軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

75 アイゼンハルト家の事情

湖の底まで開かれ、底が見える。目立った物はなさそうね。

ここはハズレかしら?

「とんでもない能力だけど、どう活かす力なんだい?」

「どうと言いますと、まぁ水の中を進めるだけでしょうか」

「なんのために?」

武器を寄越せと竜王を脅しに行くために?

今世で役に立つ要素がまったくないわね!

モーセのような状況に陥るなら、まず筋斗雲で逃げたい所存。

「見栄え重視でしょうか」

「見栄え」

孫悟空は見栄えのために術を行使する。

猿に様々な術を授け、孫悟空の名を与えた最初の師がいたのだけど。

そこでも猿は他の弟子たちに変化の術を見せびらかし、松の木へと無闇に変化してみせたところ、そんなことのために術を教えたのではないと叱られ、破門されてしまうのだ。

以降、孫悟空はその師の名を語ることは許されず、術の類は自力で身につけたことにするしかなくなってしまった。

暴れん坊で短気なのに、ちょいちょい真面目で、師の言いつけを聞く猿だ。

「ギフトは神様からの授かり物。なら、その力で湖の底の宝を探せと仰せなのかもしれないね」

「……あはは」

いやぁ、今世の神様、そんなこと考えているかなぁ。

孫悟空の力を私に授けた意味とか、ちゃんとあるのかないのか。

「どうやらここにはないようだ。他の湖も観に行くかい?」

「いいですね。でも、ここは観光客が少ないから目立ちませんけど流石に他では目立ちますわねぇ」

「ここまでできるとわかったなら、人払いをしてもいいかな。本格的にしてみるかい? 宝探し」

「ふふ、楽しいですね」

互いに高位貴族の子だというのにデートでやることが『宝探し』という。

これもギフトあってのことなのだから、いろいろと悩むことだけど感謝していいわね。

そこから私はヴィルヘルムのエスコートで観光地となっている地域を一通り回る。

五つほどある伝承候補地を巡り、それぞれがどれくらい伝承の湖という可能性があるのか、ヴィルヘルムは教えてくれた。

流石に小侯爵だけあって自分の領について詳しく把握しているわね。

弟の方はどうかしらねぇ。なんだか脳筋っぽいから把握していないとか。

いえ、そもそも跡継ぎは兄だと思っているのだからこそ騎士の道を堂々と進めているのか。

それなら領地についての知識が微妙でもいいのかな。

私だって『どうせ公爵家は弟が継ぐから』という気持ちがあるので、この点、ジークヴァルトを責められまい。

「なるほど、どの湖も、如何にも伝承に出てくるもののように感じますわね」

「そうなんだ。今となっては確かめようがないところだけどね」

私は湖を割る力があるけど。こんなのは現代技術があれば、きっとどうにかできるだろうな。

湖の水、全部抜いてみた。絶対ダメである。

それ以前に潜水技術や、探知技術が発展して、湖の底なんて洗いざらい確かめられるだろう。

でも流石に今世でそういった技術はない。

なので湖の底には宝があるんじゃないか、というお話が広がり、人々に夢を見せているのだ。

「人払いまでしてもらって、くまなく湖の底を探ってしまったら、たとえ本当に宝がそこにあるとしても、みんなの夢を壊してしまいますわね」

「確かにそうかもしれないね」

もちろん、個人的に宝探しをする分にはワクワクだ。

でも、それは私が楽しいだけであって、この地の人々にとってはどうだろう?

