作品タイトル不明
34.伝えたいことがあるんだ(1)
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俺の父親はやたらと顔が良かった。
政略結婚だったが、母は父の顔に惚れこんだ。
しかし、根っから浮気性の父は三人の男子を授かったらもう十分とばかりに、妻には見向きもせず女のもとを渡り歩くようになった。
俺には兄と弟がいるが、どちらも母親似。
俺だけが、金髪も緑の目も顔立ちも、ろくでなしの父親に瓜二つだった。
遅くなっても父が帰らない夜、俺は決まって、母からせつない瞳で見つめられる。
そんな夜が大嫌いだった。
まるで呪いみたいだった。
一体俺がどんな悪いことをしたというんだ?
心労がたたったのか、母は俺が十歳になる前に死んだ。
そのときも父は性懲りもなく女のところにいて、母は最期まで悲しそうだった。
親戚一同もさすがに見かねたのだろう。俺の兄は成人すると同時に、父から奪うような形で爵位を継がされた。
だが父はむしろ清々したとでも言うように、今もめったに侯爵家には帰らず、好き勝手に遊び暮らしている。
こんな生い立ちだから、俺が自分の顔を嫌いになるのも無理はないだろう。
レイフォード・バラクロフ、通称レイ。侯爵家の次男で騎士。現在は王都の森の騎士団本部討伐部隊に所属している。
この顔のせいで、幼い頃から苦労した。
女から言い寄られることの何が苦労なんだと怒られるかもしれない。
だが、自分が望まないことを延々とされ続けるのは誰にとってもきついだろう。
毎日じろじろと見られ、顔しか知らないくせに誘われ、迫られ、断ると泣かれる。
俺に一体どうしろと言うんだ。
幼稚舎から一緒でよくつるんでいた第二王子のルシアンはいつも『くだらん、気にするな』と言っていたが、気にせずにいられる強心臓があれば最初から苦労はしていない。
あまりにもうんざりして、服装規定のゆるい貴族学院の中等部に入ると、前髪を伸ばしフードを被って目元を隠した。
そうしたらだいぶマシになった。
顔の上半分が見えない姿で目立たないよう過ごしていると、俺は女子たちからむしろ空気のような存在として扱われた。
現金だなと思ったが、その方がずっと気楽だった。
騎士になるために厳しい規律の士官学校に入ってからも、俺はその格好を貫いた。
士官学校には騎士を目指す女子生徒も多い。
命を預ける仲間と色恋沙汰のトラブルなんてごめんだ。
もちろん俺は教官に怒られ、呼び出されて説教された。
だが一向に改めないし、なまじ俺の身分が高いために教官も強いことは言えない。
ついに一番のお偉方の前に突き出された。
それがアレン・エルウッド──当時の騎士団長だ。
アレンさんは無口で無表情のいかつい大男だが、話のわかる男だった。
俺が「顔のいい父親のせいで母親が苦労して死んだからこの顔は嫌いだ」と正直に話すと、「そうか」とだけ答えた。
魔物以外では平和な時代のためか、その頃ちょうど王国では多様性が叫ばれていて、騎士団でも個人の自由を尊重しようという空気になっていた。
アレンさんは騎士団の服装規定の改定を指示してくれ、それ以来、何かと俺を気にかけてくれるようになった。
騎士団長の愛娘と俺が同い年だったというのもあるだろう。
たまに士官学校と騎士団の合同訓練なんかで顔を合わせると、ぽつぽつと娘の話をしてくれた。厳しい人だが、そのときだけは優しい目をしていた。
娘は騎士団に憧れているようだから、もしも 騎士団本部(うち) に入ったらよろしく頼む、と頭を下げられたときには驚いた。
俺はただの士官候補生で、まだ騎士にすらなってない青二才なのに……「準備が九割」という口癖の通り、騎士団長はどんなときも未来を見据えて行動している。
上級レベルの魔物を討伐する危険な遠征でも、日常のルーティンワークでもそうだ。
