軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27.

王都に戻る馬車の中で、シィナはずっと窓の外を見ていた。

景色は流れていく。しかし目には入っていなかった。

トーコの声が、頭の中で繰り返されていた。

——知識がなければ、力は凶器になります。

反論できなかった。悔しかった。自分は悪くないはずなのに、なぜあんなに言い返せなかったのか。

デッドエンドの患者たちの顔が浮かぶ。列を作って、静かに待っていた人たち。誰も、シィナの金紋に動じなかった。

ちくしょう、とシィナは思った。

屋敷に戻ると、父エドガーが玄関で待っていた。

表情を見た瞬間、シィナは全部伝わっているとわかった。

「……書斎に来い」

エドガーが背を向けた。

書斎に入り、扉が閉まった。

「なぜ勝手に行った」

「……見てやろうと思って」

「見てやろう」

エドガーが、低く繰り返した。

「患者を悪化させて、後始末を置いて帰ってきたということか」

「でも私は治そうとしただけで」

「結果が全てだ」

エドガーが、シィナを見た。

「お前が作った問題を、あちらに片付けさせた。それがどういうことか、わかるか。ハルト家の娘が辺境で起こした問題を、ハルト家が追放した娘が片付けた。そういうことだ」

シィナが、唇を噛んだ。

「噂は広まる。明日には王都中が知る」

「……父様も、あの治療が正しいと思うんですか。魔法を使わない邪道な」

「邪道かどうかは関係ない」

エドガーが、疲れた声で言った。

「患者が治っているかどうかだ」

翌朝、王宮から使いが来た。

国王陛下がお呼びだという。

エドガーとシィナは揃って王宮に向かった。馬車の中で、二人とも口を開かなかった。

謁見の間に通されると、国王が玉座に座っていた。

落ち着いた顔立ちの男だ。傍に、数人の大臣が控えている。

「ハルト家の当主と、令嬢か」

「はい、陛下。お召しにより参上いたしました」

「単刀直入に聞く。昨日、デッドエンドで何があった」

エドガーが、頭を下げた。

「誠に申し訳ございません。娘が勝手に出向き、患者に対して適切でない治癒を行い……後始末を現地の医師に任せる形になってしまいました」

「現地の医師に、か」

国王が、静かに言った。

「デッドエンドの治療院の先生に、ということだな」

「……はい」

「その先生の名前を、お前たちは知っているか」

エドガーが、少し間を置いた。

「……トーコと申します」

「トーコ」

国王が、その名前を繰り返した。

「ハルト家から追放された、長女だな」

エドガーが、頭をさらに下げた。

「……はい」

「知っているぞ、その者のことを」

謁見の間が、静まり返った。

「王妃の病を治したのは、その者だ」

エドガーが顔を上げた。

「……陛下」

「一年間、治癒師たちが手を尽くしても治らなかった王妃の病を、あの者が診断し、治した。鉛中毒という、これまで誰も知らなかった病名をつけ、根治させた。王妃は今、元気に庭を歩いている」

シィナが、息を呑んだ。

「ま、まさか……」

「お前たちが追放した娘が、王妃を救ったのだ」

謁見の間に、重い沈黙が落ちた。

エドガーの顔が、蒼白になっていた。

シィナが、ぼうっとした顔で国王を見ていた。

王妃を。あの落ちこぼれが。魔力ゼロの、無紋の、一族の恥が。

「そ、そんな……」

「驚くことではない」

国王が、静かに言った。

「驚くべきは、そういう者をお前たちが追い出したということだ」

エドガーが、何も言えなかった。

「ハルト家への苦情は、複数の貴族から上がっている。治癒の後遺症、説明のなさ、そして昨日の件。これ以上続くようであれば、王家との関わりについても見直さざるを得ない」

「……肝に銘じます」

「それだけではない」

国王が、エドガーを見た。

「あの者に、礼を言う機会を作れ。王妃が救われたことについて、正式に感謝を伝えたい。そのための機会を、ハルト家が作れ。それが、今できる最低限のことだ」

エドガーが、深く頭を下げた。

「……かしこまりました」

王宮を出て、馬車に乗った。

シィナは、ずっと黙っていた。

王妃を救った。鉛中毒。誰も知らなかった病名。一年間治らなかったものを、治した。

昨日、自分は何をしていたのか。

列に割り込んで、金紋をひけらかして、患者を悪化させて逃げ帰った。

その患者を、トーコが治した。

「父様」

シィナが、小さな声で言った。

「なんだ」

「……私は、どうすればよかったんですか」

エドガーが、しばらく窓の外を見ていた。

「知識を持てばよかった」

静かな声だった。

「魔力だけあっても、知識がなければ使いこなせない。それを、私もお前に教えなかった。それは私の誤りだ」

シィナが、父を見た。

父が自分の誤りを認めたのを、初めて聞いた気がした。

「……でも悔しい」

「そうだろう」

「あんな辺境で、あんな小さな治療院で、なんであの人がそんなに」

「それがお前への答えだ」

エドガーが言った。

「場所は関係ない。患者を治せるかどうかだ。それだけだ」

シィナは、また黙った。

馬車が、王都の石畳を進んでいく。

窓の外に、王宮の尖塔が見えた。

——知識がなければ、力は凶器になります。

トーコの声が、また聞こえた気がした。

今度は、少しだけ、違う聞こえ方がした。