作品タイトル不明
動き出す
ニコニコとまではいかなくても、鋭い視線で射抜かれるようなこともなく、いたって愛想よく対応してきたオーランティアの王太子様。
そんな、ちょっと拍子抜けした謁見を終え、私は旦那様と手をつなぎ大広間を進んでいきます。
今宵は公式行事というよりはちょっとラフな感じ、いうなれば懇親会みたいです。……誰かあのご兄妹と親睦を深めたい人いるのかなぁ……っと、失礼。
例のお妃・お婿候補との顔合わせということもあり、妙齢のご子息ご令嬢がたくさん呼ばれていると聞いていたのですが。
「……あれ? ちょっと今日はなんだか地味な感じじゃないですか?」
「……ヴィーもそう思いました? 僕もそう思っていたとこです」
おお、奇遇ですね! 旦那様と意見が一致しましたよ……じゃなくて。
会場にいるお嬢様方やお坊ちゃま方が、いつものようにキラキラしていないのです!
先日の夜会では流行りの服をこれでもかと、競って見せつけるように着ていたお嬢様方も、今日はどことなく地味。色目が地味とか、デザインがちょっと前の流行りだとか。いつもだと、夜会の会場は色とりどりの花畑の様相を呈しているんですが、今日に限ってオリーブや茶色、鶯に海老茶。みなさん、選択が渋い! 私も臙脂でよかった~! こんな日に水色とかオレンジとか着てたら悪目立ちしてましたよ。旦那様の制服の色に感謝です。
そして何より、いつもは「早くダンス誘って!」とばかりに会場の中心にいる方々が、今日はむしろ壁際にいる! ちょ、待って! そこ、私のサンクチュアリ!! 壁際大人気、壁の花、今日は満開です。……なんか、おかしくね?
地味なのはお嬢様方だけではありません。
お坊ちゃま方も、いつもは自信満々でお嬢様方をダンスに誘ったりしている姿がそこかしこで見られるのに、今日は男同士で固まって談笑していたり、何やらひそひそしている感じです。
その光景を見て、「あれ? あの方、眼鏡なんてしてたかな? しかも、かなり似合ってない……」「綺麗な金髪が自慢だったはずなのに、くすんだ茶色になってる?」など、時折旦那様がつぶやいています。なぬ。変装までしてるんですか! しかも野暮ったくなる方向に!
「――これはみんな、目立たぬように気を使ってますね」
「デスヨネ~」
旦那様とコソコソ耳打ちし合いながら、私たちは会場の様子を見ていました。
お妃候補があげられているとはいえ、それ以外でもお気に召せばオッケー。ということは、いつ見初められるかわからないので、お嬢様方は『見つからないよう』気を付けているのでしょう!
お坊ちゃま方も、 アノ(・・) 妹君に見初められたら厄介と思っているんでしょうね。
私と旦那様は、しばらく適当に周りを観察したり歓談したりしていたのですが、
「公爵夫人、ぜひ私と踊っていただけませんか?」
今日もダンスのお誘いがひっきりなしにきます。
これも公爵夫人のお仕事。何度もやっていればさすがに慣れてきましたよ。もはや割り切って諦観の境地にいる私は、
「よろこん――」
いつも通り「よろこんで~」と返事をしようとしたのですが、「で」を言い終えないうちに、
「妻は、今日は僕の専属なので。失礼」
スッと私を背に隠すと、旦那様が断ってしまいました。
はい?! 旦那様?!
ビックリして旦那様を二度見しちゃいましたよ!
旦那様にお断りされてしまった相手のお貴族様は、気を悪くするどころか「それはそれは! 失礼いたしました」と、私に生温かい笑みを残して去っていかれましたが。
いつもかなり踊らされて疲れるので、断ってくれるのはありがたいんですけど、専属て!
恥ずかしげもなく爽やかにそんなことを言っちゃう旦那様の後ろで、私は恥ずかしさで小さくなるばかりです。
それからお誘いが来るたび、ことごとく旦那様がさっきのようにお断りしていくんですよ一体何なんですかね? ということで、珍しく今日は誰ともまだ踊っていません。
「ちょっとちょっと、旦那様! お断りしてくださるのはいいんですけど、専属って!」
「ええ~? ヴィーは僕の専属じゃないですか」
「違うでしょ!」
もっと他に言いようがあるでしょ! と私がプリプリしていたら、
「では、久しぶりに僕と踊っていただけませんか? マダム」
なんて、旦那様がおどけて誘ってきました。
おお、旦那様とダンスですか。一緒に練習はよくしますが、夜会とかこういう社交の場では久しぶりですね!
