軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

7.大切なイヤリング(1)

三階の部屋の窓から見える景色が、日に日に新緑色に染まっていく。

初夏になろうとしていた。

朝から日差しが眩しく、強い。

夜のあいだに降っていた雨はすっかり上がり、濡れた木々の葉が朝日にキラキラと反射していた。

出窓に置いたプランターのマルトの木は重そうにたくさんの実をつけていて、若々しい緑色から、艶のある赤色に変わってきている。

どれも収穫間近だ。

「一人じゃこんなに食べきれないわね」

ぽつりと呟くけれど、私にこれをおすそ分けできる友人なんて──

ぽん、と相変わらず前髪で目が見えないレイさんの顔が浮かんだ。

ぽぽん、と先日レイピアの扱い方を教わったときの彼の手の感触までもが思い出されて、なぜかそわそわと落ち着かない気分になった。

彼の他には職場で誰一人として仲の良い友人のいない私は、なんとなくずるずると仕事をしていつも遅いランチを取るようになり、そうしたら食堂には大抵いつもレイさんがいるので、この頃はなんとなく二人でランチを食べる習慣ができつつある。

きっと、レイさんにもあまり友人がいないのだろう。

ざっくばらんだけど優しい彼の隣の席は居心地がよくて、他愛ないおしゃべりができるのもうれしくて、最近はランチの時間が楽しみだった。

だけど、時々、整った鼻筋や口の形、私とは全然違う大きな手の甲やそこに浮き出た血管などに、ふと目を奪われる瞬間があって。

そんなときには、なぜかいたたまれないような気持ちになり、思い切り目をそらしてしまうのだった。

おそらくレイさんも私を気楽な地味仲間、あるいはぼっち仲間として認識し、ランチに付き合ってくれているだけなのだろう。

それなのに、あまりじろじろ見たりしてはいけない。

朝の鐘が鳴り響いた。

私は仕事用のメッセンジャーバッグを肩にかけると、気持ちを切り替えて寮の部屋を出た。

「エルウッドさん、この伝票を経理部に持っていってくれる?」

「はい、わかりました」

「エルウッドさん、頼んでおいた報告書は?」

「はい、こちらです」

総務部へ出勤するなり、 教育係(メンター) のモード先輩をはじめ、事務職員が次々と私の席に来る。

近頃、私は「仕事を頼めば喜んでこなす新人」というキャラが確立されてきて、総務部長のスミスさんからアサインされた仕事のみならず、先輩方や同期からもどんどん雑用を頼まれるようになっていた。

自分で望んだことだし、仕事でランチが遅れればレイさんと一緒に食べられるので、何も不満はない。

でもそんな私を、同期のライラ・シンクレアさんが時々面白くなさそうな目でにらんでくるのが気になっていた。

ライラさんは私と同い年の十八歳で、今年入団した新人事務員だ。

長身で、赤い髪を高い位置で結っていて、茶色の瞳は少し気が強そうな印象を与える。

彼女はよく私を険しい目で見つめている気がするのだけど、特に何か言われたりされたりするわけではない。

私はむしろ、ライラさんと仲良くなりたかった。

なぜなら彼女はいつも、レーデン伯領騎士団の創立百周年記念イヤリングを耳に着けているから。

レーデン伯領騎士団は、王都の南西のレーデン伯領に建立された、双頭の竜の紋章がトレードマークの歴史ある騎士団だ。

なにしろ創立百年である。

王都とは地理的に近いこともあり、昔から騎士団本部とも連携を取り協力し合いながら魔物に立ち向かってきた。

王都と繋がる街道も一番太く、利用者も多い。

盟友ともいえる間柄だ。

父様も騎士団長として何度もレーデン伯領を訪れていた。

私が小さかった頃には一緒に連れていってもらったこともある。

まだ、私が父様に失望されていなかったころの話だ。

そんな親しみがあるので、去年、レーデン伯領騎士団が創立百周年記念イベントを大々的に開催するらしいと聞くと、たまたま貴族学院が試験休みだった私は同じ趣味の学友と一緒に遠征した。