だから、相手がどんな若造でも、一人の人間としてまっすぐに向き合うのだろう。
俺もそんな騎士団長に感化されたのか、去年の夏至祭前にルシアンから「騎士団本部の財政を潤すために看板騎士を作りたい。おまえ、『緑陰の騎士』レナードとしてトーナメントに出てくれ」と頼まれたときにも、断りはしなかった──かなり抵抗はしたが。
まだ正式に叙任すらされていないときだったが、すでに本部の参謀アドバイザーをしている第二王子から騎士団の財政が苦しいと打ち明けられたら、騎士志望の俺としても他人事ではない。
それに、顔以外で俺に人並み以上の何かがあるとしたら、幼い頃から打ちこんできた剣技だけだ。
その剣を多くの人に見てもらえるならまあいいかとも思った。
「緑陰の騎士」レナードのファンだというほとんどの人はやはり顔を褒めるのだが、仕事だと割り切ればそこまで気にならなかった。
レナードは所属も年齢も非公表で、ルシアンも正体がバレないように気を配ってくれた。
騎士団本部内でも、レナードが俺だと知る人間はほんのわずかだ。
レイとして過ごす日常は以前と何も変わらず、そのおかげで俺は誰からも注目されずに静かに過ごすことができた。
アレンさんも、レナードを演じる俺をねぎらってくれた。
彼が率いる騎士団のためなら、看板でもなんでもやってやろう、と思っていた。
だが仕事にも最後まで真面目すぎるほどだった騎士団長は、王宮の式典で反乱分子に第三王子が襲われたとき、どの近衛騎士よりも先に第三王子の盾となって命を落とした。
アレンさんの娘のアシュリー・エルウッドが騎士団本部に入ったのは、春の入団式が終わってしばらく経ってからだった。
その日、俺は新しく騎士団長に就任したバーナード・デルフォイさんに呼び出された。
苦労人でバランサータイプのバーナードさんは、長年アレンさんの右腕として副団長を務めてきた人だ。
そして、アレンさんの親友でもあった。
もちろんその娘のことも昔から知っているのだろう。
バーナードさんは騎士団長室に足を踏みいれた新入り騎士の俺に、開口一番こう言った。
「よく来たな、レイフォード・バラクロフくん。さっそくだがきみに重要な任務を命じる」
「はい」
「本日付で総務部に配属された事務員のアシュリー・エルウッドくんを、彼女の終業後、女子寮まで安全に送り届けてくれ」
「……はい?」
「しっかり頼むぞ。アレンへの 手向(たむ) けだ」
バーナードさんは日焼けと皺がいい味を出している痩せた顔に、ニヤリと笑みを浮かべた。
よく意味がわからなかったが、俺もアレンさんの娘には興味があったので異存はない。
レナードとしての仕事が長引いたため、俺が総務部へ行ったときにはすっかり夜で、入れ違いになってしまった。
走って女子寮への道をたどると、女子事務員がブラックグリズリーに襲われているところに出くわした。
その事務員がアシュリーだった。
俺は魔物を一撃で倒し、どうやら何も知らないらしい彼女にここで生きていくための最低限の注意を与えながら、寮まで送った。
辺境の貴族学院を出たというアシュリーは世間知らずで危なっかしく、父親のアレンさんとは、あまり似ていないような気がした。
そのときも、俺は前髪とフードで顔はほとんど見えなかったはずだ。
初対面でそんななりをしていると気味悪がられて、女の子からはむしろ避けられることが多い。
だがアシュリーは避けるどころか、走って寮の部屋からマルトの実を取ってきて、俺にくれた。
「これ、私が育てているマルトの実です。栄養豊富で疲労回復にも役立つので、もしよかったらおひとつどうぞ」
もらった実を食べたら、うまかった。
昼間はレナードとして性に合わない仕事をしていたので、もぎたてのその実は、疲弊していた心身に沁みた。
それに、相手がどんな外見でも一人の人間としてまっすぐ向き合うところは父親と似てるな、とうれしくなった。