軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

料理ごとの焼印制度、料理頭制度をさらに練りこむ。仕組みで伊勢松坂屋を回せるようにじわじわ制度化

「焼印の話やけどな」

博之は、料理札の下書きを眺めながら言った。

「これは、基本は毎日でもええと思うねん」

夜市が筆を止める。

「毎日、ですか」

「本店はな。わしがいる限り、毎日でも見られる。うなぎ、穴子、海鮮焼き、肉あん、

豚汁。何人か集めて、実際に作らせる。見て、食って、“これはええな”と思ったら焼印に近づく」

お花が少し考える。

「試験みたいなものですか」

「試験というほど堅くなくてもええ。けど、松坂や伊勢の城主、あるいは織田様に出す飯を

作ることもあるやろ。そういう時に、緊張しても味を崩さんかどうかは大事や」

ヨイチが頷いた。

「普段の店で作れるのと、偉い方に出す場で作れるのは別ですね」

「そうや。いつもの火、いつもの鍋、いつもの客なら作れる。でも、場所が変わって、

人が見て、失敗できへんとなった時に手が震える。それを少しずつ慣らしていかなあかん」

博之は、帳面の横に置かれた焼印の試し板を見た。

「焼印は、ただの飾りやない。伊勢松坂屋が、この者はこの料理を任せられると認める証や」

「では、段階を作りますか」

ヨイチが言った。

「段階?」

「見習い、任せ、師範。例えば、うなぎ見習い印、うなぎ任せ印、うなぎ師範印」

博之は少し目を輝かせた。

「それ、ええな」

「最初から完成形を求めると、誰も取れません。見習い印なら下処理と補助ができる。

任せ印なら店で出せる。師範印なら人に教えられる」

「そうやな。焼印が一つずつ増えたら、できることが増えるのが見える。働く方も嬉しいやろ」

料理番の若い者たちが、少しざわついた。

「それは、励みになります」

「前掛けに焼印の木札がついていたら、誇れますね」

「うなぎ任せ印とか、かなり欲しいです」

博之はにやりと笑った。

「欲しかったら腕を磨け。ただし、焼印をもらったから偉いんやないぞ。

うまい飯を安定して出せる。周りにも教えられる。そこまでできて、ようやく本物や」

お花が頷いた。

「焼印を持つ人ほど、下働きや若い人に丁寧であってほしいですね」

「そこやな」

博之は真面目な顔になった。

「うまい飯を作れるだけでは足らん。下働きを馬鹿にするやつ、忙しい時に怒鳴るやつ、

客に変な顔するやつには渡せん」

ヨイチが帳面に書き込む。

焼印の掟。

一、味が安定していること。

二、仕込みを理解していること。

三、下働きを軽んじないこと。

四、人に教えられること。

五、伊勢松坂屋の名を背負う自覚があること。

「重いな」

博之が呟く。

「重いくらいでちょうどいいです」

ヨイチが静かに返した。

そこから、話は拠点の運営に移った。

「できればな」

博之は腕を組んだ。

「焼印を持った者に、各拠点の料理頭になってもらいたい」

「料理頭、ですか」

お花が言った。

「そう。料理場の頭や。味を見る。仕込みを見る。若い者を育てる。今日は何をどれだけ作るか、

客の入りを見て判断する。そういう役や」

夜市が頷く。

「料理頭なら分かりやすいですね。料理人のまとめ役であり、味の責任者」

「そうや。拠点ごとに料理頭がおれば、わしが全部見て回らんでも味が崩れにくい」

「ただし」

ヨイチが少し慎重な顔をした。

「料理がうまい者が、そのまま料理頭に向いているとは限りません」

「そこなんよ」

博之はすぐに頷いた。

「料理がうまいだけで、人を束ねられるとは限らん。逆に、料理はそこそこでも、

場を見るのがうまい者もいる。忙しい時に空気を作れる者、若い者の手を止めずに動かせる者、

女衆や帳場と話せる者。そういう力もいる」

お花が言った。

「店を回すには、料理だけでは足りませんからね」

「そうや。だから、料理頭一人に全部背負わせるのも違う」

博之は指を折った。

「料理頭、帳場、現場まとめ、女衆まとめ。この二人か三人、場合によっては四人で拠点を

見る形がええと思う」

「複数頭制ですね」

「そう。料理頭は味の責任者。帳場は銭と在庫。現場まとめは客の流れ。女衆まとめは座敷や

湯浴みや寝転び処を見る」

ヨイチが書き込む。

「各拠点、料理頭を置く。ただし単独支配にはしない。帳場、現場、女衆まとめと連携」

「なんか、仕組みばっかりやな」

博之は苦笑した。

「最近、仕組み仕組み仕組みって、そればっかりや」

お花がすぐに言った。

「旦那様の勘でやりすぎていたところが、大きすぎたんです」

「それを言われると弱い」