……まぁ、あんまり楽しくないだろうな。宝探しは自分がするから楽しいものだ。

それをお貴族様が大規模に進めていくのを、ただ見るのは興醒めもいいところだろう。

そこに宝があると思えるから人々も楽しめるのだ。

「では、宝探しはやめにするかい?」

「……いえ」

私は少し考えてからヴィルヘルムに伝える。

「ヴィル様が新しい情報を掴みましたら、その時はまた私を呼んでください」

「……!」

つまり、今度のデートを誘う口実というわけだ。

「はは、それはいいね。じゃあ、そうさせてもらうとするよ」

「ふふ」

駆け引き、というものである。

とりあえず突発的に始まった観光旅行もそろそろ終わりとしよう。

いい加減、日が傾いてきているからね。

「宿は取っているかい? こちらに泊まるなら客室を用意してある」

「……それは」

前世なら気軽にお泊りくらいできただろう。

だけど、今世でそれは流石に、である。

でもまぁ、こうしてデートしている時点で似たようなものだけど。

「ヴィル様、学園でコーデル伯爵令嬢のメリッサ様をお見かけしましたわ。ジークヴァルトさんとダンスを踊っておりましたの」

「ああ、コーデル嬢か」

「彼女がヴィル様の婚約者候補、なのですわよね?」

「そうだね」

「そういったお相手がいますのに、こうして私と連れ立っていて大丈夫ですか?」

今さらですけどね!

「……学園で見かけたコーデル嬢を、貴方はどう思ったかな」

「そうですわね。ただ少し見かけただけですけど。ジークヴァルトさんをお慕いしているように見えました。もちろん、本心かはわかりません」

「いや、合っているよ。彼女が好意を抱いているのはジークなんだ」

まぁ、趣味が……コホン。

「そもそもコーデル家とはどういった縁で? 領地は離れていますが」

「鉱山だね」

「鉱山?」

「アイゼンハルトは武家で、騎士たちの強さで名を売っている面がある」

「はい」

これは世間に疎い私でも把握済みの事実だ。

騎士系ヒーローの実家あるあるなので覚えやすい。

「そうなると、やはり騎士たちの武具にいい物を揃えたい。そのためにはいい鉱物が多く必要で、しかし、アイゼンハルト領には残念ながら鉱山がない。という理由で、鉱山を抱えているコーデル伯爵家と縁を繋ぎ、鉱物を融通してもらっている。これは別に一方的な関係ではなく、こちら側も支援できることはしていて……家同士は良好な関係を築いていているんだ」

「なるほど……」

武器や防具を作るのにいい金属が欲しいから契約しているのね。

そのためのコーデル伯爵家との縁。

コーデル伯爵領はアイゼンハルトの隣領ではないものの、そう遠くはない。

輸送費用なども考えた上でベストなビジネスパートナーといったところか。

典型的な政略結婚ねぇ。

「仮に別の縁を結びたい場合は、相応の代償を支払う必要がある」

「……契約があるのに、逆にまだ婚約者〝候補〟なんですの?」

この場合は、むしろきっちりと縁を結ぶべきでは?

「そこはジークのギフト、継承者問題が絡んできてね」

「ああ……」

当然、コーデル伯爵家としては娘を次代侯爵の妻としたいだろう。

だが、ギフトの件があって継承者問題が発生し、婚約者候補扱いになった。

さらにどうやらメリッサ嬢本人が好む相手がジークヴァルトという……。

「丸く収めるなら、俺とコーデル嬢が婚約し、結婚。ジークは近衛騎士になるか。あるいはジークとコーデル嬢を結び、俺が後継者から抜けるか。そういうことになる」

うーん。どう見ても後継者教育を受けているのも、資質があるのもヴィルヘルムの方だろう。

ジークヴァルトの方だって騎士をやっている方が向いていると思う。

しかし、鉱山問題がある。

これは単に資産のある有力家門が別の相手になればいいという話じゃない。

家業を支えるのに必要な物資を提供してくれるベストパートナーをどうするか、という話だ。

基本的に家としてはコーデル家と縁を切る選択はないだろう。

問題はやっぱりメリッサ嬢の気持ち……?

「コーデル家に侯爵家の後継を選択する権利などありませんけど。どう言っているのでしょう?」

「そうだな。このままの状態なら、コーデル嬢は俺に嫁ぐ。だが……」

「だが?」

「学生の間は好きにさせてあげてほしいそうだ」

「……つまり、学生の間はメリッサ嬢がジークヴァルトさんに言い寄るのを黙認してくれ、と?」

「そうだね」

は? それは流石にヴィルヘルムの気持ちを蔑ろにしていない?

よくある男女逆転視点で『結婚はお前としてやるから学生にいる時くらい自由にさせてくれ!』状態では?

