軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15.

セラが来るようになって、ミラが来るようになって、それからひと月ほどで、治療院の朝が変わった。

開院前に、白い法衣が三人、四人と集まるようになった。

セラがミラに話し、ミラが同期に話し、同期がまた別の者に話した。天導協会の若い治癒師や聖女たちが、口々に言っていた。

「デッドエンドに、変わった医師がいる」

「魔力なしで、魔法より正確に診断する」

「治癒魔法で治らなかったものが治る」

「何より、理由を教えてくれる」

最後の一点が、若い聖女たちには特に刺さったらしかった。

治癒師の訓練では、魔力の扱い方を教わる。術式を覚える。しかし「なぜ」は教わらない。体の仕組みも、病気の原因も、傷がなぜ化膿するかも。ただ魔法をかければ治る、それだけだった。

トーコのところへ来ると、全部教えてもらえた。

なぜこの薬草が効くのか。なぜ傷を縫うのか。なぜ菌が感染を引き起こすのか。なぜ血液を調べると病気がわかるのか。

理由がわかると、魔法の使い方も変わった。

セラがそれを実感していた。

「魔力をどこに届ければいいか、わかるようになりました。先生に体の構造を教わってから、魔法の精度が上がって」

ミラが頷いた。

「私もです。傷の深さがわかると、どのくらいの魔力が必要か、判断できるようになって」

トーコは診察をしながら、二人の話を聞いていた。

「それは、あなたたちが考えたからです」

「先生に教わったから、です」

「材料を渡しただけです。考えたのはあなたたち」

月が変わる頃には、週に一度、まとめて話を聞く時間を設けるようになった。

集まるのは六人から八人。若い治癒師と聖女が混在している。待合室の椅子を並べ、トーコが前に立って話す。

血液検査の仕組み。人体の構造。感染症と菌の関係。栄養と体の回復の話。

難しい言葉は使わなかった。図を描いた。実際に器具を見せた。セラとミラが補足説明をした。

ミリアが後ろで「なんか、学校みたい」と小声で言った。

ガルドが「うるさい」と言いながら、自分もしっかり聞いていた。

その話が、天導協会の上層部に届くのに、さほど時間はかからなかった。

支部長のハルデンが、封書を持ってセラのもとへ来た。

「協会の者が、無免許の医師のもとで学んでいるのは、協会の品位に関わる。以後、その治療院への訪問は控えるように」

セラが封書を受け取った。

「理由を、伺ってもいいですか」

「品位の問題と言いました」

「先生の医療は、邪道ですか」

ハルデンが少し、眉を動かした。

「協会の認めた術式ではない」

「患者が治っています。理由を教わって、私たちの魔法の精度も上がっています。それでも、学んではいけませんか」

「規則の問題です」

セラが封書を静かに置いた。

「……伝えます」

ハルデンが出て行った後、セラはしばらく封書を見ていた。

それからトーコのところへ行った。

「先生、こういう話が来ました」

トーコが封書を読んだ。

「そうですか」

「どうしますか」

「セラさんたちが来にくくなるなら、やめましょう」

「やめません」

セラが、まっすぐ言った。

「私が決めることです。協会の規則より、先生のところで学ぶことの方が、患者の役に立っています。それは私が一番わかっています」

トーコは少し、セラを見た。

「処分を受けるかもしれません」

「受けます」

「……わかりました」

それから、嫌がらせが始まった。

治療院の前に「無免許の邪道医師」と書いた立て看板が立った。

朝、それを見たミリアが顔を真っ赤にして取りに行こうとした。

「置いておいてください」

「でも先生」

「読んだ人が判断します」

その日の午前、患者は普段通り来た。

立て看板を見て、鉱夫の男が「これ、誰が立てた」と言った。治療院に入ってから「先生のことを悪く書いてある看板は、俺が毎朝退かしてやる」と言った。

「置いておいてください」

「なんで」

「患者が判断することです」

男がぶつぶつ言いながら帰っていった。翌朝、看板はまだあった。その横に、誰かが花を一束置いていた。

次に来たのは、別の役人だった。

「患者への危険行為の疑いがあるとして、業務の実態を調査させていただきます」

トーコはカルテを全部出した。

「どうぞ」

役人が、厚いカルテの束を前にして、少し黯んだ。

「……これは全員分ですか」

「はい。治療前の状態、処置の内容、術後の経過。全員分あります」

役人が一枚一枚確認していく。

ミラが横でこっそりセラに囁いた。

「先生って、なんでこんなに記録を取っているんですか」

「こういうときのためもあるけど、それだけじゃないと思う」

「じゃあ」

「患者さんのことを、ちゃんと覚えておきたいから、じゃないかな」

セラが小声で答えた。

調査は半日かかった。役人が帰り際に言った。

「……問題は、見当たりませんでした」

「そうですか」

「患者への説明が、これほど詳細な医師は、初めて見ました」

それだけ言って、出て行った。

嫌がらせが続く中、ある日、天導協会の支部に重篤な患者が運ばれた。

王都から来た商人の男で、腹部に激しい痛みを訴えている。支部の聖女が治癒魔法をかけたが、一向に改善しない。別の聖女を呼んでも同じだった。魔力をいくら注いでも、痛みが引かない。

