術。その二つが揃ってはじめてできたもの。だから、半分ずつが正しいんです」

「私は要りません」

「なんで」

「権利なんて。医者として最低限やっていられれば、それで十分です」

「もう、また言う」

八宝斎が、ため息をついた。

「トーコちゃんさ、お金があれば、もっとたくさんのことができるとは思わないの」

「思いますが」

「今以上の設備が整えられたら、もっと多くの人を救えない?」

「……それは」

「でしょ。だから持っておいた方がいいの。あたしが全部持っても、使い道に困るし」

トーコが、少し考えた。

「しかし」

「しかしじゃないの」

八宝斎が、テーブルに肘をついた。

「じゃあ、こうしよ」

「こう、とは」

「特許はあたしが持つ。その代わり、今後トーコちゃんが新しい手術道具や器具を作りたいときは、無料で作ってあげる。材料費も込みで、タダ。それでどう?」

トーコが、八宝斎を見た。

「……それは、願ってもないことですが」

「いいの?」

「あなたが生み出す道具は、たくさんの人を救えます。それを無償で作ってもらえるなら……でも、いいんですか。活版の収益があるとしても、材料費は」

「活版が生み出すお金がそれだけある、ってことでしょ。それに」

八宝斎が、にっこりした。

「友達だからね」

「……それは、言いすぎです」

「全然言いすぎじゃない」

八宝斎が、ケーキをもう一口食べた。

「ねえ、トーコちゃん」

「なんですか」

「今回のことで、トーコちゃんのこと、もっともっと好きになっちゃった」

「そうですか」

「そう。無欲に、ただ人のため。それだけで動いてる人って、なかなかいないよ」

「無欲ではないですよ。患者が治ったときは、嬉しいですから」

「それが無欲なんだって」

八宝斎が、少し遠い目をした。

「あたしのおばあちゃんがさ、そういう人だったの」

「八宝斎の、おばあちゃんが」

「うん。前世の。職人でね。すごく腕がよくて、でも全然お金にこだわらなくて。作ったものを、必要な人にただで渡したりして。稼げるのに稼がない人だったから、周りにいつも心配されてたけど、本人は全然平気で」

八宝斎の声が、少し柔らかくなった。

「そのおばあちゃんのこと、大好きだったんだよね。だから……トーコちゃんを見てると、思い出すんだ。同じ匂いがするから」

「買いかぶりすぎです」

「ぜんぜん買いかぶってない」

八宝斎が、トーコを見た。

「だから……もうっ、好きすきっ」

そのまま、テーブル越しにトーコの手を両手で包んだ。

「友達で良かった。本当に」

トーコが、少し間を置いた。

「……私も、良かったと思っています」

「それ聞けただけで今日来た甲斐があった」

「ケーキのお土産のことでは」

「そっちもあったけど」

ミリアが「いい話だ……」と目元を押さえていた。

シルフィが、八宝斎の頭にちょこんと乗った。

「きゅ」

「わあ、シルフィ久しぶり。相変わらずかわいい」

「きゅー」

八宝斎が嬉しそうにシルフィを両手で包んだ。

ガルドが調合室から顔を出して「何の騒ぎだ」と言った。

「ケーキがありますよ」

「……そうか」

ガルドが、そそくさとテーブルの方に来た。

病院の午後が、甘い匂いの中で続いていた。