作品タイトル不明
32.二人で見る花火(2)
「アシュリー、遅くなってごめん!」
パレードの最後をレナード様の騎馬隊が締めくくると、しばらくして、レイさんが待ち合わせ場所の噴水の前にやって来た。
仕事が終わって走ってきてくれたのか、珍しく息が上がっている。
今日はいつものローブは羽織っていない。
レイさんのすらりと長身の体によく似合う凛々しい黒の騎士服に、鮮やかな金色の 飾緒(エギュレット) という姿だ。
私の瞳と同じ、金色の。
黒一色の騎士服にとても映えて目を引くので、なんだか意識してしまう。
レイさんが格好いいからよけいに困る。
アッシュブロンドの髪はいつもと変わらず目元を隠しているのだけど、一度きれいに整えたあとでわざとくずしたような無造作感があって素敵で、彼が動くとわずかに垣間見える瞳にドキッとする。
あたりは宵闇に包まれ、あちこちに魔法ランタンの光が灯されて幻想的だ。
広場の中央に立つ柱にも無数のランタンが飾りつけられ、夜の夏至祭を照らす美しい光の柱に変身した。
気がつけば昼間よりもずっと人は少なくなり、出店もどんどん店じまいをしている。残っているのは花火を待つカップルばかりだ。
急に恥ずかしくなってきて、少し目線を外しながら言った。
「レイさん、お疲れさまです」
「お疲れ。今日は大変だったな……ルシアンから聞いたけど、聖堂の塔に閉じこめられたんだろう? 大丈夫か?」
レイさんは私の無事を確認するかのように顔をのぞきこんだ。
動悸が一層激しくなるが、彼を安心させたくて、笑顔で答えた。
「大丈夫です! レナード様とルシアン王子が来てくださったので」
レイさんは一瞬、押し黙った。
そして、うつむいた。
しばらくの沈黙のあと、苦しそうに呟く。
「……守れなくてごめん」
「えっ……いえ、そんなこと気にしないでください」
まるで恋人のような言葉にドキッとしてしまう。
だがよく考えると、そうではなくて亡き父に私のことを頼まれていたから、私が危ない目に遭ったことを気にしてしまっているのだろう。
口を固く引き結んだレイさんに、明るく笑いかける。
「怪我もしてないし、叔父たちも捕まって、本当によかったです」
けれど、レイさんは顔をまっすぐ私に向けて、真剣な声で言った。
「 俺(・) が(・) あんたを助けたかった」
「~~~~っ」
火にあぶられたかのように顔が熱くなる。
ど、どうしたんだろう?
今日のレイさんはなんだかいつもと少し様子が違う。
それに、社交辞令にしても一言ぐらいは私のドレスを褒めてくれるかと思ったのに、まるで何度も見た格好ででもあるかのようにスルーされてしまった。
私はレイさんの騎士服が素敵だと褒めたかったのだけど、完全にタイミングを逃してしまった。
しかも、なぜか彼は、私がレナード様とルシアン王子の名前を出したことが不満のようだ。
一日中仕事をしていて、疲れているのかしら?
レナード様もルシアン王子も、今日はレイさんは終日仕事だと言っていたし、みんなが楽しんでいる夏至祭でずっと裏方で働いていたら、疲れて様子がおかしくなるのも当然だ。
私は噴水のふちに置いた紙袋のことを思い出した。
「そうだ、レイさん、お腹空いてませんか? 出店で美味しいものをたくさん買ったんです。一緒に食べましょう!」
レナード様のトーナメントをルシアン王子と一緒に観戦したあと、私はすぐに広場へ行って、レイさんが好きそうな食べ物をどっさり買いこんだ。
パレードの最後を飾るレナード様の騎馬隊の行進は、トーナメントと並ぶこの夏至祭のメインイベントだけれど、それを諦めてまで出店に並んで買った美味しい屋台グルメの数々。
もちろん、食堂の料理長の出店にも並んだ。
料理長の出店で売っていたのは、この国の定番料理のオープンサンド。スライスしたパンにバターを塗り、サワークリームと燻製魚のマリネとハーブ、そして刻んだ柑橘を乗せたシンプルなものだ。
でも、腕のいい料理長の手作りなので美味しさは折り紙付きで、私が並んだときには売り切れ寸前だった。今も紙袋からはすごくいい匂いがしている。
「ほら、とっても美味しそうでしょう? レイさんと一緒に食べようと思って」
オープンサンドを差しだす。
だが、彼は私に向き合ったまま動かない。
……魚の気分じゃなかったのかしら?
「あ、肉の方がよかったですか? 串焼きもミートボールもありますよ。レイさんは何が好きですか?」
「アシュリーが」
「え……?」
紙袋から次々と美味しい物を取りだす私の手を、レイさんがぎゅっと握った。
たちまち、その手が火傷しそうに熱くなる。
都合のいい勘違いをしてしまいそうだ。
さっきの私の『レイさんは何が好きですか?』という問いに、レイさんは『アシュリーが』と答えたのだと。
そんなはずがないのに。
けれど、彼の方へ顔を向けると。
間違えようもないほど、はっきりと告げられた。
「あんたのことが好きなんだ」
時間が止まったようだった。
まるで、世界中にレイさんと私だけがいるみたいな、そんな錯覚に襲われて。
夏至祭のお客さんたちも、噴水も、美味しいものも、他のことはなにも目に入らなくなってしまう。
彼はじっと返事を待っている。
心臓が壊れてしまいそうだ。
私は夢の中にいるようなふわふわした心地で答えた。
「…………わ……私も、レイさんのことが好きです……」
「本当に!?」
勢いよく顔を近づけられる。
「ほ、ほんとう、です」
「………………よかった」
レイさんは心から安堵したように大きく息を吐いた。
そして、ずっと握ったままの私の手に、愛おしげにキスをした。
体中の血が沸騰しそうだった。
レイさんは私を殺すつもりだろうか?
彼の前髪の隙間から、ランタンの灯に照らされた緑の瞳が、私を見つめている。
「……アシュリー、もしも俺が……」
その瞬間、ドーンと空気を震わせる大きな音がした。
夜空に大輪の光の華が咲く。
次々と打ち上がる花火に、お客さんたちの歓声があちこちから聞こえてくる。
「きれい……」
私も花火に目を奪われていたが、ハッとして傍らのレイさんを振りむいた。
「あっ、すみません。さっき何か言いかけてましたか?」
「…………いいや。また今度で」
レイさんは、ふわりと口元をほころばせた。
その優しい笑顔と声に、きゅっと胸が締めつけられた。
この人が好きだ、と改めて思う。
手をつないだまま、一緒に花火を見上げる。
去年も私はこの場所で花火を見たけれど、騎士団長の父様は仕事で忙しくて、私は一人で花火を眺めていた。
でも今は、大好きな人が隣にいてくれる。
つないだ手は温かくて、夜空に輝いては消える花火は、今までに見たどんなものよりも美しかった。