軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

94 天蓬元帥

身の丈、十数メートルはある巨大な怪物と化した猪八戒と対峙する。

私は筋斗雲に乗って如意棒を構えた状態だ。

元の巨大骸骨の手足は砕き、胸骨も砕いているはず。

けれど、それを骨子として黒い泥のようなものが肉となり、猪八戒の形となった。

外側から見るに、骨がないからと手足が動かないといった様子はない。

また猪八戒の姿は全体的に〝黒〟だ。

もう少し色のついた法衣のイメージがあったが、服も肌も黒い。

自然な黒さというより 墨(すみ) で全身を描いたような黒さ。

使役され、本人の意思や、あるいは分霊の意思などは感じられない。

悪墜ちしたブラック猪八戒……そんな感じ。

「ぐぅ、殺せ! 殺せぇええ!」

〝先生〟が地上で喚き散らす。

その声をきっかけにして、無言で佇んでいた猪八戒が動き始めた。

『ォオオオオ……オオオオオッ!!!』

ビリビリと大気を震わせる咆哮を上げる。

それだけで迫力が半端ない。

まず、相手のサイズが人間の範疇ではなく、巨人のそれなのだ。

『オオオオオオッ!』

やおら、猪八戒は九歯の まぐわ(・・・) を振り被った。

『 上宝沁金耙(じょうほうしんきんは) 』、農具の形に見えるが、天界の金属〝 神氷鉄(しんひょうてつ) 〟によって作られ、太上老君が鍛え上げたものと言われている。

猪八戒にとっての如意棒のようなものであり、如意棒に匹敵する強力な武具。

ドォオオンッ!

振り下ろされた九歯のまぐわが、九つの穴を大地に穿つ。

「うわぁあああ!」

「ひぃい!」

大地が大きく揺れ、地震を引き起こした。

筋斗雲に乗る私以外がその影響を漏れなく受ける。

「身外身法! 命令! 近くにいる人々を、いつでも助けられるように待機! 逃走するなら、それをサポートして! 彼らを守って!」

うなじの毛を抜き、息を吹きかけ、分身を追加する。

「「「「ウキーッ!!」」」」

小さな筋斗雲に乗り、飛んでいくミニたち。

ついでとばかりに私の身代わりをやらせていた等身大の分身も小さく戻り、飛んでいく。

大地を揺らすだけでは猪八戒は止まらない。

『ォオオオオオオッ!!』

ゴォオオオ! と大地に突き立てられた九歯から炎が溢れ始める。

巨体が武器を振り回し、大地を揺らし、猛炎を生み出す。

「こんなの災害そのものじゃない!」

異界の神。

厳密にいえば神仏と言えるかあやしいが、こちらの世界の人間は知ったことじゃないのだろう。

それに神仏に近い存在であることは疑いようがない。

神は、そのままの姿が最も強い。

それが、ピンク髪の男の主張だ。そのためにヴィルヘルムを〝器〟に据えようとしていた。

孫悟空の力もまた、私という器に合わせてダウンサイジングされていると。

つまり、孫悟空と猪八戒の対決であっても私の方が分は悪い。

筋斗雲で巨体の周囲を飛び回り、如意棒を打ち据えて応戦する。

「伸びろ、如意棒ッ!」

ブォオン! ドゴッ!

『ォオオオオオオッ!』

打ち据えた時、骨の固さとは違った手応えが返ってくる!

あの分厚すぎる筋肉が固さとなり、膂力となっていることは明白。

「……ただの人間が食らったら一溜りもないわ!」

金剛不壊の肉体となっている私でさえ危うい。

なにせ、真に無敵の体とは限らないと言われたばかりだ。

私は本家・孫悟空よりも劣っている。

それに相手は、どう見てもキメラよりもとてつもないパワーを持っている。

あの九歯に貫かれでもしたら、きっと私の体は貫かれるだろう。

「それでも、これは私がなんとかするしかない!」

いくらなんでも騎士たちやヴィルヘルムに任せられる相手じゃあない。

これはもう次元が異なる存在よ。

けれど、どうしたものか!

