作品タイトル不明
24.恋は何色(2)
私はぽかんとしながら、モード先輩のあとについていった。
ヒールのある靴ですたすた歩く先輩は、迷わず本部棟へ向かい、二階のミルクホールに入った。
ここはお茶やスイーツを楽しめる女性に人気のカフェなのだが、毎日食堂で無料のまかないランチをお腹いっぱい食べている私は一度も入ったことがなかった。
先輩はよく来ているようで、慣れた様子で席に着く。
「ここはパンケーキが美味しいのよ。あたしはパープルベリーのパンケーキにするわ」
「では、私もそれをお願いします」
しばらく当たり障りのない仕事の話をしていると、パンケーキが来た。
「わぁ……」
私は目を輝かせた。
ふんわりときつね色に焼かれた二段のパンケーキの上に、きめ細かにホイップされたクリーム、それからハーブの葉と新鮮なパープルベリーのジャムがたっぷり乗っている。
モード先輩がにっこり笑った。
「たまにはこういうのもいいでしょう? さあ、食べましょう」
「はい!」
ふわふわのパンケーキをナイフとフォークで切り分けて、口に運ぶ。
温かい生地と冷たいクリームが口の中で溶けあい、その至福の甘さにパープルベリージャムが爽やかな 彩(いろどり) を添える。
「とっても美味しいです!」
「ふふ、そうでしょう? ところで何を悩んでいるの?」
突然聞かれて、パンケーキが喉に詰まりそうになった。
にこにこと笑みを浮かべながら、モード先輩は私が話すのを待っている。
悩んでいるのは、ものすごく個人的なことだ。
でも、彼女は私のメンターで、こうして気にかけてくれていて……話しても、いいのかしら?
「……ええと、実は……」
モード先輩は聞き上手だった。
話しはじめると止まらなくなり、実は好きな人がいて夏至祭に一緒に行くことになっているのだが、他の女性と仲の良さそうな場面を見てしまってモヤモヤしている、ということを打ち明けてしまった。
「ふうん、なるほどねえ」
「ど、どうすればいいのでしょうか……」
モード先輩は、私よりずっと恋愛にも 長(た) けているように見える。
すがるような目つきで彼女を見ると、逆にじっと見つめられた。
先輩はきっぱりと言った。
「自分を磨くのよ」
「えっ……」
「嫉妬はするものじゃない、させるものなの」
「そ、そうなんですか?」
私は嫉妬をしていたのか……はっきりと指摘されて、自分の醜さにのたうち回りたくなる。
レイさんはただのご飯友達で、嫉妬なんてしたらいけないのに……。
パンケーキを口に運びながら、モード先輩が尋ねた。
「エルウッドさん、夏至祭のドレスはもう準備した?」
「ま、まだです……悩んでしまって、決められなくて」
「彼の瞳の色は何色なの?」
「緑です」
本人が教えてくれたところによると緑らしい。
それを聞いたときのことを思い出すだけで、ぽっと火が灯ったように体が熱くなる。
モード先輩は満面の笑みを浮かべた。
「ならちょうどいいわ。あたしのドレスをあげる」
「モード先輩の?」
「ええ。ほら、あたしたち身長も体型も似ているし、少し直すだけで着られるはずよ。去年、夏至祭で着た緑のドレスをどうしようかって困ってたの。寮のクローゼットは小さいでしょう?」
「はい……でも、いいのですか?」
ドレスは値が張るものだ。くれるという言葉に甘えてほいほい貰うのは気が引けた。
彼女はあっさりと言った。
「いいのよ。去年の緑の瞳の彼とは別れたから」
「………………」
「いつも仕事を手伝ってくれるから、そのお礼として受け取って? かわいいドレスだから、きっとあなたに似合うわ。ドレスに合う髪型も教えてあげるわね」
「は、はい……」
慣れない話題にまごまごしていると、モード先輩は綺麗に口紅を引いた唇に笑みを浮かべた。
「彼が目を離せなくなるくらい綺麗になるの。そうしたら、不安なんて吹き飛ぶわ」
私は大きく目を見開いた。
先輩のその言葉は私の胸に風を吹きこみ、がんじがらめになっていた心をスッと軽くしてくれた。
おしゃれには無縁のこんな私でも、綺麗になれるのかもしれない。
そう思うだけで、まるで目の前で魔法の扉が開き、自由にどこへでも行けるような気がした。
あっけらかんとしたモード先輩を見ていると、誰かに嫉妬することも、誰かと別れることも、綺麗になりたいと願うことも、何も恥ずかしくはない自然なことだと思えてくる。
「ありがとうございます、モード先輩!」
晴れやかな心でお礼を言うと、彼女はにっこり笑った。
「元気になったら、またどんどん仕事をお願いするわね」
「あ、はい……」
私のメンターのモード先輩は、合理的でちゃっかりしている。
だけど優しくて、とても素敵な先輩だ。
△△△
気分転換ができたおかげか、そのあとはだいぶ仕事が捗った。
机の上の書類が半分ほどに減ったところで、部長のスミスさんから本部棟への届け物を頼まれた。
管理棟を出て、森の葉擦れの音を聞きながら 木漏(こも) れ 日(び) の道を歩く。
私は本部棟一階の備品倉庫へ行き、係の人にスミスさんからの届け物を渡した。
すぐに総務部に戻って仕事の続きをしようと、倉庫を出て廊下を歩いていると、向こう側から二人の騎士が歩いてきた。
私はぎくりとした。
レイさんと、昼間見たあの女性騎士だ。
とたんに足の進みが遅くなる。
二人で行動するなんて、やっぱり、とても仲がいいんだわ……。
重い足取りで進むと、レイさんが私に気づき、ほほえみを浮かべた。
女性騎士も私に目を留める。
レイさんが口を開いた。
「アシュリー。ここで会うなんて珍しいな」
「お疲れさまです、レイさん……」
そう挨拶しながらも、私はレイさんの隣の騎士に目が釘付けになっていた。
さきほど遠目で見たときには、長身のレイさんの隣にいたからか、その騎士は相対的に小柄に見えた。
だが、こうして対面すると、中背の私が見上げるほど身長が高い。
金髪を長く伸ばした、柔和な顔立ち。
細身だが、首や腕はごつごつと筋張っていて、喉仏が浮き出ている。
彼(・) は、私ににっこり笑いかけた。
「レイの友達? はじめまして、俺はレイのメンターで、騎士のガウェイン・バリモア。よろしくね」
「は……はじめまして。総務部のアシュリー・エルウッドです」
ガウェインさんが差しだした大きな力強い手と握手を交わす。
それは、完全に疑う余地もなく、男性の手だった。
そして、彼はなかなか手を放さなかった。
「アシュリーちゃんって今年入った新人? 騎士団には慣れた? よかったら俺が色々と教えてあげようか?」
「あ……ええと……」
「ガウェイン先輩、やめてください」
レイさんがグッと体を入れ、ガウェインさんを私から遠ざけた。
そして、私の方を向き、どこかあせったように言った。
「仕事中なんだろう? 早く戻った方がいい」
「はい。では、失礼します」
ありがたくその言葉に従い、私は二人にお辞儀をしてすぐにその場を去った。
まだ驚きから冷めないまま、私は本部棟の外に出た。
午後の日差しを浴びて、夏の花の咲く森は極彩色にきらきらと輝いている。
歩きながら、顔が自然にゆるんでしまう。
小鳥のさえずりを聴きながら総務部へ戻る私の足どりは、羽根のように軽かった。