軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8.大切なイヤリング(2)

「エルウッドさん……」

ライラさんは、ちょっぴり泣きそうな顔でほほえんだ。

そのとき、ペーブメントの向こう側からヒーラーの一団が歩いてきた。

先頭はセリーナ姉様だった。

彼女は私に気くと、おおげさに眉をひそめた。

「まあ、いやだ。落ちぶれて事務員になると、あんな汚れ仕事までさせられるのね」

「かわいそうに、ブーツがずぶ濡れですわね」

うしろを歩いていたヒーラーの女性が同情したように言う。

だがセリーナ姉様はしたり顔で否定した。

「あら、道が悪いのは元々総務部の責任ですもの。裾が汚れてしまうから早く改善してほしいのに、仕事が遅くて困ったものですわ」

そんな言い方をしなくてもいいのに……。

私が視線を足元に落とすと、ライラさんはスッと前に進み出た。

そして、堂々とセリーナ姉様に告げた。

「わかりました。ヒーラーのセリーナ・エルウッドさんからのご意見として、上に提出しておきます」

「え……? あ、いえ、別にそういうつもりでは……」

セリーナ姉様は、急にあわてふためいた。

総務部へ寄せられた意見は次長が対応を決めるのだが、その意見も回答も、双方の名前付きで総務部前の掲示板に貼りだされる。

救護部隊第三治癒班の班長であるセリーナ・エルウッドさんが「道が悪いのは元々総務部の責任」「裾が汚れてしまうから早く改善してほしい」というクレームを出したと、騎士団全体に知れ渡ることになるのだ。

そうなれば、慈愛に満ちたヒーラーというセリーナ姉様の外向きのイメージは、少々崩れてしまうかもしれない。

しどろもどろに言い訳をするセリーナ姉様には構わず、ライラさんが私の腕を取った。

「まだランチに間に合うわ。急ぎましょ」

「あ、はい」

私とライラさんはセリーナ姉様に背を向け、小走りで本部棟へ向かった。

△△△

「あたしの兄は、レーデン伯領騎士団で騎士をしているの」

本部棟の食堂で向かい合ってランチを食べながら、ライラさんが教えてくれた。

今日は私もライラさんも、〈春のランチパスタ〉を注文した。

たっぷりの春野菜と燻製肉をマルトの実で煮込んだ赤いソースが絶品だ。

騎士団で自給自足してる野菜は新鮮だし、燻製肉はじゅわっと香ばしい。

素材の甘みを感じる中にも程よくスパイスが利いていた。

パスタの茹で加減も完璧なアルデンテで、噛むと口の中でもちもちと弾む。

美味しくていくらでも食べられてしまう。

マルトが大好物らしく、幸せそうにパスタを食べるライラさんの両耳には、いつものように双頭の竜のイヤリングが輝いている。

彼女は懐かしそうに目を細めた。

「兄は四つ年上なんだけど、昔から仲がいいのよ。あたしも本当は兄さんのいるレーデン伯領騎士団に入りたかったんだけど、入団試験に落ちちゃったのよね。王都の騎士団本部の試験にはなんとか受かったけど、去年、レーデン伯領騎士団の百周年記念イベントに行ったら、やっぱりここが良かったなってしょんぼりしちゃって……」

「そうだったんですか……」

仲がいいお兄さんがいるのなら、当然そちらの騎士団の方がよかっただろう。

私も、たとえ嫌われていたとしても、父様がいたこの騎士団がよくてここに入ったのだから。

ライラさんはそっとイヤリングに触れた。

「落ち込むあたしに、兄さんがこれを買ってくれたの。『このイヤリングが俺の代わりに、海の悪魔と山の悪魔からお前を守ってくれるよ』って。だから毎日身に着けてるのよ」

「素敵なお兄さんですね」

温かい兄妹愛の話を聞いてほっこりしていたら、ライラさんが笑みを浮かべた。

「見つけてくれて本当にありがとう、アシュリー」

「い、いえ、そんな……ライラさんのお役に立ててよかったです」

突然名前で呼ばれてどぎまぎしていると、彼女はグッと顔を近づけた。

「ねえ、同期なんだから呼び捨てでいいわよ。敬語も禁止」

「禁止と言われても……」

私は目をさまよわせた。

去年まで通っていた貴族学院ではみんな「様」付けで呼び合っていたし、互いに敬語で話していた。

いきなり呼び捨てで、敬語は無しで、と言われても困ってしまう。

だが総務部は平民出身の人が多く、同期の人のあいだではフランクな付き合いが主流のようだ。

モード先輩も同期の人たちに敬語は使わないし、呼び捨てだ。

昔から、郷に入っては郷に従え、という。

じっと見つめてくる彼女に、私は思い切って、呼びかけた。

「……ライラ」

「うん! よくできました!」

腕を伸ばし、わしゃわしゃと私の髪を撫でてくる。

笑い合いながら、私が育てているマルトの実は、あとで全部ライラにおすそ分けしようと決めた。

こうして、騎士団本部の中に私の二人目の友人ができたのだった。

△△△

「……というわけで、今日のランチはライラと食べていたんです」

終業後。

今日も溜まってしまった仕事を片付けていたら夜になり、帰ろうとしたらばったりレイさんに会って、寮まで送ってもらうことになった。

ざっくばらんだが優しいレイさんは、夜に私に会うといつも女子寮まで送ってくれる、騎士道精神あふれる人だった。

そもそもの彼との出会いが私が魔物に襲われているところだったので、もしかしたら私の顔を見ると反射的に魔物に襲われそうに見えてしまうのかもしれない。

並んで歩いていると、レイさんに「今日は食堂にいなかったな」と言われたので、私はその理由を説明したのだった。

すっかりご飯友達になったレイさんを一人にしてしまい、申し訳なかった。

けれども同じ総務部で同期のライラと仲良くなれたことが本当にうれしかったので、私はにこにこしながらその話をした。

フードと前髪で目元の表情が隠れているレイさんも口元を笑ませながら聞いてくれていたので、一緒に喜んでくれているのね、とさらにうれしくなる。

だが、私が話し終わると、彼は笑顔のままこちらを意味ありげに見下ろした。

「あのさ……俺も同期なんだけど」

「そうですね」

レイさんが人差し指を私に突きつけて言う。

「敬語禁止」

「えっ? いや、でも、レイさんは……」

「『さん』付けも禁止」

「うっ……」

何もしゃべれなくなった私に、レイさんは、スッと顔を近づけた。

アッシュブロンドの前髪が揺れる。

その隙間から、普段は隠れている瞳がちらりと垣間見えて、ドキッとした。

夜なので瞳の色までは見えないけれど、いつもとは別の人のように思えてしまう。

心臓がばくばくと暴れ出し、湯気が出そうなほど顔が熱くなった。

距離が、近い。

それだけで私はこんなにも取り乱してしまうのだ。

そのうえ敬語も敬称も取り払ってしまったら──

「アシュリー」

囁くような低音で、レイさんが私の名を呼んだ。

私はパッと顔を背けた。

「き、騎士様を呼び捨てになんて、できませんっ!!」

私も騎士団長の娘ではあるけれど。

その父を亡くし、遺産も屋敷も受け継ぐことができずに事務員をしている私自身は、何者でもない。

彼自身が騎士爵を持ち、もしかしたら実家も高位貴族かもしれないレイさんとの距離を、気軽に縮めることなんてできない。

「送ってくださってありがとうございました!」

目をそらしたままそう言うと、私は逃げるように、もう目の前まで来ていた女子寮に駆けこんだ。