ハルデンが、しばらく唸っていた。

それから、使いを出した。

治療院に、封書が届いた。

ミリアが持ってきて、差出人を見て「天導協会から、また嫌がらせですか」と眉を寄せた。

トーコが開けた。

読んで、ミリアに渡した。

「……診てほしいって書いてある」

「そうです」

「先生に嫌がらせしてきた、あの協会が」

「患者がいます。行きます」

「先生……」

「患者を選びません。それはずっとそうです」

ミリアが封書を見た。

「協会は、謝りもしないんですか」

「今は患者が優先です」

協会の支部に行くと、ハルデンが待っていた。

いつもの威圧的な様子はなかった。ただ、疲れた顔をしていた。

「来てくれたか」

「患者を診ます」

商人の男を診察した。

魔力視を開くと、すぐにわかった。胆嚢に石が詰まっている。詰まった石が炎症を起こしている。治癒魔法は炎症を一時的に抑えているが、石そのものは取り除けていない。だから何度魔法をかけても治らない。

「胆嚢の石です。魔法では取り除けません。処置が必要です」

「どんな処置だ」

「今日はまず、炎症を抑える薬を使います。痛みが落ち着いてから、石を取り除く処置をします。二段階になります」

ハルデンが黙っていた。

「先生に、お任せします」

処置が終わり、男の顔から苦悶の色が消えた。

ハルデンが、廊下でトーコに言った。

「……礼を言う」

「患者が回復すれば、それでいいです」

「看板の件は、私の指示ではなかった。しかし止めなかった。それについては、謝る」

トーコは少し、ハルデンを見た。

「わかりました」

「一つ、聞いていいか」

「どうぞ」

「なぜ、来てくれた。我々がしたことを知っていて」

「患者がいたからです。それだけです」

ハルデンが、長い間黙っていた。

「……そうか」

翌週、勉強会の日。

集まった若い聖女たちの中に、見慣れない顔が混じっていた。

二十代後半の、落ち着いた雰囲気の女性だ。白い法衣の胸元に、金紋が輝いている。

「突然申し訳ありません。話を聞いて、ぜひ参加させてほしくて」

セラが小声でトーコに言った。

「先生、あの方……協会の本部から来た方です。かなり位の高い聖女様で」

「どうぞ」

トーコは椅子を一つ増やした。

「始めます」

その日の勉強会は、いつも通りだった。

血液検査の仕組みの話をした。体の中の菌の話をした。

金紋の聖女が、最初は静かに聞いていた。途中から、手を挙げて質問した。

「血液を分離するのは、どこで思いついたんですか」

「前世の知識です」

「なぜ、記録をこれほど細かく取るんですか」

「後で見返したとき、何が起きたかわかるように」

「患者に説明するのは、なぜですか。治癒師は術をかけるだけでいい、という考え方もある」

「患者が自分の体のことを知っていれば、次に何かあったとき、早く来てくれます。知らないままでいると、気づいたときには手遅れになる」

金紋の聖女が、メモを取っていた。

勉強会が終わったあと、その聖女がトーコに言った。

「また来てもいいですか」

「どうぞ。患者はいつでも、学びたい方もいつでも」

聖女が、少し笑った。

「患者と同列に扱われるとは思いませんでした」

「来てくれる人は、みんな同じです」

それからしばらくして、天導協会の本部から通達が出た。

ガルドが街で聞いてきた話によると、協会の若手治癒師と聖女の教育方針を見直す、とのことだった。患者への説明を必須とする、人体の構造を基礎知識として教える。

「……先生のやってることが、標準になりつつある」

ガルドがお茶を飲みながら言った。

「そういうわけでもないでしょう」

「いや、そういうわけだ。あの金紋の聖女が、本部に持ち帰ったんだろう」

ミリアが「すごい……」と言った。

「先生、嬉しくないんですか」

「患者が正しく治療を受けられるなら、嬉しいです」

「先生が評価されたことが、ですよ」

トーコは少し考えた。

「……それも、少し」

ミリアが笑った。

セラが「よかった」と小声で言った。

ミラが「先生もちゃんと人間だ」と言って、セラに小突かれた。

シルフィが「きゅ」と鳴いた。

魔力視に映るのは、満ち足りた翠の光だ。

トーコは次のカルテを手に取った。