作品タイトル不明
幻想ナイト
旦那様が内緒で庭園のどこかに作っていたという『秘密の場所』。まったく、ほんとにサプライズが好きな人ですよ。付き合うこっちの身になって……と言いたいとこですが、まあ、悪くはないと思うようになってるのは確実に感化されてるってことですよね。
「ヴィーやレティに上着を用意してくれ。寒くないように支度して。いや、中に入れば寒くはないけど——」
暖かい格好をしろと言ってすぐさま寒くないけどって、どういうことですか。中に入るということは、何か建物を作ったってこと?
旦那様の指示で、すぐに侍女さんたちが私とバイオレットの羽織物を持ってきました。
「準備は整いましたか? 奥様」
バイオレットを片手に抱き上げた旦那様が、恭しく手を差し伸べてきました。
「ええ、できましてよ」
その手を取ると、ゆっくり庭園へとエスコートされました。
「こっちは……私のお庭の方ですね」
「そう。ヴィーの庭、狭くなってきたって言ってたでしょ」
ああ、そんなことを言ったような言わないような——でも、気に留めていてくださったんですね。
「はい。サーシス様がたくさん花を贈ってくださるから、植えるところがなくなってきました」
ピエドラで買ってもらったあの花以来、旦那様は花束もくれるけど、珍しい花を見つけると、その咲いてる土台ごと、もしくは苗なんかを買ってきてくれるんですよ。 わたし庭園(そと) でもいいものはそのまま植え、暖かいところの花なんかだと温室で育ててもらったりしてるんだけど、どんどん増えてきてるから、植えるところがなくなってきてるのが現状。だからといって庭園に侵出していくのは、せっかくのベリスの作品を台無しにするようなものだからできないし、どうしたもんかね? と、考えていたところでした。
「そんなヴィーのお悩みを解決しましたよ」
「本当ですか! 嬉しいです!」
「気に入るといいんだけど」
そんな話をしながら向かうのは、別棟の裏手、ワタシ庭園のある場所。でも、いつもと様子が違います。
「……あれ? なんか……明るくないですか?」
「うん、そうだね」
近付くにつれ、淡い光が見えてきました。晴耕雨読な私のお庭、普段から作業は日没まで〜ってな感じで明かりなんて置いてないのになんでだろ? 首を傾げつつさらに近付くと、その正体が判ってきました。
地面や低木・高木に、無数のランタンが吊るされています。優しい光がそこかしこで輝いているじゃないですか!
「わぁ……!」
息を呑むとはまさにこのこと。あまりの綺麗さに言葉が出てきません。
「きれー! きれー!!」
バイオレットも見慣れない光景にはしゃいでいます。
光の庭園の中に入っていくと、見たことのないものがあるのに気付きました。東屋ではないもの——淡い光を反射するガラスが見えるんだけど。別棟……じゃないな、そっちとは反対方向。ええ〜? そんなもん、ここにあったっけ?
「んんん?」
「どうかした?」
「あのガラス張りの建物、なんですか?」
ランタンの光に照らされていたのは、ガラスでできた、なにか、建物のようなもの。
「ああ、あれ? 新しい温室だよ」
「温室ぅぅぅぅ!?」
「そ。前からあるのもそろそろ狭くなってきたみたいだから、いっそ新しく作っちゃおうかって思ってね」
軽〜く言うけど、その発想がもうお金持ちなのよ。あ、ごめんごめん。旦那様は生粋のお金持ちだったわ。
「これを……内緒で作ってたんですか?」
「うん。せっかく作るんだったら、色々欲張ってみようかなってなってね」
雨にも負けず風にも負けず寒い日にも凍えないで遊べる広さを確保してみました〜! て。なるほど、私にも子供にも優しい設備ってことですか。
「まあまあ、外から見てるだけというのもなんですから入ってみて」
「あ、おじゃまします」
促されて中に入ると、ふわっと暖かい空気に包まれました。わぁ、温室だ。いつでもしっかり温度管理されてるから、こんな時間でも寒くないのね。中からは外の景色がよく見えました……って、これ、全面ガラス張り!?
「こりゃまたえらく凝りましたね」
「もちろん。より良いものを目指しましたよ」
「でしょうね」
思わずぐるっと見回してしまいました。これまたエグい高価なもの作りましたね旦那様。全面ガラス張り(天井も!)って、一体おいくらかかったのか……やめとこ、聞いたら眠れなくなりそう。落ち着け、私。大きく深呼吸して——せっかくの素敵なシチュエーション、現実的なこと考えるより、この雰囲気を楽しもうじゃありませんか!
