軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二話 苦境の時こそ、人の温かさが身に染みる

フレルトの挨拶が佳境を迎え、コレが終われば、閉会後に新入生だけの説明会が始まる。

騎士科、魔法科、各三十人という少数精鋭な生徒数な為、不審な動きをすれば目立つだろう。

だからこそ、生き延びるための戦いを始めるのは、今しかない。

『先ずは、ここから逃げなきゃ……』

完全に前世を思い出した二十九歳喪女は、十二歳にはない冷静さで状況確認をすることにした。

壇上には、フレルト・ポルポ。

見目麗しい公爵家子息は、会場の全ての人間の視線を一身に集めている。

このままトンズラしたいところだが、出口付近には教師が立ち、上の観客席には子どもたちの晴れ姿を見に来た父兄が座っていた。

時間が経つほどに、痛みが強くなる腹部。

このまま座り続けていれば、ドレスに赤いシミを作ることは間違いない。

油汗を流しだすリベルタは、もう、半分泣きかけていた。

その状況に、一人の少女が気付く。

上級生の彼女は、監視員として入学式のお手伝いをしていた。

腕に着けた腕章は選ばれた優秀な生徒にだけ配られる物で、ある程度の権限を与えられている。

そして、見るからに具合の悪そうな新入生を保護する優しさは当然持ち合わせていた。

静かにリベルタに近づくと、身を屈め、耳元に、

「大丈夫?」

と囁きかけてくれた。

地獄に仏。

闇夜の灯火。

大海に浮木。

何でも良いが、渡りに船とばかりにリベルタは、彼女の手をガシッと握った。

「お……お……お腹が痛くて……。助けて………」

下腹を押さえて真っ青な顔で訴える少女に、お下げ頭の真面目そうな先輩は、女性特有の事情を察した。

さっとリベルタの腰に手を回すと、

「大丈夫。ついてきて」

と先導し、なるべく目立たないように外に出してくれる。

出口付近の教師も、監視員の腕章と顔面蒼白のリベルタを見て、直ぐにドアを開けてくれた。

外に出た瞬間、頬を風が撫でていく。

その解放感に無性に泣きたい気持ちになったが、グッと抑えた。

「もう少しの我慢よ」

監視員の彼女が添えてくれる手は、単に温かいだけでなく、癒しの波動を感じられた。

どうやら彼女は、リベルタと同じ魔法科の生徒らしい。

今日初めて会ったばかりの人間にも染みるような優しさを与えてくれる彼女は、信頼できた。

素直についていくと、脇目も振らず真っ直ぐに保健室を目指し、中にいる医師に声を掛けてくれた。

「先生、少しよろしいでしょうか?」

女生徒はリベルタを椅子に座らせると、目をしょぼしょぼとさせる老医師に手短に話を通してくれた。

「んー、めでたい事ではあるが、よりにもよって入学式の最中になるとは。さぞ辛かっただろうね、可哀想に。しかし、その手の事は、男のワシには手が余るのお」

それは、そうだろう。

貴族の令嬢がこの様な微妙な話を医務室に持ち込むことは少ない。

深窓のご令嬢は、体調不良の時は最初から登校などしてこないのだから。

入学式と言う特別行事中に一生に一度の初潮が重なるなど、壊滅的に運が悪いとしか言えない。

「あの、私、部屋に帰れば買い置きが………」

どうやら、この女子生徒は寮生活をしているようだ。

中世を題材としたこの世界に現代社会と同等の品質を実現した物があるかは不明だが、サニタリー用品を提供してくれるだけで神様に見える。

身分は、子爵、男爵の子女、もしくは平民の特待生か。

高位貴族令嬢は、馬車通学が普通。

その身分の差は一生埋まることはなく、こんなことでもなければ、話をすることすらなかっただろう。

「ありがとうございます。あの……貴女のお名前は?」

「私の名は、トワレ・シュクセです。」

