軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35.伝えたいことがあるんだ(2)

総務部に入ったアシュリーは、普通よりも遅い時間に一人で昼食を取っているようだった。

俺も騎士団の看板騎士というかなり特殊な任務のあと、人の少ない昼時に訓練場で自主練をしてから一人で食堂へ行くことが多かったので、自然に一緒にランチをするようになった。

レナードの見物客たちから踏まれないように子猫を助けたり、騎士向けで量の多い昼食を美味しそうにぺろりと食べたりする姿をそばで見ているうちに、俺はだんだんアシュリーを好ましく思うようになっていった。

やたらと自分を卑下するところは気になったが──まさか、あの騎士団長の父親と自分を比べて落ち込んでいるのか?

そこは比べても仕方がないだろうに。

なんだか放っておけなくて、一緒にいると楽しくて。

いつの間にか恋に落ちていた。

アシュリーはレナードのファンだったが、レナードのことも、顔じゃなくて剣技を褒めてくれた。

俺の顔がいいのは親父からの遺伝だが、剣の腕がいいのは気が遠くなるような努力と時間をひたすら積み重ねてきたからだ。

剣技だけは、俺が自分で手に入れた、唯一誇れるもの。

彼女にそれを認めてもらえて、今までの人生のすべてが報われたようにうれしかった。

近づいてくる夏至祭に誘いたかったが、その日はレナードとしての仕事がみっちり詰まった一日だ。

しかもアシュリーの叔父で横領に手を染めているバイロン・エルウッドに仕掛けた「ねずみとり作戦」を決行する日でもある。

とてもじゃないがデートをしている余裕はないのだが。

「夏至祭に、一緒に行きませんか?」

かわいいアシュリーからクイッと袖をつかまれ、恥ずかしそうにそんなセリフを言われたら、断るという選択肢は消え失せた。

レナードとして出る日中のトーナメントやパレードは抜けられないが、最後の花火だけは、どうしても彼女と見たい。

メンターであるガウェイン先輩がセッティングしたという飲み会も、レイとして所属する部隊で誘われていた打ち上げもパスすることにして、俺はアシュリーと花火を見る約束をした。

夏至祭当日。

その日は朝から看板騎士としての仕事が分刻みで入っていて、目が回るような忙しさだった。

発煙筒の白い煙を見つけたときも、レナードとしてトーナメントに出場する直前だった。

聖堂の近くでそんな合図を出しそうな人間など、一人しか知らない。

迷わず会場を飛びだし、煙の上がっている場所へ向かった。

パレード中の騎馬隊と出くわし、発煙筒が降ってきた場所を聞き出していると、近衛騎士たちを連れたルシアンが追いついてきた。

話のわかる幼馴染は端的に俺に言った。

「一試合ずらしてもらった。すぐに片付けるぞ」

「了解」

聖堂では「治癒の会」の最中だった。

驚く人々を尻目に塔への階段を駆けあがる。

壁際でぐったりしているアシュリーを見た瞬間、心臓が止まるかと思った。

「大丈夫か、アシュリー!?」

「レナード様、どうして……?」

その瞬間、俺は 自分(レナード) に嫉妬した。

なんで今この姿なんだ。

なんで一番にアシュリーを助けに来たのが 俺(レイ) じゃないんだ。

バイロンたちは捕まえたが、俺はアシュリーのそばに留まることはできなかった。

レナードとしてトーナメントに戻らなければならない。

嫌々ながらルシアンに彼女を頼み、そばを離れた。

トーナメントでは優勝した。

すぐに控室に戻り、その日最後のパレードの準備をする俺に、ルシアンが笑顔で近づいてきた。

「優勝おめでとう、レナード」

「ああ。それよりアシュリーは……」

「彼女とはさっきまで一緒におまえの応援をして仲を深めた」

「は?」

「かわいい子じゃないか。私が奪ってしまおうかな」

「……っ! おまえ……!!」

「おや、もう最終のパレードが始まるようだぞ? 早く行った方がいい」

パレードのあいだ、気が気じゃなかったのは言うまでもない。

ようやくパレードが終わると、お役御免となったレナードの衣装から今日のために用意しておいた服に着替え、真ん中で分けられた髪をぐしゃぐしゃとくずして、待ち合わせ場所へ急いだ。