如意棒を打ち据えるだけでは、どうにも倒せる気配がない。

かといって転ばせるにはあの筋肉量。大地に根付いて、転ぶ姿が想像できない。

「 紫金紅葫蘆(しきんこうころ) ! やい、猪八戒!」

出したひょうたんの蓋を開いて再度呼び掛ける。

『ォオオオオオオッ!』

だが、返事だかなんだかわからない咆哮を上げ、暴れるばかりで、ひょうたんには反応なし!

相手に理性や知性がないと無理なのかしらね!

まぁ、駄目で元々だけど!

だいたい、あの巨体がひょうたんに吸われたとしても、ひょうたんの方が保つ気がしない。

飛び回りながらチラリと視線を向けると、ヴィルヘルムと『黒風大王』ルドロフは戦闘中。

他の騎士たちは、巨大な猪八戒を怖れ、眼前の獣人を怖れ、大地の揺れに翻弄されるばかり。

ミニたちが彼らと猛炎の間を飛び、 避火訣(ひかけつ) で炎を退け、守っている。

「こんなの、一般人にどうしろってのよね!」

大砲って見たことないわね、この世界。

でも、対抗するには大砲クラスは必要なやつでしょう。

「 三昧真風(さんまいしんぷう) !」

「はぁ!?」

飛び回る私に、眼を汚す猛烈な風が吹きつけられる。

『黄風大王』マルガルフ!

この状況で、こいつまで相手にしなきゃいけないの?

さっさと〝先生〟を連れて逃げるなりしなさいよね!

筋斗雲で飛びのき、どうにか難を逃れる私。

三股鋼叉(さんここうさ) の槍を持ち、天変地異のような風を起こしてくる敵。

この風で横槍を入れられると、さっきみたいにミニたちが吹き飛ばされて蹴散らされてしまう。

何より厄介なのが、この風は孫悟空の眼、火眼金睛の弱点でもあることだ。

まともに受けたら眼を潰される。

「……五つの宝じゃないけれど」

私は如意棒を右手に持ち、左手を前にかざす。

「 定風丹(ていふうたん) !」

その名を呼ぶと、私の左手の中に布に包まれた飴のような〝薬〟が現れる。

「よし! 出たわ!」

私は定風丹を懐に忍ばせておく。

『定風丹』は、黄風大王と対決するにあたって 霊吉菩薩(れいきつぼさつ) より孫悟空が授かった『風に飛ばされないための薬』だ。

これは、そのまま霊吉菩薩が持っていた説もあるし、または牛魔王との戦いでは、以前に菩薩から譲り受けていたから助かったという説もある物。

もう一つ、『 飛竜杖(ひりゅうじょう) 』という物を霊吉菩薩は持っているのだが……。

「飛竜杖!」

と、唱えても、どうにもそれは現れない。

こっちはギフトの範疇に入れてくれないらしい。ダメか。

孫悟空が使ったことがあるか、一時期でも持っていた道具でないといけないらしい。

なんにせよ、黄風大王と大暴れする猪八戒を同時に相手するなんて堪らない。

「あの男の看病くらいしてなさいよ、諦めたの!?」

けっこうな致命傷を与えたはずだ。

あの男の指示で動いていたように見えたのに、この状況でも戦闘を続行するとは。

〝先生〟は血を流しながら、その場にうずくまっている。

まだ死んでいないと思うが、マルガルフは彼の治療ではなく私を倒すことを優先するらしい。

『オオオオオオッ!』

猪八戒はなおも暴れている。

この影響がどこまで民家に及ぶか!

こんな状態の猪八戒を民たちの生活圏にまで進ませては被害がとんでもないことになる。

西遊記一行に直接の関わりも義理もあるわけじゃないけど。

それでも孫悟空の力を持つ者として、猪八戒にそんな真似はさせられまい。

ええ、孫悟空と対峙した時には、 食い気(・・・) に流され、妻を悲しませていた阿呆の 弟(おとうと) 弟子(でし) だとしても!