聞き覚えのない名前ということは、きっと彼女はモブなのだろう。

ストーリーには関係ない人物だからこそ、逃げ道になる可能性もある。

できることなら仲良くしておきたいが、いくら平等を謳う学園内でも、身分が下の者から上の者の名前を尋ねる事は出来ない決まりだ。

「私は、リベルタ・ベリッシモと申します」

機転を利かせて自ら名乗ると、

「まぁ、伯爵家の……」

と驚いた表情を浮かべて一歩下がった。

「失礼な態度をとり、申し訳ございません」

深々と頭を下げるトワレに、何処に失礼があったのか聞きたいくらいだが、許しを与えなければ、ずっと頭を上げることはないだろう。

「許します。どうか、お顔を上げてください」

「では、失礼いたします」

顔を上げたトワレは、リベルタの顔を見るとホッとした表情を浮かべた。

「少し顔色が良くなられたようで、安心しました」

「全ては、トワレ先輩のおかげです」

「先輩だなんて……」

「いえ、私にとっては、窮地を救ってくださった恩人です」

リベルタが微笑むと、トワレも、柔らかく目を細めた。

隣りにいた老医師は、そんな二人を物珍しそうに見る。

長年勤めてきたが、表向き平等を謳う学園内でも、爵位の違いは越えられない高い壁だった。

下の者は擦り寄りたいが、上の者が高みから降りてくることはない。

それが、今目の前で、伯爵令嬢と寮生という異質な存在が、微笑みあっている。

「これは、これは、無駄に長く勤めてみるものだ」

老医師は、元は、優秀な治癒師だった。

しかし、ある高位貴族の治療を拒否したことで治癒院を辞めさせられた。

それは、完全に相手に非があってのことだが、平民出身の彼が許されることはなかった。

何処に行っても手を回されて再就職出来ず、今では学園長の旧友ということで、ここで雇ってもらえている。

そんな彼の心の中には、貴族に対する恨みが沈殿したヘドロのように溜まっていた。

それが、今日この日、思わぬ優しい交流を前に、ほんの少しだが軽くなった気がした。

「今日は、本当に、ありがとうございました」

迎えの馬車に乗り込む前に、リベルタはもう一度トワレに感謝を伝える。

「トワレ先輩が居てくれたおかげで、(私の命が)救われました」

あの後、トワレは直ぐさま寮へと走り、リベルタの為に下着とサニタリー用品を一揃え持ってきてくれた。

幸いにも、ドレスに血が移る前に対処ができたことで、最悪の事態を免れた。

しかも、機転が利く彼女は担任教師にも連絡してくれ、その日配られる予定だった教科書等を全て受け取ってくれたのだ。

更に、両親にまで事情を説明し、今、家族全員で帰宅の途に就こうとしている。

お陰で、説明会に参加する必要もなく、フレルトに会うこともなく屋敷に帰れることになった。

今後の対策は、家に帰ってからゆっくり練ればいい。

この時リベルタに訪れた安堵感は計りしれず、涙目でトワレの両手を握りブンブンと振り続けた。

「あ、あの、リベルタ様、分かりましたから。手を離して頂けませんか?」

伯爵令嬢とは思えない圧倒的親しみやすさは、前世によるものだ。

普通の高位貴族は、こんな事はしない。

だからこそ、トワレは困惑した。

同級生でも、身分差の為に一度も話したことのない人間もいる。

ここまで圧強めで迫ってこられたことなど、一度もないのだ。

相手の勢いに負けて親しくし過ぎ、後から罰せられることがないとは言えない。

「あ、ごめんなさい。興奮し過ぎてしまいました。トワレ先輩、このご恩は、必ず返させていただきます」

「いえ、当然のことをしたまでですから」

「その謙虚さ、そして介護していただいた時の優しさ、絶対に忘れません」

「いえ、忘れていただいて結構です」

リベルタから発せられる『何か』に、腰が引けるトワレ。

しかしこれが、その後無二の親友となる二人の出会いだった。