「よろこんで。そういえば旦那様とダンスなんて、久しぶりですよね?」
「そうですね」
いつ以来? あ~、ちょっと思い出せないくらい前だわ。
クスクスっと笑い合ってから、私たちはダンスしている人たちに混ざりました。
「いつもは何もおっしゃらないのに、今日に限ってどうして他の人と踊っちゃいけないんですか?」
ゆるいワルツを踊りながら、素朴な疑問を旦那様にぶつけます。
「いつもヴィオラが他のやつとばかり踊ってるのを、嫉妬に狂いそうになりながら見てましたんでね。だから今日はヴィオラを独占して、他のやつらの嫉妬を買ってやろうと思ったんですよ」
「もうっ! ご冗談ばっかり」
「はははっ!」
旦那様ってば、こういうことをサラッと言うんだから!
今日はやけに甘さ全開な旦那様と、そんな他愛のないことを話しながら踊っていると、周りがざわざわとざわめきだしました。何事かしらと思っていると、王太子様がパートナーを伴ってダンスをしているフロアにやってきたところでした。
「王太子様も踊られるんですね~」
「お相手は……サングイネア侯爵令嬢、かな?」
「えっ?! アイリス様?!」
二人でこっそりと様子見していると、大柄な王太子様に隠れてアイリス様がいらっしゃるのが見えました。
「お妃候補とお見合い時間ですか」
「わぁ……アイリス様、すっごい嫌そう。いつもの笑顔と全然違いますよ」
いつもと違ってその笑顔、無理矢理貼り付けてますね! 目が笑ってない!
つか、アイリス様の今日のドレス! くすんだピンク色のそれは、いつの流行りよ? というレトロ感全開のヒラヒラフリフリで……。って、完全にやる気ゼロですね。『絶対お妃に選ばれたくねえっ!』という気合がひしひし伝わってきますよ! しかしそのドレス、どこから調達してきたんでしょう?
いつもは華やかで美しい人なのに、今日はつとめて地味にふるまっているようです。
「あ、お互い足を踏んでますね……」
「いつもはもっとダンスもお上手なのに」
アイリス様、いつもはとてもダンスがお上手な方なのに、今日はパートナーである王太子様の足を踏んだりステップが乱れたりとかなりご乱調のようです。いや、これはきっとわざとですよね! よく見ると、踏まれたら踏み返している気が。あ、王太子様は安定の下手っぷりですけど。王太子様に合わせて踊るの、本当にしんどかったんですから! と、経験者は語ってみます。
どう見てもちぐはぐなダンスをするアイリス様と王太子様。
はじめからあまり乗り気じゃなさそうな顔の王太子様でしたが、どんどん無表情になっていくのがわかりました。
「これは、かなりお気に召さなかった感じですね」
「そうですね。アイリス様、上手くやりましたね!」
これならアイリス様が王太子妃に選ばれることはなさそうです。よかった!
それから時間も経ち、かなり夜も更けてきました。
今日は旦那様が断りに断りまくったので、まだ他の誰とも踊っていません。だから身体はそんなに疲れてませんけど。
「なんだか平和ですね」
「だといいですね」
なんて言いながら、ちょっと休憩とばかりに軽くお菓子をつまんだリ飲み物をいただいたりしています。
見るとはなしに見ていたのですが、王太子様も妹君も、候補の方やそれ以外の方と踊ったり談笑したりしているようです。
これなら誰かと上手くいくかしら?
なんて考えながら休憩していると、
「フィサリス副団長、ちょっと」
そう言って近づいてくる、お給仕の使用人さんが。よく見ると、以前会ったことのある旦那様の部下の騎士様のようです。あら。いつの間に転職? ……じゃないですよね~。お仕事ですよね~。
部下さんがこそこそと耳打ちをして、それに旦那様が微かに相槌を打っています。
何か起きたのでしょうか?
じっくり見てはいけなさそうなので、適当に視線を会場に彷徨わせていたのですが、
「ヴィー。ちょっと外します」
と、今度は旦那様が私に耳打ちしてきました。
これはきっと、お仕事関連で何かあったのでしょう!
