軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30.騎士団長の娘(2)

「うるさい、おまえに何がわかる! ザックス、早くこの小娘に魔法をかけろ!」

「承知した」

叔父が怒鳴り声をあげ、赤髪の魔導士が私に近づいた。

格子窓の外から、にぎやかな楽隊の音楽とともに、騎馬隊のパレードの足音が近づいてくる。

頃合いだ。

私はパッと窓に駆けより、抱きしめていたショルダーバッグから筒状の物を取りだして、パレード隊から離れた前方に向かって投げた。

「何をしている!」

叔父が私を押しのけ、格子窓に鼻をくっつけるようにして外を見る。

私が投げたものが舗装道路に落ちた。

それは、魔法アイテムの発煙筒だった。

衝撃で魔石が反応し、たちまち白煙をあげる。

それを見てパレード隊が馬の足を止め、私たちのいる聖堂の塔を見上げる。

お昼のこの時間、第四パレード隊が管理棟の前を通るということを、仕事で何度もスケジュールを確認した私はしっかりと憶えていた。

もし私がここから叫び声をあげても、楽隊の音楽でかき消されて、きっと聞こえなかっただろう。

でも、発煙筒ならよく見える。

騎士団の売店の隅でひっそりと販売されている、非常用魔法アイテムの発煙筒。

目立たない商品だが、仕事柄、売店の商品チェックも欠かさない私はその存在を知っていた。

だからいざというときのために購入し、売店のおばあさんに使い方を教わって、今朝、この小さなショルダーバッグに無理矢理詰めこんできたのだ。備えておいてよかった。

叔父は顔面蒼白になった。

「……くそっ! 急げザックス、そいつに《支配》の魔法をかけるんだ!」

私は逃げようとしたが、扉の前にセリーナ姉様が陣取っていて逃げられない。

塔の部屋は狭く、すぐに叔父に捕まって背後から拘束される。

「放してください!」

「動くな! さあザックス、早く!」

赤髪の魔導士がこちらへ歩み寄り、長い人差し指を私の額に当てる。

「《 我は支配する(イ・コントロル) 》……聖堂の寄付金を盗み、これまでの横領の罪をすべてかぶれ」

「………………」

ぎゅっと目をつぶったまま何も言わない私を見て、魔導士は眉間に皺を寄せた。

「……駄目だ。魔法障壁がかかっている」

「は!? どういうことだ!!」

叔父が大声を上げた。

当然ながら、相手側に魔導士がいるので、私は魔法障壁の効果を持つ結界石も用意していた。

ルゼリア王国には、魔法アイテムの開発関係者以外で純然たる魔導士は少ないため、必然的に魔法による犯罪も少ない。

だが魔物の中には数は少ないが魔法を操る種も存在すると、先日、王都の書店で買った魔物の本に書いてあった。

ここは、日々魔物と戦う騎士団だ。

そのため本部棟の売店のおばあさんに尋ねたら、やはり、魔法障壁の効果を持つ結界石も販売していた。

私はそれも購入し、バッグの中に忍ばせておいたのだ。

「このバッグの中か! よこせ!」

「いやっ!」

さすがにそのバッグを取られたら困る。

力づくでバッグを奪おうとする叔父ともみ合いになり、私は壁に叩きつけられた。

ふっと意識が遠のきそうになる。

「アシュリー!」

レイさんの声が聞こえた。

それに、バタバタと駆けこむ大人数の足音。

ああ、レイさんが助けに来てくれたんだ……。

涙が出そうなほどほっとして、目を開けると。

センター分けの鮮やかなハニーブロンドに、 翠玉色(エメラルド) の瞳。

眩しいほどに凛々しい、白地に金と緑の騎士服。

なぜか目の前には、とても心配そうな顔をして私の肩をつかみ、顔をのぞきこむレナード様がいた。

「大丈夫か、アシュリー!?」

「レナード様、どうして……?」

彼はハッとしたように目を見開いた。

その背後で、ルシアン王子がきびきびと近衛騎士たちに叔父とセリーナ姉様、赤髪の魔導士の拘束を命じている。

叔父は往生際悪く叫んだ。

「違う、私じゃない! すべてそこにいる姪のアシュリーが仕組んだことだ! あいつが父親の遺産ほしさに、私たちを陥れようとしていたのだ!!」

この期に及んで、まだそんな言い逃れをしようとしているのね──

胸の中が重苦しい気持ちでいっぱいになる。

これ以上、叔父のそんな姿は見たくなかった。

私は立ち上がり、自分のショルダーバッグの中から一本のペンを取りだした。

カチリとボタンを押すと、内部の魔石が反応し、音声が再生される。

『叔父様……近衛騎士に闇魔法をかけて操ることは、重罪です……』

『それがなんだ? 発覚しなければ、していないのと同じことだろう』

『……騎士団のお金を横領することもですか?』

『ふん。騎士団は最初から私にその金を払うべきだった。私は騎士団に命じられた任務中に、一生治らない傷を負ったのだからな』

カチリ、ともう一度ボタンを押して再生を止めると、室内は痛いほどの静寂に包まれた。

これはただのペンではなく、魔法アイテムで、内部の魔石には音声を記憶させる魔法が付与されている。

私はここに閉じこめられると、ショルダーバッグを抱きしめるふりをしてペンのボタンを押し、叔父との会話をすべて魔石に記憶させていたのだ。

このペンも本部棟の売店で販売されている。

非常に高価な商品で、金貨一枚を手放さなければならなかったのだが、売店のおばあさんにおすすめされたし、作戦の準備に手抜かりがあってはならないので崖から飛び下りるような気持ちで思い切って買った。役に立ってよかった。

ルシアン王子は、 呆(ほう) けたような表情を浮かべている叔父を見下ろし、冷たく言い放った。

「発覚して残念だったな? ……地下牢へ連れていけ」

王子と、叔父たちを拘束した近衛騎士の一団が、ぞろぞろと螺旋階段を降りていく。

最後に残ったのは、レナード様と私だった。

私はどぎまぎしながら彼を見上げた。

「……あの、レナード様、助けに来てくださってありがとうございます。でも、今はトーナメント中のはずでは……?」

彼は、この上なく優しい笑みを私に向けた。

「きみの方が大事だ」

……ああ、私は白昼夢を見ているのかしら?

夏至祭の準備で疲れすぎて、仕事中にうたたねでもしているのかもしれない。

レナード様は騎士団本部が誇る看板騎士だし、ルシアン王子が彼に作戦を打ち明けていたのだとしても何もおかしくはない。

それに、騎士道精神にあふれたとても優しい人だから、任務中に危険な目に遭ったわたしを騎士団の仲間として気遣い、『 きみ(仲間) の方が大事だ』などというもったいない言葉をかけてくれたのだろう。いい夢だ。

彼は私の頬にそっと触れ、真剣なまなざしで言った。

「無事でよかった」

その手の感触は、夢とはとても思えないほどリアルだった。

痛いほど胸を打つ心臓の音にも現実味がある。

やっぱり白昼夢ではないのかもしれない。

でも──それならなぜ、さっきからレナード様の声が、レイさんの声のように聞こえてしまうのだろう?