軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第23話 狂気の全自動魔導燻製機

深淵の迷宮の最深部に、カンカン、キュイィィンという金属を加工する甲高い音が響き渡っていた。

湖畔のキャンプサイトの端で、白衣を羽織った籐子が顔を煤で黒く汚しながら、ダンジョンで採取した耐熱鉱石と魔物の甲殻を組み合わせ、巨大な箱型の装置を組み上げているところだった。

「ふふふ……完成よ! 名付けて『全自動温度管理・魔導燻製機』!」

籐子が誇らしげに叩いたのは、高さ一メートルほどある無骨な金属製のキャビネットだ。正面には観音開きの扉があり、内部には食材を置くための網が何段にも設置されている。

地上にある業務用の大型スモーカーに似ているが、側面に刻まれた複雑な魔力回路が淡い光を放っている点が決定的に異なっていた。

「燻製機か。ダンジョンの素材で作るとは相変わらずデタラメな腕だな」

「これなら、貴方がいちいち干渉領域を展開しなくても、一度設定した熱源と煙の循環を全自動でキープできるわ。私の最高傑作の初稼働よ、早く何か燻しなさい!」

籐子の血走った目と熱量に急かされ、俺はアイテムボックスから食材を取り出した。

刺身用の分厚いサーモンブロック、プロセスチーズの塊、クルミやカシューナッツなどのミックスナッツ。それに、数日前から塩漬けと塩抜きを終え、乾燥工程まで済ませておいた自家製の豚バラベーコンも用意する。

「よし、ちょうどいい。夜のつまみを仕込もうと思っていたところだ」

燻製を成功させる最大のコツは、食材の表面の水分を完全に抜くことだ。水分が残っていると、煙の成分と結びついてエグみや酸味が出てしまう。俺は『極・生活魔法』で微風を生み出し、食材の表面を数秒で完璧に乾燥させる。

魔導燻製機の内部に網をセットし、食材を並べていく。一番下のトレイには、香りが強く肉にも魚にも合う桜のスモークウッドを配置する。

「着火するぞ」

生活魔法の小さな火種でスモークウッドに火をつける。フワリと白い煙が立ち上ったのを確認し、分厚い扉をしっかりと閉めた。

庫内の温度を【摂氏六十度】の温燻の温度帯に指定して俺が魔力を流し込むと、側面のルーンが呼応するように輝き、機械の中を煙が滑らかに循環し始める。空気孔の調整すら不要で、完璧な煙の濃度と温度が保たれているのがわかった。

「これなら二時間もあれば最高の燻製ができるな。籐子、いい魔道具を作ってくれた」

「ふふん、当然よ。完成を楽しみにしているわ」

籐子が満足げに白衣を翻して自分の研究スペースへ戻っていくのを見届け、俺はキャンピングチェアに腰を下ろした。

すると、横から不意にパーカーの袖をクイッと引かれる。

「ヒロト」

「ん? どうした、久美子」

見上げると、久美子が、どこかソワソワとした様子で立っていた。

「……ちょっと、向こうに行きたい。散歩」

「散歩? また食材探しなら手伝うぞ」

「ちがう。……食材じゃない。ただの散歩」

久美子は珍しく少しだけ頬を赤らめ、俺の腕を引っ張る。

エミリアやユジンたちはテントの周りでそれぞれくつろいでおり、ハクは昼寝の最中だ。俺は火の番を籐子に一言任せ、久美子に連れられて湖畔から少し離れた森の中へと歩き出した。

十数分ほど歩くと、木々が途切れ、青白い発光苔が絨毯のように密集して生え揃っている、静かで開けたエリアに出る。

苔の淡い光が周囲の巨木を幻想的に照らし出しており、水辺のせせらぎと、時折風に揺れる葉擦れの音だけが微かに聞こえてくる。

「魔物、いない。ここ、静かでお昼寝に最適」

久美子はそう言うと、ふかふかの苔の上にコロンと寝転がった。

俺もその隣に腰を下ろし、天井の疑似太陽が作り出す柔らかな光を見上げる。ダンジョンの中枢とは思えないほど、穏やかな時間が流れていた。

「……ヒロトは、地上に帰りたい?」

ふいに、久美子が寝転がったまま俺の顔を見上げて尋ねてくる。

「どうだろうな。あっちには俺の飯を美味いって言ってくれる奴はいなかったし、しんどい思い出ばかりだからな。俺は今の生活が気に入ってるよ。お前はどうなんだ」

「私、帰りたくない。ここがいい」

久美子はゆっくりと身を起こし、俺の横にピタリと寄り添うように座り直す。彼女の細い肩が俺の腕に触れた。

「私、ずっと一人だった。Aランクのレンジャーなんて呼ばれてたけど、ただのお宝泥棒。美味しいものを食べたいと思っても、誰も一緒に食べてくれなかったし、自分じゃ炭しか作れなかった」