「それは、ちょっとどうかと思うんですが……」

「でも、まだ婚約者候補だからね。そこまで強くコーデル嬢を縛れないんだよ」

「ですが、ヴィル様の気持ちが」

「俺の気持ちとしては、いっそのこと学生の間にコーデル嬢がジークと関係を進めないかと思っているところだよ」

「え?」

ヴィルヘルムは、そこでニコリと笑ってみせる。

ええと。

学生の間にメリッサ嬢がジークヴァルトに言い寄り、関係を持つとする。

そうなれば当然、婚約者候補でもあるのだから二人が結ばれることになるだろう。

しかし、それはアイゼンハルト家の継承問題とは別の話だ。

その状況で、コーデル家から後継の嫁をゴリ押しはできないはず。

もちろん、ジークヴァルト派も残ったままだろうが……。

ヴィルヘルムが侯爵位を継承した上でメリッサ嬢以外の相手と縁を繋いで、さらにコーデル家との縁はジークヴァルトがつないだということで現状維持ができる。

「……ヴィル様はメリッサ嬢のことをどう思っているのかしら」

「んー。まぁ、それこそ付き合いは長いからね。親戚の子くらいの気持ちはあるよ」

「妹とかではなく?」

「妹は言い過ぎかな。そこまで親しくはない。もちろんジークと結ばれたなら、そう思うけどね」

親戚の子扱いのメリッサ嬢。

ヴィルヘルムとしては深入りしないスタンスなのかしら。

「いつ頃から彼女はジークヴァルトさんに好意を?」

「本当に最初の頃からだよ。知り合った時にはすでに、かな」

「まぁ、そんなに」

幼い頃にメリッサ嬢のピンチをジークヴァルトが助けたエピソードとかありそうねぇ。

メリッサ・コーデル伯爵令嬢。ピンク髪のツインテール、長髪の女性。

ライバル令嬢っぽいと思っているんだけど、どうなのかしら?

ヴィルヘルムがいなくなっていた場合。

メリッサ嬢は、以前から好意を寄せていたジークヴァルトと堂々と婚約することになり、浮かれた気持ちになるだろう。

でも一年は喪に服して新たな婚約締結は控える。

兄の死を乗り越えるジークヴァルトを待って改めて婚約を、と。

そうなった矢先にジークヴァルトはヒロインちゃんに心奪われていた、とか。

……うわぁ。ライバル令嬢、悪役令嬢になりそうな流れ、あるわぁ。

やっぱり要注意人物じゃない? メリッサ嬢。

「まぁ、この程度のことはどこの家にもある事情だ。今すぐに解決することじゃあないよ」

「……そうですね」

つい『それなら私と縁を』なんて提案が頭に浮かぶ。

理由は以前の復興支援でマロット公爵家が動いた線で?

