作品タイトル不明
25.ねずみとり作戦
夏至祭の二日前。
就業時間中に、私はルシアン第二王子から本部棟最上階の王族の間へ呼び出された。
本部棟の最上階は関係者以外立ち入り禁止エリアだ。
もちろん、下っ端の私は一度も足を踏み入れたことはない。
最上階まで階段を上り、絨毯が敷き詰められた広い廊下を歩くと、一番奥にそれらしき両開きの扉があった。
扉の前に立っている二人の近衛騎士に「入ってもいいですか」と尋ねると誰何され、名乗るときびきびとした動作で扉を開けてくれた。
よかった。ここで合っているようだ。
王族の間にはルシアン第二王子とレイさんがいた。
奥の豪奢なソファセットに座っていた二人が立ち上がり、迎えてくれた。
二人は紳士なので女性なら誰にでもそうするのだろうけど、レイさんが私の手を取って彼の隣の席に座らせてくれたので、なんだかドキドキして落ち着かなくなる。
しかも、ルシアン王子がなぜか楽しそうな笑みを浮かべてこちらを見ている。
さらに、室内には四人もの近衛騎士たちが、まるで置物のように四隅で微動だにせず直立不動している。
宙をにらんでいるが、殿下に何かあればすぐに飛んでくるのだろう。
下手な動きはできないとますます緊張した。
「さて、アシュリー」
ルシアン王子が口火を切った。
「君をここへ呼んだのは他でもない。君の叔父であり騎士団本部の経理部長でもある、バイロン・エルウッドの件についてだ」
「はい」
事前にレイさんから、近々ルシアン王子を交えて作戦会議をしようと言われていたので、驚きはしなかった。
今は亡き父様の口癖は『準備が九割』だった。
心構えも準備も万全だ。
私は愛用のメッセンジャーバッグから用意してきた書類を取り出した。
「総務部の同期のライラと、彼女と親しい経理部のハリーさんに協力してもらい、発注した治癒石の数が合わなかった件を詳しく調べてもらいました」
ライラとハリーさんが付き合うきっかけになった案件だ。
「治癒石は五百個発注されていましたが、備品倉庫には在庫が六個しかありませんでした。倉庫のリストを見ると、一度五百個入荷したあと、同日のうちに五百個がそのまますべて使われたことになっていました。さらに図書棟にある文書保管庫の書類上も、治癒石五百個分の支払いがされていることになっていました」
「その日、ドラゴンの群れでも襲ってきたのか?」
レイさんが書類をのぞきこんで尋ねる。
顔が近い。
私の心臓もドラゴンのように暴れだしたが、平静をよそおって答える。
「いいえ、いたって平穏な一日のようでした。救護部隊の勤務表を見ても、特に変わった点はありませんでしたし」
ルシアン王子が頷いた。
「治癒石は値が張る。それだけの金があれば見習い騎士部隊の装備品が一新できたな。詳しく調べてくれてありがとう、アシュリー。私が調べた過去の件にも似た手口があった」
王子は数枚の書類を私に手渡した。
そこには、騎士団で過去に起きた横領とおぼしき事例がいくつも記載されていた。
「バイロンは経理部長という立場を利用して、少なくとも十年前から、常習的に騎士団の金を横領している」
王子の言葉に、レイさんが疑問を口にする。
「そんなに前から横領しているのに、なぜ今までバレなかったんだ?」
「以前はつつましいものだったが、ここ二年ほどで急に金額が跳ね上がった。バイロンの娘のセリーナが、赤髪の魔導士を連れて騎士団内をうろついていると聞いたが」
ルシアン王子が私をちらりと見る。
「はい。本部棟と図書棟で二人の姿を見かけました」
「……本部棟には備品倉庫が、図書棟には文書保管庫がある。どちらにも入り口には番人がいたな」
「魔導士が番人を闇魔法で操り、そのあいだにセリーナが文書を改ざんしているということか」
レイさんがルシアン王子のあとを引き取る。
自分の叔父と従姉が騎士団で悪事を働いているという可能性が、グッと高まった。
悲しい気持ちと、なぜという疑問と、身内が騎士団に対して罪を犯しているという申し訳なさで、胸の中がぐちゃぐちゃになる。
隣に座っているレイさんが、心配そうにこちらを見てから、ルシアン王子に尋ねた。
「なあ、バイロンはなぜそんなことをしているんだ? 何かよほどの事情があるんじゃ……」
王子が肩をすくめる。
「さあな、私にはわからん。だが私の〈影〉の調査によると、十年前にバイロンは任務を失敗し騎士を引退している。彼が率いていた工務部隊の第三班が、街道の結界魔法の補修作業中に魔物の襲撃を受け、多くの負傷者を出したんだ。バイロン自身も片目を失った」
「……そのときのこと、憶えています。父は何日も現場へ行ったきりで、帰ってきたらとても憔悴していて……」
出迎えた私に、父様は『バイロンが怪我をした。騎士には戻れなさそうだ』とだけ言って自室にこもった。
治癒石は万能ではなく、身体の欠損や、大怪我の後遺症までは治せない。
父様は実の弟が騎士を続けられなくなるほどの大怪我をしたことで、かなり落ちこんでいたように思う。
エルウッド家は七代前から続く筋金入りの騎士一家だし、父様自身も、騎士であることに強い自負と誇りを抱いていた人だったから。
ルシアン王子が淡々と話を続ける。
「ああ、騎士団にとっても衝撃だったらしい。だが、当時の騎士団内には、指揮官だったバイロンを非難する声も上がっていたようだな。『十分な準備と対策を講じていれば防げた被害だ』と。ともかく、それ以降彼は事務方に回り、現在に至るまで表面上は真面目に勤務を続けている。〈影〉によれば、最近は王都に囲ってる愛人の浪費癖がエスカレートして、金策に苦労しているようだが」
豪華な部屋に静寂が降りた。
その沈黙を破ったのは、レイさんの普段と変わらない声だった。
「わかった。とにかく、俺たちのやることは一つだな。バイロンたちを捕らえて、不正を終わらせ、罪を償う機会を与える」
私は思わずレイさんの横顔を見上げた。
罪を償う機会を与える。
叔父たちの罪を告発することは、叔父たちに更生のチャンスを与えることでもあるのだ。
突き放すだけではないその言葉に、沈んでいた心が勇気づけられた。
ルシアン王子が微苦笑を浮かべた。
「おまえは甘いな……まあいい、たしかにやることは一つだ。チーズを 齧(かじ) るねずみをおびきよせ、捕まえる。『ねずみとり作戦』を開始しよう」