レーデン伯領騎士団には「緑陰の騎士」レナード様のような看板騎士はいないけれど、古来より、ある伝説の生き物の存在が信じられている。

イベントではそれを模した記念グッズが販売されるというので、私たちは胸を躍らせていた。

だが、張り切って向かったはいいものの悪天候で馬車は遅れに遅れ、レーデン伯領に着いたときには、欲しかったものはすべて売り切れていた。

ライラさんが身に着けている、黄金の双頭の竜のイヤリング。

それは、まさに私が一番欲しかったけれど手に入れられなかった、幻の限定グッズなのだった。

そんなことを考えながら仕事にいそしんでいたら、斜め向かいの席から、突然叫び声があがった。

「ない……!」

振りかえると、ライラさんが立ち上がり、青い顔をして机の周りでなにか探し物をしていた。

周囲の人たちは、なにごとかといった顔でそれを見ている。

「どうしたんだね、シンクレア君」

部長のスミスさんが近づいてきて、尋ねる。

ライラさんは、きゅっと眉根を寄せて言った。

「あ……すみません。イヤリングを片方落としてしまったようで……業務に戻ります」

スミスさんはおざなりに「そうか。見つかるといいね」と言い、立ち去った。

ライラさんはまだ探したいそぶりを見せていたが、仕事に戻った。

私も仕事の続きをしながらも、ライラさんのことが気になっていた。

わざわざレーデン伯領にまで行って手に入れた限定イヤリングなのだ。

なくしてしまったとしたら、相当なショックだろう。

お昼休みになると、ライラさんはすぐに席を立ち、一人で居室を出た。

ちょうど仕事が切りのいいところだった私も、つられるように立ち上がりあとを追った。

思った通り、ライラさんは朝通った道をしらみつぶしに探し、イヤリングを見つけ出そうとしているようだった。

一階のエントランスホールを、うつむきながら真剣な顔で歩いている。

「ライラさん」

声をかけると、一心にイヤリングを探していた彼女はびっくりして顔を上げた。

「エルウッドさん? なんの用?」

あまり話したことのない私がいきなり話しかけたせいか、警戒心がにじみ出ている。

私は笑顔を作って言った。

「あの、探し物をしているんだったら、私も手伝いたいなと思いまして」

「……結構よ」

「いえ、でも二人で探した方が」

ライラさんはイラっとした顔で私をにらみつけた。

「あなたねえ……そういうところよ」

「え? な、何がですか?」

「いつもいつも人のことばっかり気にして、自分はランチも帰りも遅くなって、一人で損してるじゃない! あたし、そういう人を見てるとイライラするのよね」

「あ……すみません」

どうやら私が彼女を怒らせてしまっていたらしい。

でも、たぶんそれは心配の裏返しのような気がする。

不器用な同期の私のことを、ずっと気にしていてくれたということなんだろう。

私は心からの笑みを浮かべた。

「ありがとうございます、ライラさん。気にかけてくれて」

「な、なんでそうなるのよ……」

「あのイヤリング、去年のレーデン伯領騎士団の、創立百周年記念グッズのイヤリングですよね?」

「そうだけど……あなたも行ったの?」

「行ったけど売り切れてたから、ライラさんのイヤリングを見て、いいなあっていつも思ってたんです」

「…………」

「それに、双頭の竜には『海の悪魔と山の悪魔を両にらみして寄せつけない』という意味がありますから。ライラさんの大切なお守りを、一緒に探させてください」

彼女は虚を突かれたように私を見つめた。

でも、まだためらっているようだ。

いつも私が誰かのお手伝いをしているから、自分も手伝わせてしまうのは気が引けるのかもしれない。

嫌(いや) がられているわけではなさそうなので、もう探しはじめてしまうことにした。

早くしないと昼休みが終わってしまう。

「イヤリングはいつなくしたんですか? 心当たりはありますか?」

「え……ええと、朝、寮の部屋の鏡の前でいつものように着けたわ。それから総務部に出勤して……気がついたら、なくなっていたの」

戸惑いながらも教えてくれた。

私は頭の中でそのルートを再現してみた。

寮から総務部のある管理棟までの長い 舗装道路(ペーブメント) 、管理棟に入ってからエントランスホールを通り二階へ上る階段、二階の廊下から総務部の居室へ入り、ライラさんの席へ──

手間だけれど、やはり来た道を戻りながら地面をじっくり探すしかないのかもしれない。

私の横を通りがかった事務員の二人連れが、天気の話をしているのが聞こえた。

「雨、もう降らないかしら?」

「今日は大丈夫そうね。ゆうべはひどかったわ」

ふと、朝の出勤のとき、管理棟の前の道が夕べの雨でできた水たまりだらけだったことを思い出した。

「ライラさん、外へ出てみましょう!」

「外?」

「朝、水たまりを飛び越えたときに落ちたのかも」

「……あっ」

彼女は茶色の目を見開いた。

私たちは管理棟の正面玄関を出て、まだあちこちに大きな水たまりの残るペーブメントに立った。

この場所はかなり水はけが悪いようで、大きな水たまりがいくつもできていた。今朝の出勤時間、管理棟へ行く事務員の人たちはみんな足が濡れるのを嫌がり、道をふさぐ水たまりをピョンと飛び越えていた。

もしもライラさんがそのときにイヤリングを落としたのだとしたら、まだこの辺りに落ちているはずだ。

私たちは黙々と水たまりを凝視して探した。

ランチのために管理棟を出る人たちが奇異の目で見るけれど、気にせず探し物に集中する。

しばらくすると、ひときわ大きな水たまりの中に、キラリと光るものを見つけた。

「あ、あれかもしれません」

「えっ」

ライラさんが駆け寄る。

それは、寝そべった牛ほども大きさのある水たまりの真ん中に沈んでいた。

あれを取るには、どうしても水に足を踏み入れないといけない。

私はざぶりと水たまりにブーツを突っ込んだ。

「ちょっと、エルウッドさん!」

ライラさんが驚いて叫ぶが、私はそのままざぶざぶと水たまりを突っ切り、それを拾い上げた。

にっこり笑ってライラさんに見せる。

「イヤリング、ありました!」