久美子の声はいつも通り平坦だったが、その奥には長年の孤独が微かに滲み出ている。

「でも、今はヒロトのご飯がある。みんなと一緒にテーブルを囲んで、美味しいって言える。……ここ、すごく心地いい」

「そうか。なら、好きなだけいればいい。美味い飯なら、俺がいくらでも作ってやるからな」

俺がそう答えると、久美子は目を細め、俺の肩にコツンと頭を預けてきた。

「うん。……ヒロト、大好き」

省エネ主義で常にダウナーな彼女が、こうして誰かに無防備に甘える姿を見せるのは珍しい。

彼女のサラサラとしたアッシュブロンドの髪から、微かに土と森の匂いがする。

「ヒロトの匂い、落ち着く。……あと、ちょっと燻製の匂いが移ってて、お腹空いてきた」

「おいおい、ムードも何もないな」

俺が苦笑すると、久美子は小さく肩を揺らして笑い、静かに目を閉じて俺の腕にさらに体重を預けてきた。

★★★★★★★★★★★

キャンプサイトに戻ると、ちょうど魔導燻製機の通気口から、琥珀色に染まった芳醇な煙の香りが漂い始めていた。

「いい匂いだな。開けるぞ」

俺が扉を開けた瞬間、凝縮されていた桜のスモークの香りが弾けるように広がり、最深部の空気を極上の大人の空間へと塗り替える。

網の上には、表面が艶やかな飴色に染まったサーモン、見事なきつね色に輝くスモークチーズ、香ばしい色合いになったナッツ、そして自重で脂を滴らせている黄金色のベーコンが鎮座していた。

煙の回り方は完璧で、色付きに全くムラがない。

「よし、夜の宴を始めるぞ」

俺は木のテーブルに完成した燻製を次々と並べていく。

アイテムボックスから、とっておきのシングルモルトウイスキーのボトルを取り出す。今日は女性陣にも、グラスに丸い氷を一つだけ浮かべたロックや、ストレートのウイスキーを振る舞った。

「いただきます!」

エミリアが真っ先にスモークサーモンを一切れ口に放り込み、パッと顔を輝かせた。

「んんっ! サーモンが舌の上でとろけます! 煙の香りが鼻に抜けて、お魚の旨味が何倍にもなってて……!」

「ちょっとエミリア! あんたサーモンの良いところばっかり取ってんじゃないわよ! 私にも残しなさい!」

ユジンがフォークでエミリアの箸を牽制し、身を乗り出してサーモンの皿を自分の方へ引き寄せようとする。

「早い者勝ちです! ユジンはナッツでも食べててください!」

「譲り合いの精神を持ちなさいな、貴女たち。その間に、わたくしはこの特製スモークチーズをいただきますわ。……あぁ、この香りとウイスキーの相性、たまりませんの」

優雅にグラスを傾けるクロエの手元には、すでに皿の半分ほどのスモークチーズがちゃっかりと確保されている。

「あ! クロエ様、独り占めはずるいですわ!」

エミリアが抗議の声を上げた隙を突き、死角からスッと伸びてきた手が、エミリアの皿に残っていたサーモンを器用にかすめ取った。

「ああっ! 私のサーモン!」

「……弱肉強食。これ、最高に美味しい」

いつの間にか定位置のキャンピングチェアに陣取っていた久美子が、口元に微かに脂をつけながらリスのように咀嚼している。彼女の膝の上にはミックスナッツのボウルがしっかりと抱え込まれており、隙あらば他の皿からもお宝を奪い取る気満々だ。

「ちょっと久美子! あんたズルいわよ! なら私はクロエ様のチーズを……きゃっ!?」

ユジンがフォークを伸ばそうとした瞬間、彼女の膝に巨大な白い頭がドスッと乗せられた。塩分を控えた特製の燻製鶏肉を秒で平らげたハクが、「俺にもその匂いの強い肉をよこせ」とばかりにユジンの持つベーコンの皿に鼻面を押し付けてきたのだ。

「こらハクちゃん! これは大人の食べ物よ! ダメッ、舐めないで!」

「ワフゥン!」

ハクがユジンの腕にじゃれつき、ユジンが必死に皿を高く掲げて防衛戦を繰り広げる。

「……ふふっ、ハクちゃんったら食いしん坊ね。でも、この脂の甘みとスモークの香り……アルコールが止まらないわ……」

そんな食卓の喧騒の真ん中で、籐子は自作の魔道具の成果を語ることも完全に忘れ、無我夢中で厚切りの燻製ベーコンにかじりついている。もはや天才職人としての面影はなく、ウイスキーのグラスを片手に持ち、うっとりとした目でスモークチーズに手を伸ばしていた。

「あ、籐子! それはわたくしのチーズですわ!」

「堅いこと言わないのよクロエ。胃袋で解析してあげるから……んっ、最高」

「もーっ! 貴女たち、少しは落ち着いて食べなさいな!」

俺は飛び交う文句とおかわりの要求を笑いながら受け流し、自分用のグラスを手に取った。

ストレートのウイスキーを一口含み、燻製ベーコンをかじる。

桜のチップがもたらしたスモーキーな香りと豚の脂の旨味が、ウイスキーの豊潤なアルコールと口の中で完璧に混ざり合い、喉の奥へと滑り落ちていく。これぞ大人の贅沢の極みだ。

「おじさん、サーモンとチーズ、追加お願いします!」

「私もベーコンもっと食べたいわ! ハクちゃんに取られる前に!」

「はいはい、今すぐ仕込むから少し待ってろ」

俺は空になったウイスキーグラスをテーブルに置き、賑やかな夜の宴をさらに盛り上げるべく、再び魔導燻製機へと向き直った。