軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

33.

セラとミラ、そして十名の聖女が協会を去ってから、二週間が経った。

天導協会デッドエンド支部の待合室は、いつも通りの朝を迎えていた。

はずだった。

「おい、誰か来ないのか」

支部の受付係が、奥に向かって声をかけた。

返事がなかった。

聖女の部屋を覗くと、がらんとしていた。荷物が片付けられている。昨日まで確かにいたはずの聖女が、もういない。

受付係が、もう一つの部屋を覗いた。

こちらも空だった。

支部に残っているのは、エリナ一人だった。金紋の聖女だが、一人では手が回らない。

「シュバルツ部長……昨日また二人が」

「知っている」

シュバルツが、椅子に深く座ったまま言った。

「わかっている」

翌週、支部の扉を叩く者が来た。

中年の男だった。右腕を押さえている。顔が青白い。

「すみません、腕が……落石で打ちまして」

「少々お待ちください」

受付係が奥に声をかけた。

しばらくして、エリナが出てきた。すでに午前中だけで六人の患者を診ていた。疲労が顔に出ている。

「今日は……もう少し時間がかかります。二刻ほど待っていただけますか」

「二刻……」

男が、痛みをこらえながら言った。

「それは、辛くて……少し、急いでいただけないですか」

「申し訳ありません。今日は私一人で、他の患者の方も」

「一人……? 以前は何人もいたのでは」

「事情がありまして……」

男が、待合室の椅子に腰を下ろした。

隣に座っていた老婆が、小声で言った。

「あんた、デッドエンドに行ったことはあるかい」

「いえ、ないですが」

「そっちに行った方が早いかもしれないよ。立派な病院ができたって聞いてるし、先生が丁寧に診てくれるって評判でね」

「デッドエンドですか……辺境の」

「遠いけど、ここで何時間も待つよりはね」

男が、腕を押さえたまましばらく考えた。

「……そうしてみます」

男が立ち上がった。

受付係が「あの、少し待っていただければ」と言ったが、男はもう扉に向かっていた。

老婆も立ち上がった。

「わしも行ってみようかね。ここで待つのも大変だし」

「お客様……」

老婆が、ゆっくりと出て行った。

待合室が、静かになった。

シュバルツが報告を聞いたのは、昼過ぎだった。

「……患者が、デッドエンドに流れているということか」

「はい。今週だけで、途中で帰ってしまった患者が十数名います。デッドエンドに行くと言った方が半数以上で」

「なぜだ。こちらは協会の正規支部だ。向こうは免許もない者が運営している施設だ」

「それは……聖女の数が減ったことで、待ち時間が大幅に増えてしまっていて」

「エリナはどうした」

「エリナ様は今日だけで十二人を診ていて、魔力の消耗が……」

「他の支部から人を回せないのか」

「王都支部も今は手が足りず……実は、王都でも同じような状況が出ていまして。辞めた聖女の何人かが王都出身で、そちらの空きも埋まっていない状況です」

シュバルツが、額に手を当てた。

「つまり、こちらの人手不足を、デッドエンドが吸収しているということか」

「……そのような形になっています」

三日後、シュバルツが自ら動いた。

馬車でデッドエンドへ向かった。

現地を見なければならないと思った。噂で聞くより、自分の目で確認したかった。

デッドエンドに着いて、馬車から降りた瞬間、目に入ったのは長い列だった。

新しい病院の前に、患者が並んでいる。王都から来たのか、馬車が何台も止まっている。辺境の住民だけでなく、明らかに遠方から来た者も混じっていた。

建物は、シュバルツが想像していたものより、ずっと大きかった。

石造りの、しっかりとした建物だ。窓が多く、光が入りやすい設計になっている。入口に看板が出ていて、診察時間と受付の案内が書いてある。

中に入ると、待合室が整然としていた。

椅子が並んでいる。記録をつけている係の者がいる。薬草の匂いがする。清潔だ。

受付に立っていた若い女性が、シュバルツを見た。

「診察ですか。今日の受付は、あと三十分ほどで締め切りになりますが」

「いや、私は」

「見学でしょうか」

「……そういうことになるかもしれない」

「ご案内しましょうか。先生に確認してきます」

シュバルツが待っていると、しばらくして白衣の女性が出てきた。

トーコだった。

シュバルツを見て、少し目を細めた。

「来られましたか」

「……見にきた」

「どうぞ。隠すものは何もありません」

トーコが、施設の中を案内した。

検査室。手術室。入院室。薬の調合室。どの部屋も整頓されていて、器具が丁寧に並んでいた。

「ここまでの施設が……辺境に」

「必要だったので、作りました」

「資金はどこから」

「商業ギルドと辺境伯から。患者が集まれば、維持できます」

シュバルツが、手術室を覗いた。

「……使われているのか、ここは」

「毎日使っています」

「手術が、毎日」

「必要な患者がいれば」

シュバルツが、窓の外を見た。

中庭に、大きな白い獣が寝ていた。

「あれは……フェンリルか」

「セルシウスといいます。怪我人が出ると、知らせに来てくれます」

「魔物が……」

「患者を運ぶ手伝いをしてくれています」

シュバルツが、しばらく黙っていた。

「あなたのところの聖女たちは、こちらで何をしている」

「診察の補助と、入院患者のケアを。治癒魔法で術後の回復を助けてもらっています」

「協会の聖女が、あなたの下で補助をしているということか」

「対等な関係です。私が外科的な処置をして、聖女の方々が治癒魔法で回復を補助する。それぞれの得意なことを、それぞれがやっています」

シュバルツが、トーコを見た。

「……あなたは、協会を敵だと思っているか」

「思っていません」

「なぜ」

「治癒魔法は必要です。私にはできないことが、聖女の方々にはできる。敵である理由がありません」

「しかしあなたは協会に何度も」

「妨害されました。でもそれは一部の方の行動です。治癒師や聖女の方々が悪いわけではない」

シュバルツが、目を細めた。

「……なぜそう言える」

「セラさんたちが来てくれたからです。あの方々は協会で育った聖女です。その方々が、ここで誰より丁寧に患者に向き合っています。それが答えです」

廊下の向こうで、セラが患者に何かを説明している声が聞こえた。

丁寧な声だった。

シュバルツが、廊下をしばらく見ていた。

「……見せてもらった」

「お役に立てたなら」

「役には、立った」

シュバルツが、出口に向かった。

扉の前で、立ち止まった。

「一つ聞く」

「どうぞ」

「グレーヴの骨折を治したのは、本当にあなたか」

「そうです」

「あの男は、あなたの施設の建設を止めに来た」

「はい」

「それでも治したのか」

「怪我をしていました」

シュバルツが、トーコを見た。

「……ちくしょう」

低く言って、扉を開けた。

外の光が、廊下に差し込んだ。

シュバルツが去った後、ミリアが出てきた。

「先生、さっきの人……協会の偉い方ですよね」

「そうです」

「何しに来たんですか」

「見に来たんだと思います」

「見て、どう思ったんですかね」

「さあ」

トーコが、次のカルテを手に取った。

「ちくしょうと言って帰りました」

「……それ、どっちの気持ちですかね」

「どちらもあるんじゃないですか」

ミリアが「そうですね」と言って、笑った。

病院の一日が、静かに続いていた。