「でも、必要なことです。今までは旦那様が見て、食べて、決めていました。でも拠点が

ここまで増えたら、もう無理です」

「分かっとる」

博之は少し天井を見上げた。

「わしがどうなるかも分からんしな」

座敷が少し静かになった。

博之は続けた。

「別にすぐ死ぬとか、そういう話やない。ただ、織田様との付き合いもある。

距離を置こうとしても、何があるか分からん。関係が悪くなることもあるかもしれん。

尾張へ呼ばれることも増えるかもしれん」

「はい」

「その時に、毎回わしが尾張まで行って飯を出さなあかんのは、正直しんどい」

お花が小さく笑う。

「それは本音ですね」

「本音や」

博之は開き直った。

「うなぎを食わせろ、穴子を持ってこい、熱田で何かやれ。そう言われるたびに、

わしが動くのは無理や。だから、焼印持ちを行かせる」

夜市が顔を上げた。

「伊勢松坂屋として、この者は腕を認めています、と示すわけですね」

「そうや。焼印持ちなら、外に出しても恥ずかしくない。料理頭候補や、

任せ印を持つ者を連れて行けば、“旦那様本人ではありませんが、うちの味は出せます”と言える」

「それは大きいです」

「逆に、うちはうちで仕組み化している、と見せることにもなる」

博之は少し力を込めた。

「いつもわしが出ていくばかりやと、織田様にも松坂のお殿様にも、“博之を呼べば何とかなる”と

思われる。それはしんどい。焼印持ちや料理頭を出して、伊勢松坂屋として対応できる形にしたい」

夜市が静かに言った。

「旦那様個人から、伊勢松坂屋という店へ移すわけですね」

「そうや」

博之は頷いた。

「わしが全部やる店から、伊勢松坂屋がやる店に変えなあかん」

料理番のまとめ役が口を開いた。

「焼印をもらえるなら、みんな本気で練習すると思います」

「そうか」

「はい。自分の腕が認められる証になります。しかも、料理頭になれるかもしれない。

偉い方へ出す飯を任されるかもしれない。かなり励みになります」

「ただし、調子に乗る奴も出るやろな」

博之が言うと、夜市がすぐ返した。

「焼印は剥奪ありにしましょう」

「剥奪?」

「味が落ちた。態度が悪い。下働きを馬鹿にする。客に失礼をした。

そういう時は一時停止、または剥奪」

「ヨイチ、怖いな」

「焼印の価値を守るためです」

「まあ、それもそうやな」

お花も頷いた。

「料理頭になるなら、なおさら人柄も見ないと駄目です」

「そうやな」

博之は、帳面に書かれた掟を見た。

「うまい飯を作れるから偉い、ではあかん。うまい飯を作れて、周りを育てられて、

拠点の空気も見られる。そういう者を料理頭にしたい」

「では、焼印と料理頭は別にしましょう」

夜市が言った。

「焼印は腕の証。料理頭は、腕に加えて人を見られる者」

「それがええ」

博之は頷いた。

「うなぎ師範印を持ってても、料理頭に向いてない者はいる。

逆に、任せ印くらいでも、人をまとめるのがうまければ、料理頭の補佐にはできる」

「料理頭補佐もありですね」

「また増えたな」

「必要です」

「はい」

そこから、運用の話はさらに詰まった。

本店では、毎日でも小さな確認をする。

大きな焼印会は月に一度。

各拠点から推薦者を送る。

師範印を持つ者は、巡回して若い料理人を見る。

お城主など偉い人へ出す飯には、焼印持ちが補助に入る。

料理頭候補は、味だけでなく、仕込み、段取り、下働きへの接し方、帳場との連携まで見る。

「料理話家会ともつなげるぞ」

博之が言った。

「師範印を取る者は、一度は自分の技を話す。うなぎの肝はどこか、穴子の衣はなぜ薄い方がええか、

海鮮焼きの油はなぜ多すぎたらあかんか。人に説明できて初めて師範や」

「分かりやすいです」

お花が頷いた。

「料理札、本、焼印、料理話家、料理頭。全部つながりますね」

「つながってしまったな」

博之は少し笑った。

「最初は飯の本を作りたいだけやったのに」

「旦那様が仕組みにしたんです」

「仕組みばっかりや」

「それが必要な大きさになったということです」

ヨイチが帳面を閉じた。

「焼印制度、料理頭制度。始めましょう」

博之は少し緊張した顔で頷いた。

「うん」

焼印は、ただの木札ではない。

伊勢松坂屋の味を守る証。

料理人の誇り。

料理頭を育てるための入口。

そして、博之一人に頼らない店へ進むための仕組み。

博之は、小さく呟いた。

「飯屋っぽくなってきたな」

お花が笑う。

「前から飯屋です」

「最近、忘れかけてたんや」

「なら、思い出せてよかったです」

座敷には、少し落ち着いた笑いが広がった。

派手な新商品ではない。

けれど、伊勢松坂屋がこの先も続くために、きっと大事な一歩だった。