アシュリーだけは、 看板騎士(レナード) にも 第二王子(ルシアン) にも取られたくない。

彼女に会ったら、花火を一緒に見て、そのあとで告白するつもりだった。

だが。

俺のために買ってくれたたくさんの食べ物を噴水のふちに次々と並べるアシュリーが、俺を見上げて最高の笑顔で「レイさんは何が好きですか?」と尋ねたとき。

「あんたのことが好きなんだ」

我慢できずに、自分の気持ちを伝えてしまった。

そういう意味で聞かれたんじゃないことはわかっているが。

「…………わ……私も、レイさんのことが好きです……」

うるんだ瞳で見上げられ、そう返事をもらえたときは、士官学校の実習で魔物の巣に突き落とされ瀕死で生還したときの何倍もうれしかった。

体が勝手に動いて、アシュリーの手にキスをした。

俺はそのまま、自分がレナードだと打ち明けようとした。

ところが、ちょうど花火が打ち上がった。

「きれい……」と目を奪われている彼女に込み入った話をすることなどできず、そのままずるずると数日が経ってしまった。

▲▲▲

無事にアレンさんの遺産を受けとったアシュリーだが、叔父たちのいなくなった屋敷に戻ることはせずに、王都の森の騎士団で事務の仕事と寮暮らしを続けている。

最近、アシュリーは本部棟の売店担当を任されたようで、ますます張り切って仕事をしているようだ。

あの売店のおばあさんは、数代前の 騎士団本部(ここ) の事務局長だったが、今は引退していて売店の店番をしながら若い団員たちを見守るのが趣味らしい、とルシアンが以前言っていた。

アシュリーによると、叔父に捕まりながらも窮地を切り抜けられたのは、おばあさんに勧められた魔法アイテムの数々のおかげなのだそうだ。

やはり、元事務局長は只者ではない、ということだろうか。

店番をしているところは、ごく普通のおばあさんにしか見えないんだが……人は見かけによらないものだ。

そんなこととは露知らぬアシュリーは、いつも楽しそうに元事務局長と商品の話をしている。

季節はすっかり夏になり、王都の森もむせるように濃厚な緑色だ。

休日、俺とアシュリーは聖堂に隣接した墓地へ来ていた。

アレンさんの墓参りをするために。

鳥たちのさえずりを聞きながら、日だまりの墓に花を手向け、二人並んでアレンさんの墓前に祈る。

顔を上げたアシュリーは、晴れ晴れとした表情を浮かべていた。

「なんて祈ったんだ?」

墓地の出口へ歩きながら尋ねると、彼女はほほえんだ。

「お屋敷を私に遺してくださってありがとうございます、これからも父様の名に恥じないようお仕事がんばります、とお祈りしました」

「そっか」

「レイさんはなんてお祈りしたんですか?」

「俺? アシュリーのことは俺に任せて、安心して眠ってください、って」

「なっ……」

真っ赤になってあたふたするアシュリーがかわいい。

もっと近くで見たいと顔を寄せたら、恥ずかしそうに、くるりと背中を向けられた。

背後の墓からアレンさんの圧を感じる……ような気がする。

わかっている。

前騎士団長の大事な娘と付き合うのだ。隠しごとは、もうしない。

それに、どちらにしてもアシュリーにはちゃんと伝えたいから。

俺がレナードだと打ち明けたらどんな顔をするのだろう。

びっくりして、それから……喜ぶだろうか? それとも怒る?

少し不安もあるが、その顔を見るのが楽しみだった。

俺の少し前をアシュリーが歩いている。

その背中を見ながら、俺は目深に被っていたフードを外し、前髪をかき上げて横へ流し、目元をあらわにした。

そして、名前を呼んだ。

「アシュリー」

〈おしまい〉