軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四話 コイツは、クズ男

王都の東側にある貴族街には、主だった高位貴族が屋敷を建てている。

それを囲むように彼らを相手にする高級ブティックやレストランが立ち並び、下級貴族や平民達が居住するエリアとの壁のような役割を果たしていた。

学園に通うまでのフレルトも、この貴族街から出たことはなかった。

彼の友達は皆ここに住む住人で、それは、リベルタも同じだった。

そのためフレルトは、自宅に帰る途中にリベルタの屋敷に寄ることができる。

御者に行き先を告げると、なんの前触れもなく慣れたように門をくぐった。

門番も、ポルポ公爵家の子息のことは何百回もお迎えしているため、敬礼するだけで顔パスだ。

中に入ると

「あら、フレルト様」

リベルタの母フローラが、庭で花に水やりをしていた。

親友の息子といえ、一応相手は公爵子息。

手に持ったジョウロを地面に置き、柔和な微笑みを浮かべる。

彼女は、緑の手と呼ばれる植物を育てる事に長けた土魔法の使い手だ。

今日も、領地で育てる花の品種改良に勤しんでいるようだった。

「あの、リベルタは?」

「あら、あの子なら、寮ですけれども……」

「え?寮?」

王都に屋敷を持てない下級貴族や平民が、やむを得ず子供を入れるのが学生寮だ。

伯爵家の一人娘が入るような所ではない。

「何故、そんな所に?」

「今、あの子は、魔法科の先輩達と共同研究をしているんです。それがあまりに面白くて、登下校の時間すら勿体ないって言い出して。まさか、あの子がフレルト様に伝えていないとは思いもよりませんでしたわ」

純粋な驚きを表情に浮かべるフローラに、なんと言葉を返せばいいかわからない。

『これでは、まるで俺がアイツを追い回しているみたいじゃないか!』

常に優位に立ってきたフレルトにとって、自分が下になってしまったような状況は、どうしても許せない。

『クソ!リベルタのクセに!』

彼の中で、リベルタは、従順でなくてはならない存在だった。

それ以外は、許されない。

『元のリベルタに戻さなければ』

焦燥感をつのらせたフレルトは、次の日の朝、魔法科の女子寮前でリベルタを待ち受けることにした。

「トワレ、今日は、新しく出来たカフェに行きましょう!」

「まぁ、リベルタ、それは素敵ね。楽しみだわ」

数人の女生徒に囲まれ、リベルタが寮から出てきた。

いつもの畏まった話し方ではなく、平民の子女が気楽に話すような口調。

それ程見た目は変わっていないが、口調だけでなく、雰囲気が明らかに違う。

ピンと背筋を伸ばしているからか?

それとも、笑顔が自然だからか?

やや丸みを持ち始めた肢体は、花開く前の蕾のような美しさがある。

ドキリと胸が高鳴ったが、それを初恋と気づけるほどの情緒をフレルトは持ち合わせていない。

「リベルタ!」

怒鳴るように名を呼ぶと、長い脚を有効に使い、あっという間に彼女との距離を詰めた。

そして、折れそうな程細い手首を掴むと、

「来い!」

無理矢理引っ張って裏庭に連れて行こうとする。

しかし、リベルタは、

「やっ」

と小さな声で拒否を示し、足を踏ん張り動こうとしない。

『コイツは、クズ男。コイツは、クズ男』

リベルタは、時折学園内でフレルトを遠くに見る度に胸が高鳴る自分に危機感を感じ、毎晩フレルトの姿絵に向かって呪文のように唱えていた。

それが功を奏し、今この瞬間、リベルタは流されずに踏みとどまれている。

しかし、今まで反抗したことなど一度もない相手に拒否を示され、フレルトは、更に頭に血を上らせた。

「なんだ!『リベルタのくせに』、俺に逆らうのか!」

幼い頃から洗脳のように繰り返してきた決め台詞。

それでも大人しくついてこないリベルタに、他人の目があることも忘れ、ギューギューと力強く腕を引っ張った。

「いやっ!絶対、いや!」

必死の抵抗も虚しく、ジリジリとリベルタの体が引っ張られていく。

「あ…………この男……」

咄嗟の出来事に動けなかったトワレと他の女子達だが、友人を連れ去ろうとしているのが、ここ最近魔法科を彷徨っていた公爵子息だと気づいた。

折角の男前なのに、目つきが日に日におかしくなっていると注意喚起がなされていた。

そんな男に連れて行かれたら、何をされるか分からない。

「何をなさっているのですか!相手は、女性ですよ!」

トワレが声を上げると、騒ぎを聞きつけた寮母も、建物の中から駆け出してきた。

「うるさい!これは、俺とコイツの話だ!」

「いいえ!リベルタは嫌がっています!私は、彼女の友として、見過ごすことは出来ません!」

トワレがリベルタに抱きつくと、他の女子生徒達も一斉に同じ行動にでた。

流石に騎士科の優等生といえども、一度に何人もの人間を引っ張っていける腕力はない。

そうこうしている内に、いかめしい顔の寮母が、

「その手を離しなさい!」

と、ほうきを振り上げながらフレルトに迫った。

彼女は、ミスローザと呼ばれる元教員だ。

王太后の姪にあたり、人生を教育に捧げた女性。

教え子には多数の王族がおり、現王も、その一人だ。

彼女を敵に回せば、王家の不興を買うと言われるほど愛されている。

「お、大げさな!俺は、ただ、幼馴染と話をしようとしていただけで」

「貴方、フレルト・ポルポね!これ以上やると言うなら、公爵家には、正式に抗議文を送らせていただきますよ」

そうまで言われると、これ以上、強気に出るわけにもいかない。

フレルトは、リベルタから手を離すと、

「ちっ!リベルタ、覚えておけよ!」

とチンピラのような安っぽい捨て台詞を吐いて帰っていった。

「大丈夫ですか?リベルタさん」

ミスローザに声を掛けられた瞬間、リベルタは、フラフラと地面に座り込んだ。

「こ………こ………怖かったです……」

演技ではなく、リベルタは両手で一生懸命ポロポロと溢れる涙を拭う。

前世喪女だった彼女には、言うまでもなく男性経験がない。

初めて抵抗しても逃げられない身体的能力の差を思い知らされ、震えるなというのが無理である。

そのあまりに幼く愛らしい姿に、その場にいた全員の庇護欲がマックスに跳ね上がる。

「なんなの、あの男は!リベルタ!私達が、ついてるからね!」

この日、女子寮の中に、トワレを会長とする『リベルタを守る会』が発足した。

その中に、ミスローザまで含まれていたことをリベルタが知ることはなかった。