実際、ヴィルヘルムと私は縁があり、こうして今も会っている。

加えていえば、しれっとキメラ戦や赤髪の妖精真実を打ち明ければドン、だろう。

でも、それは……なんていうか。あまりにも露骨な戦略というか。

私って、そんなに婚活に焦っていたっけ? というと。そうではないわよねぇ。

ヴィルヘルムの方もわかっているのだろう。まだ今、強く詰めるべき時ではない、と。

なんとなく頭の中では考え、駆け引きをしつつ、交流を深めていく段階。

結論を出せるほど、まだ深い関係じゃあないものね。

宝探しの件しかり、これからも何度か会ってみて、というのがいいか。

「聖女関連、悪魔関連での調査は進めていくとして。今日はとくに進展がありませんでしたね」

私は話題を切り替えた。

「そうだね。流石に手掛かりとしては遠回りをしすぎたかもしれない。だが、魔獣を操るなんてことになれば、そういった悪魔が関わっていると言われた方が納得もしやすい」

「それは確かに」

狼型の魔獣はともかく、キメラはちょっとねぇ。

「そういえば、ヴィル様」

「なんだい?」

「私と会う前、忙しそうにしていましたわね。心なしか元気もなかった様子でしたが」

「……ああ」

ヴィルヘルムは思い出したように表情に陰が差す。

「何か問題でも?」

アイゼンハルト領は今、治安維持が大変なようだ。

その線で何かあったというなら協力するのも吝かではない。

筋斗雲で空から監視して、賊を見つけたらひとっ飛びして一棒を食らわせてやるのだ。

ふふ、世直しクウゴの出番ね。

「…………」

あら。黙っちゃったわよ、ヴィルヘルム。

これは本当に何かあったパターンね? でも私に打ち明けるほどじゃないとか。

「ヴィル様、私が何か協力できることがあるかもしれませんから。問題が起きているのなら遠慮なく教えてください」

この地で起きる問題は、将来的に推定ジークヴァルトルートで起きる問題の可能性もある。

つまり、ヒロインちゃん誘拐イベントに繋がる可能性。

そういったイベントは私が奪う予定なのでレッツ・武力介入だ。

「……そうだな。うん……。実は、なんだけど」

「ええ」

「マロット公爵家から支援を受けておいてなんだが、復興資金のために領地を拠点とする商会に援助を申し入れていたんだ」

「あら」

「もちろん、アイゼンハルトが資金に困っているというわけではない。ないが、想定外の災害だったから、用意できる物がすぐにはね」

「そうでしょうね……」

災害というのは突然あるものだ。

「それを断られたから気落ちしていましたの?」

「いや。断られたことはそこまで。ただ……」

「ただ?」

「……今回、商談した相手に、黒い噂があることを聞いてね」

「黒い噂」

「……領地の治安を悪化させている賊たちと、その商会が通じている疑惑がある」

「ええ……?」

それはまた!

「なんだか伝承に出てくる聖職者みたいな噂ですね……?」

「そうなんだ。だから逆に、市井の者たちは昔話になぞって、根も葉もない噂を立てている可能性が高いと思っている」

「なるほど」

あの商会は儲けている、なら伝承の聖職者みたいに裏で汚いことをしているかもだ! と。

その程度の噂はいつ立ってもおかしくないものだ。

「ただ今回、支援の交渉があって直接話してみたのだが……」

「ええ」

「本当に根も葉もない噂で済ませていいのかわからなくなったんだ」

「あら。何かありまして……?」

「……うん。一つに準備が良過ぎる」

「準備が良過ぎる?」

私は首を傾げる。

「マロット公爵家が支援をすぐにしてくれたのは、カーマイン嬢が公爵に話をつけてくれたおかげだから理屈は通る。だが、その商会は……魔獣災害が起こる前から充分に備えていたらしく、復興支援に必要な物資をこれでもかと貯め込んでいて、商談は足元を見られた」

うわ。それは……。

いえ、災害のために備えることはあり得ないことじゃないんだけど。

「加えて、護衛の兵にも金を注ぎ込んでいるらしく、俺が見た限り、かなり腕が立ちそうな男が商会長の護衛をしていた。ただならぬ気配を感じた、なんていう根拠の薄いものなのだが……。商会の護衛兵が多くいて、それらを率いている男だ」

怪しい上に戦力も充実していると。

「当然、それらは別に責められることではない。ないのだが……」

「何か引っかかると。ヴィル様はそう思ったのですね?」

「ああ」

ねぇ、これ、フラグ? フラグじゃない?

西遊記フラグじゃなくて乙女ゲームイベントの方の!

ミッション! 証拠はないが怪しい商会を探れ!

バトル相手である戦闘員たちもいるよ!

……どうしよう。ほぼ言いがかりなのに探りたくなってくる。

「カーマイン嬢。相談に乗ってもらって悪いが、貴方は動かなくていいんだよ。仮にその商会が怪しいのだとしても、それは俺が責任を持って調べて、はっきりさせるべきことだ」

「え、ええ。もちろん……?」

いけない。ヴィルヘルムに私が何かしでかしそうだと見破られたわ。

「……本気で言っているからね? 悩みを聞いてくれただけで俺は満足だし、問題が起きているなら解決する能力もあると自負している」

「はい、それはもう……」

なにせ完成形お兄ちゃんですから。

「本気だよ? 危ないことはしなくていいからね?」

ヴィルヘルムったら、完全に私がやらかすタイプと思っていない?

なんて失礼な。ちょっと湖を二つに割っただけなのに。

でも……気になるわねぇ、その推定悪徳商会!

孫悟空の潜入調査能力は世界一ィ! なのである。バレなきゃ……ねぇ?

その後、ヴィルヘルムから疑いと心配の目をジトッと向けられるのだった。