「わかりました」
私も小さく頷きます。
「僕が戻るまで、ここにいてください」
「わかりました」
私がもう一度頷くのを見てから、旦那様はさりげなく部下の方と一緒に大広間を出て行きました。
近衛のお仕事も大変そうですねぇ。
そして独りぼっちになった私です。さて、どうしましょうか?
いつもならさっさと壁際に移動するのですが、今日はすでに満員御礼(っていうのか?)。地味にしたいお嬢様方が先に陣取っているので、私の入る余地がなさそうなんです。とほほ。
実家の両親はもちろん来てません。だって年頃のお子様、いないですもんね!
では義父母と一緒にいるかと思い、お二人を探してみるととっても簡単に見つかりました。だっていつもの特等席、玉座近くにいるんですもん、いやでも目に入りましたよ。お義父様は国王様と、お義母様は王妃様と、それぞれ談笑中のようです。王妃様、接待することを放棄しましたね! でもいいと思います。だって今日は出会いを優先する場ですもんね。「後は若い人たちにお任せしましょう」的な感じで。
でもさすがにあそこに混じる勇気、ないわぁ。
ということでお次、いつもの夜会四人組を探しました。
アイリス様はあれからすぐに解放されていました。きっと今頃は他の三人と合流してるんじゃないでしょうか。
そう思って探してみると、みなさん今はどこかのご子息と踊っていらっしゃいました。
おお、早い!
お妃・お婿に選ばれる前にさっさと相手を見つけておけば逃げられますしね! 一石二鳥☆ ……って、違うか。
あまり会場をうろうろしていると、誰かのお誘いにつかまってしまいそうです。
旦那様、あまり今日は誰かと踊ってほしくなさそうでしたし。
どうしよっかなぁと考えながらうろうろしていたら、ちょうど大広間の端、庭園を眺めるテラスに出られる窓のところにきました。
外はいい感じに薄暗くて、目立たない感じです。
特に誰かとお話したいわけでもないし、ダンスしたいわけでもないし。
王宮には何度か来させていただいていますが、ゆっくり外を眺めたことなんてなかったですねぇ。いつも 社交(おしごと) に忙しくて。
まあ、ちょっと外の空気でも吸いましょう!
私は開いているガラス扉から、外に出ました。
外は夜の帳が降りて漆黒の闇が広がっていました。
月は出ておらず、ところどころに置かれた篝火だけがところどころを明るくしているだけです。
冷たい、すこし花の香りが混じった空気を思いっきり吸い込みました。ふう、リフレッシュです!
私が何度か深呼吸をしてから、また部屋の中に戻ろうとした時。
「……うまく……公爵をおびき寄せられたようだ」
少し離れたところから、潜められた声が聞こえてきました。
……今のは、誰の声?
押し殺した声なので、ところどころ聞き取りにくかったのですが。私はとっさに息を殺して耳を澄ませました。
すると、今度は違う声が。
「まあ! 首尾は上々なのね! さすがはお兄様」
「まあな」
今度は女の人の声です。こちらはあまり押さえていないのではっきり聞き取れました。
……これは、オーランティア王太子様の妹君の声?! じゃあ、もう一人は王太子様? お兄様、ってはっきり言っちゃってましたもんね。
私はその声の主に思い至り、ハッとなりました。そして、顔を見ようと声の方をそっと覗くと、同じテラスの少し離れたところ、部屋から漏れる明りにうっすら見えるのは、デカくてごつい身体とちっちゃくてごつい身体。そして彫の深い濃い顔。やはり王太子兄妹です。
私はとっさに陰になっている壁に背中をぎゅっと押し付けました。ふう、こんなところで私の研ぎ澄まされた壁の花スキルが役に立つなんて!
なおも息を殺して様子を窺っていると、
「では、後は拉致するだけですわね。ぬかりはないの?」
「もちろん大丈夫だ」
私の存在に気付いていない王太子兄妹は、意味深な会話を続けています。
上手くおびき寄せた公爵って……さっきは名前がちゃんと聞こえなかったけど、もしかして、旦那様のこと?! そういえば旦那様、さっき部下さんに耳打ちされてどこかに行きましたもんね!
そして後は拉致る?! おびき寄せて拉致る?!
ちょっと待って。混乱してきた。一旦落ち着こう、私。
静かに深呼吸した私です。
……うん、ちょっと落ち着いた。でもやっぱりどう考えてもこれって。
旦那様のピンチじゃないですか?!