落ち着いてから見ると、ガラスの温室は、わたし庭園を拡張する形で隣接していました。元は木がたくさんあったところだから、切り開いて整備したんでしょう。
温室内は花や木が植えられているゾーンと、何もないゾーンとに分かれています。そしてそこに、テーブルが置かれていて、すでに晩餐の準備が整っていました。
「温室なのに、全部を植物スペースにしなかったんですか? あ、そっか、これからまだまだ増えるだろう未来のために空けてあるんですね!」
でないともったいないこの空間。旦那様ったら、まだまだお花を買ってくるつもりですね。それは大歓迎——って思ったんだけど。
「残念、はずれ」
「え? 違うんですか?」
「うん。ここはわざと空けてあるんだ」
「わざと?」
「そう。ここならどんな天気でもレティたちが安心して外遊びができるでしょ」
ベリスから、子どもたちが雨の日は温室で遊んだりしてるということを聞いたんでね、って。なるほど、バイオレットのためでしたか。さすが、溺愛お父様は気配りが細やかですよ。
「わーい! やったぁ! ここでおすなあそびしてもいいでしゅか?」
「もちろん」
新しい遊び場の出現に、バイオレットが大喜びしてます。
「レティのためだけじゃないよ、ヴィーだって」
「私、ですか?」
「そう。ここで雨音を聞きながらのお茶会というのも風流でしょ」
「なんと……!」
さすがロマンチストの旦那様、雨を愛でながらのお茶会ときましたか。そんな発想、私じゃできないわ。——っと、それだとうちでお茶会を開催しないといけなくね? あ〜……うん、めんどくせ……じゃなくて、ええと、あの、気が向いたら……。現実に気が付いて真顔になっちゃったわ。
「まあまあ、深く考えなくていいよ。使い方は色々ということだからさ。今はこの景色を見ながらの晩餐としようか」
「そうしましょう」
「ロータス」
「かしこまりました」
旦那様の合図とともにロータスが入り口扉を開くとすぐに、料理が運ばれてきました。使用人さんたちにより手際よくテーブルに並べられていくスープ、パン、前菜。どれもカルタムと私が相談して決めた、いつもと同じ料理のはずなのに、いつも以上に美味しそうに見えるのはこの雰囲気のなせるわざ? 旦那様が手にしたワイングラスにランタンの光が反射して煌めくのも、なんかすごく素敵に見えます。
「はぁ〜〜〜。最高です」
「そう言う僕も、想像以上で満足してるよ」
「昼間に外に出て庭園で食べることもありますけど、夜はまた、雰囲気が違っていいですね」
「これからはこうして、夜の食事を楽しむこともできるよ」
「ありがとうございます。楽しみがまた増えました」
「気に入ってもらえて良かったよ。寒くない? 大丈夫?」
「はい!」
そんなこんなで、非日常な晩餐が進んでいきました。
美味しい料理がさらに美味しくなるような環境。食べ過ぎてしまうのは仕方ないですよね?
「食べ過ぎて苦しいかも、です」
「ごめん! 気が付かなかったよ。大丈夫?」
「多分大丈夫です。お腹が重いだけなんで、少ししたら動けると思います」
「ほんとかなぁ」
やってもうた。
楽しそうに杯を重ねる旦那様につられて、ついパクパクとやってました。自分のキャパ忘れてた。すっかり食べ過ぎてしまいました。
「ダリア! カルタムに言って、消化にいいお茶を用意してくれ」
「かしこまりました」
旦那様が言いつけている側で、お腹をさすってる私。食べ過ぎで膨らんでるのか臨月で膨らんでるのかよくわからない。
「あ……イタタ?」
ぎゅーって、お腹が痛み出したんだけど?
「どうかしか?」
「食べ過ぎてお腹が痛くなってきました」
痛みで冷や汗が出てきた私に気が付いた旦那様が、俄に慌て出しました。使用人さんたちも動き出した気配がします。
「ロータス、すぐに本館に戻ろう」
「本館よりも別棟の方が近くてよろしいのでは?」
「すぐに使えるか?」
「もちろんでございます。準備させましょう」
「出来次第、僕が運ぶ」
そんなやりとりを聞いている間に、お腹の痛みが収まってきました。
「お……収まったかも?」
「ちょ……っ、そんなすぐに治るわけないでしょ」
「いやでも、急にマシになったんですよ」
「はいはい無理しなくていいから。今、別棟で休む準備をしてるから、ちょっと待ってて」
「大丈夫ですよ。自分で歩いて行けますって。別棟ですね? 使用人さんたちが毎日掃除を怠らないから、いつでも使用可能なんですよ!」
「わかった。わかったから大人しくしていて」
「自分で歩けますって…………ん゛ん゛ん゛」
「ヴィー?」
「またお腹が……」
「ほらー!」
また腹痛の波が襲ってきて、その場にうずくまった私。これって、胃のあたりが痛いんじゃなくて、お腹全体が痛む感じ。締め付けられるというか——。
「赤ちゃん、出てくるかもです!」
「ええええ!?」
痛みの波状攻撃。これはバイオレットの時に経験したのと似てる気がする。
そのまま旦那様に抱き上げられ、緊急で別棟に運び込まれた私でした。
痛みにもがくこと、数時間。——多分。
「お子様、誕生でございます!!」
「双子でございます」
そんな言葉を聞きながら、意識を手放しました。