『三昧真風』に吹かれると分身たちが蹴散らされてしまう。

それに眼をやられないように距離を取るなりしておかないと、私が動けなくなる。

孫悟空にとって厄介な全体攻撃なのだ。

何よりこの状況と相まって、さらに災害然としている。

大地の揺れ、猛烈な炎、吹き荒れる汚れた風。

天変地異が起きていると錯覚する事態。

どうにか敵の攻撃を掻い潜り、伸ばした如意棒で猪八戒を打ち据えるも、効いた様子がない。

骨の間を通してテコの原理を利用することもできず、こちらの決め手が欠ける状況。

「風で飛ばされなくなるだけじゃ……風!」

本家・孫悟空ではなく、ギフト孫悟空だからこその特典がある!

黄風大王と対峙した時は、まだ孫悟空の手にはなかった宝!

「 芭蕉扇(ばしょうせん) !」

私は左手に扇を持つ。さらに。

「 嘘呵吸嘻吹呼(きこかきゅうきすいこ) !」

手元で扇げる程度だった大きさの芭蕉扇が、呪文を唱えると、見る間に四メートルほどの大きさへと変わる。

「三昧真風!」

これ見よがしに近くを飛ぶと、マルガルフが汚れた風を吐き出してくる。

それに合わせて私は大きくなった芭蕉扇を振るう!

巨大な扇だけれど、孫悟空の剛力によって片手で振るわれる!

「風よ! そっくりそのままお返しするわ!」

ブォオオオオッ!

「なに!?」

まさか自らが放った風がそのまま返されるとは思わなかったマルガルフは、そのまま三昧真風に吹き飛ばされる。

「ぐあああっ!?」

悲鳴を上げながら吹っ飛んでいくマルガルフと、血を流すピンク髪の男。

邪魔者は排除してやったわ!

「ついでに炎も消しておくわ!」

九歯のまぐわから溢れた火炎を芭蕉扇で吹き飛ばす。

ただ、消すためとはいえ、もはややっている規模が相手と変わらない。

「うわぁあああ!?」

「ぎゃああ!」

ラグナ卿でさえ吹っ飛ばした芭蕉扇の風が、どうにもできずに待機していた騎士たちまで飛ばしてしまう。

……うん! 怪我しないでね!

幸い、先にフォローするように命じたミニたちがいるのだ。任せよう。

右手に如意棒、左手に芭蕉扇を携え、筋斗雲を乗り回し、巨大な猪八戒と再び対峙する。

その巨体からくる重さ故か、芭蕉扇の風も意に介さない。

ただ〝先生〟が離れたあとも、その命令に従って私に殺意を向けている。

「大怪獣ね、猪八戒」

芭蕉扇の風も効かないとなれば、こちらも打つ手が限られる。

しかし、この猪八戒相手にそれに頼っていいものか。

この猪八戒は、相手にとってはできそこない。

未だ完成に至らない、中途半端なものだとわかる。

そのような相手にさえ苦戦してしまうのが今の私。

孫悟空の力を持っていてもそうなのだ。

今世、この先に待ち受けるだろう〝敵〟を想像するに頭の痛い問題だが……。

それでも今の私にできるのは、もう。

芭蕉扇を消し、如意棒を両手で眼前に構え直す。

猪八戒を敵にするのに、今の方がマシなのはわかる。

なぜなら猪八戒もまた『三十六変化』という術が使える。

知性のある状態の方が、格別に厄介だからだ。

化かし合い、変化合戦ということになれば、本家・孫悟空に及ばない私の知性では押し負ける可能性が否めない。

だからこそ、ここで確実に決める。

ここで切り札を……切る!

「命令! 可能なかぎり、ここから人を離れさせて!」

ミニたちに、この地にいた騎士たちやら退かせる。

そして私は猪八戒の眼前で構え、唱えた。

「── 法天象地(ほうてんしょうち) !」

巨大な白牛と化した牛魔王との戦いで使われた力。

ラスボス用、決戦術。孫悟空の切り札にして最大の力。

即ち…… 巨大な猿(・・・・) へと変化する術だ。